モモの主要病害の中でも、せん孔細菌病は全国的に発生が増え、薬剤だけでは十分に抑えきれない難防除病害とされています。 発病が進むと新梢の枯れ込みや落葉が増え、樹勢低下と収量減少を同時に招くため、圃場レベルでの抵抗性の活用が重要になります。
育種現場では、付傷接種による新梢の病斑長測定で品種間の抵抗性を評価する手法が確立されており、病斑が10mm未満なら抵抗性が強い、10〜20mmが中程度、20mm以上が弱いといった基準が示されています。 これにより、園地でよく問題になる‘浅間白桃’や‘中津白桃’などの感受性品種と、比較的発病の少ない品種の差が定量的に把握できるようになりました。
参考)http://jppa.or.jp/archive/pdf/70_07_26.pdf
近年、ブラジルから導入された‘Chimarrita’や‘Coral’、国内品種‘もちづき’や‘つきかがみ’は、新梢接種で病斑の拡大が小さく、圃場抵抗性も高いことから有望な育種素材と評価されています。 これらを交雑親に用いた場合、せん孔細菌病に対する強い抵抗性を示す実生が高頻度で得られることが報告されており、今後の品種改良の核になりつつあります。
参考)「Chimarrita」、「Coral」はモモせん孔細菌病抵…
一方で、真性抵抗性、すなわち病原菌がほとんど侵入・感染できないレベルの完全抵抗性を持つモモ品種は、世界的にもまだ見つかっていないとされます。 現在利用されているのは、感染後の病斑の拡大を抑える「圃場抵抗性」タイプであり、耕種的防除や薬剤散布と組み合わせて初めて高い安定性を発揮する点は押さえておく必要があります。
参考)モモ品種,選抜系統の低温要求量および高温要求量
現場目線で見ると、抵抗性品種・台木を選ぶ際には、単に病害だけでなく熟期、樹勢、果実品質とのバランスをどう取るかが課題になります。 せん孔細菌病抵抗性の高い素材の中には、缶詰加工向けなどニッチ用途の品種も含まれるため、生食市場向けにどこまで許容できるか、出荷先と相談しながら導入を検討することが実務上のポイントになります。
参考)https://agresearcher.maff.go.jp/seika/show/239058
せん孔細菌病抵抗性評価法や育種素材の詳細解説(この節全体の補足として参考になる技術的資料)
モモせん孔細菌病の抵抗性評価法(日本植物防疫協会)
近年問題が増えている黒斑病については、岡山県が放射線育種法により、罹病性の‘清水白桃’から黒斑病に中程度の抵抗性を持つ‘清水白桃RS’を育成しています。 ‘清水白桃RS’は、元品種とほぼ同等の果実品質を維持しながら病斑の発生が明らかに少なく、黒斑病多発地域でのリスク分散用として注目されています。
一方、灰星病は開花期から収穫期まで長期間リスクが続く病害で、栽培・防除暦では複数回の薬剤散布を前提にしたスケジュールが組まれています。 SBI剤など効果の高い薬剤はありますが、連用による耐性菌出現が懸念されるため、薬剤ローテーションと合わせて、発病果の早期除去・園外搬出といった衛生管理が不可欠です。
参考)https://www.sandou-nouen.co.jp/new_boujo/2025/2025boujo_momo.pdf
灰星病抵抗性については、アーモンド由来の抵抗性を含む家系を用いた解析から、狭義の遺伝率が一定程度あることが示され、選抜育種が有効とされています。 モモ育種系統を対象にベイズ推定を用いた抵抗性評価が試みられており、環境要因の影響が大きいなかでも、遺伝的価値を推定する新しい手法として位置づけられています。
参考)https://jsbreeding.jp/activity/journal/summary/BS67-1wabunn-tekiyou.pdf
現場レベルでは、黒斑病や灰星病の抵抗性だけで品種を決めるのではなく、地域の発生実態と栽培暦を踏まえた「総合リスク」で判断することが重要です。 例えば、黒斑病の発生が少ない地域では、抵抗性品種よりも市場評価の高い既存品種を中心に据え、灰星病やせん孔細菌病を防ぐ作業体系を優先する、といった考え方も合理的です。
参考)https://ja-aira.or.jp/wp-content/uploads/2021/04/55b7573ee43c418934dab68740ebc597.pdf
また、同じ品種であっても樹齢や樹勢によって病害に対する感じ方が変わることが知られており、剪定が強すぎる樹や過度に樹勢が落ちた樹は、同じ園地内でも病害が偏って多発しがちです。 病害抵抗性を活かすには、品種選びだけでなく、樹体管理を通じて「抵抗力を活かせる状態」を維持することが欠かせません。
参考)https://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/070100/070109/gaiyou/kakimomo/kakimomo/seika/seika_d/fil/momosenkou.pdf
黒斑病抵抗性品種‘清水白桃RS’の特性と導入の考え方(この節の品種選定の参考資料)
モモの黒斑病抵抗性品種'清水白桃RS'の育成(AgriKnowledge)
抵抗性品種であっても、病害管理を防除暦任せにすると、年次変動の大きい年には「思ったより効かなかった」という事態を招くことがあります。 そこで近年は、開花期や降雨パターン、積算温度などをもとに、散布時期を柔軟に前後させる「気象連動型」の防除戦略が重視されています。
例えば、モモの栽培・防除暦では、せん孔細菌病・黒星病・灰星病などを対象として、萌芽前の石灰硫黄合剤やボルドー剤、開花前後の殺菌剤散布が具体的な倍率と回数で示されています。 しかし、せん孔細菌病は風雨によって菌が分散し、気温・湿度条件が整うと急速に増殖するため、豪雨・長雨が予想される前に散布を前倒しするなどの判断が必要になります。
積算温度や発育ステージに応じた考え方は、害虫防除だけでなく病害にも応用可能で、特定の温度域で発病リスクが高まりやすいタイミングを狙って防除する発想が広がりつつあります。 専門機関が公開する地域別の発生予測情報や、果樹カメムシ類の発生動向資料を併せて確認することで、「病害と害虫を同じタイミングで抑える」効率的な散布計画を組むこともできます。
参考)https://www.ja-nagano.iijan.or.jp/Me9wmZUs/wp-content/uploads/2023/06/1035c4f19d222317c33d4e94431805b7.pdf
意外なポイントとして、せん孔細菌病マニュアルでは、防風林整備による風速低減や、春型病斑の徹底したせん除など、薬剤以外の物理的・耕種的対策が詳細に解説されています。 これらは抵抗性品種・台木を使う場合でも効果があり、特に樹齢が進んだ園や混植園では「抵抗性+耕種的防除+最小限の薬剤」という組み合わせが、長期的な経営安定につながります。
参考)https://www.city.yamanashi.yamanashi.jp/uploaded/attachment/3745.pdf
モモせん孔細菌病の防除対策マニュアル(この節の防除暦・耕種的防除の具体策に対応)
モモせん孔細菌病の防除対策マニュアル(和歌山県)
モモでは、国内外の多様な品種・系統を対象にpan-genome(パンゲノム)を構築し、病害抵抗性を含む形質の遺伝的背景を解明しようとする大型プロジェクトが進んでいます。 日本国内でも約600系統のモモ品種を対象に高精度のゲノム解析が計画されており、病害抵抗性や生理障害、果実品質などを総合的に解析する試みが報告されています。
病害抵抗性については、タバコ・トマト・イネなど他作物で見つかっている抵抗性遺伝子の共通保存領域を利用し、モモやウメから類似の配列をPCRで検出する試験が行われています。 こうした「候補遺伝子」を足がかりにして、せん孔細菌病や灰星病などへの抵抗性に関わる領域を特定し、DNAマーカー選抜による効率的な育種へつなげることが期待されています。
参考)https://agresearcher.maff.go.jp/kadai/0/0/232?page=101
また、枝変わり品種や突然変異系統を含めて広範な材料を解析することで、これまで現場では「感覚的」に捉えられてきた病害に対する強弱が、定量的な遺伝情報として整理されつつあります。 将来的には、「せん孔細菌病に強く、黒斑病に中程度、灰星病はやや弱いが、樹勢が強く西日本向き」といった多面評価を、DNAレベルで事前に予測しながら園地設計を行うことも視野に入っています。
参考)https://www.japanfruit.jp/Portals/0/resources/JFF/newsletter/backnumber/news52.pdf
生産者にとってのメリットは、品種選定の「失敗コスト」を減らせる可能性があることです。 導入後に病害が多発して抜根を迫られるリスクを、ゲノム情報に基づく品種情報で事前にチェックできれば、改植計画や台木選択の精度が大きく向上すると考えられます。
参考)KAKEN — 研究課題をさがす
モモの品種開発と病害抵抗性研究の動向(この節の研究背景に対応)
農研機構におけるモモ品種開発の動向(中央果実協会ニュースレター)
病害抵抗性というと品種名ばかりが注目されがちですが、園地設計の段階で「どの病害に強い園を作るのか」をはっきり決めておくことが、長期的には大きな差になります。 例えば、せん孔細菌病の多発地域では、抵抗性素材を母本に持つ品種を主力にしつつ、風当たりの強い園では防風林やネットを早めに整備するなど、病害抵抗性を前提とした園地インフラの整備が重要です。
台木については、モモ自身の病害抵抗性だけでなく、ネコブセンチュウや土壌病害への耐性、樹勢の調整なども含めて考える必要がありますが、病害リスクが高い園では「樹勢をやや抑え気味にする台木」を選ぶことで、過繁茂による多湿条件を避け、結果的に病害圧を下げられるケースもあります。 病害抵抗性の強い品種を、あえてやや弱勢な台木に接ぐことで、樹冠内部の風通しを確保し、薬剤散布が届きやすい樹形を維持するという発想は、実務者の経験則として語られることが多い独自の工夫です。
さらに、気象変動が激しくなる中で、同一園内に熟期や樹勢の異なる品種・台木の組み合わせを混ぜる「リスク分散型園地」も一つの戦略になりえます。 早生〜中生品種には黒斑病や灰星病に比較的強い系統を多めに配置し、晩生系にはせん孔細菌病抵抗性素材を優先するなど、発生時期の違いも踏まえて構成することで、「どの年も何かは必ず取れる」体制を作りやすくなります。
参考)AgriKnowledgeシステム
最後に、病害抵抗性は「万能ではない」ことを前提に、作業性や収穫分散、販売先の要望も含めた総合設計を行うことが、結果として病害に強い経営につながります。 園主自身が、品種・台木・園地構造・防除暦の4つをセットで見直し続けることで、研究現場で進む病害抵抗性育種の成果を、最も効率よく現場に取り込めるのではないでしょうか。
病害抵抗性を踏まえた台木・園地設計の考え方(この節の発想の下敷きになる資料)
「Chimarrita」、「Coral」はモモせん孔細菌病抵抗性の有望な育種素材(アグリサーチャー)