1,000粒にカメムシの斑点が2粒あるだけで、あなたの米は2等米に落ちます。
米の「外観品質」とは、農産物検査法に基づく玄米の目視・機械鑑定によって評価される、粒の見た目に関する総合的な品質指標のことです。消費者が炊飯後に感じる食味とは別の概念であり、あくまで「流通・取引の公正化」を目的とした格付け基準として機能しています。
検査では主に以下の項目が確認されます。
- 整粒(せいりゅう):被害粒・死米・未熟粒・異種穀粒・異物を除いた正常な粒
- 死米:充実していない粉状質の粒(青死米・白死米)
- 着色粒:粒面の全部または一部が変色した粒(カメムシによる斑点米を含む)
- 被害粒:胴割れ粒・病害粒・虫害粒・砕粒など損傷を受けた粒
- 未熟粒:死米を除いた、成熟しきっていない粒
農林水産省の規格(水稲うるち玄米)では、1等米に認定されるには整粒歩合が70%以上であることが必須です。着色粒は全体のわずか0.1%以下という非常に厳しい上限が設けられています。2等米になると整粒歩合は60%以上に緩和されますが、着色粒は0.3%まで許容されます。
つまり、0.1%という数字がいかに厳格かを体感で伝えると、玄米1,000粒の中に着色粒が2粒入っているだけで2等米に「落等」するということです。米粒のサイズを考えると、1,000粒はだいたい茶碗1杯分(約150g)に相当します。その中のたった2粒が原因で、等級が一段下がるのです。これは数字ということです。
農産物検査は、JAや日本穀物検定協会などの登録検査機関が担います。検査方法には目視による「品位等検査」と、穀粒判別器などを使った「機械鑑定」があり、近年は機械化が進んでいます。1等か2等かの判定は、こうした客観的な数値に基づいて下されるため、主観の入る余地はほとんどありません。
農林水産省「玄米の検査規格」:1等〜3等の整粒歩合・着色粒・死米の具体的な数値基準が一覧で確認できます。
外観品質の低下は、農家にとって直接的な「収入減」に直結します。1等米と2等米では、流通価格において玄米60kgあたり約1,000円前後の価格差が生じるケースが一般的です。これが実際の農家経営にどう響くか、計算してみます。
たとえば、10アールの水田から玄米を約500kg収穫した場合(60kgあたりに換算すると約8.3俵)、仮に全量が2等米に落ちると1俵あたり1,000円の差額が発生します。1haの農家であれば約8,300円の損失ですが、10haを作付けする農家では83,000円以上の減収となる計算です。
ただ、等級格差は年産や産地、銘柄によっても異なります。特定の産地銘柄では1等と2等の概算金差が1俵(60kg)あたり4,000円以上になることもあり、規模の大きな農家ほど外観品質の低下による損失は深刻です。これは見逃せないですね。
さらに深刻なのが、2023年産米のデータです。猛暑の影響で白未熟粒が多発した同年、全国の1等米比率は60.9%にまで低下しました。現行の農産物検査制度が始まった2004年以降、最低の数字です。全国規模で見ると、等級低下による経済損失は試算によって年間数百億円規模にのぼるとされています。
収入への影響はそれだけではありません。等級が低い米は卸業者や実需者からの評価も下がりやすく、翌年以降の取引条件や買取先の選択にも影響が出る場合があります。ブランド産地では産地全体のイメージ低下にもつながります。1枚の圃場の品質管理が、産地全体の信頼に関わる話なのです。
新潟県産コシヒカリの等級と食味についての詳細:1等米・2等米の価格差と、食味との関係を生産者視点でわかりやすく解説。
近年、外観品質低下の最大要因として注目されているのが「高温障害」です。特に出穂後20日間の平均気温が27℃を超えると、胚乳内のデンプン合成機能に障害が起き、デンプンが十分に蓄積されなくなります。その結果、胚乳内に隙間ができて光が乱反射し、粒が白く濁って見える「白未熟粒(乳白粒・背白粒・腹白粒・基白粒)」が発生します。
白未熟粒は、農産物検査における整粒歩合を直接引き下げる要因です。整粒には算入されないため、白未熟粒が増えるほど整粒歩合が下がり、1等米の基準(70%以上)を割り込むリスクが高まります。
注目すべきは、高温障害のリスクが年々拡大していることです。気温上昇が1℃程度でも、全国の1等米比率は約15ポイント低下するとの研究データがあります。2040年代には高温による低品質米の発生量が現在の2倍になるという試算もあります。
高温障害以外にも、外観品質を下げる要因はいくつかあります。
- 過剰な窒素施肥:葉色が濃くなりすぎると過繁茂・倒伏のリスクが上がり、登熟不良から白未熟粒や胴割れが起きやすくなります。
- 乾燥速度の管理ミス:収穫後の乾燥温度が高すぎたり速度が速すぎたりすると、米粒内部に亀裂が入る「胴割れ」が多発します。胴割れ粒は被害粒として計上されます。
- 移植時期のずれ:コシヒカリなど品種によっては、移植が早すぎると登熟期が高温時期と重なり白未熟粒が増えやすくなります。新潟県の調査では、遅い移植の方が外観品質が良くなる傾向が確認されています。
つまり、外観品質は収穫直前だけでなく、播種・田植えから乾燥・調製までの一連の作業すべてに影響を受けます。「収穫後に対処する」という発想では間に合わないのです。早め早めの管理が基本です。
minorasu「作物の高温障害とは?発生のメカニズムから症状、予防対策まで」:白未熟粒・乳白粒が生じる仕組みを図解で詳しく解説しています。
高温障害と並んで、農家が特に注意すべき外観品質低下の要因が「カメムシによる斑点米(着色粒)」です。前述のとおり、1等米の着色粒許容量はわずか0.1%。玄米1,000粒に2粒以上の斑点米が入っただけで2等米へ落等します。実感しにくい数字ですね。
斑点米を引き起こす「斑点米カメムシ類」は、60種以上の種類があるとされています。なかでも問題になるのはアカスジカスミカメ・アカヒゲホソミドリカスミカメ・クモヘリカメムシなどで、水田周辺の雑草から稲穂に移動して籾を吸汁します。吸汁された粒には黒い斑点が残り、それが着色粒として検査に引っかかります。
防除の基本的なタイミングは「穂揃期(出穂後数日〜7日程度)」と「その7〜10日後」の計2回散布です。ただし、水田内にイヌホタルイなどの雑草が残っている場合は出穂始めに前倒しすることが推奨されています。薬剤散布のタイミングを一度でも逃すと、1,000粒に2粒という厳しい基準をクリアするのが難しくなります。
見落とされがちな対策として「畦畔・水路周辺の草刈り」があります。カメムシは出穂期前に雑草地で増殖し、その後稲穂に移動する習性があるため、水田周辺の雑草を事前に刈り取ることで侵入数を大幅に抑制できます。草刈りの時期は穂揃い期よりも前が理想です。刈り取りと農薬散布を組み合わせることで、防除の効果を最大化できます。
着色粒は「食味には直接影響しない」という報告もありますが、農産物検査の基準においては即格落ちの対象です。外観だけで判定される厳しいルールがある以上、カメムシ防除は1等米確保に不可欠な作業といえます。カメムシ防除は必須です。
農業共済新聞「斑点米カメムシ類被害が増加中!その生態と効果的な防除法とは?」:カメムシの生態と水稲農家向け防除の具体的な方法を詳しく解説しています。
外観品質を高めるための実践的な取り組みは、大きく「施肥管理」「水管理」「品種選択」の3つに整理できます。
施肥管理(穂肥)の工夫 については、特に穂肥の時期と量が外観品質に大きく影響します。穂肥は、籾の充実を促すために出穂前に行う追肥ですが、タイミングと量を誤ると逆効果になります。一般的に1回目の穂肥は出穂18日前(幼穂長が約1cmのとき)、2回目は出穂11〜4日前が目安です。施用量は窒素成分で10アールあたり2kg程度が標準とされています。
滋賀県農業技術振興センターの研究によると、コシヒカリでは穂肥を「後期重点施用」することで白未熟粒の発生が軽減され、外観品質が向上する傾向が見られました。穂肥のタイミング一つで品質が変わる、ということです。ただし、窒素過多は玄米のタンパク質含有率を高め、食味を下げる側面もあるため、バランスの取れた施肥が求められます。
水管理(間断かんがい・飽水管理) も重要な手段です。登熟期に湛水状態(飽水管理)を続けることで、田面温度の上昇を抑制し、白未熟粒の発生を減らす効果が報告されています。出穂後2〜3週間を目安に水を保つ「出穂後の水管理強化」が、高温年ほど効果を発揮します。これは使えそうです。
品種選択 については、近年「高温耐性品種」の普及が進んでいます。山形県の「つや姫」や「雪若丸」、埼玉県の「彩のきずな」、熊本県の「くまさんの力」など、高温登熟性に優れた品種が各地で育成されています。既存の栽培環境を大きく変えずに外観品質リスクを下げたい場合、品種の転換が最も効果の高い選択肢の一つとなります。
整粒歩合の改善には、収穫後の調製段階も見逃せません。ライスグレーダー(粒厚選別機)の網目設定(1.85mm目安)を適切に管理することで、規格外粒を取り除き、出荷ロットの整粒歩合を底上げできます。圃場での管理と調製作業の両方が大切です。
滋賀県農業技術振興センター「コシヒカリに対する外観品質向上のための穂肥の後期重点施用」:穂肥の時期と白未熟粒の関係を実証データで解説したPDF資料です。
「外観品質が高い米は食味もよい」と考えている農家は少なくありません。しかし、これは必ずしも正確ではありません。意外ですね。
ケット科学研究所が同一産地・同一品種の外観品質の異なる4種類の米を炊飯し、専門家を含む6名で食べ比べた結果、最も外観品質の高いサンプル(整粒比率が最も高い)の総合評価が1位だったものの、粉状質粒や砕粒が多い外観品質の劣るサンプルが「味・粘り」で高い評価を受け、2位・3位に入りました。粉状質粒からのデンプン流出が甘みや粘りを引き出した可能性があるとされています。
同様に、農産物検査の等級と食味評価(日本穀物検定協会の食味ランキング)は、全く別の基準で行われます。食味ランキングは「外観・香り・味・粘り・硬さ」を炊飯後に総合評価するもので、等級検査のような目視基準とは切り離されています。2等米でも食味ランキングで「特A」に近い評価を得ることは十分にあり得ます。
ではなぜ外観品質にこだわるべきか。答えは明確です。現行の流通・取引システムでは、外観品質が等級に直結し、等級が価格に直結するからです。食味がどれほど優れていても、着色粒が0.1%を超えれば2等米として扱われます。農家が収入を守るためには、「見た目の基準」をクリアすることが現実的に最優先事項なのです。結論はシンプルです。
ただし、近年では直接販売(直販)や産直プラットフォームを活用することで、等級ではなく食味や栽培方法を売りにした差別化販売をする農家も増えています。2等米であっても「無農薬・特別栽培」などの付加価値をつけて、1等米以上の価格で取引する事例も出てきています。外観品質の管理と、それ以外の付加価値づくりを組み合わせる戦略が、これからの稲作農家に求められる視点といえるでしょう。
ケット科学研究所「外観品質の異なるお米を食べ比べてみたら、意外な結果だった件」:外観品質と食味の関係を実食データをもとに検証した読み応えのある記事です。