ピルビン酸の化学式はCH3COCOOH(分子式:C3H4O3)で表され、分子量は88.07の有機酸です。この分子はメチル基(CH3)、ケトン基(CO)、カルボン酸基(COOH)の3つの官能基を持つ特徴的な構造をしており、別名として2-オキソプロパン酸、α-ケトプロピオン酸、焦性ブドウ酸とも呼ばれます。
参考)ピルビン酸 Pyruvic acid
常温では淡黄色から黄褐色透明の液体で、酢酸に似た特異な酸味臭を呈します。融点は11.8℃から13.6℃、沸点は165℃、比重は1.260~1.280(20℃)という物性を持ち、水やエタノールによく溶ける性質があります。CAS番号は127-17-3で、化学物質の国際的な識別に使用されています。
参考)ピルビン酸 メーカー8社 注目ランキング【2025年】
カルボン酸基を持つ反応性の高い化合物であり、窒素化合物、アルデヒド、ハロゲン化物、リン化合物などと容易に反応します。この高い反応性と小さな分子サイズから、医薬品・農薬・香料などのファインケミカルの重要な中間体として、合成原料や末端封鎖剤に位置づけられています。
解糖系とは、ほとんどすべての生物が持つ代謝経路で、グルコース(ブドウ糖)をピルビン酸などの有機酸に分解し、化学エネルギーを生物が使いやすいアデノシン三リン酸(ATP)の形に変換する過程です。解糖系の最終産物として生成されるピルビン酸は、好気条件下ではミトコンドリアに輸送されてTCA回路(クエン酸回路)と電子伝達系でさらに酸化され、38分子のATPを生産します。
参考)https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010811714.pdf
植物においては、細胞質に取り込まれたグルコースが解糖系でピルビン酸にまで分解され、ミトコンドリアや色素体(葉緑体)に輸送されて種々のエネルギー代謝や生合成に利用されます。このオルガネラへのピルビン酸輸送は生命活動の根幹を担う反応であり、長年その分子的な実体が不明でしたが、近年の研究で輸送体が同定されました。
参考)植物の色素体に局在するNa+依存性のピルビン酸輸送体の同定 …
ピルビン酸は代謝経路の中心に位置する重要な炭素化合物で、その濃度の恒常性を維持するために厳密な制御が行われています。細胞内のピルビン酸濃度が低下すると、脂質を分解して炭素化合物を供給するなど、複数の代謝経路を制御する仕組みが存在することが明らかになっています。
参考)ピルビン酸応答転写因子の微生物における新規な役割を同定 微生…
葉緑体におけるピルビン酸輸送は、C4植物の光合成回路に重要な役割を果たしています。C4植物はトウモロコシやサトウキビなどの作物に見られる高効率の光合成システムで、CO2を濃縮する炭素代謝回路(C4回路)を進化的に獲得しています。この回路では、葉肉細胞の葉緑体にピルビン酸を取り込む活性が認められ、Na+依存性の輸送機構が働いています。
参考)https://www.hiroshima-u.ac.jp/system/files/26358/word.pdf
広島大学の研究チームは、葉緑体内で光合成代謝の中心を担うピルビン酸を輸送する働きを持つ遺伝子「BASS2」を世界で初めて特定しました。この発見により光合成におけるピルビン酸輸送機構が明らかとなり、バイオテクノロジーへの応用が期待されています。
参考)第29回 古本 強 准教授(大学院理学研究科)
C3植物においても、葉緑体内でのイソプレノイド代謝や脂質合成の初発反応にピルビン酸が関与しています。植物の脂肪酸合成、テルペノイド合成、分枝アミノ酸合成など、色素体に局在する多くの生合成経路の代謝前駆体として機能しており、植物の成長と発達に不可欠な物質です。
植物のピルビン酸輸送体の詳細な研究成果(色素体におけるNa+依存性輸送機構の解明)
理化学研究所と東京大学の共同研究により、酢酸を植物に与えると乾燥に強くなるメカニズムが発見されました。酢酸は解糖系の中間代謝物であるピルビン酸から生合成されることから、乾燥処理により植物体内でダイナミックな中心代謝経路の変化が起きていることが示されています。
参考)共同発表:植物に酢酸を与えると乾燥に強くなるメカニズムを発見…
名古屋大学の研究では、葉で光合成による炭素と窒素のバランスを保つ仕組みとして、ピルビン酸の投与が細胞膜プロトンポンプの活性化を誘導することが明らかになりました。エネルギー産生に関わる代謝物、特にピルビン酸などの蓄積変動が、植物の生理応答に重要な役割を果たしています。
参考)https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/upload/20230130_itbm.pdf
農作物のストレス耐性を高める研究では、解糖系による代謝調節が注目されています。グルコースをピルビン酸に分解する過程でATPを産生し、活性酸素の一種である過酸化水素を分解するアスコルビン酸ペルオキシダーゼの活性も増加することが確認されています。これらの知見は、気候変動に対応した作物の育種や栽培管理技術の開発に貢献する可能性があります。
参考)農作物のストレス耐性を高める|ライフサイエンス|事業成果|国…
光合成不足を補完する技術として、ピルビン酸を直接利用する新しいアプローチが開発されています。従来の農業現場では、植物のエネルギー調達の基本にあるピルビン酸の重要性が見過ごされてきましたが、ピルビン酸を利用して光合成を補完する技術により、作物の生育改善が期待されています。
参考)sugomax
大阪大学の研究チームは、農業非依存的に化学合成された糖を基質として物質生産を行う世界初の技術を開発しました。乳酸は解糖系の末端に位置するピルビン酸を経由して生成されることから、この手法は解糖系を利用するバイオものづくり技術に広く適用可能であることが実証されています。
参考)https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2024/20240208_1
発酵技術の分野では、ピルビン酸の製造法も研究されており、菌体内のATPレベルを調整することで解糖系を活性化させる手法が検討されています。これらの技術は、持続可能な農業と食料生産の実現に向けた重要な基盤技術として、今後さらなる発展が見込まれます。
参考)https://patents.google.com/patent/JP2692457B2/ja
ピルビン酸は、作物の品質を決定する重要な代謝産物として機能しています。子葉や若い本葉、発達中の種子において高い発現が確認されており、貯蔵脂質の分解をエネルギー源とする子葉では、リンゴ酸からピルビン酸へ容易に代謝変換される経路が存在します。
| 代謝経路 | ピルビン酸の役割 | 農業への影響 |
|---|---|---|
| 解糖系 | ATPとNADH産生 | エネルギー供給の基盤 |
| TCA回路 | アセチルCoAへの変換 | 好気的エネルギー産生 |
| 脂肪酸合成 | 炭素骨格の供給 | 種子の油脂含量向上 |
| アミノ酸合成 | 分枝アミノ酸の前駆体 | タンパク質品質改善 |
乳酸やピルビン酸を細胞内で可視化する方法が確立されており、グルコース代謝によって生じるこれらの代謝産物の動態を詳細に観察できるようになりました。解糖系でグルコースが分解されてATPとピルビン酸が生じ、好気条件下でさらに代謝される過程を追跡することで、作物の生理状態を正確に把握できます。
参考)細胞内の乳酸やピルビン酸を可視化する方法確立 協同乳業、東大…
ピルビン酸は医薬品、農薬、香料などの合成原料としても利用されており、各種培地原料にも使用されています。ハラール・コーシャ認証を取得した製品も市販されており、食品や飼料への応用も広がっています。これらの多様な用途は、ピルビン酸が持つ高い反応性と中心的な代謝位置に由来する特性を活かしたものです。
ピルビン酸の工業製品としての詳細情報(製造・販売、用途、品質規格)