イチゴの栽培において、収量と品質を決定づける最も重要な要素の一つが「光合成」の効率化です。特に冬場のハウス栽培では、日照時間が限られるため、限られた光を最大限に利用する温度管理が求められます。多くの栽培者が「温度」ばかりに気を取られがちですが、実は「飽差(ほうさ)」という指標を理解していなければ、最適な光合成環境は作れません。
まず、イチゴの光合成能力が最大化する温度帯は、一般的に20℃~25℃と言われています。しかし、単に暖房機でこの温度に設定すれば良いというわけではありません。重要なのは、「日の出直後の温度の立ち上げ速度」です。
参考)https://www.pref.aichi.jp/uploaded/attachment/412059.pdf
植物は日の出と共に気孔を開き、光合成を開始しようとします。このタイミングでハウス内温度が低いままだと、酵素の働きが鈍く、せっかくの朝の光を無駄にしてしまいます。したがって、日の出前から加温を開始し、日が昇る頃には生育適温に近い状態までスムーズに温度を上げることが「スタートダッシュ」を決めるコツです。
参考)Instagram
午前中は光合成が最も活発に行われる時間帯です。ここでは25℃前後(品種により23℃~28℃)をキープします。高すぎると呼吸による消耗が激しくなり、低すぎると光合成速度が落ちます。
ハウスを閉め切って温度を上げると、イチゴがCO2を吸収し尽くしてしまい、濃度が外気(約400ppm)以下に下がることがあります。これでは温度が適正でも光合成が止まってしまいます。温度を維持しつつ、CO2発生装置などで濃度を1000ppm程度に高めることで、光合成速度を飛躍的に高めることができます。
参考)https://www.yanmar.com/jp/agri/products/irrigation/farmo_house/
次に、見落としがちな「飽差(VPD)」について深掘りします。
飽差とは、「あとどれくらい空気に水分が入る余地があるか」を示す指標で、イチゴの気孔の開閉にダイレクトに影響します。
| 飽差の状態 | 数値目安 (g/m³) | イチゴへの影響 | 対策 |
|---|---|---|---|
| 乾燥しすぎ | 8以上 | 気孔が閉じる(水不足ストレス)。光合成ストップ。 | ミスト加湿、通路散水 |
| 最適 | 3 ~ 6 | 気孔が全開。蒸散と光合成が最大化。 | 温度と湿度のバランス維持 |
| 湿りすぎ | 3未満 | 蒸散できない。養分吸収が停滞。病気のリスク増。 | 換気、暖房による除湿 |
多くの現場では、「温度は25℃だが、乾燥しすぎて(飽差が高すぎて)気孔が閉じている」というケースが散見されます。特に晴天時の午前中はハウス内が急激に乾燥しやすいため、温度管理と同時に湿度管理(必要に応じた加湿や換気の微調整)を行うことで、イチゴの葉は最大限のパフォーマンスを発揮します。光合成で作られた同化養分(糖分)こそが、あの甘くて大きなイチゴの実の源となるのです。
参考)https://www.pref.kagawa.lg.jp/documents/54213/jireisyu_ichigo.pdf
環境制御ガイドライン(愛知県) - イチゴの光合成適温と栽培管理の基礎データ
光合成で作った養分(糖)を、果実へ効率よく運ぶプロセスを「転流(てんりゅう)」と呼びます。この転流をスムーズに行わせるかどうかが、果実の肥大と糖度、そして株疲れの防止に直結します。ここで重要になるのが、午後から夜間にかけて段階的に温度を下げる「変温管理(多段階変温管理)」というテクニックです。
一日中同じ温度で管理するのではなく、イチゴの生理生態に合わせて、以下のように細かくターゲット温度を変えていきます。
午後は光合成速度が低下してくるため、温度を少し下げて20℃~23℃程度で管理します。高すぎる温度を維持すると、植物体の呼吸量が増え、午前中に作った養分を無駄に消費してしまうからです。また、日没に向けて徐々に温度を下げることで、夜間の低温へのショックを和らげる効果もあります。
ここが最大のポイントです。光合成産物である糖は、葉から果実やクラウンへ移動(転流)します。この転流が最もスムーズに行われる温度帯は12℃~15℃と言われています。
日没後すぐに暖房機の設定を5℃などの低温にしてしまうと、急激に冷えすぎて転流が滞り、養分が葉に残ってしまいます。これでは果実が甘くなりません。日没後の数時間(約4時間程度)は、あえて12℃以上をキープする「夕方加温」を行うことで、果実への養分供給を確実に完了させます。
転流が完了した後は、無駄なエネルギー消費(呼吸)を抑える必要があります。ここでは温度を下げ、5℃~8℃(品種によっては3℃~5℃)で管理します。この低温管理により、蓄えられた養分のロスを防ぎ、果実の身が締まり、糖度が凝縮されます。逆に、夜温が高すぎると呼吸過多となり、酸抜けは良くなりますが、果実が柔らかくなり日持ちが悪化する原因となります。
参考)https://www.naro.affrc.go.jp/org/tarc/seika/jyouhou/H03/tnaes91134.html
この「光合成(午前)」→「転流(夕方)」→「呼吸抑制(深夜)」というリズムを人工的に作り出すことが、プロの温度管理の神髄です。
意外な注意点:曇天・雨天時の管理
天候が悪い日は、そもそも光合成量が少ないため、転流させるべき養分も少なくなっています。そのため、晴天時と同じような高温管理や夕方の長時間の加温を行うと、呼吸による消耗が上回ってしまい、「徒長(とちょう)」や「軟弱果」の原因になります。曇りの日は、全体の設定温度を2℃~3℃低めにシフトし、植物の代謝をあえて抑えるような柔軟な変更が必要です。
参考)https://uecs.jp/consortium/oldhp/PDF/Semi2008_06.pdf
イチゴ促成栽培における夜間温度管理(農研機構) - 収量と果実品質のバランス
一般的なハウス栽培の温度管理といえば「空間全体の気温(室温)」を制御することを指しますが、近年、燃料費高騰への対策とさらなる精密管理のために注目されているのが「局所温度管理」、特に「クラウン温度制御」という技術です。これは、検索上位の一般的なまとめ記事にはあまり詳しく載っていない、一歩進んだプロ向けの技術です。
イチゴという植物は、成長点(新しい葉や花芽が作られる場所)が株元の「クラウン」と呼ばれる部分に集中しています。実は、イチゴが「温度」を感じ取っているメインのセンサーはこのクラウン部分にあることが分かってきています。つまり、ハウス全体の空気を必死に温めなくても、クラウン部分さえ適温であれば、イチゴは順調に生育するという特性があるのです。
クラウン温度制御の具体的な仕組みとメリット:
株元のクラウンに直接接するように、直径数ミリ~1センチ程度の細いポリエチレンチューブや電熱線を設置します。そこに20℃前後の温水(または冷水)を流すことで、ピンポイントに成長点を温めたり冷やしたりします。
空間全体を暖める暖房機に比べ、必要な熱量が圧倒的に少ないため、重油代などの暖房コストを30%~50%削減できるというデータがあります。特に厳寒期において、ベースの暖房設定温度を下げても、クラウン加温を併用することで収量を維持・増加させることが可能です。
この技術の真価は「加温」だけでなく「冷却」にもあります。夏秋の育苗期や定植直後の残暑が厳しい時期に、チューブに冷水を流してクラウン部を冷却(20℃程度)することで、高温による花芽分化の遅れを防ぐことができます。近年のような酷暑の秋において、クリスマス需要に間に合わせるための切り札として導入する農家が増えています。
参考)https://www.pref.saga.lg.jp/kiji00324220/3_24220_1_ondoseigyo.pdf
クラウン部のターゲット温度は、夜間の生育促進を狙う場合で15℃~18℃が目安です。20℃を超え続けると徒長のリスクがあるため、精密なサーモスタット制御が必要です。
この技術は、「気温」と「植物体温」を分けて考えるという高度な視点に基づいています。ハウス内の気温が低くても、クラウン温度が確保されていれば、葉の展開速度や開花サイクルは維持されます。逆に、気温が高くても地温やクラウン温度が低すぎると生育は停滞します。「温度計を見る場所を変える」だけで、栽培の常識が変わるのです。
イチゴの高設栽培における省エネ加温技術(alic) - クラウン加温の具体的な設置例
温度管理において、空気の温度と同じくらい、あるいはそれ以上に重要なのが「地温(培地温度)」です。特にイチゴは根の酸素要求量が多く、地温環境に敏感な作物です。また、次々と花を咲かせるための「花芽分化(かがぶんか)」や、冬の「休眠」のコントロールにも温度が深く関わっています。
1. 地温の管理と根の活性:
イチゴの根が最も活発に働く地温は18℃~23℃前後です。
冬場、高設栽培のベンチなどは外気の影響を受けやすく、培地温度が急激に低下することがあります。地温が13℃を下回ると、リン酸などの養分吸収が極端に悪くなり、葉が紫色に変色するなどの障害が出やすくなります。ハウスの暖房設定だけでなく、マルチ被覆の徹底や、培地を加温する温湯配管(成長点だけでなく根圏全体を温める)の検討が必要です。
逆に定植直後の9月~10月は、地温が高すぎることが問題になります。地温が25℃を超え続けると、根腐れのリスクが高まるほか、花芽分化が阻害されます。イチゴが花芽を作るスイッチは「低温・短日」ですが、地温が高いとこのスイッチが入らず、最初の収穫(一番果)が遅れてしまうのです。
2. 微粒ミスト(細霧冷房)による気化熱冷却:
高温期の温度管理として非常に有効なのが「微粒ミスト」の活用です。
ハウス内に非常に細かい霧を噴霧し、その気化熱を利用して空気と葉の温度を下げる技術です。
3. 休眠打破と低温遭遇時間:
イチゴには、一定期間低温にさらされないと矮化(わいか:成長が止まってしまうこと)して春以降の伸びが悪くなる品種があります。これを休眠と言います。
促成栽培(冬に収穫する作型)では、一般的に休眠の浅い品種を使いますが、それでも5℃以下の低温に一定時間(50~100時間程度など品種による)あてることで、植物のスイッチを切り替える必要がある場合があります。完全に保温し続けるのではなく、秋口に意図的に外気にさらす期間を設けるなど、品種特性に合わせた「あえて冷やす管理」も、長期的な収量確保には不可欠な視点です。
参考)https://www.pref.nara.jp/secure/265397/3.pdf
最終的に、イチゴの温度管理とは「気温」「地温」「植物体温(クラウン温度)」の3つの次元を、生育ステージ(育苗・定植・収穫期)と一日の時間軸(朝・昼・夕・夜)に合わせてパズルのように組み合わせる作業と言えます。これをマニュアル通りではなく、毎日のイチゴの顔色(葉の立ち方、露の付き方)を見ながら微調整できるかが、熟練者への分かれ道となります。
局所温度制御技術によるイチゴの生産性向上(佐賀県) - 冷却と加温の使い分け

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