コシヒカリなど感受性品種を育てている水田では、保毒虫率が5%を超えると翌年の発病リスクが跳ね上がります。
イネ縞葉枯病は、ヒメトビウンカが媒介するイネ縞葉枯ウイルスによって引き起こされる深刻な病害です。この病気の最大の特徴は、一度発病すると治療する方法がまったく存在しないという点にあります。ウイルス病のため、農薬での治療はできません。
5月中旬から下旬に移植したイネでは、7月中旬頃から症状が現れ始めます。新しく出てくる葉が黄白色に退色し、細くなってこよりのように巻いて垂れ下がる独特の症状が見られるため、「ゆうれい病」とも呼ばれています。葉には黄白色の縞状の病斑が現れ、株全体が萎縮して分げつが枯死します。
つまり初期発見が重要です。
発病が進行すると、穂が正常に出穂しなくなったり、出穂しても籾が不稔になったりして、健全な穂の数が大幅に減少します。茨城県の調査によると、発病茎率と減収率はほぼ一致する関係にあり、発病茎率が20%になると減収率も約20%に達することが明らかになっています。例えば、通常1反(10a)あたり500kgの収量がある圃場で発病茎率が20%だと、収量は400kgまで落ち込んでしまいます。これは金額にすると約2万円の損失に相当します。
ヒメトビウンカは体長わずか3~4mmほどの小さな昆虫で、成虫の胸部背面は雄が黒色、雌が淡褐色をしています。郵便はがきの短辺が約10cmですから、その30分の1程度の大きさということです。この小さな虫が、イネ縞葉枯病という重大な被害をもたらす原因となっています。
ヒメトビウンカの生活環は、イネ縞葉枯病の発生と密接に関係しています。幼虫が水田周辺のイネ科雑草や再生稲で越冬し、4月上旬頃に成虫になって麦畑に飛来して産卵します。麦畑で次世代の幼虫が増殖し、6月上中旬頃に成虫になって水田に飛来してイネを吸汁し、ウイルスを媒介するのです。
経卵伝染が厄介です。
ウイルスを持った保毒虫がイネを吸汁するとイネがウイルスに感染して発病し、ウイルスを持たない虫が発病株を吸汁するとウイルスを獲得して保毒虫になります。さらに深刻なのは、保毒虫から生まれた子の約9割が保毒虫になるという経卵伝染の特性です。このため、一度地域で保毒虫率が高まると、短期間での終息は極めて困難になります。
茨城県や栃木県、埼玉県などの調査では、越冬世代のヒメトビウンカ保毒虫率が10%を超えると、翌年の発病株が大幅に増加する傾向が確認されています。地域によっては保毒虫率が30%を超える地点も報告されており、継続的な防除対策が不可欠な状況です。
イネ縞葉枯病の薬剤防除では、ウイルスを媒介するヒメトビウンカを防除してイネがウイルスに感染する機会を減らすことが基本となります。幼穂形成期までに感染すると減収につながるため、水田に飛来する第1世代成虫と第2世代幼虫をしっかり防除することが重要です。
育苗箱施用剤を使用すると、水田に飛来する第1世代成虫を防除して発病を抑制し、減収を軽減できます。茨城県の試験では、育苗箱施用を行った場合、無処理区と比べて発病茎率が約6%から2%以下に抑えられ、収量も10aあたり約40kg増加したという結果が得られています。
効果は移植後70~80日続きます。
ただし、ここには注意すべき点があります。育苗箱施用剤の殺虫効果は、ヒメトビウンカがイネを吸汁した後に現れるため、ウイルスを持った虫が死亡するまでの間に吸汁されたイネは感染の恐れがあるのです。このため、育苗箱施用だけでは完全に発病を防げない場合があります。
薬剤の選択も重要です。ヒメトビウンカまたはウンカ類に登録がある殺虫剤を使用する必要があり、長期残効性のある箱処理剤を選ぶことで、移植後70~80日後まで実用的な防除効果が期待できます。しかし、一部の薬剤では抵抗性が発達して効果が低下している事例も報告されているため、異なる作用機構の薬剤をローテーションで使用することが推奨されています。
本田散布による防除は、水田内で発生する第2世代幼虫を防除して発病を抑制する方法です。茨城県の試験では、ヒメトビウンカの幼虫発生開始期から増加期(産卵最盛日から1週間後までの間)に本田散布を行うと、幼虫の密度抑制効果が高く、発病茎率を無処理と比べて約85%減少させることができました。
本田散布の適期は気象条件によって変わるため、各都道府県の病害虫防除所が発表する発生予察情報を確認することが重要です。例えば茨城県では、有効積算温度から推定した本田散布適期は平年値で6月14日から21日頃となっていますが、年次変動があり、早い年は6月5日頃、遅い年は6月23日頃になることもあります。
体系防除がより効果的です。
発病が多い地域では、育苗箱施用を行った上で本田散布を組み合わせる体系防除が非常に有効です。茨城県の試験では、育苗箱施用のみの場合と比べて、育苗箱施用に本田散布を組み合わせた体系防除では、発病茎率を70~85%減少させることができました。体系防除は、ヒメトビウンカ幼虫を低密度に抑え、多発生条件でも高い防除効果が得られます。
体系防除を行う際の重要な注意点として、薬剤抵抗性を発達させないため、異なる作用機構の薬剤を組み合わせることが必須です。同じ系統の薬剤を連続使用すると、ヒメトビウンカが薬剤に対する抵抗性を獲得し、防除効果が低下してしまうリスクがあります。和歌山県や岐阜県では、実際に一部の薬剤で抵抗性が発達した事例が報告されています。
イネ縞葉枯病抵抗性品種を利用することは、薬剤防除と並ぶ重要な対策です。抵抗性品種はウイルスに感染してもほとんど発病しないため、安定した栽培が可能になります。茨城県の試験では、感受性品種のコシヒカリでは発病茎率が16.3%に達したのに対し、抵抗性品種のあさひの夢では0%でした。
主な抵抗性品種には、主食用品種として「あさひの夢」「一番星」「にじのきらめき」「ふくまるSL」などがあり、飼料用品種では「月の光」「夢あおば」などがあります。特に「にじのきらめき」は、コシヒカリ並の極良食味で15%程度多収、大粒で高温耐性にも優れており、コシヒカリとほぼ同じ熟期であるため、作期を変えずに導入できる利点があります。
抵抗性品種にも限界があります。
重要な注意点として、抵抗性品種はヒメトビウンカの数を減らす効果はないということです。茨城県の調査では、コシヒカリ(感受性)とあさひの夢(抵抗性)を栽培した場合、ヒメトビウンカの成虫と幼虫の発生数に大きな差は見られませんでした。抵抗性品種は発病を防ぐだけで、媒介虫そのものの増殖は抑制できないのです。
このため、イネ縞葉枯病多発生地域では、抵抗性品種を栽培する場合でも、地域内のヒメトビウンカを増やさないために薬剤防除を行うことが推奨されています。抵抗性品種はヒメトビウンカの保毒虫率を徐々に下げる効果は期待できますが、それには数年単位の時間がかかります。地域全体で抵抗性品種への転換と薬剤防除を組み合わせることで、中長期的に発病リスクを低減できます。
コシヒカリやキヌヒカリは感受性品種であるため、これらの品種を栽培している地域では特に注意が必要です。埼玉県の指導では、縞葉枯病感受性品種はヒメトビウンカの本田飛び込み時期(5月中旬から6月中旬)の移植を避けることも推奨されています。
秋季から冬季にかけての圃場管理は、翌年のイネ縞葉枯病発生を大きく左右する重要な対策です。特に収穫後の刈り株から伸び出す再生稲(ひこばえ)の管理が、防除の成否を分ける鍵となります。
再生稲はヒメトビウンカの生息・越冬場所になり、再生稲の発病株が多いとヒメトビウンカの保毒虫率が上昇します。茨城県の調査では、10月2日に耕起した場合と比べて、10月30日や11月29日に耕起した場合、畦畔のイネ科雑草における越冬虫数が大幅に増加することが確認されています。具体的には、早期耕起区では越冬虫数が10回吸い取りあたり20頭程度だったのに対し、遅延耕起区では80頭以上に達しました。
速やかな耕起が決定的です。
再生稲を早めに耕起することで、ヒメトビウンカの生息場所を物理的になくし、越冬虫数を大幅に減らすことができます。収穫後は速やかにかつ丁寧に耕起することが推奨されており、理想的には10月上旬までに実施することで翌年の発病リスクを大きく低減できます。
水田周辺のイネ科雑草の除草も同様に重要です。畦畔や土手などに生えているイネ科雑草は、ヒメトビウンカの生息・越冬場所になります。茨城県の調査では、水田から距離が近いほどヒメトビウンカの保毒虫率が高いことが確認されています。特に水田内の日当たりがよい畦畔際などに生えているイネ科雑草は、ヒメトビウンカの好適な越冬場所となるため要注意です。
冬季の除草も効果的です。
稲刈り後、畦畔や土手など周辺のイネ科雑草を徹底的に除草することで、ヒメトビウンカの越冬場所をなくし、翌年の第1世代の発生源を減らすことができます。この耕種的防除は、薬剤防除と組み合わせることで相乗効果を発揮し、地域全体のイネ縞葉枯病発生を長期的に抑制する基盤となります。
イネ縞葉枯病の防除を成功させるためには、個々の農家だけでなく、地域全体で協力して取り組むことが不可欠です。ヒメトビウンカは飛翔能力があり、広い範囲を移動するため、自分の圃場だけ対策をしても、周辺から保毒虫が飛び込んでくれば感染リスクは残ります。
地域の保毒虫率を把握することが、防除要否を判断する上で重要です。茨城県のフローチャートでは、前年の発病株率が30%以上だった場合、または越冬世代の保毒虫率が5%以上である場合、育苗箱施用が推奨されています。さらに前年に育苗箱施用をしていても発病株率が25%以上だった場合や、保毒虫率が5%以上の場合は、育苗箱施用と本田散布を組み合わせた体系防除が必要です。
地域全体での情報共有が鍵です。
各都道府県の病害虫防除所は、定期的にヒメトビウンカの発生予察情報や保毒虫率の調査結果を発表しています。令和7年度の兵庫県の調査では、第1世代虫の保毒虫率は0.9%となり過去10年間で最も低い値となりましたが、栃木県では一部地域で10%を超える地点もありました。このような地域差があるため、自分の地域の最新情報を確認することが重要です。
集落営農組織や農協単位での共同防除も効果的です。育苗箱施薬の共同購入や本田散布の適期情報の共有、秋季の一斉耕起運動などを地域で連携して実施することで、防除効果が高まり、コストも削減できます。特に抵抗性品種への転換は、地域全体で進めることで保毒虫率を徐々に低下させる効果が期待できます。
前年の発病状況や保毒虫率のデータを記録し、翌年の防除計画に活用することも重要です。発病株率の調査は穂揃期頃に行い、300株程度を目安に調査することで、翌年の防除要否を判断する基準データとなります。こうした継続的なモニタリングと記録が、中長期的な防除戦略の基盤となるのです。