ヒラタアブ類の幼虫1匹は、アブラムシを1日に最大100匹以上食べることがあります。
ヒラタアブ類はハエ目ハナアブ科に属する昆虫で、日本国内だけでも100種以上が確認されています。代表的な種としては、ホソヒラタアブ(Episyrphus balteatus)、ナミホシヒラタアブ(Eupeodes corollae)、キゴシハナアブ(Sphaerophoria scripta)などが農業害虫の天敵として特に重要視されています。
見た目はミツバチやスズメバチに似た黄色と黒の縞模様を持ちますが、翅は2枚で触角が短く、体長は5〜15mm程度です。これは「ベイツ型擬態」と呼ばれる生存戦略で、捕食者から身を守るために有毒な蜂に似せた姿をしています。
成虫はホバリング(空中停止飛行)が得意で、花の蜜や花粉を餌とします。この習性が花粉媒介者(ポリネーター)としての役割にもつながっています。
幼虫は外見がウジ虫状で、頭部がなく半透明から緑色をしています。体長は最大で約12mm(1円玉の直径より少し大きい程度)まで成長します。この幼虫こそが、アブラムシを大量捕食する主役です。
ヒラタアブ類の幼虫期は約10〜14日間で、この期間中に1匹の幼虫が捕食するアブラムシの総数は400〜700匹に達するという研究データがあります。東京農業大学などの調査でも、圃場内のアブラムシ密度がヒラタアブ幼虫の存在によって有意に低下することが確認されています。
これは農薬換算でいうと、小規模圃場(10aあたり)において年間数回分のアブラムシ対応農薬使用を省ける可能性があります。農薬1回散布のコストを約3,000〜5,000円と想定すると、年間1万円以上のコスト削減につながるケースも考えられます。
これは使えそうです。
ただし捕食効率には環境条件が大きく影響します。気温が25〜28℃のとき幼虫の活動が最も活発になり、10℃以下では捕食行動がほぼ停止します。春から初夏、そして秋口がヒラタアブ幼虫の活躍シーズンと覚えておけばOKです。
また、捕食はアブラムシが集団でいるコロニー内で行われます。幼虫は移動しながらコロニー内のアブラムシを次々と捕食するため、アブラムシが大発生する前の初期段階での幼虫の存在が特に効果的です。圃場を定期的に観察し、アブラムシの発生初期にヒラタアブの幼虫がいるかどうかを確認する習慣が重要です。
ヒラタアブ類の成虫は花蜜と花粉を主食とするため、成虫が好む植物を圃場周辺に植えることで自然な誘引が可能になります。特に効果が高いとされる植物は以下の通りです。
国内の有機農業研究者による実験では、圃場周縁10mにソバを帯状に栽培した区画では、無処理区と比べてヒラタアブ類の飛来数が約3倍に増加したという報告もあります。
バンカープランツの考え方が基本です。これは、天敵昆虫のための「餌場」「避難場所」「繁殖場所」を圃場内外に意図的に設けることで、農薬に頼らない生態系サービスを維持する農法です。農林水産省も「天敵温存植物」の活用を推進しており、一部地域では補助事業の対象にもなっています。
農研機構:天敵を活用したアブラムシ防除に関する研究報告(参考:バンカープランツとヒラタアブ類の誘引効果)
有機リン系農薬やピレスロイド系農薬は、ヒラタアブ類の成虫・幼虫に対して高い毒性を示します。農薬の種類によっては、散布後14〜21日間にわたってヒラタアブ類の飛来数が激減するというデータが農研機構の試験で示されています。
特にネオニコチノイド系農薬は、花粉や蜜に残留しやすい性質があるため、誘引植物(ソバやコリアンダーなど)に散布すると成虫が摂取して死亡するリスクがあります。せっかく誘引環境を整えても、隣接区画での農薬散布が天敵の個体数を一気に減らしてしまうことがあります。
厳しいところですね。
天敵保護の観点から農薬を選ぶ際は、農林水産省の「天敵に対する安全性情報」や農薬メーカーが公開している天敵影響試験結果を参照することが重要です。農薬登録情報はPesticide Database(農薬登録情報提供システム)から無料で確認できます。
農林水産省 農薬登録情報提供システム:農薬の天敵影響分類の確認に活用(散布前の安全確認に有効)
農薬散布のタイミングも重要な対策の一つです。ヒラタアブ類の活動が少ない夕方から夜間にかけて散布すること、開花中の植物への散布を避けること、これらを守るだけで天敵への影響を大幅に軽減できます。天敵に優しい農薬の選択と散布タイミングの工夫が条件です。
農業従事者がヒラタアブ類を「アブラムシを食べる虫」としてのみ認識しているとしたら、その経済価値を半分以下にしか見積もっていないことになります。ヒラタアブ類は花粉媒介者(ポリネーター)としての機能も持っており、ミツバチが少ない環境や施設栽培において、その役割は無視できません。
欧州の研究機関(Wageningen University)の調査では、農業生態系におけるヒラタアブ科全体の花粉媒介サービスの経済価値は、年間およそ3,000億円相当(欧州全体)に上ると試算されています。日本国内でも、露地野菜や果樹の受粉においてヒラタアブ類が補完的な役割を果たしていることが複数の大学研究から報告されています。
特に施設栽培のトマトやイチゴでは、ミツバチが不足した際のバックアップ受粉者としてヒラタアブ類の存在が確認されています。
これは意外ですね。
施設内にソバやコリアンダーの鉢植えを置くことで、ヒラタアブ類を施設内に誘引し、受粉補助として機能させる実践事例も農業試験場のレポートに記載されています。
一方で、気候変動による開花時期のズレがヒラタアブ類の個体数サイクルとのズレを生み、受粉不足につながる「フェノロジカルミスマッチ」の問題も指摘されています。これは花が咲く時期とヒラタアブ類が最も活発な時期がずれてしまう現象で、温暖化が進むほど深刻になると考えられています。農薬への依存だけでなく、生態系バランス全体を視野に入れた農地管理が、今後ますます重要になってきます。
農業環境技術研究所:農業生態系における送粉昆虫の多様性と機能(ヒラタアブ類の受粉機能に関する詳細)
ヒラタアブ類の価値は、アブラムシ駆除と受粉補助の二面性にあります。この二役を理解して圃場管理に活かすことが、農薬コストの削減と収量安定の両立につながります。生態系を味方につける農業が、これからのスタンダードになっていくでしょう。