0.3mm以上で切り取ると8割の苗でウイルスが残ります
茎頂培養(けいちょうばいよう)は植物の茎の先端にある成長点を無菌状態で培養する技術です。成長点培養やメリクロン培養とも呼ばれ、ウイルスや病原菌に感染していない健康な苗を作るために農業分野で広く使われています。
なぜ茎頂部分がウイルスフリーなのかというと、茎頂分裂組織の細胞分裂速度がウイルスの感染拡大速度よりも速いためです。ウイルスは細胞間連絡を通じて次々に周辺細胞へ感染していきますが、茎頂の細胞は分裂が盛んで新しい細胞が次々に作られるため、ウイルスが追いつけません。
つまり茎頂はウイルスフリーです。
茎の先端0.2~0.3mmほどの部分にはウイルスがいないとされていますが、その部分だけを切り取って土に植えても絶対に育ちません。そこで試験管の中で栄養分と湿度を与え、さらに植物ホルモンで成長を制御する必要があります。この技術により、イチゴ、ブドウ、サツマイモ、ジャガイモ、リンゴ、リンドウなど多くの栄養繁殖性作物でウイルスフリー苗の作出が可能になりました。
兵庫県農林水産技術総合センターでは茎頂培養によるウイルス病治療の原理と実践方法が詳しく解説されています。
農業従事者がウイルスフリー苗を使うメリットは病気のリスクを大幅に減らせる点です。特にイチゴの炭疽病や萎黄病は水、虫、空気を介して子苗へ伝染し、一度発生すると農園全体へ広がります。農薬では完治できないため、ウイルスフリー苗の導入が根本的な対策となります。
茎頂培養を始めるには専門的な設備と道具が必要です。最も重要なのは実体顕微鏡で、20~40倍の倍率があれば0.2~0.3mmの茎頂分裂組織を観察しながら作業できます。顕微鏡なしでは肉眼で判別できない微細な組織を扱うため、この設備は必須といえます。
クリーンベンチまたは無菌操作ができる清浄な作業空間も欠かせません。クリーンベンチは高性能フィルターを通じて清浄な空気を送り込み、植物組織の移植時に雑菌の混入を防ぎます。ただし最近では簡易的な無菌培養キットも開発されており、オートクレーブやクリーンベンチがなくても一部の作業が可能になってきました。
手術用のメスとピンセット、針も必要です。
これらの器具は使用前に滅菌処理を行います。通常はアルコールランプで焼いて滅菌するか、オートクレーブと呼ばれる高圧蒸気滅菌器で処理します。培地を作るためのオートクレーブ、培養容器(試験管やペトリ皿)、植物ホルモンや栄養塩類、寒天なども準備が必要です。
培養後の苗を育てるためのLED照明装置と温度管理が可能な培養室も重要です。培養温度は約19~23℃、照明は7000~8000ルクス程度、16時間日長が一般的な条件とされています。ブドウの場合は2000~3000ルクスで十分という報告もあり、植物種によって最適条件は異なります。
アズサイエンスには植物培養・育成機器の種類と選び方が詳しく紹介されており、設備導入の参考になります。
初期投資を抑えたい農業従事者は、まず小規模な設備から始めて徐々に拡大する方法があります。実体顕微鏡とシンプルな無菌操作環境、基本的な培地作成道具があれば、少量のウイルスフリー苗作成は可能です。
茎頂培養の手順は大きく分けて材料の準備、殺菌処理、茎頂摘出、培地への置床、培養管理の5段階に分かれます。まず健康な親株から新鮮な茎の先端部分を採取します。イチゴの場合はランナーの子苗、ブドウの場合は萌芽した芽を使用します。
殺菌処理は二段階で行います。第一段階として流水で土や汚れを洗い流し、次に70%エタノールに数秒間浸漬します。その後、次亜塩素酸ナトリウム溶液(1~2%)に10~15分間浸漬し、滅菌水で数回すすぎます。この殺菌処理が不十分だと培養中に雑菌が繁殖して失敗の原因となります。
実際の茎頂摘出はクリーンベンチ内で実体顕微鏡を覗きながら行います。滅菌したメスとピンセットを使い、外側の葉を玉ねぎの皮を剥くように1枚ずつ取り除いていきます。葉原基(葉になる部分)も慎重に除去し、最終的に0.2~0.4mmの大きさで茎頂分裂組織を切り出します。
この大きさが非常に重要です。
0.3mm以上で切り取るとウイルス感染の可能性が出てくるため、確実にウイルスフリーにするには0.2~0.3mm以下で摘出する必要があります。自然薯の茎頂培養では0.2~0.4mmの大きさで成長点を摘出すると報告されています。
切り出した茎頂は速やかに培地に置床します。
培地はMS培地(ムラシゲ・スクーグ培地)を基本とし、植物ホルモンを添加します。イチゴの場合はBA(ベンジルアデニン)1mg/LとNAA(ナフタレン酢酸)0.2mg/Lの組み合わせが一般的です。ブドウの場合はBAを添加した培地で培養すると14~20週で幼植物が育成できます。
自然薯屋では自然薯のウイルスフリー茎頂培養の詳細な手順が写真付きで解説されており、実践的な参考資料になります。
培地への置床後は培養器に入れて適切な温度と光条件で管理します。定期的に観察し、コンタミ(雑菌混入)がないか確認することが成功のポイントです。
培地の組成は茎頂培養の成否を大きく左右します。基本培地としてMS培地(Murashige and Skoog培地)が最も広く使われており、窒素、リン酸、カリウムなどの無機塩類、ビタミン類、糖質(スクロース20~30g/L)、寒天(7~8g/L)を含みます。植物種によってはB5培地やLS培地(Linsmaier and Skoog培地)が適している場合もあります。
植物ホルモンの種類と濃度が培養の成功率を決定します。主に使用されるのはサイトカイニン類のBA(ベンジルアデニン)とオーキシン類のNAA(ナフタレン酢酸)、IBA(インドール酪酸)です。BAはシュートの増殖を促進し、NAAやIBAは発根を促進する役割を持ちます。
イチゴの茎頂培養ではBA1mg/LとNAA0.2mg/Lの組み合わせが推奨されています。ブドウではBAを1~2mg/L添加した培地で培養すると良好な結果が得られ、えき芽を分割することで大量増殖も可能です。ミョウガの場合はNAA0.2mg/LとBA1mg/Lの組成で茎葉再生率が高くなります。
植物ホルモンに反応しにくい場合もあります。
茎頂組織の周りが別の組織で覆われていると、茎頂が直接培地に触れないため植物ホルモンの効果が弱まります。また植物の成長ステージによっても組織の反応性が変わるため、若い組織を使うほうが培地中の植物ホルモンに対する反応が良いとされています。
培地のpHも重要で、通常は5.6~5.8に調整します。培地作成後はオートクレーブで121℃、15~20分間滅菌処理を行います。最近では特殊な添加物を使うことで培養期間を短縮する研究も進んでおり、アパタイト化合物やトレハロースを含有させるとより短期間で植物を培養できるという報告があります。
日本植物生理学会のQ&Aでは茎頂分裂組織から多芽体が誘導できない原因と対策について専門家の見解が示されています。
農業従事者が培地を自作する場合は、まず基本的なMS培地のレシピを参考にし、植物種に応じて植物ホルモンの濃度を調整する方法が実践的です。
茎頂から育った幼植物は継代培養によって増殖させます。継代培養とは培養体を定期的に新しい培地に移植して増やす方法です。通常は1ヶ月ごとに行い、シュートが2~3節まで伸長したら切断して新しい培地に移植します。この作業を繰り返すことで、1つの茎頂から数十から数百の苗を得ることができます。
イチゴの場合、初代培養から始めて継代培養を数回繰り返し、十分な数の苗が得られたら発根培地に移植します。発根培地は植物ホルモンの組成を変え、IBAやNAAなどオーキシン類を添加することで根の形成を促進します。サクラの組織培養では茎頂からのシュート形成に約2ヶ月、シュートから新たなシュート増殖には1ヶ月ごとに行えます。
発根した苗は順化(じゅんか)という外部環境への適応作業が必要です。
培養器内は高湿度で無菌状態のため、いきなり外に出すと急激な環境変化で枯死してしまいます。順化の手順は寒天を洗い流し、殺菌剤入りの水に数分浸けた後、湿らせた水苔や無肥料の土に植え込みます。その後、蓋つき容器やビニールで覆って湿度80~100%を保ちながら徐々に外気に慣らしていきます。
順化期間は通常3~4週間で、新しい葉や根が出てきたら順化完了のサインです。この期間中は直射日光を避け、明るい日陰で管理し、極力触らないことがポイントです。慣れれば簡易茎頂接ぎ木法のように特殊な施設を必要とせず、一般農家でも実施可能な方法もあります。パッションフルーツでは1時間に10処理以上実施できるなど作業効率が良い手法も開発されています。
メリクロン苗の生産には8ヶ月から1年の納期がかかります。
これは茎頂培養から増殖、順化までの一連の工程に時間を要するためです。イチゴのウイルスフリー苗を業者から購入する場合、すでに作成されている品種であればすぐに受け取れますが、未作成の品種では数十万円の費用と1~2年の期間が必要になります。
BASFジャパンではメリクロン苗でイチゴを栽培するメリットとデメリット、実際の活用方法が紹介されています。
自家でメリクロン苗を作成する場合は、初代培養の育成率向上と継代培養での増殖効率を上げることがコスト削減につながります。培養条件を最適化し、コンタミを防ぐ衛生管理を徹底することが成功の鍵です。
Please continue.

茎頂培養によるカーネーション無病苗の育成と実用化に関する研究 (1974年) (滋賀県農業試験場特別研究報告〈第11号〉)