未分化定植で本圃増殖と炭疽病対策!育苗省力化のコツ

未分化定植は育苗の手間を劇的に減らし、炭疽病リスクを下げる画期的な技術ですが、失敗すると収穫が大幅に遅れる諸刃の剣でもあります。成功のための窒素管理と本圃での温度対策、あなたは正しく理解できていますか?
未分化定植のポイント
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育苗期間の大幅短縮

ポットへの鉢上げ作業を省略し、7月下旬〜8月の早期に本圃へ定植することで、夏の過酷な育苗管理を50%以上削減可能です。

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炭疽病リスクの低減

育苗ハウスでの密集管理を避けることで、雨や灌水による病原菌の拡散を防ぎ、感染リスクを物理的に回避します。

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厳格な窒素コントロール

本圃での花芽分化を誘導するため、定植後の窒素肥効を極限まで抑える高度な施肥管理と水分調整が不可欠です。

未分化定植

未分化定植とは、イチゴの苗が花芽分化を起こす前、つまり成長点がいまだ葉芽の状態である段階で、最終的な栽培場所である本圃(ほんぽ)へ定植してしまう栽培技術のことです。通常、イチゴ栽培では9月中旬から下旬にかけて、顕微鏡で花芽の分化(クラウン内部で花の元ができていること)を確認してから定植するのがセオリーです。これは、花芽ができていない状態で定植すると、肥料の効いた本圃の環境下では栄養成長ばかりが促進され、いつまでたっても花が咲かない「木ボケ」状態に陥るリスクがあるためです。しかし、近年の温暖化による育苗の難化や、農業従事者の高齢化・労働力不足を背景に、あえてこのセオリーを破り、早期に定植することで育苗期間を短縮する手法が注目されています。

 

参考)【第2回】イチゴの未分化定植・本圃増殖栽培 花芽分化を促すに…

この技術の最大の狙いは「省力化」と「病害回避」にあります。特に「本圃増殖法」と呼ばれる手法では、親株からランナーで切り離したばかりの小さな苗や、ポット受けをせずに直接本圃に植え付ける方法がとられ、夏の炎天下での過酷なポット管理作業を一掃できる可能性があります。静岡県や愛知県など、大規模産地の一部ではマニュアル化が進んでおり、品種としては「きらぴ香」や「紅ほっぺ」、「よつぼし」などで導入事例が増えています。しかし、成功のためには、単に早く植えるだけでなく、本圃という広い空間で意図的に花芽分化を誘導させる高度な環境制御技術が求められます。

未分化定植のメリットと育苗省力化

未分化定植の最大の魅力は、夏場の育苗作業にかかる膨大な労力を劇的に削減できる点にあります。慣行のポット育苗では、親株からの採苗、ポットへの土詰め、鉢上げ(植え替え)、そして毎日の灌水や葉かき作業が必要となり、これらはイチゴ栽培全体の労働時間の約30〜40%を占めると言われています。特に7月から8月の猛暑日に行う作業は身体的負担が極めて大きく、熱中症のリスクとも隣り合わせです。

 

未分化定植、特に「本圃直接定植」や「本圃増殖」と呼ばれるスタイルを採用した場合、以下のような具体的な省力化効果が得られます。

 

  • 鉢上げ作業の消滅: ポット育苗を行わないため、数千から数万株分のポットへの土詰めと植え替え作業がゼロになります。これは10aあたり数百時間の労働削減に相当します。
  • 灌水管理の自動化: 育苗ハウスでの手灌水や細かな水分管理から解放され、本圃に設置された自動灌水チューブ(点滴灌水など)を利用して一斉管理が可能になります。
  • 移動作業の撤廃: 育苗場所から本圃へ重い苗運びをする必要がなくなります(あるいは、軽量なセル苗の移動だけで済みます)。

    参考)https://www.pref.miyagi.jp/documents/52206/r05gijutu04.pdf

このように、未分化定植は「苗半作」と言われるイチゴ栽培の常識を覆し、最も辛い夏の作業を簡素化することで、規模拡大や雇用労力の削減に直結する技術です。また、空いた育苗ハウスを別の用途(例えば太陽熱消毒や次作の準備、あるいは早期の葉物野菜栽培など)に活用できるため、経営全体の回転率を高める効果も期待できます。

 

未分化定植による炭疽病の回避と対策

未分化定植は、イチゴ農家にとって最大の脅威である「炭疽病」への強力な対抗策としても機能します。炭疽病は、高温多湿を好み、雨や頭上灌水による水はね(スプラッシュ)によって胞子が飛散し、周囲の苗へと感染が爆発的に広がります。慣行のポット育苗では、苗が密集して並べられているため、一株でも感染株が出ると周囲に蔓延しやすく、廃棄ロスが甚大になるケースが後を絶ちません。

未分化定植が炭疽病対策に有効な理由は、以下の物理的環境の変化にあります。

 

  • 密度効果の解消: 本圃に定植することで、株間(通常20〜25cm程度)が確保され、風通しが良くなります。これにより、葉が乾きやすくなり、病原菌が好む多湿環境が改善されます。
  • 感染経路の遮断: 育苗ハウスから本圃への移動がない、あるいは移動が早まることで、菌を持ち込むリスクや、移動中のストレスによる発病リスクを低減できます。
  • 水はねの抑制: 本圃で点滴灌水(ドリップチューブ)を使用すれば、頭上からのシャワー灌水と異なり、泥はねや水滴による胞子の飛散を物理的に防ぐことができます。

    参考)https://www.pref.ehime.jp/uploaded/attachment/126313.pdf

実際に、炭疽病で苗が全滅に近い被害を受けた経験のある農家が、未分化定植(特に本圃での無仮植育苗)に切り替えたことで、被害をほぼゼロに抑えられたという報告もあります。ただし、これは「本圃がクリーンであること」が大前提です。前作の残渣処理や太陽熱消毒を徹底し、土壌中に病原菌がいない状態を作ってから定植しなければ、逆に本圃全体が汚染されるリスクもあるため、土作りとセットでの対策が必要です。

未分化定植後の本圃での徹底した管理

未分化定植の成否を分けるのは、定植後の「本圃管理」です。通常の栽培とは異なり、まだ花芽ができていない苗を植えるため、本圃という環境下で人為的に花芽分化を誘導しなければなりません。ここで最も重要になるのが「窒素(チッソ)レベルのコントロール」です。

 

イチゴの花芽分化は、体内の窒素濃度が低下し、かつ一定の低温・短日条件に遭遇することでスイッチが入ります。しかし、本圃の土壌に元肥(もとごえ)として窒素が大量に残っていると、苗はそれを吸収し続け、いつまでたっても「栄養成長(葉や茎を伸ばす成長)」から「生殖成長(花や実を作る成長)」へ切り替わりません。これを防ぐために、以下の管理を徹底する必要があります。

 

参考)https://www.agrinet.pref.tochigi.lg.jp/nousi/seikasyu/seika10/sep_010_4_3_04.pdf

  1. 元肥の減量・断肥: 未分化定植を行う場合、基肥の窒素量は慣行栽培の半分以下、あるいはゼロ(無肥料)からスタートすることが推奨されます。静岡県のマニュアルなどでは、定植後の硝酸態窒素濃度を常にモニタリングし、花芽分化が確認されるまでは追肥を行わないことが鉄則とされています。​
  2. 水分ストレスの活用: 窒素吸収を抑えるため、活着(根付くこと)が確認できたら、あえて灌水を控えめにし、株に軽い水分ストレスを与えることで、体内のC/N比(炭素と窒素の比率)を高め、花芽分化を促します。ただし、萎れすぎて枯死させないギリギリの管理が求められます。

    参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10519791/

  3. 局所的な温度制御: 近年は、クラウン周辺のみを局所的に冷却する技術(スポットクーラーや冷水循環パイプなど)を本圃に導入し、地温や株元の温度を下げることで、高温期の定植でも確実に花芽分化させる試みが行われています。

    参考)AgriKnowledgeシステム

特に注意が必要なのは、定植直後の「活着促進」と「窒素切り」のバランスです。活着までは水が必要ですが、活着後は速やかに窒素を切らなければなりません。この切り替えのタイミングを見誤ると、後述する「花芽分化の遅れ」に直結します。

 

未分化定植で懸念される花芽分化の遅れ

未分化定植における最大のリスク、それは「花芽分化の遅れ」による収穫開始の大幅な遅延です。これを業界用語で「遅れ」や「中休み(なかやすみ)の長期化」と呼ぶことがありますが、最悪の場合、クリスマスや年末の商戦期にイチゴが出荷できないという経営的な大打撃につながります。

 

参考)Instagram

通常、ポット育苗であれば、夜冷庫(やれいこ)に入れたり、窒素中断処理をしたりして確実に花芽を分化させてから定植します。しかし、未分化定植では、コントロールの難しい本圃(広いハウス内)で自然の気温低下を待つか、先述したようなシビアな窒素管理に頼るしかありません。もし、9月が暖秋で気温が下がらなかったり、土壌中の窒素が予想外に効いてしまったりすると、以下のような生理障害が発生します。

 

  • 芯止まり・ブラインド: 花芽がつかないまま株が成長し、ランナーばかりが出てくる現象。
  • 頂花房の遅れ: 通常なら11月下旬に収穫できるはずの一番果(頂花房)が、1月以降にずれ込む。これにより、単価の高い12月の売り上げが消滅します。
  • 乱形果の発生: 花芽分化期に高温や栄養過多などのストレスがかかると、奇形果や乱形果が発生しやすくなります。​

愛媛県や熊本県などの指導指針でも、基本的には「検鏡(顕微鏡での検査)による花芽分化の確認後の定植」を強く推奨しており、未分化定植はあくまで「高度な技術と環境制御が可能な生産者」向けの例外的な手法であると位置づけられています。安易な導入は危険であり、定期的な検鏡を行い、分化していない場合は遮光ネットで日照時間を調整したり、葉かきを行って株に刺激を与えたりする等のリカバリー策を用意しておく必要があります。

 

参考)https://www.pref.kagawa.lg.jp/documents/36802/houjou60.pdf

未分化定植がもたらす初期生育と根量

最後に、検索上位の記事ではあまり触れられない、未分化定植ならではの「独自視点のメリット」について解説します。それは「圧倒的な根量の確保」と、それに伴う「厳寒期の樹勢維持」です。

 

通常の定植(9月中下旬)では、定植から地温が低下するまでの期間が短く、本格的な寒さが来る前に十分な根を張らせる時間が限られています。これに対し、未分化定植(7月下旬〜9月上旬)では、地温がまだ高く、植物の生育が旺盛な時期に本圃へ根を下ろすことができます。これにより、以下の生理的なアドバンテージが生まれます。

 

  • ディープ・ルーティング(深根化): 暖かい時期に定植された苗は、根が土壌深くまで伸長します。根の量(ルートボリューム)は、地上部の茎葉を支える土台であり、養水分吸収のキャパシティそのものです。
  • なり疲れの回避: イチゴは1番果、2番果と連続して実をつけると、冬場に「なり疲れ」を起こして草勢が弱まることがあります。しかし、未分化定植で強大な根圏(こんけん)を形成した株は、スタミナがあり、厳寒期や春先の負担が大きい時期でも樹勢が落ちにくく、シーズン通しての収量が安定する傾向があります。
  • クラウンの肥大: 早期に活着することで、クラウン(茎の基部)が太く育ちます。クラウンの太さは、発生する花数や果実のサイズに正の相関があるため、大玉多収を狙う上での大きな武器となります。

    参考)【成功の鍵は最初の1ヶ月】イチゴ定植後の初期管理ノウハウ:強…

もちろん、これも「過繁茂(葉が茂りすぎること)」とのバランス調整が必要ですが、適切に制御された未分化定植株は、単なる省力化以上の「高品質・多収」のポテンシャルを秘めています。リスクを恐れず、しかし科学的なデータ(窒素濃度や検鏡結果)に基づいて管理できる生産者にとって、未分化定植は次世代のスタンダードになり得る技術と言えるでしょう。