配合飼料だけ基準値が厳しく0.5mg/kgです。
ゼアラレノンは、フザリウム属のカビが産生するマイコトキシン(カビ毒)の一種です。主にフザリウム・グラミネアラム(Fusarium graminearum)やフザリウム・クルモラム(Fusarium culmorum)などが産生し、トウモロコシや小麦、大麦などの穀類を汚染します。このカビ毒の特徴は、エストロゲン様作用を持つことです。
エストロゲン様作用とは、女性ホルモンに似た働きをする性質のことです。特にブタはゼアラレノンに対して感受性が高く、汚染された飼料を摂取すると不妊や流産、外陰部の腫脹などの繁殖障害を引き起こします。1920年代から海外では、ゼアラレノンに汚染されたトウモロコシ飼料によって、豚の過エストロゲン症による死亡事故が報告されてきました。
つまりエストロゲン様作用ですね。
ゼアラレノンのもう一つの厄介な特性は、熱に対する安定性です。150℃で45分間加熱してもほとんど分解されません。製パンやビスケット製造などの一般的な加熱調理では、完全に除去することが困難です。200℃で30分加熱しても約37%しか分解されず、60分でようやく約69%が分解される程度です。
農業従事者にとって重要なのは、このカビ毒が圃場の土壌に広く存在するフザリウム属菌によって生産されるという点です。特に日本のように麦類の生育後期に降雨が多い気候では、赤かび病が発生しやすく、ゼアラレノンの汚染リスクが高まります。
日本におけるゼアラレノンの基準値設定は、飼料に限定されているのが現状です。
食品については基準値が設定されていません。
これは海外の状況とは大きく異なる点であり、農業従事者が理解しておくべき重要なポイントです。
飼料における基準値は、農林水産省によって管理基準として定められています。具体的には、家畜及び家きんに給与される配合飼料については0.5mg/kg、配合飼料を除くその他の飼料については1mg/kgです。この基準値は、2010年に改正されたもので、それ以前は一律1.0ppmでした。独立行政法人農林水産消費安全技術センターによる飼料原料中の汚染実態調査結果が集積され、科学的な検討の結果として現在の数値になっています。
配合飼料だけ厳しいということですね。
なぜ食品には基準値がないのでしょうか?
これは国内の食品中のゼアラレノン汚染レベルが比較的低く、リスク評価の結果、直ちに基準値を設定する必要性が認められていないためです。厚生労働科学研究による2010年から2012年の調査では、国産小麦の平均値は2.0μg/kg、輸入小麦は1.4μg/kgでした。はと麦は11.4μg/kgとやや高めですが、摂取者割合が少ないため、全体の暴露量への影響は限定的とされています。
一方、EUでは食品に対して詳細な最大基準値が設定されています。未加工のトウモロコシ(湿式製粉用を除く)は350μg/kg、トウモロコシ以外の未加工穀類は100μg/kg、直接消費用の穀類や穀粉、ふすま、胚芽は75μg/kgです。飼料についても、トウモロコシの副産物を除く穀類は2mg/kg、トウモロコシの副産物は3mg/kg、配合飼料は用途に応じて0.1~0.5mg/kgと細かく規定されています。
EUは細かく設定しているんですね。
日本とEUの基準値設定の違いは、汚染実態や摂取量の違いを反映しています。日本の農業従事者が輸出を視野に入れる場合、輸出先国の基準値を確認し、それに適合した生産管理を行う必要があります。特にEU向けの輸出を考える場合、日本国内の飼料基準よりも厳しい食品基準をクリアしなければなりません。
農林水産省の「食品安全に関するリスクプロファイルシート(ゼアラレノン)」には、国内外の基準値や汚染実態、リスク評価に関する詳細な情報がまとめられています。
国内の汚染実態を把握することは、適切な管理対策を講じる上で不可欠です。農林水産省による国産麦類(玄麦)の含有実態調査(2005年~2015年)では、小麦と大麦の両方から定量限界以上のゼアラレノンが検出されています。
小麦については、2005年から2015年の調査で、試料点数100~120点のうち、定量限界以上が検出された点数は2点から46点と年によって大きく変動しています。最大値は2006年の0.44mg/kgで、平均値(UB)は0.013~0.44mg/kgの範囲でした。大麦では、試料点数99~100点のうち、定量限界以上が検出された点数は6点から60点で、最大値は2010年の0.23mg/kg、平均値(UB)は0.013~0.21mg/kgでした。
変動が大きいのが特徴です。
これらの数値から分かるのは、国産麦類のゼアラレノン汚染は比較的低レベルであるものの、年によっては高濃度汚染が発生する可能性があるということです。特に赤かび病が多発した年には、汚染レベルが上昇する傾向が見られます。
飼料原料及び配合飼料の実態調査(2011年~2015年)では、より明確な汚染状況が示されています。輸入トウモロコシでは、試料点数56~63点のうち52~59点から定量限界以上が検出され、最大値は73~360μg/kg、平均値は15~37μg/kgでした。大麦は試料点数3~14点のうち0~4点から検出され、最大値は2~21μg/kg、平均値は0~2μg/kgです。小麦は試料点数1~7点のうち0~4点から検出され、最大値は4~25μg/kg、平均値は0~25μg/kgでした。
トウモロコシの汚染率が高いですね。
配合飼料については、試料点数171~248点のうち166~233点から検出され、最大値は100~980μg/kg、平均値は19~42μg/kgでした。最大値が980μg/kgというのは、配合飼料の管理基準500μg/kg(0.5mg/kg)を大きく超える数値であり、一部の配合飼料で基準値超過のリスクがあることを示唆しています。
このような汚染実態を踏まえると、飼料用トウモロコシを栽培する農業従事者は、圃場でのカビ汚染防止対策を徹底する必要があります。特に収穫前の降雨や湿度管理が不十分な場合、短期間で汚染レベルが急上昇する可能性があるため、適期収穫と適切な乾燥・保管が極めて重要です。
ゼアラレノン汚染を防止し、低減するための対策は、圃場での栽培管理から収穫後の保管まで、一連の工程全体で実施する必要があります。フザリウム属菌は土壌中に広く存在する常在菌であり、完全に除去することは困難です。しかし、適切な管理によって汚染リスクを大幅に低減できることが、研究成果から明らかになっています。
圃場での最も重要な対策は、赤かび病の防除です。小麦における赤かび病の防除適期は開花始期から開花期であり、この時期を逃すと防除効果が大幅に低下します。そのため、圃場をこまめに巡回し、麦の生育状況を常に把握することが不可欠です。開花期は気象条件によって前後するため、カレンダーではなく実際の開花状況を観察して防除時期を判断する必要があります。
開花期の観察が鍵ですね。
農薬による防除では、プロピコナゾール乳剤などの薬剤が有効です。農研機構の研究によると、プロピコナゾール乳剤によりすす紋病を防除した圃場では、赤かび病に対しても防除効果が認められています。ただし、薬剤抵抗性の発達を防ぐため、同一系統の薬剤を連続使用せず、ローテーション防除を実施することが推奨されます。
耕種的防除も重要な要素です。同じ圃場で連続してトウモロコシを栽培すると、フザリウム属の胞子が土壌に蓄積し、翌年以降の汚染リスクが高まります。輪作を行い、イネ科以外の作物を組み込むことで、土壌中の病原菌密度を低減できます。また、前作の残渣を適切に処理し、圃場に残さないことも感染源を減らす上で有効です。
輪作で菌密度を下げられます。
収穫時期の管理は、ゼアラレノン汚染を最小限に抑える最後の重要なポイントです。過熟になるとカビの侵入と毒素産生のリスクが高まるため、適期収穫を徹底します。特にトウモロコシでは、子実の水分含量が25~30%になった時点で速やかに収穫し、収穫後は直ちに乾燥処理を行います。
収穫後の管理では、乾燥と保管条件が汚染レベルに大きく影響します。穀類を水分含量15%以下に乾燥させ、湿度の低い環境で保管することで、カビの増殖と毒素産生を抑制できます。保管施設の換気を良好に保ち、結露が発生しないよう温度管理にも注意が必要です。
製粉工程でもゼアラレノン濃度を低減できることが分かっています。国産軟質小麦を用いた製粉試験では、外皮部分(ふすま)を除去したストレート粉のゼアラレノン残存率は50%未満でした。精選により、小さい子実や萎縮した子実を除去することも、濃度低減に有効です。
ふすまに集中するわけですね。
これらの対策を組み合わせることで、ゼアラレノン汚染リスクを実用的なレベルまで低減できます。特に飼料用トウモロコシを生産する場合、最終的な配合飼料の基準値0.5mg/kgを満たすため、原料段階で可能な限り低い汚染レベルに抑えることが求められます。
農林水産省の「飼料用とうもろこし子実のかび毒汚染防止・低減対策のための実施マニュアル」には、圃場管理から収穫後処理まで、具体的な対策方法が詳しく記載されています。
ゼアラレノンの健康影響を理解することは、農業従事者が汚染対策の重要性を認識する上で不可欠です。このカビ毒は、家畜と人間の両方に影響を及ぼす可能性がありますが、その感受性には大きな種差があります。
最も感受性が高いのはブタです。子豚にゼアラレノンを経口投与した試験では、10.4μg/kg体重/日という低用量でも、子宮頸部と外陰部の肥大および発赤が観察されました。この影響は5週間の暴露で明確に現れ、エストロゲン様作用の典型的な症状です。成豚では、さらに深刻な繁殖障害が発生します。雌豚では発情異常、偽妊娠、流産、死産が起こり、雄豚では精巣の萎縮や性欲減退が報告されています。
豚が最も影響を受けやすいです。
ウシやヒツジも影響を受けますが、ブタほど感受性は高くありません。乳牛では、高濃度に汚染された飼料を摂取すると繁殖成績が低下し、乳量が減少する可能性があります。また、ゼアラレノンとその代謝物は乳中に移行するため、高濃度汚染飼料を給与すると、乳製品を介した人間への暴露リスクが生じます。
人間に対する健康影響については、国際機関がリスク評価を実施しています。JECFA(FAO/WHO合同食品添加物専門家会議)は、暫定最大耐容一日摂取量(PMTDI)を0.5μg/kg体重と設定しています。この値は、ブタの試験におけるホルモン様作用を及ぼさない用量(NOEL:40μg/kg体重/日)に安全係数約100を適用して算出されました。
安全係数100で計算されています。
EFSAはより保守的な評価を行い、耐容一日摂取量(TDI)を0.25μg/kg体重としています。この値は、子豚における子宮および外陰部へのエストロゲン様作用のNOEL 10μg/kg体重を不確実係数40で除して算出されました。EFSAは、ヒト女性のエストロゲンやゼアラレノンに対する感受性は雌ブタほど高くないと考えられるため、トキシコダイナミクスに関する種差の不確実係数を低く設定しています。
日本人の暴露量については、厚生労働科学研究が推計を行っています。小豆含有食品の摂取における95パーセンタイル値は3ng/kg体重/日未満、99パーセンタイル値でも20ng/kg体重/日未満でした。はと麦摂取を加えても、摂取者割合が少ないため、暴露量はほとんど増加しません。これらの値はJECFAのPMTDI(500ng/kg体重/日)と比較しても遥かに低く、大多数の日本人が健康被害を受けるリスクは低いと評価されています。
日本人のリスクは低いですね。
ただし、はと麦のように特定の食品で汚染濃度が高い場合、これらを大量に摂取する一部の集団では暴露量が増加する可能性があります。農業従事者としては、特に高汚染リスクのある作物を栽培する際、適切な管理を徹底し、最終製品の汚染レベルを可能な限り低く抑える努力が求められます。
家畜への影響を最小限に抑えるためには、飼料の汚染状況を定期的に検査し、管理基準を超える飼料を給与しないことが基本です。特に繁殖用の豚には、より厳格な管理が必要です。飼料業者から入手する配合飼料については、製造業者による品質管理が行われていますが、自家配合飼料を使用する場合は、原料の検査と適切な配合比率の管理が不可欠です。
マイコトキシン吸着剤を飼料に添加することで、消化管でのゼアラレノン吸収を低減できる可能性があります。ベントナイトなどの吸着剤は、アフラトキシンに対しては高い吸着能を示しますが、ゼアラレノンやデオキシニバレノールに対する吸着は限定的です。特殊処理されたベントナイトや、他の種類の吸着剤を使用することで、ある程度の効果が期待できます。
吸着剤は限定的な効果です。
食環境衛生研究所の「ゼアラレノン(ZEN)について」のページには、カビ毒の特性や健康影響に関する詳細な情報が掲載されています。