農業施設園芸において、光合成促進(施用)のために使用される炭酸ガスボンベの価格構造は、主に「容器(ボンベ本体)の価格」と「中身(液化炭酸ガス)の充填価格」の2つに分かれます。特にプロの生産者が使用する30kgサイズと、小規模導入で検討される7kgサイズ(通称ミドボン)では、流通ルートや相場が大きく異なります。
まず、農業用として最も一般的な30kgボンベ(サイフォン管付きまたは無し)の場合、産業用ガスとしての取り扱いが主となります。
参考)https://www.monotaro.com/k/store/%E3%82%AC%E3%82%B9%E3%83%9C%E3%83%B3%E3%83%99%2030kg/
一方、小規模な実験や家庭菜園レベルで利用される5kg~7kgボンベ(ミドボン)の場合、価格体系が異なります。
| 項目 | 30kgボンベ(産業用) | 7kgボンベ(ミドボン) |
|---|---|---|
| 主な用途 | 農業用ハウス、溶接、工業用 | ビールサーバー、水草水槽 |
| 容器形態 | 買取 または レンタル(契約) | レンタル(保証金方式) |
| 充填価格目安 | 5,000円~8,000円 (30kg) | 2,000円~3,000円 (5kg-7kg) |
| 1kg単価 | 約160円~260円 | 約400円~600円 |
| 入手難易度 | 専門業者との契約が必要 | 酒屋や通販で入手可能 |
参考リンク:モノタロウ - ガスボンベ 30kgの運搬車や関連機器の価格情報
農業経営の視点では、単にガスの価格だけでなく、「運搬の手間」と「交換頻度」を考慮する必要があります。30kgボンベは容量が大きいため交換頻度を減らせますが、総重量が重く、ハウス内への持ち込みには専用の運搬車(5万円前後)が必要になるケースが多いです。一方で7kgボンベは手で運べる重さですが、頻繁な交換が必要となり、結果としてガスの単価も割高になる傾向があります。
参考)https://www.monotaro.com/s/c-22226/q-%E7%82%AD%E9%85%B8%E3%82%AC%E3%82%B9%E3%83%9C%E3%83%B3%E3%83%99/
導入の際は、地域の産業ガス業者(酸素商会など)に見積もりを取り、「年間どれくらいの量を消費するか」を伝えて単価交渉を行うのが基本です。
炭酸ガスボンベを導入する際、容器を「買取(購入)」するか「レンタル(貸借)」するかは、長期的なコストと運用に大きく影響します。農業用途では、シーズンごとの使用期間が長いため、それぞれのメリット・デメリットを慎重に比較する必要があります。
レンタルの仕組みとコスト
レンタルの場合、容器代の初期投資を抑えられるのが最大のメリットです。一般的に以下の費用が発生します。
参考)https://www.jimga.or.jp/files/page/report/sangyogas_report/RGN_vol38.pdf
買取の仕組みとコスト
容器を自社で購入(買取)する場合、初期費用はかかりますが、運用上の自由度が高まります。
農業現場での推奨パターン
農業用ハウスでの使用においては、以下の基準で選定することをお勧めします。
参考リンク:上毛天然瓦斯工業 - 液化炭酸ガス容器の仕様と充填に関する基本情報
特に注意すべきは、「長期停滞容器」の問題です。ガス業界では、長期間返却されないボンベの管理を厳格化しており、半年以上動きがないボンベに対しては高額な延滞金を請求するか、回収を求める動きがあります。農業利用ではシーズンオフにボンベを放置しがちですが、レンタル契約の場合は必ずシーズン終了後に返却する必要があります。
炭酸ガス施用を本格的に導入する際、最も重要なのが「生ガス(ボンベ供給)方式」と「燃焼式(灯油・LPG発生機)方式」のランニングコスト比較です。導入コスト(イニシャルコスト)はボンベ式が圧倒的に安いですが、運用コスト(ランニングコスト)は逆転します。
1kgあたりの炭酸ガス生成コスト比較
各種資料や試算に基づくと、炭酸ガス1kgを得るためのコストはおおよそ以下のようになります。
| 方式 | 燃料・原料 | 1kgあたりのコスト目安 | 備考 |
|---|---|---|---|
| ボンベ供給式 | 液化炭酸ガス | 約120円~160円 | 容器代・運搬費含まず。ガス単価による。 |
| 灯油燃焼式 | 白灯油 | 約58円~70円 | 灯油価格110円/L想定。最も安価。 |
| LPG燃焼式 | プロパンガス | 約80円~100円 | 灯油より高いが、排気がクリーン。 |
参考リンク:施設園芸.com - 炭酸ガス発生装置「燃焼式」と「液化炭酸ガス式」の詳細なコスト試算
ボンベ式のコスト構造とメリット
上記の通り、ボンベ式のガス代は燃焼式の約2倍~3倍と割高です。しかし、以下の条件ではボンベ式の方が経済合理性が高い場合があります。
参考)炭酸ガス発生装置「燃焼式」と「液化炭酸ガス式」の違いとは?長…
コスト削減のシミュレーション
例えば、10aのハウスで1日2時間、CO2濃度を400ppmから800ppmに維持する場合、1日あたり約5kg~10kgの炭酸ガスを消費すると仮定します。
月額で約1.8万円の差が出ますが、燃焼式の導入に50万円かかるとすれば、約3シーズン(冬のみ)使ってようやく元が取れる計算になります。この「損益分岐点」を計算し、自身の栽培規模と期間に合わせて選択することが重要です。
一般的には産業ガス業者から30kgボンベを調達するのが農業の常道ですが、極めて小規模なハウスや、家庭用ビニールハウス、あるいは植物工場的な実験設備においては、「酒屋のミドボン(ビールサーバー用ボンベ)」を流用する裏技が存在します。ただし、これには特有のメリットと法的な注意点があります。
酒屋ミドボンのコスパ
通称「ミドボン」と呼ばれる5kgまたは7kgの緑色のボンベは、大手酒販店(チェーン店や業務スーパーなど)で入手可能です。
農業利用時の注意点とリスク
しかし、本来は飲食店のビールサーバー用であるため、農業現場での利用にはいくつかの壁があります。
高圧ガス保安法と安全管理
最も重要なのが法規制です。「たかが農業用」と思わず、以下の高圧ガス保安法の基準を遵守しなければなりません。
参考)炭酸ガスボンベ80本の貯蔵は、法律に掛りますか? [Q&A]…
参考リンク:京葉液化ガス - 炭酸ガスボンベの貯蔵に関する法律と基準(40℃以下保管など)
「酒屋で手軽に買えるから」といって、これらの管理を怠ると重大な事故につながり、最悪の場合は法的な罰則対象となります。農業経営者としてのコンプライアンス意識が求められる部分です。
最後に、現場での運用コストと労働負荷に関わる「運搬」と「残量管理」について解説します。30kgボンベは、中身が入った状態では総重量が70kg~80kg近くになります。これを不安定な農地の足場で運ぶことは、重労働であるだけでなく、労働災害のリスクも伴います。
運搬コストと専用機材
プロの農家は、ボンベの運搬負担を減らすために専用の運搬車を導入しています。
残量管理と交換のタイミング
液化炭酸ガスは、容器の中で液体から気体になって出てきます。そのため、プロパンガスと同様に、「圧力が下がったときはもう空に近い」という特性があります。
農業IoTによるスマート管理
最近では、ボンベの重量をセンサーで監視し、残量が少なるとスマホに通知したり、自動でガス業者に配送依頼を通知したりする農業IoTシステムも登場しています。
参考)鉾田のイチゴを日本一に!その鍵はCO2施策?クラウド管理×効…
こうしたシステムを導入することで、「ガス切れで光合成が止まっていた」という機会損失を防ぐことができます。ガス切れによる収量低下の損失額は、ボンベ1本の価格をはるかに上回る場合があるため、運用管理への投資(秤の設置など)は非常にコストパフォーマンスが高いと言えます。
結論として、炭酸ガスボンベの価格を考える際は、単なる「ガスの値段」だけでなく、運搬の手間、安全対策、そして在庫管理のリスクを含めた「トータル運用コスト」で比較検討することが、賢い農業経営への近道です。