トマト栽培において、整枝や誘引と並んで極めて重要な管理作業の一つが「葉かき(摘葉)」です。この作業は単に茂りすぎた葉を取り除いて見た目をすっきりさせるだけのものではなく、植物の生理状態をコントロールし、長期的な収穫(ロングドリフト)を実現するための高度な栽培技術です。多くの農業従事者が経験的に行っている作業ですが、その裏にある植物生理学的なメカニズムや、病原菌の挙動を深く理解することで、収量や品質をさらに向上させることが可能になります。
特に施設園芸や長期栽培においては、葉かき作業の良し悪しが後半の樹勢維持に直結します。古い葉をいつまでも残しておくと、それ自体が呼吸によるエネルギー消費源となり、本来果実に行くべき同化養分(糖分)を浪費してしまう「シンク化」現象を引き起こします。一方で、無計画に葉を取りすぎれば、根へのエネルギー供給が絶たれ、株全体の老化を早める結果となります。
本記事では、基礎的な手順から、プロの農家でも見落としがちな生理学的視点、そして最新の病害予防の知見までを網羅し、現場ですぐに実践できるレベルまで深掘りして解説します。
トマトの葉かき作業を開始するタイミングは、株の成長段階と果実の熟度によって厳密に判断する必要があります。早すぎる除去は株の成長エネルギーを削ぐことになり、遅すぎる除去は病気の温床を作る原因となります。
一般的に、第1花房の果実が白く輝き出し、色づき始める直前(ブレイク期)から収穫開始時期が葉かきスタートの合図です。この段階になると、第1花房より下にある葉(下葉)は、展開してから長期間が経過しており、光合成能力が著しく低下しています。植物生理学的には、葉の寿命は約50〜60日程度とされており、それを超えた葉は光合成による生産量よりも、呼吸による消費量が上回る傾向にあります。
作業効率を優先して一度に大量の葉を除去することは厳禁です。急激な葉面積の減少は、植物体内の水分バランスを崩し、果実への急激な水流変化を引き起こして「裂果」を誘発します。
1回の作業で除去するのは2〜3枚程度に留め、定期的にこまめに行うのが理想です。
また、常に株全体で「展開している葉が15枚〜20枚程度」残っている状態を維持することが、安定した収穫を続ける黄金律とされています。これを下回ると、根への養分供給が不足し、いわゆる「根細り」や「成り疲れ」の原因となります。
農林水産省の品種別野菜栽培マニュアルでは、栽培ステージごとの標準的な葉数管理について詳細な指針が示されており、地域ごとの作型に合わせた微調整が推奨されています。
農林水産省:トマトの施肥基準と栽培管理マニュアル(葉数管理の項目を参照)
参考)https://www.japan-soil.net/report/h25tebiki_03.pdf
葉かき作業は、単に葉を切り落とす単純作業に見えますが、その切り口(傷口)の処理一つで、その後の病気発生リスクが大きく変わります。プロの現場では、作業の「質」と「スピード」の両立が求められます。
作業は必ず「晴天の午前中」に行います。これは絶対的なルールです。午前中に作業を終えることで、午後の日光と乾燥した空気によって切り口が乾き、コルク化(治癒)が促進されます。夕方や雨の日に作業を行うと、切り口が生乾きのまま夜間の高湿度状態に晒されることになり、そこから灰色かび病菌などの病原菌が容易に侵入します。
茎のギリギリで切るのが基本ですが、灰色かび病のリスクが高い時期は、あえて数センチ茎を残して切る「枯れ枝残し」という手法をとる場合もあります。しかし、一般的には茎の際(きわ)からきれいに取り除く方が、通気性が良くなり、薬剤散布時の薬液がかかりやすくなるため推奨されます。
タキイ種苗の技術情報では、品種ごとの草勢に応じた葉かきの強弱について解説されており、特に強勢品種と弱勢品種での管理の違いが学べます。
葉かき作業の最大の目的の一つは、病害防除の効率化と環境改善です。植物が生い茂ったハウス内は、病原菌にとって好適な環境になりがちですが、適切な葉かきは農薬の使用量を減らすIPM(総合的病害虫・雑草管理)の観点からも極めて有効です。
トマト栽培で最も厄介な「灰色かび病(ボトリチス)」や「葉かび病」は、停滞した湿気を好みます。特に株元に近い下葉が密集していると、地表からの蒸散水分がこもり、湿度100%に近い微気象(マイクロクライメート)が形成されます。下葉を取り除くことで、株元の風通し(エアフロー)が劇的に改善され、湿度が下がることでカビの胞子発芽を物理的に抑制できます。また、枯れた花弁が葉の上に落ちて、そこからカビが発生することも多いため、葉かきと同時に花弁除去を行うことも重要です。
葉が混み合っていると、散布した殺菌剤や殺虫剤が株の内側や葉の裏側まで到達しません。これを「死角」と呼びます。特にハダニやコナジラミといった微細害虫は、薬剤がかかりにくい葉の裏に生息します。適度な葉かきを行って空間を空けることで、薬剤の霧(ミスト)が株全体に行き渡り(ドリフト効果)、防除効果を最大限に高めることができます。
「葉を取ると光合成量が減るのでは?」という懸念がありますが、実際はその逆の効果が期待できます。植物の上位葉が作った影によって、下位葉は十分な光を受けられず、光合成効率がマイナス(補償点以下)になっていることが多々あります。これらを取り除くことで、遮られていた光が中位の健康な葉や茎、さらには地温上昇に寄与し、植物全体の「純光合成生産量」はむしろ向上します。
サカタのタネの病害虫防除ガイドでは、耕種的防除(農薬を使わない環境制御)の一環として、葉かきによる通気性改善のデータが示されています。
サカタのタネ:トマトの重要病害虫防除における耕種的対策の効果
参考)https://esciencepress.net/journals/index.php/phytopath/article/download/4273/2443
ここでは、一般的な栽培マニュアルにはあまり書かれていない、植物ホルモンと養分転流(ソース・シンク関係)の視点から、葉かきの重要性を解説します。このメカニズムを理解すると、なぜ葉かきが果実の肥大や着色に影響するのかが腑に落ちます。
植物生理学において、光合成を行って糖を作る器官(葉)を「ソース」、その糖を消費・蓄積する器官(果実、根、成長点)を「シンク」と呼びます。若い葉は強力なソースですが、老化して黄化した葉は、ソースとしての機能を失い、逆に他の葉が作った糖を消費するだけの「寄生的なシンク」へと変化します。
適切な葉かきによってこれらを除去することは、「無駄飯食らい」を排除し、貴重な糖分を果実という「目的のシンク」へ優先的に配分させるための外科手術と言えます。これにより、果実の糖度上昇や肥大促進が直接的に期待できます。
葉かきという物理的な刺激(ストレス)は、植物体内で一時的に「エチレン」という植物ホルモンの生成を促します。エチレンは果実の成熟や着色を促進する作用があるため、適度な葉かきは、果実の赤熟を早めるスイッチの役割も果たします。収穫回転率を上げたい場合、少し強めに葉かきを行うテクニックが存在するのはこのためです。
一方で、成長点や若い葉で作られる「オーキシン」というホルモンは、維管束を通って根に送られ、発根を促す役割があります。葉を取りすぎるとオーキシンの供給量が減り、新しい根の発生が鈍ります。
「地上部の葉の枚数と、地下部の根の量は比例する(T/R比)」という原則を忘れてはいけません。収穫量を増やしたいあまりに葉を取りすぎると、結果として根が弱り、長期的には収量が激減するというジレンマに陥ります。独自視点として重要なのは、「葉かきは地上部の整理であると同時に、地下部の根の量を調整する作業でもある」という認識を持つことです。
最後に、葉かき作業における失敗例として最も多い「切りすぎ(強剪定)」のリスクについて警鐘を鳴らします。良かれと思って行った作業が、トマトに回復不能なダメージを与えることがあります。
夏場の強い日差しの下で、果実の上にある葉まで取ってしまうと、果実の表面温度が急激に上昇し、組織が壊死して白くなる「日焼け」が発生します。一度日焼けした果実は商品価値を失います。特に梅雨明け直後の急な晴天時は注意が必要で、あえて果実の上の葉を「日傘」として残す判断力が求められます。
葉は蒸散を行うことで、ポンプのように根から水を吸い上げる原動力となっています。葉を急激に減らすと、蒸散量が減り、果実の方へ余剰な水分が急激に流れ込みます。これにより、果皮が耐えきれずに割れる「裂果」が多発します。また、水分過多となった果実は味が水っぽくなり、糖度が低下します。
一度弱ってしまった根(根焼け)を回復させるのは非常に困難です。特に成長点付近の茎が細くなっている(めがね状態)場合、それは株が弱っているサインです。この状態で通常通りの葉かきを行うと、トドメを刺すことになりかねません。株が弱っている時は、病気の葉以外は極力残し、光合成量を確保して体力の回復を待つ勇気も必要です。
トマトの葉かき作業は、単なる「掃除」ではなく、植物との「対話」です。葉の色、茎の太さ、天候、そして根の状態を想像しながら、その日その時ごとの最適な除去量を見極めることが、プロフェッショナルな農業従事者の腕の見せ所といえるでしょう。
農業・食品産業技術総合研究機構:施設トマト生産における環境制御と生育診断の基礎
参考)https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/archive/files/vt_s_3.pdf