意識障害の原因は脳と熱中症?農作業の痙攣や脱水と評価

突然の意識障害は脳だけが原因ではありません。農作業中の熱中症や意外な食中毒、緊急時の評価方法JCSとGCSの違いを解説します。あなたは倒れた仲間を救えますか?
意識障害:農家が知るべき3つのポイント
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脳と脱水のリスク

脳卒中だけでなく、農作業特有の脱水や熱中症も意識を奪う主因です。

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JCSで即座に評価

「3-3-9度方式」を覚え、倒れた人の意識レベルを数値化して伝えましょう。

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意外な中毒原因

農薬だけでなく、身近なキノコ「スギヒラタケ」による急性脳症に注意。

意識障害の原因と脳

農作業中に突然、家族や仲間が倒れたら、あなたは冷静に対応できるでしょうか。意識障害は、「意識がない」という単純な状態だけを指すのではありません。呼びかけても反応が鈍い、つじつまの合わないことを言う、興奮して暴れるといった状態もすべて意識障害に含まれます。特に農業従事者は、過酷な環境での単独作業が多く、発見が遅れるリスクと常に隣り合わせです 。

 

参考)https://ops-old.tama.blue/ops/case/kyuukyuujireihoukoku_01.pdf

意識障害の原因は多岐にわたり、医学的には「アイウエオチップス(AIUEOTIPS)」という覚え方があるほど多種多様です。しかし、農作業の現場で最も警戒すべきは、脳そのもののダメージ(脳卒中など)と、環境要因による脳への血流不全(熱中症・脱水)の2つです。脳は体重のわずか2%程度の重さしかありませんが、心臓が送り出す血液の約15%~20%を消費する大食漢の臓器です。そのため、血流が少しでも途絶えたり、酸素や糖分が不足したりすると、真っ先に機能を停止し、意識障害を引き起こします 。

 

参考)農機安全コラム H28/8

この記事では、一般的な脳疾患の知識に加え、農業従事者だからこそ知っておくべき特殊なリスクや、現場で使える評価手法について深掘りしていきます。

 

意識障害の原因となる脳卒中や脳梗塞の痙攣

 

脳そのものが原因で起こる意識障害の中で、最も頻度が高く、かつ緊急を要するのが脳卒中です。脳卒中は大きく分けて、血管が詰まる「脳梗塞」と、血管が破れる「脳出血」「くも膜下出血」に分類されます。これらは突然発症し、数分前まで元気に農作業をしていた人が、次の瞬間には地面に倒れ伏しているという事態を招きます。

 

脳梗塞、特に脳の司令塔である「脳幹」や、感覚の中継地点である「視床」という部分で梗塞が起きると、急激な意識障害に陥ることがあります。視床は通常、左右に一つずつありますが、特殊な血管(ペルシュロン動脈)が詰まると両側の視床が同時にダメージを受け、深い昏睡状態に陥るケースも報告されています 。

 

参考)https://www.usaco.co.jp/article/detail.html?itemid=2527amp;dispmid=610

公益社団法人 日本脳卒中協会:脳卒中の症状とFASTについて
(上記リンクは、脳卒中の初期症状である顔の麻痺、腕の麻痺、言葉の障害を早期発見するための「FAST」チェックを解説しています)
また、意識障害に伴って「痙攣(けいれん)」が見られる場合は注意が必要です。痙攣はてんかん発作でも起こりますが、くも膜下出血や脳出血の発症直後にも生じることがあります。農作業中に倒れている人を発見した際、体がガクガクと震えていたり、白目をむいていたりする場合、脳内で出血が起きている可能性を排除できません 。

 

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/clinicalneurol/59/7/59_cn-001264/_pdf

  • 脳梗塞(虚血性): 血管が詰まり、脳細胞が壊死する。片側の麻痺が出やすいが、脳幹部だと意識を失う。
  • 脳出血(出血性): 脳の中で出血し、血腫が脳を圧迫する。頭痛や嘔吐を伴うことが多い。
  • くも膜下出血: 脳の表面の動脈瘤が破裂する。「ハンマーで殴られたような」激しい頭痛と共に意識を失う。

重要なのは、これらの症状が出た場合、「しばらく横になれば治るだろう」という自己判断が命取りになるということです。脳細胞は血流が途絶えると数分で死滅し始めます。特に「Time is Brain(時は脳なり)」という言葉があるように、発症からの経過時間が予後(その後の回復具合)を決定づけます。

 

意識障害の原因と農作業中の熱中症や脱水

農業従事者にとって、脳疾患と同じくらい、あるいはそれ以上に身近な意識障害の原因が「熱中症」と「脱水」です。ビニールハウス内や炎天下での作業は、体温調整機能を限界まで酷使します。

 

熱中症が意識障害を引き起こすメカニズムは、脳への血流低下と脳自体の温度上昇です。体温が上がると、体は熱を逃がそうとして皮膚の血管を拡張させます。すると、本来脳や内臓に行くべき血液が体の表面に集まってしまい、脳への血流量が減少します(血圧低下)。これが初期のめまいや立ちくらみです 。

厚生労働省:熱中症予防のための情報・資料サイト
(上記リンクは、熱中症の警戒アラートや、作業環境ごとの具体的な予防策、応急処置の方法を網羅的に提供しています)
さらに脱水が進むと事態は深刻化します。水分と塩分が失われることで血液がドロドロになり(血液濃縮)、血栓ができやすくなります。これは前述した脳梗塞の引き金にもなり得ます。つまり、熱中症による脱水が、二次的に脳梗塞(心原性脳塞栓症など)を誘発し、重篤な意識障害につながるという「負の連鎖」が存在するのです 。

 

参考)突然襲った意識障害。自分が誰だかわからない|まさか自分が? …

特に高齢の農業従事者は、喉の渇きを感じるセンサー(口渇中枢)の感度が低下しており、自覚症状がないまま脱水状態に陥っていることが少なくありません。

 

  • I度(軽症): めまい、こむら返り。意識は清明。
  • II度(中等症): 頭痛、吐き気、倦怠感。意識がなんとなく変(判断力の低下)。
  • III度(重症): 呼びかけへの反応がおかしい、痙攣、意識消失。

III度の熱中症は、脳の温度が40度を超え、中枢神経障害が起きている状態です。これは脳そのものが「ゆで卵」のように変性してしまうリスクがある緊急事態であり、即座に冷却と救急搬送が必要です。農地で倒れている人を見つけた場合、皮膚が乾いていて熱ければ、脳疾患よりも熱中症を強く疑い、太い血管(首、脇、鼠径部)を冷やす必要があります。

 

意識障害の評価とJCSやGCSのレベル

倒れている人を発見した時、救急隊や医師にその状態を正確に伝えることが、その後の治療をスムーズにします。そのために使われるのが意識レベルの評価スケールです。日本では主に「JCS(Japan Coma Scale)」が、世界的には「GCS(Glasgow Coma Scale)」が使用されています 。

 

参考)【意識レベル評価】JCS・GCSとは?意識障害時の対応は?

農作業の現場で覚えておくべきなのは、シンプルで緊急時に使いやすい JCS(3-3-9度方式) です。これは「覚醒しているか(目が開いているか)」を基準に、大きく1桁、2桁、3桁の3段階に分けます。

 

コード 状態の目安 具体的な評価方法
I (1桁) 刺激しなくても覚醒している 1: だいたい意識清明2: 見当識障害(ここがどこかわからない)3: 自分の名前や生年月日が言えない
II (2桁) 刺激すると覚醒する(刺激をやめると眠る) 10: 呼びかけで容易に開眼する20: 大きな声や揺さぶりで開眼する30: 痛み刺激を加えつつ呼びかけるとやっと開眼する
III (3桁) 刺激しても覚醒しない 100: 痛みに対して払いのける動作をする200: 痛みに対して手足を動かしたり顔をしかめる300: 痛みに対して全く反応しない

例えば、倒れている人に「大丈夫ですか!」と大声で呼びかけて、やっと目を開けたなら「JCS 20」です。つねっても全く動かなければ「JCS 300」です。119番通報の際、「意識レベルは20くらいです」や「300で全く反応がありません」と伝えられれば、救急隊は重症度を予測して準備を整えることができます 。

 

参考)JCS・GCSとは?意識障害の原因や対応方法を紹介

一方、GCS は「開眼(E)」「発語(V)」「運動(M)」の3つの要素を点数化して合計(満点15点、最低3点)する詳細な評価法です。GCS 8点以下は重症と判断されますが、計算が複雑なため、一般の方が緊急時に使うにはハードルが高いかもしれません。まずはJCSの「1桁(起きているがおかしい)」「2桁(寝ているが起きる)」「3桁(起きない)」という大枠を理解しておくだけでも、現場での対応力は格段に上がります 。

 

参考)GCSとは? JCSとの違いや意識レベルの測定方法を解説│看…

意識障害の原因とスギヒラタケや農薬の影響

ここまでは一般的な医学知識ですが、農業従事者だからこそ警戒すべき、少し意外な意識障害の原因があります。それは「スギヒラタケ」による急性脳症と、「農薬」による中毒です。これらは一般的な健康診断の知識だけでは見落とされがちなリスクです。

 

かつてスギヒラタケは、東北・北陸地方を中心に広く食べられていた一般的なキノコでした。しかし2004年、腎機能障害を持つ人がスギヒラタケを摂取した後に、急性脳症を発症して死亡する事例が相次ぎました。症状としては、摂取後数日から数週間で、ふらつきや不随意運動(意図せず体が動く)が現れ、その後、意識障害や難治性の痙攣(けいれん)を引き起こします 。

 

参考)スギヒラタケは食べないで!:農林水産省

農林水産省:スギヒラタケは食べないで!
(上記リンクは、スギヒラタケと急性脳症の因果関係、および摂取を控えるよう呼びかける農林水産省の公式警告です)
農作業の合間に山に入り、キノコを採取して食べる楽しみを持っている方もいるでしょう。しかし、加齢とともに腎機能が低下している場合(自覚症状がなくても)、スギヒラタケの成分が排出されずに蓄積し、脳のグリア細胞などにダメージを与えると考えられています。原因不明の意識障害で倒れた場合、医師に「最近キノコを食べなかったか」を伝えることが、診断の糸口になることがあります。

 

また、農薬、特に有機リン系やカーバメート系の殺虫剤も意識障害の原因となり得ます。これらは神経伝達物質であるアセチルコリンの分解を阻害し、神経を過剰に興奮させます。散布中のマスク不備や、風向きによる吸入だけでなく、皮膚からの吸収でも中毒は起こります。初期症状は吐き気や縮瞳(瞳孔が小さくなること)ですが、重症化すると意識消失や呼吸停止、激しい痙攣を伴います。農薬散布後に気分が悪くなった場合は、単なる疲れと片付けず、直ちに使用した農薬のラベルを持って病院へ行く必要があります。

 

意識障害が疑われる時の救急車と病院の対応

意識障害の対応において、最大の敵は「迷い」です。「もう少し様子を見よう」「ただの寝不足だろう」という判断が、治療可能な時間を奪ってしまいます。

 

意識障害への対応フローは以下の通りです。

 

  1. 安全確認: まず周囲の安全を確認する(農機具の停止、ガス濃度の確認など)。
  2. 意識の確認: 肩を叩きながら大声で呼びかける(JCS評価)。
  3. 119番通報: 「反応なし」なら即座に通報。AEDの手配。
  4. 呼吸の確認: お腹や胸の動きを見る。呼吸がなければ(あるいは死戦期呼吸なら)胸骨圧迫を開始する。

救急車を呼ぶ際、オペレーターには以下の情報を明確に伝えてください。

 

  • いつ: 「〇時〇分ごろ発見した」または「〇分前までは普通に話していた」
  • どこで: 畑の住所だけでなく、「〇〇公民館から南へ〇メートルの農道」といった目印。
  • どのような状態で: 「JCS 30くらいで、呼びかけると目を開けるが会話にならない」「痙攣している」「右半身が動かないようだ」
  • 背景: 「糖尿病の持病がある」「直前まで農薬を撒いていた」

病院到着後は、CTやMRIによる画像診断で脳出血や脳梗塞の有無を確認し、血液検査で脱水や中毒、代謝異常(低血糖など)を調べます 。

 

参考)https://dmu.repo.nii.ac.jp/record/2436/files/DJMS-47-3-19.pdf

特に「低血糖」も農作業中に起こりやすい意識障害の一つです。糖尿病の薬を飲んでいる人が、食事を抜いて重労働をすると血糖値が下がりすぎて昏睡状態になります。もし意識があり、飲み込める状態なら、ブドウ糖や甘いジュースを飲ませることで劇的に回復することがあります。しかし、意識がない人に無理やり飲ませると窒息や誤嚥性肺炎の原因になるため、絶対にやめてください。

 

農作業は、自然との対話であり、私たちの食を支える尊い仕事です。しかし、そこには脳や身体への過酷な負担が潜んでいます。自分自身と、共に働く仲間の命を守るために、意識障害のサインを見逃さない「目」を養っておきましょう。

 

 


みんなが知りたい意識障害がわかる本