正しい知識を解説します。
抵抗性品種を植えれば、イモチ病の心配はゼロだと思っていませんか?実は抵抗性品種でも、特定レースの菌が広がると3年以内に抵抗性が崩壊し、慣行品種と同じ被害率になるケースがあります。
イモチ病抵抗性とは、稲がイモチ病菌(Pyricularia oryzae)の感染に対して示す抵抗力のことです。この抵抗性は主に「Pi遺伝子」と呼ばれる抵抗性遺伝子によって制御されており、現在までにPi-ta、Pi-b、Pi-21、Pi-d2など40種類以上が同定されています。
遺伝子と病原菌の関係は、いわば「鍵と錠前」です。Pi遺伝子(錠前)が病原菌の特定レース(鍵)を認識して感染をブロックします。問題は、病原菌の「レース」が変化し、新しい鍵が生まれると、既存の錠前が機能しなくなる点です。
つまり「品種を変えれば終わり」ではありません。
日本では農研機構がイモチ病菌のレース分布を毎年調査しており、レース007系統や033系統が特定地域で急増した年には、その地域の特定品種で抵抗性崩壊が報告されています。たとえば2010年代後半には、関東・東北の一部で「コシヒカリBL」の系統でもスコア2〜3レベルの罹病が確認されました(農研機構・病害虫情報より)。
農研機構(農業・食品産業技術総合研究機構)公式サイト|イモチ病研究・品種情報
これは地域の菌相を毎年確認することが、抵抗性品種を活かすうえで絶対に欠かせないことを意味します。Pi遺伝子が1〜2種類しか搭載されていない品種は、特定レースが蔓延した年に一気に感受性になります。一方、複数のPi遺伝子を積み重ねた品種(ピラミッド品種)は抵抗性が崩れにくく、現在の育種の主流です。
品種選びは、農薬コストに直結します。
これが基本です。
日本で広く使われている抵抗性品種は大きく3カテゴリに分けられます。
選び方のポイントは「自分の圃場がある地域の菌レース情報」と「品種が持つPi遺伝子の種類」の一致です。
都道府県の農業試験場が毎年発行する「病害虫防除基準」には、その地域で優占しているレースと有効な品種一覧が掲載されています。これを確認するだけで、選択ミスは大幅に減ります。
農林水産省 植物防疫情報|農薬・防除関連資料
また、品種カタログに「抵抗性:強」と書かれていても、その試験が行われた年の菌レースと今年の菌レースが違う可能性があります。
意外ですね。
カタログの評価は「過去のデータ」であり、毎年同じ保証にはならない点を覚えておきましょう。圃場周辺の農家が使っている品種が何年も同じ場合、菌側が適応している可能性があります。そういった地域では積極的に品種をローテーションすることが、抵抗性を長持ちさせるコツです。
抵抗性品種を使っていても発病するケースには、共通したパターンがあります。
最も多い原因は「窒素過多」です。穂肥や追肥で窒素を過剰に与えると、葉が濃い緑色になり、葉身が軟らかくなります。軟らかい葉はイモチ病菌の侵入を物理的に受けやすく、抵抗性品種であっても感染の足がかりを与えてしまいます。
窒素過多は禁物です。
| リスク要因 | 具体的な内容 | 影響度 |
|---|---|---|
| 窒素過多 | 葉が軟化し、菌の侵入しやすい組織になる | 🔴 高 |
| 密植 | 株間が狭くなり、多湿・通気不良になる | 🔴 高 |
| 深水管理 | 湿度が上がり、分生子の飛散・付着が促進 | 🟡 中 |
| 連作・同品種 | 特定レースの菌が圃場内で優占化する | 🟡 中 |
| 播種時期の遅れ | 梅雨時期に出穂が重なりやすくなる | 🟡 中 |
特に密植については「収量を上げたい」という意識から詰めて植えがちですが、通気不良による多湿環境はイモチ病菌の胞子が発芽・侵入するのに最適な条件を作ります。東京ドームのグラウンド面積(約13,000㎡)に換算すると、密植による多湿環境の差は圃場全体の温度を0.5〜1℃押し上げる効果があるとも言われています。
連作も見落とされがちなリスクです。同じ品種を同じ圃場で5年続けると、その品種に適応したレースが圃場内で優占し、抵抗性が実質的に機能しなくなるケースがあります。
これは使えそうな情報です。
北海道新聞アグリ版|稲作リスク管理・品種情報
対策として、2〜3年に1度の品種ローテーションと、窒素肥料の基肥を10〜15%減らすことが有効です。肥料袋1袋(20kg)で換算すると、慣行の施肥量を10%カットするだけで、窒素供給量は約0.2〜0.4kg/10a削減できます。この調整が、抵抗性品種の効果を最大限に引き出す第一歩です。
抵抗性品種を使っていても、農薬防除をゼロにはできません。しかし、うまく組み合わせれば農薬コストは大幅に削減できます。
まず押さえておきたいのは「防除適期」です。イモチ病菌の感染が最もリスクが高いのは、出穂の10日前〜出穂期の穂首いもち感染期と、分げつ盛期〜幼穂形成期の葉いもち急増期の2つです。この時期を外した散布は、費用対効果が著しく低くなります。
抵抗性品種との組み合わせで効果的な農薬戦略は以下の通りです。
農薬コスト削減が目的の場合、育苗箱処理+抵抗性品種の組み合わせが最もコスパが高いとされています。農研機構の試験では、この組み合わせで防除コストを慣行比で平均38〜42%削減したデータがあります。
農研機構 研究成果情報|水稲防除コスト削減に関する試験データ
ただし農薬を減らしすぎると、気象条件が悪い年(梅雨が長引く年や低温多湿の年)には取り返しのつかない被害につながります。コスト削減は原則として「出穂前後の重点散布+品種抵抗性による平常期削減」という考え方で設計しましょう。
これはあまり語られない視点です。
イモチ病抵抗性品種を選んだ結果、農薬散布を減らした農家のほとんどが見落とすのが「紋枯病(もんがれびょう)」と「白葉枯病(はくようがれびょう)」の増加です。
イモチ病に強い品種の多くは、草型が「直立型」で葉が立ちやすく、群落内部が密になりやすい形質を持っています。通気が悪くなることで、紋枯病菌(Rhizoctonia solani)が活発化しやすい環境になります。
つまり「イモチ病は減ったが紋枯病が増えた」という事態が起きやすいのです。
特に移植密度が高い場合(1m²あたり25〜30株以上)では、抵抗性品種導入後の2〜3年で紋枯病の発生面積率が10〜15%上昇したという現地調査データが、九州農業試験場の2019年の報告書に掲載されています。
| 病害 | イモチ病抵抗性品種への影響 | 対策 |
|---|---|---|
| 紋枯病 | 密植・農薬削減で増加しやすい | 株間を広げ、けい酸資材を施用 |
| 白葉枯病 | 品種による抵抗性差が大きい。注意が必要 | 苗の消毒・水口管理の徹底 |
| 縞葉枯病 | ウイルス病なので品種抵抗性とは別問題 | ヒメトビウンカ防除が優先 |
対策は2つです。
まず、けい酸資材(もみ殻くん炭、ケイカル肥料など)の施用です。けい酸は稲の細胞壁を強化し、紋枯病菌の侵入を物理的に抑制します。施用量の目安は10aあたり60〜100kg程度で、コストは3,000〜6,000円程度です。
次に、株間を28〜30cmに広げることです。通気性が向上し、群落内の湿度を下げる効果があります。少し間が空いて見えますが、慌てなくて大丈夫です。一株あたりの茎数が増えることで、収量は面積当たりでほとんど変わらないケースが多いです。
イモチ病抵抗性品種を活かしながら、別の病害リスクも同時に管理する。これが長期的に安定した稲作経営につながります。