化学肥料や堆肥に含まれる窒素・リンは、作物が吸収しきれない分が余剰になり、雨やかんがい水と一緒に地下水や水路へ流出します。 余剰窒素は硝酸性窒素として地下水中に蓄積しやすく、世界的にも帯水層で検出される最大の化学汚染物質が農業由来の硝酸塩だと指摘されています。
とくに問題になりやすいのは、集約的な施肥が行われる野菜産地や施設園芸地帯です。 硝酸態窒素は水に極めて溶けやすく、地下浸透しやすいため、一度汚染が進むと回復に長い時間がかかります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/grass/54/3/54_KJ00005083097/_pdf
リンは土壌に固定されやすい一方で、表面流出や土壌粒子の流亡にくっついて河川・湖沼に運ばれ、富栄養化の一因となります。 湖沼や内湾で植物プランクトンが急増すると、アオコや赤潮が発生し、漁業や景観にも影響を及ぼします。
参考)https://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/kikaku/bukai/10/pdf/h160514_03_siryo.pdf
施肥設計において、収量を優先して「多めにやっておく」慣行が残っている場合、見えないかたちで水質汚濁原因が積み上がっていきます。 収支ベースで窒素・リンのバランスをとることが、水質保全と肥料コスト削減の両面で重要になっています。
参考)https://www.env.go.jp/content/900539201.pdf
農林水産省「農業生産活動に伴う環境影響について」
肥料成分の余剰と水質汚濁の関係を整理した資料(水質汚濁原因の基礎理解に有用)
農薬は使用基準を守れば環境への影響が抑えられるよう設計されていますが、散布タイミングや土壌状態によっては水質汚濁原因になりえます。 とくに、処理後すぐに強い降雨があると、表層の農薬が水と共に用排水路へ流出しやすくなります。
工程上見落とされがちなのが、土壌侵食とのセットで起こる農薬流出です。 表土に付着した農薬やリン酸が、粒径の細かい土粒子に抱き込まれたまま下流に流れ、水質汚濁と富栄養化を同時に引き起こします。
参考)https://www.env.go.jp/policy/hakusyo/h08/10040.html
・裸地期間が長い
・急傾斜の畑での強い耕うん
・排水路が未整備または浚渫不足
といった条件が重なると、雨による土壌侵食が加速し、農薬・肥料成分をまとめて押し流します。
一方で、農薬管理の改善により、水系への負荷を減らす事例も増えています。 緩効性製剤の選択や、雑草の発生生態に合わせた局所処理などにより、必要量を抑えつつ水質保全にも配慮した使い方が可能です。
環境省 環境白書(土壌浸食と人為的要因)
土壌侵食と水質汚濁を結びつけて解説している章(土壌侵食対策を考える際の参考)
畜産経営では、牛舎・豚舎・鶏舎などから出る洗浄水やふん尿を含んだ排水が、水質汚濁原因として大きなウエイトを占めます。 畜産排水には多量の有機物、アンモニア、亜硝酸、硝酸などが含まれ、処理が不十分なまま公共用水域に流入すると、溶存酸素の低下や悪臭、富栄養化を引き起こします。
日本では水質汚濁防止法に基づき、畜産業の特定施設からの排水に対して、硝酸性窒素等やBODなどの排水基準が設定されています。 一般の窒素成分については一律排水基準100mg/Lですが、達成が著しく困難と認められる畜産農業向けには、豚で400mg/Lといった暫定排水基準が設けられています。
参考)畜産経営に関する排水基準について:農林水産省
排水量が1日50m³を超えるか、基準以上の有害物質を含む場合は、浄化施設などによる排水処理が必須となります。 また、一部自治体では国の基準より厳しい「上乗せ基準」を条例で定め、地域の河川環境に応じた規制を行っています。
参考)畜産経営に関する排水基準について
一見、堆肥化して農地還元すれば問題ないように思えますが、保管場所や散布方法を誤ると、雨水とともに窒素・リンが流出してしまいます。 堆肥舎の屋根掛け・側溝整備・適切な散布時期の選定など、排水処理だけでなく「水に触れさせない」対策と組み合わせることが重要です。
参考)https://www.chikusan-kankyo.jp/newhomepage/JRAseika/tonsyaosui.pdf
農林水産省「畜産経営に関する排水基準について」
畜産排水と水質汚濁防止法の関係、具体的な排水基準を確認できる資料(畜産経営者向け)
工場や下水のように排水口が特定できる汚染とは異なり、農業からの水質汚濁は圃場全体や斜面から広くにじみ出る「非点源汚染」として現れることが多いのが特徴です。 その代表例が、雨による土壌侵食や赤土流出で、粒径の細かい土粒子が肥料分・農薬を抱きこんだまま河川・沿岸域まで運ばれてしまいます。
沖縄などの亜熱帯地域では、農地からの赤土流出がサンゴ礁の白化や藻類の増殖につながるとして、農地整備や心土破砕、法面の被覆といった対策が進められています。 サブソイラーを用いた心土破砕で硬盤を壊すと、雨水が地中に浸透しやすくなり、地表を流れる水が減ることで土壌流亡が抑えられると報告されています。
参考)https://www.env.go.jp/nature/biodic/coralreefs/pdf/project/development/200829_mat01.pdf
非点源汚染の難しさは、「どこからどれだけ出ているか」を測りにくい点にあります。 河川・湖沼の汚濁負荷の中で、工場排水や生活排水が改善されるにつれ、農業の相対的な寄与が高まってきたことも指摘されています。
参考)https://www.maff.go.jp/primaff/kanko/kiho/attach/pdf/960131_kiho28_11.pdf
一方で、畦畔の補強、草生管理、水路の沈砂池設置など、比較的ローコストな手当てで赤土や泥の流出を抑えた事例も蓄積されています。 地形・土質・作目ごとに「どこから土が動いているか」を現場で見て回ることが、効果的な投資の優先順位付けにつながります。
農畜産業振興機構「沖縄県の農地における赤土等流出防止対策について」
赤土流出と農地管理の工夫を具体例で紹介(赤土流出対策のヒントに)
地下水は一度汚染されると回復に長期間を要するため、農業由来の硝酸性窒素による地下水汚染は、国内外で深刻な問題になっています。 南西諸島のようなサンゴ石灰岩地域では、土壌の保水力が低く、施肥された窒素が短期間で地下水に達するケースが報告されています。
欧州連合では、1988年に「硝酸塩指令」が提案され、飲料水源を守るために硝酸塩汚染の著しい地域を指定して、施肥量の上限や家畜密度の制限などを導入してきました。 日本でも、行動計画策定や施肥基準の見直しにより、収支のとれた施肥を進めることが重要とされています。
参考)https://www.maff.go.jp/primaff/kanko/kiho/attach/pdf/940720_kiho22_02.pdf
意外な視点として、農業者自身の健康リスクも挙げられます。硝酸性窒素に汚染された井戸水を飲用すると、乳児のメトヘモグロビン血症(ブルーベビー症候群)の原因になる可能性があり、海外では基準値超過地域で問題化しています。 こうした背景から、国内でも地下水のモニタリングや、飲用井戸の水質検査を支援する取り組みが広がりつつあります。
さらに、水質汚濁と温室効果ガス排出が同じ窒素循環の中でつながっている点も見逃せません。 余剰窒素は一酸化二窒素(亜酸化窒素)として大気中に放出されることがあり、水質保全型の窒素管理が、そのまま気候変動対策にも貢献する可能性が示されています。
環境省「自然界における窒素の循環と地下水汚染」
窒素循環、水質汚染、温室効果ガスを一体的に整理した資料(地下水・気候の独自視点を深掘りする際に有用)