窒息剤タイプの農薬の多くは「気門封鎖剤」と呼ばれ、害虫の気門(体表の呼吸の出入口)を膜状の薬液で覆って窒息死させます。 有効成分としては、食品添加物にも使われる油脂系成分やでん粉製剤などが使われることが多く、虫の体を包み込むように乾くことで効果を発揮します。
この作用は神経系を標的にする殺虫剤とは異なり、虫が呼吸し続ける限り効く物理的なメカニズムであるため、既存薬剤に抵抗性を持ったハダニやコナジラミにも有効だと報告されています。 一方で、虫の体にしっかりかからないと効果が出にくく、葉裏まで濡れムラなく散布する技術が重要になります。
参考)気門封鎖剤+展着剤のW効果、さらに1000倍希釈! 農家の&…
窒息剤・気門封鎖剤の特徴を、神経毒型殺虫剤と簡単に比較すると次のようになります。
| 項目 | 窒息剤(気門封鎖剤) | 神経毒型殺虫剤(有機リン等) |
|---|---|---|
| 主な作用点 | 害虫の気門を覆い呼吸を止める物理作用 | 神経伝達酵素などを阻害し麻痺・死に至らせる化学作用 |
| 抵抗性発達のリスク | 低いとされ、抵抗性害虫対策として評価されている | 長期連用で抵抗性個体が生じやすく、薬剤ローテーションが必須 |
| 天敵・受粉昆虫への影響 | 適切散布で影響が小さい事例が多く、IPM向きとされる | 天敵やマルハナバチに強い影響を与える薬剤もあり、注意が必要 |
| 登録上の位置づけ | 殺虫・殺ダニ・殺菌・展着剤など複合機能を持つ製剤もある | 殺虫剤、殺ダニ剤など用途別に分類される |
また、でん粉系の窒息剤は「粘着くん液剤」のように、粘着力で虫体を捕捉しつつ気門封鎖で窒息させる二重の物理作用を持つケースもあります。 このような物理作用型農薬は、収穫前日まで使用可能で回数制限がない登録になっている商品もあり、農家にとって使い勝手のよい資材として紹介されています。
参考)2006年5月号『一般』「粘着くん液剤」|農薬通信2006年…
窒息剤は即効性が高い一方で、卵や隠れ場所にいる虫には薬液が届きにくいため、防除カレンダーの中で「発生初期にしっかり当てる」という役割を意識して組み込むと効果的です。 散布後に天敵を放飼する体系や、他系統薬剤とのローテーションに組み込むことで、圃場全体の薬剤負荷を減らしながら防除安定を図ることができます。
参考)みどり戦略対策に向けたIPM防除の実践(10)【防除学習帖】…
害虫防除における気門封鎖剤の役割解説として有用。
窒息剤の多くは低毒性ですが、濃厚なミストを長時間吸い込んだり、換気の悪いハウスで使用したりすると、咳や胸の圧迫感、頭痛などの吸入曝露症状が出ることがあります。 特にクロルピクリンなど窒息性ガスを発生する土壌くん蒸剤は、吸い込むと強い刺激と呼吸困難を起こしうるため、「ハウス内使用禁止」「圃場全面被覆」など厳格な注意事項が設けられています。
農薬全般の中毒症状としては、吸入時に咳・呼吸困難・悪心・嘔吐を伴うケースや、重症例では肺水腫やけいれん、意識障害に至るケースも報告されています。 誤飲した場合は、悪心・嘔吐・腹痛・下痢などの消化器症状や、徐脈・低血圧など循環器系の異常が現れることがあり、早期に専門機関へ連絡することが重要です。
参考)中毒事故が起こったら(家庭でできること、やってはいけないこと…
現場でできる応急処置の基本は、以下のように整理できます。⚠️
医師に受診する際には、実際に使用した製品ラベルや、毒物・劇物区分、成分名などがわかる資料を持参することが推奨されています。 どの成分でどの程度の量に曝露したかが分かると、解毒薬の選択や観察時間の判断に役立つため、日頃から使用記録を残しておくことが農場全体のリスク管理につながります。
参考)https://www.nounavi-aomori.jp/farmer/wp-content/uploads/2024/04/79d271aae574f6dc28c0edba7ee3b9d8.pdf
農薬中毒の症状と家庭・現場での応急処置を確認するのに有用。
窒息剤と一口に言っても、油脂・でん粉系のソフト農薬と、クロルピクリンのような強い窒息性有毒ガスを発生する土壌くん蒸剤では、法的な扱いが大きく異なります。 毒性の高い一部の窒息性農薬は、毒物または劇物として指定されており、毒物及び劇物取締法(毒劇法)に基づき製造・輸入・販売・貯蔵・運搬などが厳しく規制されています。
毒劇法では、毒物・劇物の取り扱い事業者に対して登録制度を設け、施設の安全基準や漏洩防止措置、帳簿記録、帳簿の保存年限などが定められています。 登録の必要がない立場であっても、農業者は「業務上取扱者」として毒劇物の保管・管理に関する規制の対象となり、鍵付き保管や盗難防止、不要となった薬剤の適正廃棄が求められています。
参考)毒物及び劇物取締法(毒劇法)とは?有機溶剤との関係を中心にわ…
一方で、でん粉や食品添加物を有効成分とする窒息剤は、人畜毒性が低く、毒物・劇物の指定を受けていないケースも多いものの、農薬としての登録や残留基準の設定は他剤と同様に行われます。 東京都などの解説によれば、病害虫防除目的で販売される資材は天敵昆虫や食品由来成分であっても原則として農薬登録が必要であり、窒息剤も「農薬」としての使用基準を守ることが求められます。
参考)Q&A 天敵も農薬になるのですか? |KINCHO園芸
使用者側としては、毒劇物かどうかだけでなく、「農薬取締法上の使用基準(作物・希釈倍数・使用回数・収穫前日数)」と「毒劇法上の管理義務」の両方をラベルで確認する習慣をつけることが重要です。 特に窒息性ガスを発生するくん蒸剤は、ハウス内使用禁止や防毒マスクの着用、圃場の被覆と換気方法など、他の農薬以上に詳細な安全使用基準が付されているため、技術指導書やメーカーの資料もあわせて確認すると安心です。
毒物・劇物の指定や登録制度の概要把握に役立つ公的情報。
でん粉製剤や食品添加物由来の油脂を用いた窒息剤は、「ソフト農薬」として紹介されることが多く、人畜や作物、天敵、有用昆虫に対する安全性が比較的高いとされています。 例えば粘着くん液剤では、ハダニやアブラムシ、コナジラミを対象にしながら、大型天敵昆虫やマルハナバチなどへの影響が小さいことが特長として挙げられています。
IPM(総合的病害虫管理)のマニュアルでは、気門封鎖型薬剤は抵抗性害虫の出現リスクが少なく、ハダニ防除で苦労している作型において重要な選択肢と位置づけられています。 でん粉製剤は、粘着作用と窒息作用の両方により速効的な効果を示しつつ、物理的殺虫作用のため薬剤抵抗性を起こしにくい資材として、環境保全型農業の取り組みでも紹介されています。
参考)産総研:オゾンでアシスト!害虫防除を低環境負荷に
天敵との両立を図るうえで、現場で意識しておきたいポイントは次のとおりです。
一見安全そうなソフト農薬でも、高濃度希釈や高温・強日射条件では作物体へのストレスや天敵への影響が増す可能性があるため、ラベル記載の希釈倍数や散布適期を守ることが大前提になります。 特に花粉媒介昆虫が活動している時間帯の散布は避ける、巣箱は一時的に閉じるなど、基本的な配慮を押さえておくとIPM体系全体の安定性が高まります。
参考)ラインナップ |グリーンプロダクツ特設サイト
IPMとソフト農薬・天敵利用の考え方を整理するうえで有用。
農畜産業振興機構「でん粉製剤を使用した環境保全型農業への取り組み」
窒息剤は「毒物・劇物でないから安心」と考えられがちですが、農薬全般に共通して誤飲・誤使用・流出のリスクがあり、保管や取り扱いの工夫がヒューマンエラー防止の鍵になります。 各県の指導資料では、農薬は乾燥した冷暗所に設置した専用保管庫で密封・密栓し、必ず施錠して子どもや第三者の手の届かない場所に置くことが基本とされています。
実際の農場管理では、以下のような具体的な工夫が有効です。
さらにヒューマンエラーを減らす実務的な工夫として、スマートフォンでラベルを撮影し、防除記録アプリや表計算ソフトに「薬剤名・希釈倍数・防除対象・注意事項」をまとめておくと、作業前のチェックリストとして活用できます。 散布担当者を変える際にも同じ情報を共有しやすくなり、「窒息剤のつもりで別系統を散布してしまった」「毒劇物をハウス内で使ってしまった」といったミスの防止につながります。
参考)https://www.pref.hiroshima.lg.jp/uploaded/attachment/551782.pdf
農薬の保管管理・空容器処理の指針を確認するのに役立つ資料。

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