イチゴのボケと座止は花芽分化と窒素!検鏡と温度で対策し収穫

イチゴ栽培で最も恐ろしいボケと座止。その原因は花芽分化の遅れや窒素過多にあります。年内収穫を逃さないための正確な検鏡技術や育苗期の温度管理、そして万が一発生してしまった場合のリカバリー方法とは?

イチゴのボケ 座止

記事のポイント
⚠️
ボケと座止の正体

花芽分化の未完了と窒素過多が招く生理障害

🌡️
徹底した温度管理

育苗後半の夜冷と窒素切りが運命を分ける

🔬
検鏡による判定

成長点の肥厚を目視確認して定植時期を決定

原因となる花芽分化の未完了と窒素過多

 

イチゴ栽培において、生産者が最も避けたいトラブルの一つが「ボケ」と「座止(ざし)」です。これらは病気ではなく生理障害の一種ですが、一度発生すると年内収穫が絶望的になるなど、経営に甚大なダメージを与えます。多くの栽培マニュアルでは「窒素を切れ」「温度を下げろ」と書かれていますが、その生理的なメカニズムを深く理解している生産者は意外に多くありません。

 

まず「ボケ」について解説します。現場では「ツルボケ」とも呼ばれるこの現象は、植物体が栄養成長(葉や茎を伸ばす成長)に偏りすぎてしまい、生殖成長(花や実を作る成長)に切り替わらない状態を指します。主な原因は、定植前の苗に窒素分が過剰に残っていること(C/N比の低下)です。イチゴは本来、低温や短日条件を感じ取って「そろそろ子孫を残さなければ(花を作らなければ)」と判断し、花芽分化を開始します。しかし、体内に窒素が豊富にあると、植物は「まだ成長できる」と勘違いし、花芽を作らずに葉ばかりを茂らせてしまいます。この状態で定植してしまうと、ハウス内の暖かい環境と相まって、巨大な葉が展開するだけで一向に花が咲かない「ボケ苗」となってしまうのです。

 

一方、「座止」はさらに深刻な状態を指すことがあります。これは、花芽分化が完全に終わっていない「未分化苗」を無理に定植したり、あるいは分化直後の極めてデリケートな時期に高温や乾燥などのストレスを与えたりすることで、成長点そのものの活動が停止してしまう現象です。植物の成長がピタリと止まり、新しい葉も出てこなければ、花房も上がってこない。「座って止まる」という文字通り、株が沈黙してしまいます。これは、植物ホルモンであるジベレリンやオーキシンの合成・転流が阻害されることで起きると考えられています。

 

特に近年、温暖化の影響で秋口の気温が下がりにくくなっており、自然条件だけでは花芽分化のスイッチが入りにくくなっています。そのため、人為的な窒素中断(肥料切り)のタイミングが難しくなり、結果としてボケや座止を引き起こすケースが増加しています。「葉色が薄くなったから大丈夫だろう」という目視だけの判断は危険であり、植物体内の栄養レベルと環境条件のミスマッチが、これら生理障害の根本的な原因なのです。

 

参考リンク:花芽分化と温度・窒素の関係について詳細なデータが記載されています。

 

新潟県:土づくりのすすめ方と環境保全型農業(窒素管理の基礎)

対策の基本は育苗後半の温度管理と断根

ボケや座止を防ぐための最大の防御策は、育苗後半における徹底的な管理に尽きます。ここで重要なのは、「イチゴに冬が来たと錯覚させること」です。花芽分化を誘導するためには、平均気温を下げ、窒素レベルを落とす必要がありますが、具体的な数値を意識した管理が求められます。

 

まず温度管理ですが、花芽分化の至適温度は一般的に13℃〜15℃、高くても25℃以下と言われています。しかし、近年の残暑では夜温が25℃を下回らない日も珍しくありません。そこで有効なのが、夜冷育苗や株冷処理といった積極的な冷却技術です。もし専用の冷却設備がない場合でも、夕方に冷たい地下水を散水したり、寒冷紗で遮光して地温の上昇を抑えたりする工夫が必要です。特に重要なのは夜間の温度です。昼間いくら光合成をさせても、夜間の呼吸でエネルギー(炭水化物)を消費しすぎては、花芽形成に必要なエネルギーが不足してしまいます。夜温を下げることは、呼吸による消耗を抑え、C/N比(炭水化物/窒素比)を高めるために不可欠なのです。

 

次に、窒素中断のテクニックとして「断根(根切り)」があります。これは物理的に根を切ることで、土壌からの窒素吸収を強制的にストップさせる荒療治ですが、非常に効果的です。定植の2週間ほど前にポットをずらしたり、鉢上げを行ったりして根を切ると、植物は水分や養分の吸収が制限され、一種の飢餓ストレスを感じます。このストレスが引き金となり、生存本能として子孫を残そうとするスイッチ(花芽分化)が入ります。

 

ただし、やりすぎは禁物です。極端に窒素を抜きすぎたり、過度な断根を行ったりすると、今度は定植後の活着(根付き)が悪くなり、初期生育不良を招きます。いわゆる「老化苗」になってしまうのです。理想は、定植時には窒素が切れかかっているものの、根の活力は残っている状態。葉色で言えば、濃い緑色から淡い黄緑色に変化したタイミングです。カラーチャートや葉色計(SPADメーター)を使用し、数値に基づいた管理を行うことで、感覚に頼らない再現性のある対策が可能になります。

 

検鏡で判断する生殖成長への転換点

「そろそろ定植してもいい頃だろう」という暦(カレンダー)だけを頼りにした定植は、ボケや座止への直行便です。その年ごとの気象条件によって、花芽分化の時期は1週間から10日ほど平気で前後します。最も確実で、プロフェッショナルな判断方法は「検鏡(けんきょう)」です。顕微鏡を使って、イチゴの成長点を目視で確認する作業です。

 

検鏡では、イチゴのクラウン(株元)をカミソリで薄く削ぎ落とし、中心部にある0.1mm程度の成長点を探し出します。未分化の状態では、成長点は平らで小さいままですが、花芽分化が始まると、成長点が盛り上がり、肥厚してきます。これを「肥厚期」と呼び、さらに進むとガク片や花弁の原基が見えてきます。

 

ボケや座止を防ぐための定植適期は、この花芽分化が肉眼(顕微鏡下)で確認できた直後です。具体的には「肥厚期」から「ガク片形成期」の間がベストです。

 

もし、検鏡で成長点がまだ平ら(未分化)だった場合、絶対に定植してはいけません。この状態で、元肥の効いた本圃(ハウスの土)に植えてしまうと、根が新しい窒素を急激に吸収し、一度入りかけた花芽分化のスイッチが解除されてしまう「脱分化(リバージェテーション)」という現象が起きる可能性があります。これが最も典型的なボケの原因です。

 

逆に、花芽が分化しすぎてから定植するのもリスクがあります。花芽が発達しすぎた状態で植え傷みを与えると、今度は「座止」や「頂果房の早期出蕾(極端に短い花茎で花が咲く)」につながります。検鏡は、この「早すぎず、遅すぎない」一瞬のタイミングを見極めるための唯一の羅針盤です。地域のJAや普及センターでは定期的に検鏡会が行われていますが、大規模な農家であれば、自前で実体顕微鏡を購入し、自分の圃場の苗を毎日チェックすることをお勧めします。数万円の投資で、数百万円の損失を防げるのであれば安いものです。

 

参考リンク:栃木県農業試験場による花芽分化と定植時期に関する詳細な研究報告です。

 

いちご「とちおとめ」の心止まり株の発生と育苗(栃木県)

収穫を左右する定植後の活着と水管理

無事に花芽分化を確認し、定植を行った後も気は抜けません。実は、定植直後の水管理が座止のトリガーになることがあるという、あまり知られていない事実があります。定植後の苗は、ポットから広い土壌へと環境が激変し、根がダメージを受けています。この時期に最も優先すべきは「活着(かっちゃく)」、つまり新しい根を土壌に伸ばすことです。

 

ここで陥りやすいミスが、極端な乾燥または過湿です。活着を促すためには適度な水分が必要ですが、「根腐れが怖い」といって水を控えすぎると、苗は深刻な水分ストレスを受けます。定植直後の苗は、まだ新しい根が伸びていないため、既存の根塊(ルートボール)にある水分しか利用できません。この小さな根塊が乾いてしまうと、株全体が萎れ、成長点は深刻なダメージを受けます。これが定植後の座止の一因となります。

 

逆に、水をやりすぎて土壌中の酸素が欠乏すると、根が窒息して機能不全に陥ります。特に、育苗期に窒素を切って「老化苗」気味になっている場合、根の再生力は弱まっています。そこに過湿ストレスが加わると、根が褐変して死滅し、地上部の成長もストップします。

 

独自視点として提案したいのは、「活着促進のための葉水(シリンジ)」と「局所灌水」の組み合わせです。根が動くまでの数日間は、根からの吸水に期待せず、葉の表面から水分を補給する「葉水」を頻繁に行います。これにより、蒸散による水分の消失を防ぎ、株の体力を温存させます。同時に、点滴チューブなどで株元だけに少量の水をピンポイントで与え、根塊の水分を維持します。

 

活着がスムーズに進めば、新しい白い根(白根)が急速に伸び始めます。この白根からサイトカイニンという植物ホルモンが合成され、地上部に送られることで、花芽の発達や新しい葉の展開が促進されます。つまり、定植後のスムーズな活着こそが、座止を回避し、初期収穫量を最大化するための隠れた鍵なのです。

 

年内に立て直す座止発生後のリカバリー

万全の対策をしたつもりでも、天候不順や不測の事態で座止やボケに近い症状が出てしまうことがあります。多くの教科書では「座止したら年内収穫は諦めろ」と書かれていますが、完全に諦める必要はありません。早期発見と適切な処置を行えば、遅れを最小限に抑え、リカバリーすることは可能です。

 

まず、座止(成長停止)の兆候が見られた場合、即座に行うべきは「根への刺激」と「葉面散布による直接栄養補給」です。

 

座止している株は、根の動きも止まっていることが多いです。そこで、発根促進剤(アミノ酸入り液肥やフルボ酸資材など)をごく薄い濃度で灌水し、根を刺激します。濃い肥料は逆効果なので、あくまで「呼び水」としての薄い濃度がポイントです。

 

同時に、根が動いていない以上、土壌に肥料を撒いても吸収されません。そこで、即効性のあるアミノ酸や糖、微量要素を含んだ資材を葉面散布します。葉から直接エネルギーを注入することで、停滞していた代謝を活性化させ、成長点の動きを再開させるのです。特に、曇天が続いて光合成が不足している場合には、ブドウ糖や酢酸などの炭水化物資材の葉面散布が、植物の「空腹」を満たし、再始動のエネルギーとなります。

 

また、物理的な刺激として「電照(長日処理)」の活用も検討します。座止は一種の深い休眠状態に似ているため、電照によって日長を長くし、休眠打破を促すことで、成長を再開させることができる場合があります。ただし、これは品種や温度条件によって効果が異なるため、地域の指導員と相談しながら慎重に行う必要があります。

 

最後に、精神論のようですが「観察」を止めないことです。座止した株の中に、わずかでも新葉が展開し始めた株があれば、それは回復のサインです。そのタイミングを見逃さず、徐々に通常の管理に戻していくことで、1ヶ月の遅れを2週間の遅れまで縮めることができるかもしれません。農業において、100点を取ることも重要ですが、トラブル時に0点にせず、60点まで持ち直す「守りの技術」こそが、安定経営の要なのです。

 

参考リンク:生理障害発生時の具体的な対処法やアミノ酸肥料の効果について触れられています。

 

イチゴの生理障害対策とアミノ酸肥料の活用(葉面散布の技術)

 

 


「原因」と「結果」の法則 4