農業の現場において、作物の生育ステージを正確に把握することは、栽培管理の最初の一歩にして最も重要な工程です。特に「本葉(ほんば・ほんよう)」の数え方は、肥料を与えるタイミングや、定植(苗を畑に植え付ける作業)、そして何より農薬を使用する際の法的基準を守るために不可欠な知識となります。しかし、初心者や経験の浅いスタッフにとって、最初に生えてくる「子葉(しよう)」と、その後に続く「本葉」の区別は意外と曖昧になりがちです。
まず大原則として、発芽して最初に開く「双葉(子葉)」は、葉の枚数(葉齢)には含めません。たとえば、子葉が2枚開き、その後に本葉が1枚出てきた状態は「本葉1枚」または「1葉期」と呼びます。これを「3枚」と数えてしまうと、生育診断が大きく狂うことになります。子葉は種子の貯蔵養分を使って成長する器官であり、光合成を主目的とする本葉とは生理的な役割も形状も異なります。多くの双子葉植物(トマト、キュウリ、ダイコンなど)では、子葉は丸み帯びた単純な形をしているのに対し、本葉はその植物特有のギザギザ(鋸歯)や形を持っています。
参考)【本葉の数え方】2枚同時に生えてきた本葉は一対で1枚?それと…
次に重要になるのが「展開葉(てんかいよう)」という概念です。植物の先端(生長点)からは常に新しい葉が生まれてきますが、「見えている葉」すべてをカウントするわけではありません。
農業指導書や農薬のラベルで「本葉〇枚」と指定がある場合、通常はこの「完全に展開した葉」の数を指します。たとえば「本葉3枚の頃に定植」という指示であれば、3枚目の本葉がしっかりと開ききったタイミングを指し、4枚目の先端が少し見えていてもそれはカウントしません。この「展開」の定義を組織内で統一しておかないと、「まだ早いのに定植してしまった」「散布適期を逃してしまった」というミスにつながります。
参考)育苗期 その1
大阪府立環境農林水産総合研究所:育苗期の技術手引き(葉齢の数え方の図解あり)
※稚苗の定義において、不完全葉を含めずに本葉のみを数える一般的な基準が解説されています。
作物の種類によって葉の付き方(葉序)が異なるため、数え方にはそれぞれの「クセ」があります。ここでは主要な野菜であるトマト、キュウリ、そして葉物野菜を例に、現場で迷いやすいポイントを整理します。
1. トマト・ナス(ナス科)
トマトやナスは、子葉が開いた後、本葉が「互生(ごせい)」します。互生とは、茎に対して葉が互い違いに1枚ずつ順番に出る性質のことです。
2. キュウリ・メロン(ウリ科)
ウリ科も基本的には互生ですが、成長が非常に早く、葉が大きいのが特徴です。
3. ピーマン・シシトウ(ナス科)
これらは初期生育では互生ですが、一番最初の花(一番花)がついたところから上の枝分かれ(分枝)では、葉が2枚同時に出るような付き方をすることがあります。しかし、基本の生育ステージ判断(定植適期など)は、一番花が咲くまでの本葉の枚数(通常10枚前後)で行うことが多いため、下から順に数え上げれば問題ありません。
葉の付き方によるカウントの違いまとめ
| 作物名 | 科名 | 葉の付き方 | 数え方のポイント |
|---|---|---|---|
| トマト | ナス科 | 互生(互い違い) | 複数の小葉が集まって「1枚」の複葉。 |
| キュウリ | ウリ科 | 互生 | 葉柄の付け根を確認。台木の葉に注意。 |
| インゲン | マメ科 | 対生(初期)→互生 | 最初の本葉(初生葉)は対生で2枚1組。その後は互生で複葉。 |
| キャベツ | アブラナ科 | らせん状 | 結球(玉)が始まると外側から数えるのは困難。初期生育で判断。 |
特にマメ科のインゲンやエダマメは特殊で、子葉の次に出る最初の本葉(初生葉)は「対生(たいせい)」といって、同じ高さから2枚向かい合って出ます。この場合、2枚あわせて「第1葉」とするのか、それぞれ数えるのかで混乱が生じやすいですが、一般的にはこのセットを「初生葉」という特定のステージとして扱います。その次に出る葉からは「本葉(複葉)」として通常通りカウントします。
野菜類とは異なり、イネ(水稲)の栽培では「葉齢(ようれい)」という非常に厳密な指標を用います。これはイネの生育が、葉が1枚出るごとに規則正しく進行する(同伸葉理論)ため、葉の枚数が分かれば、根の伸び具合や幼穂(稲穂の赤ちゃん)の形成時期まで正確に予測できるからです。水稲農家にとって、葉齢はカレンダーよりも正確な時計です。
1. 不完全葉の扱い
イネが発芽して最初に出る葉は、鞘(さや)状で葉身(平らな葉の部分)を持たないため、「不完全葉(ふかんぜんよう)」または「鞘葉(しょうよう)」と呼ばれます。
参考)「葉齢」の意味 - 有限会社 百津屋商店
※地域の普及センターやJAの指導基準がどちらを採用しているか必ず確認してください。多くの現場では後者(不完全葉を含まない)が主流です。
2. 小数点以下の数え方(葉齢指数)
イネの葉齢調査では、「3.5葉期」のように小数点以下まで記録します。これは、現在伸びている最中の新しい葉が、一つ下の完成した葉と比べてどのくらいの長さまで伸びているかを示します。
参考)あぜ道日誌
N(完成葉数) + (伸長中の葉の長さ ÷ 一つ下の葉の長さ) × 10
この「.5」や「.2」の差が、除草剤の散布適期(ノビエの葉齢との関係)や、中干しの開始時期を決定する致命的な差になります。特に除草剤は「ノビエ3葉期まで有効」といった製品が多く、これを過ぎると効き目が激減するため、毎日田んぼを見て0.1単位で進む葉齢を把握する必要があります。
参考)【営農通信23】ノビエの葉齢の数え方について
JA全農:ノビエの葉齢の数え方について(除草剤の効果を最大化するために)
※除草剤散布の基準となる雑草(ノビエ)の葉齢判断について、図入りで解説されています。
農薬(殺虫剤・殺菌剤・除草剤)のラベルには、使用時期として「本葉〇枚~〇枚まで」や「定植〇日前まで」といった記載があります。これは単なる推奨ではなく、農薬取締法に基づく遵守事項(法的義務)です。この「数え方」を間違えることは、食品衛生法上の残留基準値超過や、出荷停止処分につながる重大なリスクを含んでいます。
1. 「〇葉期」のリスク管理
例えば、ラベルに「本葉5葉期まで使用可能」と書かれている場合を考えます。
農薬登録における試験基準では、ステージの進行は厳格に判断されます。「まだ小さいから5枚みたいなもの」という主観的な判断は通用しません。特に、生長点付近の小さな葉をカウントするかどうかで迷った場合は、「安全サイド(使用しない、または普及員に確認する)」に倒すのが鉄則です。
2. 雑草の葉齢と除草剤
前述のイネだけでなく、畑作の除草剤でも雑草の葉齢は重要です。大きくなりすぎた雑草(葉数が多い)は、薬液を吸収しても枯死しにくくなります。
3. ドローン散布と葉面積指数
近年普及している農業用ドローンによる散布では、作物の「葉面積」が薬液の付着量に影響します。地上散布と異なり、高濃度少量の薬液を撒くため、本葉の数が多く繁茂している時期は、下葉まで薬が届きにくくなります。このため、単に「枚数」だけでなく、葉がどの程度重なり合っているか(葉面積指数)を考慮し、飛行高度や散布量を調整する高度な判断が求められます。
農林水産省:施肥基準等に関する参考資料(生育診断の方法)
※イネや野菜の生育調査における公的な測定基準や数え方が詳細に記載されています。
最後に、検索上位の記事ではあまり触れられていない、しかし現場で必ず直面する「枯れ落ちた葉(下葉)の扱い」について解説します。生育が進むと、最初に出てきた本葉1枚目や2枚目は老化して黄色くなり、自然に脱落したり、病気予防のために「葉かき(摘葉)」されたりして無くなることがあります。
Q. すでに無くなってしまった下葉は、現在の「本葉の枚数」に含めるべきでしょうか?
A. 目的によって「含める場合」と「含めない場合」が明確に分かれます。
1. 「生育ステージ(暦年齢)」を判断する場合:【含める】
「播種後〇日目」に相当する生理的な年齢を知りたい場合、あるいは「第〇番目の葉に実がつく」といった生理的特性を判断する場合は、過去に存在して今はない葉もカウントします。
茎に残った「葉痕(ようこん:葉が落ちた跡)」を数えることで、現在の最上部の葉が「通算で何枚目か」を特定します。これを間違えると、例えば「第1花房の下の葉は残す」といった摘葉作業の基準位置がずれてしまい、光合成不足や着果不良を招きます。
2. 「現在の葉面積・農薬付着量」を判断する場合:【含めない】
一方で、現在の光合成能力や、農薬散布に必要な薬液量を計算する場合(例:10アールあたり〇〇リットル)、あるいは「過繁茂(葉が茂りすぎ)」の判断をする場合は、現存している緑色の葉のみを対象とします。
特に注意が必要なのは、農薬の使用回数制限(総使用回数)です。一部の農薬は「収穫までに〇回以内」と決まっていますが、栽培期間が長く、下葉を更新しながら育てるキュウリやトマトのような作物では、初期に撒いた農薬が残留している下葉はすでに除去されているケースがあります。しかし、法的な使用回数のカウントは「その株(植え付け場所)に対して何回撒いたか」であり、葉が入れ替わったからといって回数がリセットされるわけではありません。
参考)【第11回】農薬のラベルを見よう!②<使用時期、総使用回数、…
「葉がないから農薬も残っていない」という現場感覚と、法的な「使用回数」の定義にはギャップがあります。この認識のズレは、GAP(農業生産工程管理)認証の審査などでも指摘されやすいポイントです。「数え方」ひとつとっても、それが「植物生理」の話なのか、「法令順守」の話なのかを常に意識して使い分けることが、プロの農業者には求められます。
本葉の数え方は、単なる数字の記録ではありません。それは作物と対話し、適切な処置を施すための「共通言語」です。ぜひ明日からの圃場見回りで、一枚一枚の葉を意識して数えてみてください。作物の見え方が変わってくるはずです。