土壌呼吸の測定
土壌呼吸測定のポイント
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測定方法の選定
チャンバー法の種類や、簡易キットから自動装置まで、目的と予算に合わせた最適な手法を解説します。
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環境要因の理解
地温や土壌水分が呼吸速度に与える影響や、季節変動のメカニズムを詳しく紐解きます。
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土の健康診断
微生物と根の活動を分離して捉え、土壌の生物活性や炭素循環の視点から土の健康状態を評価します。
土壌呼吸の測定原理とチャンバー法の基礎
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土壌呼吸とは、地中の微生物による有機物の分解や、植物の根の呼吸活動によって放出される二酸化炭素(CO2)の総量を指します。この放出量(フラックス)を正確に捉えることは、農地における物質循環の解明や、地球温暖化予測において極めて重要な意味を持ちます。現在、研究や実務の現場で最も一般的に採用されているのが「チャンバー法」と呼ばれる測定手法です。
チャンバー法は、土壌表面に箱(チャンバー)を設置し、その内部のCO2濃度変化を観測することで、土壌から放出されるCO2の速度を算出します。この手法はさらに、空気の流れ方によって「密閉法」と「通気法(オープン法)」に大別され、それぞれに特徴があります。
密閉型チャンバー法(Closed Chamber Method)
密閉法は、チャンバー内の空気を循環させながら、時間経過に伴うCO2濃度の上昇を測定します。
- 静的密閉法(Closed Static Chamber): ポンプで空気を循環させず、一定時間後にシリンジでガスを採取し、ガスクロマトグラフなどで分析する方法です。装置が安価で済み、多点観測に適していますが、測定中の環境変化(温度上昇など)の影響を受けやすい欠点があります。
- 動的密閉法(Closed Dynamic Chamber): ポンプでチャンバー内の空気を赤外線ガス分析計(IRGA)に循環させ、リアルタイムで濃度上昇を計測します。短時間での測定が可能で、現在の主流となっています。LI-8100Aなどの自動測定装置はこの方式を採用していることが多いです。
通気型チャンバー法(Open Flow Chamber Method)
通気法は、常に一定流量の空気をチャンバー内に流し続け、入口と出口のCO2濃度差から放出速度を求めます。
- チャンバー内部の圧力変動を抑えやすく、長時間の連続測定において自然状態に近い環境を維持しやすいのが特徴です。
- ただし、精度の高い差分計測が必要となるため、分析機器には高い性能が求められます。
正しい測定を行うためには、チャンバー設置時の土壌撹拌を最小限に抑えることや、チャンバー内の圧力変化(ベンチュリー効果など)によるガスの吸い出し誤差を防ぐことが不可欠です。また、測定時には「カラー」と呼ばれる土台を事前に土壌に埋設しておき、土壌構造が安定してから本体を装着して測定を行う手順が推奨されます。
参考リンク:土壌呼吸の測定手法と炭素循環に関する詳細な分類と解説(環境研究)
※上記リンクでは、チャンバー法の各方式のメリット・デメリットや、測定原理の科学的背景が詳しく解説されており、機器選定の参考になります。
土壌呼吸に与える温度や水分の環境要因
土壌呼吸の速度は一定ではなく、環境条件によってダイナミックに変動します。特に支配的な要因として挙げられるのが「地温」と「土壌水分」です。これらの要因がどのように数値に影響を与えるかを理解することは、測定データを正しく解釈し、農地の管理に活かすために欠かせません。
温度の影響(Q10値)
一般に、生物化学反応は温度が上がると活発になります。土壌呼吸も同様で、地温の上昇に伴って指数関数的に増加する傾向があります。この温度依存性を示す指標として「Q10値」が用いられます。
- Q10値とは、温度が10℃上昇したときに反応速度(呼吸速度)が何倍になるかを示す係数です。
- 一般的な土壌呼吸のQ10値は2.0前後と言われていますが、地域や土壌の種類、季節によって1.5~4.0程度の幅で変動します。
- 注意点として、高温になりすぎると(例えば40℃以上など)、微生物の活動阻害や酵素の失活、あるいは土壌水分の枯渇が同時に起こり、逆に呼吸量が低下する「頭打ち」現象が見られることがあります。
土壌水分の影響
水分は微生物の活動媒体として必須ですが、多すぎても少なすぎても土壌呼吸を阻害します。
- 乾燥ストレス: 土壌が極端に乾燥すると、微生物の活動が低下し、根の生理機能も落ちるため、CO2放出量は減少します。砂丘地や乾燥地農業では、この水分制限が主な律速要因となります。
- 過湿状態: 逆に水分が多すぎて土壌孔隙が水で満たされると、酸素の拡散が阻害され、好気性微生物の活動が抑制されます(嫌気状態)。これにより、土壌呼吸量は低下します。
- 最適水分量: 多くの土壌では、容積含水率や孔隙率のバランスが良い状態(一般に圃場容水量付近)で呼吸速度が最大化します。
その他の環境要因
- 降雨イベント: 降雨直後には、乾いた土壌が濡れることで急激に微生物活性が高まる「バーチ効果(Birch effect)」と呼ばれるCO2放出のバースト現象が観測されることがあります。これは短期間で大量の炭素を放出するため、測定タイミングとして重要です。
- 日周変動と季節変動: 地温の日変化に伴い、土壌呼吸も日中に高く夜間に低いパターンを描きます。また、季節変動としては、夏場にピークを迎え、冬場に低下する傾向が顕著です。
これらの環境要因を考慮せずに、単発の測定値だけで「この畑は呼吸量が多い」と判断するのは危険です。必ず地温や水分データをセットで記録し、環境要因との相関関係を分析する必要があります。
参考リンク:土壌呼吸速度の温度依存性と土壌水分の影響に関する研究論文(日本森林学会)
※この資料では、温度と水分が複合的に作用するメカニズムや、Q10モデルを用いた解析事例が紹介されています。
土壌呼吸における根呼吸と微生物の分離
土壌表面から放出されるCO2(全土壌呼吸, Rs)は、実は単一の起源ではありません。大きく分けて、植物の根自身の呼吸によるもの(根呼吸, Rr)と、土壌中の有機物を微生物が分解する過程で放出されるもの(微生物呼吸または従属栄養呼吸, Rh)の2つの要素で構成されています。
これらを区別することは、農業において「土壌有機物の分解(地力の消耗)」を見ているのか、「作物の根の活性(生育の健全さ)」を見ているのかを判断するために重要です。
構成比率の目安
一般的に、全土壌呼吸に占める根呼吸の割合は、植生や季節によって大きく異なりますが、森林や農地ではおよそ30%~50%程度を占めると言われています。作物の生育最盛期には根呼吸の寄与率が高まり、収穫後や休耕期には微生物呼吸が主体となります。
分離測定の手法
現場でこれらを完全に分離して測定するのは技術的に困難ですが、いくつかの研究手法が開発されています。
- トレンチ法(根切り法): 調査区画の周囲に溝(トレンチ)を掘り、物理的に木の根を切断して根の侵入を防ぐエリア(微生物呼吸のみの区画)を作り、通常の区画(微生物+根)と比較する方法です。比較的手軽ですが、切断された根が枯死して分解される際に一時的にCO2放出が増える影響や、土壌水分環境が変わってしまう欠点があります。
- 除草処理区との比較: 農地では、作物が植えられている畝と、作物のない裸地(通路など)での土壌呼吸を比較することで、簡易的に根の寄与を推定することができます。ただし、根圏効果(根の周りで微生物が活性化する現象)があるため、単純な引き算では正確な値は出ません。
- 同位体法: 炭素安定同位体比(δ13C)の違いを利用して、古い土壌有機物由来の炭素と、最近光合成された植物由来の炭素を区別する高度な方法です。
農業現場での解釈
分離測定が難しい場合でも、概念として「このCO2はどこから来ているか」を意識することは有益です。
- 堆肥を施用した直後の急激なCO2放出は、易分解性有機物の微生物分解によるものであり、肥料効果の発現を示唆します。
- 作物の生育後半におけるCO2放出の低下は、根の活力低下(老化)のサインである可能性があります。
参考リンク:森林における土壌呼吸の温暖化応答と根呼吸・微生物呼吸の分離(国立環境研究所)
※温暖化が根呼吸と微生物呼吸にそれぞれ異なる影響を与える可能性について、詳細な観測データをもとに解説されています。
土壌呼吸の簡易キットと自動装置の精度
農業従事者や普及指導員が現場で土壌呼吸を測定しようとした場合、数百万円する研究用機器を導入するのはハードルが高いのが現実です。しかし、近年では簡易的な測定キットや、比較的安価なセンサー技術も登場しており、目的に応じた使い分けが可能になってきています。
簡易測定キット(検知管方式・呈色反応など)
最も手軽な方法は、ガス検知管や試薬を用いた方法です。
- 北川式ガス検知管: 密閉容器に土壌を入れ、一定時間後に容器内のガスを検知管で吸引してCO2濃度を読み取る方法です。数千円~数万円程度のコストで導入可能です。絶対的な精度の面では研究用機器に劣りますが、「Aの畑とBの畑の比較」や「施肥前後の変化」といった相対的な傾向を掴むには十分有用です。
- ソーダ石灰法: 密閉容器内に乾燥させたソーダ石灰(CO2吸収剤)を置き、一定期間(24時間など)放置した後、吸収されたCO2量を重量変化や滴定で求める古典的な手法です。積算の放出量を知るのに適しており、電源のない場所でも測定可能です。
携帯型・自動測定装置(NDIR方式など)
本格的なデータが必要な場合は、非分散型赤外線吸収法(NDIR)を用いたセンサーが推奨されます。
- 研究用ハイエンド機(例: LI-COR社製など): 高精度なガス分析計と自動開閉チャンバーを組み合わせ、温度・水分補正まで自動で行います。価格は高額ですが、秒単位のフラックス変化を捉えられ、論文データの標準となります。
- 次世代の安価なIoTセンサー: 近年、数万円~十数万円程度で入手可能なNDIRセンサーモジュールが登場しています。これらをArduinoやRaspberry Piなどのマイコンと組み合わせ、自作のチャンバーシステムを構築する試みも「スマート農業」のDIY分野で進んでいます。ただし、水蒸気による干渉や温度ドリフトの補正が必要であり、使用には一定の技術的知識が求められます。
測定時の注意点:撹拌ノイズ
どの装置を使う場合でも共通する注意点は「土をいじりすぎない」ことです。チャンバーを設置する際に土壌表面を乱すと、土壌内部に溜まっていた高濃度のCO2が一気に放出され、測定値が異常に高くなることがあります。
- 簡易キットを使う場合でも、採取した土を袋に入れて揉み込んだりせず、可能な限り自然な構造(不撹乱土壌)のまま測定容器に入れる工夫が必要です。
参考リンク:簡易測定用試薬などを用いた現場で使える土壌分析マニュアル(農研機構)
※高価な機器を使わずに、現場レベルで土壌の化学性や生物性を評価するための具体的な手順が紹介されています。
土壌呼吸の測定で見える土の健康と炭素の循環
最後に、単なる物理データの測定を超えて、土壌呼吸を「土の健康診断」として活用する独自の視点について解説します。土壌呼吸量は、土壌中にどれだけの微生物が生息し、どれだけ活発に活動しているかを示すバロメーターでもあります。
「土の免疫力」と生物活性の可視化
近年、土壌病害の抑制などに関わる「土壌の生物性」への関心が高まっています。土壌呼吸(特に微生物呼吸)が活発であることは、有機物の分解サイクルが正常に機能しており、多種多様な微生物が共存している状態を示唆します。
- バイオマス活性の指標: 一般に、有機質肥料を適切に施用し、団粒構造が発達した「良い土」は、痩せた土に比べて土壌呼吸量が高い傾向にあります。
- 拮抗作用の可能性: 微生物の総量が多い土壌では、特定の病原菌が爆発的に増殖するのを防ぐ「静菌作用」や「拮抗作用」が働きやすいと言われています。つまり、土壌呼吸を定期的にモニタリングすることで、土壌が持つ「病気に対する基礎体力(免疫力のようなもの)」を間接的に推し量ることができるのです。
炭素隔離(カーボンニュートラル)との兼ね合い
一方で、「呼吸が多い=CO2がたくさん出ている」ということは、地球温暖化の観点からはネガティブに捉えられることもあります。しかし、農業においては「入る炭素」と「出る炭素」の収支が重要です。
- 分解と蓄積のバランス: 呼吸量が多いということは、それだけ植物残渣や堆肥の分解が進んでいる証拠でもあります。重要なのは、放出される以上の有機炭素を土壌に投入(カバークロップ、堆肥、バイオ炭など)し、土壌中の腐植として定着させることです。
- 不耕起栽培の影響: 不耕起栽培では、耕起による急激な酸化分解(人為的な土壌呼吸の増大)を抑えつつ、ゆっくりとした自然な呼吸を維持することで、土壌炭素貯留(カーボンセクエストレーション)を促進する効果が期待されています。
スマート農業への応用
今後、圃場センサーネットワークの中に「地温」「水分」に加えて「土壌CO2濃度」の監視が組み込まれていくでしょう。
- 例えば、「施肥後に土壌呼吸が予想通り上がってきたか(微生物が働き始めたか)」を確認したり、「呼吸量が急激に落ちた(根腐れや酸欠の予兆)」を検知したりといった、リアルタイムの営農判断に使われる未来が近づいています。
土壌呼吸の測定は、見えない地中のドラマを数字に変える強力なツールです。まずは簡易的な方法からでも、自分の畑の「息づかい」に耳を傾けてみてはいかがでしょうか。
参考リンク:不耕起栽培や農法が土壌炭素貯留と微生物多様性に与える影響(研究ニュース)
※農法の違いが土壌呼吸や炭素の蓄積にどう関わるか、最新の知見に基づいた解説が読めます。
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