イチゴの高温障害の原因と対策!育苗と花芽分化への影響

イチゴの高温障害にお悩みではありませんか?育苗期の炭疽病対策から、花芽分化への悪影響、定植後の奇形果防止まで、プロが実践する最新の環境制御技術と管理のコツを3000文字で徹底解説します。今年の収量は大丈夫ですか?

イチゴの高温障害への対策

イチゴ高温障害対策の要点
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温度管理の徹底

30℃以上の高温は光合成よりも呼吸消耗を招き、株を衰弱させます。遮光や換気で適温維持を。

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育苗期の水管理

高温多湿は炭疽病の温床。頭上灌水を避け、早朝の灌水で夜間の過湿を防ぎましょう。

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花芽分化の促進

高温は花芽分化を遅らせます。窒素中断やクラウン冷却など、複合的な技術導入がカギです。

近年、猛暑の影響でイチゴ栽培における高温障害が深刻化しています。イチゴは本来、冷涼な気候を好む作物であり、生育適温は18℃〜25℃程度とされています。しかし、近年の日本の夏は施設内温度が40℃を超えることも珍しくなく、この環境変化がイチゴの生理機能に甚大なダメージを与えています。

 

高温障害の最も恐ろしい点は、単に「葉が焼ける」といった可視的な被害だけでなく、植物体内のエネルギー収支を狂わせ、将来の収量をごっそりと奪っていく「見えない被害」にあります。農業従事者にとって、このメカニズムを正しく理解し、適切なタイミングで対策を講じることは、経営を安定させるための必須条件と言えるでしょう。

 

本記事では、単なる日除け対策にとどまらず、植物生理学に基づいた「なぜ高温が悪いのか」という根本原因から、最新の環境制御技術を用いた具体的な解決策までを深掘りします。

 

農研機構によるイチゴ栽培の基礎知識と防除マニュアルには、基本的な病害虫防除の体系が網羅されています。

 

農研機構:生果実(いちご)の輸出用防除体系マニュアル

イチゴの高温障害の原因と呼吸消耗による生育不良

 

イチゴが高温障害を起こす最大の生理学的要因は、「呼吸消耗」による炭水化物の欠乏です。植物は光合成によってエネルギー(炭水化物)を生成する一方で、呼吸によってエネルギーを消費して生命活動を維持しています。

 

  • 光合成と呼吸のバランス
    • 光合成:光と温度(適温域)で活性化しますが、30℃を超えると気孔が閉鎖し始め、速度が低下します。
    • 呼吸:温度上昇とともに指数関数的に増大します。
    • 結果: 30℃以上の高温環境下では、「呼吸による消費量」が「光合成による生産量」を上回ってしまいます。これを「消耗徒長」や「高温消耗」と呼びます。

    このエネルギー収支の赤字が続くと、イチゴは体内の貯蔵養分を使い果たし、新しい根を作る力がなくなります。その結果、根の活性が低下し、水分や栄養分の吸収が滞ることで、地上部の萎れ(しおれ)やチップバーン(葉先枯れ)が発生します。特にチップバーンは、カルシウム欠乏が原因ですが、土壌中にカルシウムがあっても、高温による根の吸水阻害や、蒸散流の乱れによって生長点までカルシウムが届かないことで引き起こされます。

     

    また、夜温(夜間の温度)が高いことも致命的です。昼間に作ったわずかな光合成産物を、夜間の高い呼吸量で使い切ってしまうため、果実や花芽に回すエネルギーが枯渇します。これが、果実肥大の不良や糖度低下の根本的な原因となります。

     

    育苗期における炭疽病とチップバーンの対策

    育苗期は、翌シーズンの収量を決定づける最も重要な期間ですが、同時に一年で最も高温となる時期でもあります。ここで最も警戒すべきは、高温と多湿が重なることで爆発的に広がる「炭疽病」と、生理障害である「チップバーン」です。

     

    炭疽病の発生メカニズムと防除
    炭疽病菌(Colletotrichum spp.)は、25℃〜30℃の高温かつ多湿条件を好みます。特に注意が必要なのは「雨」と「灌水」による泥はねや水滴移動です。胞子は水滴とともに飛散し、潜伏感染します。

     

    • 雨よけ育苗の徹底: 露地育苗であっても、必ず雨よけビニールを設置し、降雨による泥はねを防ぎます。
    • 底面給水やドリップ灌水の導入: 頭上からの散水(スプリンクラーや手散水)は、病原菌を周囲に広げる最大のリスクです。株元に直接水を与えるか、底面から吸わせる方式に切り替えることで、感染リスクを劇的に低減できます。
    • 薬剤ローテーション: 耐性菌の出現を防ぐため、作用機作の異なる殺菌剤(QoI剤、EBI剤など)をローテーション散布します。予防散布は、雨が降る「前」に行うのが鉄則です。

    チップバーンの回避策
    育苗期のチップバーンは、根の張りが不十分な時期に急激な蒸散が起こることで発生します。

     

    • 遮光ネットの活用: 晴天日の日中は30%〜50%程度の遮光資材を活用し、葉温の上昇を抑えます。ただし、遮光しすぎると徒長(ひょろ長く伸びる)の原因になるため、自動開閉装置や可動式のカーテンが理想的です。
    • 風通しの確保: ポットの間隔(スペーシング)を広げ、株間の風通しを良くすることで、湿度を下げ、蒸れを防ぎます。これは炭疽病対策としても極めて有効です。

    栃木県農業試験場の資料では、育苗期の高温対策として遮光や送風の具体的な効果が示されています。

     

    栃木県:いちご育苗期の高温対策について

    高温が及ぼす花芽分化への悪影響と遅れのメカニズム

    イチゴ栽培において「花芽分化」は、収穫開始時期を決める最大のイベントです。日本で主流の一季成り性品種の場合、花芽分化のトリガーとなるのは「低温」「短日(日が短くなること)」「低窒素」の3条件です。しかし、近年の残暑は、このうち「低温」条件の達成を著しく阻害しています。

     

    高温による分化阻害(座止)
    一般的に、平均気温が25℃以上の日が続くと、花芽分化は抑制されます。特に感応期である8月下旬から9月上中旬にかけて高温が続くと、植物体は生殖成長(花を作るモード)に切り替わることができず、栄養成長(葉やランナーを作るモード)を続けてしまいます。これを「座止(ざし)」や「分化遅延」と呼びます。

     

    具体的な悪影響

    1. 定植の遅れ: 花芽分化を確認してから定植するのが基本ですが、分化が遅れると定植時期も後ろ倒しになります。定植が遅れると、年内の収穫量が減少するだけでなく、根の活着期間が短くなり、厳寒期の草勢低下を招きます。
    2. 不時出蕾と中休み: 高温ストレスによって花芽分化が不安定になると、極端に早い出蕾(不時出蕾)が起きたり、第一花房と第二花房の間隔が空きすぎて収穫の「中休み」が長引いたりする現象が見られます。
    3. 株の老化: 花芽がつかないまま育苗日数が伸びると、ポット内で根詰まりを起こし、老化苗となります。

    対策としての窒素コントロール
    気温をコントロールできない露地や簡易ハウス育苗の場合、「低窒素」条件をより厳密に作り出すことが重要です。これを「窒素中断(窒素切り)」と呼びます。花芽分化予定日の30〜40日前から追肥を止め、植物体内の窒素レベルを下げることで、高温条件下でも花芽分化を誘発しやすくします。葉色が濃い緑色から、やや淡い緑色(黄緑色)に抜けてくるのが適期のサインです。

     

    定植直後の活着不良と奇形果の発生防止

    無事に花芽分化を確認し、定植を行った後も油断はできません。9月下旬〜10月上旬の定植直後は、まだ残暑が厳しく、ハウス内温度が急上昇しやすい時期です。この時期の高温障害は、初期収量と果実品質に直結します。

     

    定植後の活着不良(根付きの悪さ)
    定植直後の苗は、根が切断されたり、新しい土壌環境に馴染んでいなかったりするため、吸水能力が極端に低い状態です。この状態で高温に晒されると、蒸散量が吸水量を上回り、強制的な脱水症状に陥ります。

     

    • 活着促進のポイント: 定植後は速やかに「活着灌水」を行い、さらに数日間は日中の頻繁な葉水(ミストや手散水)で湿度を高め、蒸散を抑制します。また、活着するまでは遮光ネット展張し、直射日光による葉温上昇を防ぐことが必須です。

    奇形果の発生メカニズム
    定植後の高温は、花粉の稔性(受粉能力)を低下させます。イチゴの受粉適温は20℃〜25℃ですが、30℃を超えると花粉の発芽率が著しく低下し、さらに35℃を超えると雌しべの受精能力も失われます。

     

    受粉が不完全だと、種(そう果)が入らない部分の果肉が肥大せず、ボコボコとした「奇形果」になります。また、「先青果(さきあおが)」と呼ばれる、果実の先端が熟さずに緑や白のまま残る現象も、高温による窒素過多や成熟異常が原因の一つです。

     

    ミツバチの活動も高温下では鈍ります。ハウス内温度が30℃を超えると、ミツバチは訪花活動を止め、巣箱の温度を下げるための扇風行動に専念してしまいます。これが受粉不良に拍車をかけます。したがって、開花期以降は換気を徹底し、ミツバチが働きやすい25℃以下の環境を維持することが、正品率向上の鍵となります。

     

    クラウン冷却や遮光資材を活用した環境制御技術

    これまでの慣行的な対策に加え、近年注目されているのが、局所的な温度制御技術です。ハウス全体を冷房するのはコスト的に非現実的ですが、イチゴの生長点である「クラウン(株元)」だけを狙って冷却することで、効率的に高温障害を回避する技術が確立されつつあります。

     

    クラウン冷却(局所冷却)の効果
    クラウン冷却とは、株元に這わせたチューブに地下水やチラー(冷却水循環装置)で作った冷水を流し、生長点付近の温度を直接下げる技術です。

     

    • メリット1:確実な花芽分化

      気温が高くても、感応部位であるクラウン部が冷えていれば、植物は「秋が来た」と感知し、スムーズに花芽分化へ移行します。これにより、温暖化が進む中でも早期出荷が可能になります。

       

    • メリット2:根の活性維持

      地温の上昇も抑えられるため、高温期でも根の呼吸消耗が抑えられ、白い健全な根を維持できます。これにより、定植後の活着が早まり、肥料吸水も安定します。

       

    高機能遮光資材と塗布剤
    従来の黒色遮光ネットは、光を遮りすぎて光合成を阻害するデメリットがありました。現在は、赤外線(熱線)だけを効率よくカットし、光合成に必要な可視光線は通す「遮熱資材」や、ハウスのフィルムに直接塗布する「遮熱剤」が登場しています。

     

    • 散乱光の活用: 直射日光を和らげ、光を散乱させる(ディフューズ)資材を使うことで、葉の影になる部分にも光が届き、株全体での光合成効率を高めることができます。
    • 気化熱冷却(細霧冷房): ミスト(細霧)を噴霧し、気化熱によってハウス内温度を下げるシステムも有効です。ただし、湿度が上がりすぎると病気のリスクになるため、炭疽病対策とセットで運用する必要があります。粒子の細かい「ドライミスト」であれば、葉を濡らさずに気温だけを3℃〜5℃下げることが可能です。

    最新の施設園芸技術については、JA全農や各都道府県の技術情報が参考になります。

     

    JA埼玉中央:いちご定植前後の管理と高温対策について

     

     


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