バイエル種苗の技術革新ポイント
🌱
世界的種子ブランド
「セミニス」と「デ・ルータ」の二大ブランドで、露地から施設栽培まで高収量・耐病性品種を提供。
📱
デジタル農業の融合
「Climate FieldView」や「SoraNavi」により、データを活用した精密農業と効率化を実現。
🛡️
シードグロース技術
種子そのものに薬剤処理を施すことで、防除作業の省力化と環境負荷低減を同時に達成。
バイエルと種苗の技術
世界的な農業化学メーカーであるバイエル(Bayer)は、モンサント社の買収を経て、世界最大級の種子・種苗ビジネスを展開する企業へと変貌を遂げました。特に「種苗」の分野においては、単に種を販売するだけでなく、遺伝子レベルでの育種技術、デジタルデータを活用した栽培管理、そして環境負荷を低減する革新的な
防除技術を組み合わせた「トータルソリューション」の提供に注力しています。
日本の農業現場においても、バイエルの技術は深く浸透しつつあります。高齢化や労働力不足が深刻化する中、バイエルが提案する「種子から始まるイノベーション」は、農作業の省力化と収益性の向上を同時に実現する鍵として注目されています。本記事では、バイエルの種苗事業が持つポテンシャルと、それが日本の農業経営にどのようなメリットをもたらすのか、具体的な製品や技術、そして最新のデジタルツールとの連携事例を交えて詳細に解説します。
参考リンク:バイエル クロップサイエンス株式会社(公式) - 日本の農業に向けた製品情報と企業の取り組みが網羅されています。
バイエルの野菜種子ブランドと世界戦略
![]()
バイエルの野菜種子事業は、主に二つの強力なグローバルブランドによって支えられています。一つは露地栽培向けの品種を得意とする「セミニス(Seminis)」、もう一つは施設園芸(温室栽培)向けの品種に特化した「デ・ルータ(De Ruiter)」です。これらのブランドは、世界中の異なる気候条件や市場ニーズに対応するため、膨大な遺伝資源と最先端の育種技術を駆使して開発されています。
特に注目すべきは、バイエルが推進する「抵抗性育種」の戦略です。気候変動による新たな病害虫の発生が世界的な課題となる中、バイエルは薬剤防除のみに頼るのではなく、種子そのものが持つ「病気に強い力」を引き出すことに莫大な研究開発費を投じています。これにより、生産者は
農薬の使用量を減らしつつ、安定した収量を確保することが可能になります。例えば、近年の極端な気象条件にも耐えうる「環境ストレス耐性」を持つ品種の開発も加速しており、干ばつや高温条件下でも品質を維持できる野菜種子のラインナップが拡充されています。
また、これらの種子事業は、単なる「モノ売り」ではありません。バイエルは「フードチェーン・パートナーシップ」という概念を掲げ、生産者だけでなく、流通業者、加工業者、小売業者と連携し、消費者が求める味、形状、保存性を兼ね備えた品種をマーケットインの発想で開発しています。これにより、生産者は作って終わりではなく、確実に売れる、高く評価される
農産物を生産することができるのです。
ブランド名 |
主な対象分野 |
特徴と強み |
セミニス (Seminis) |
露地栽培全般 (ブロッコリー、カリフラワー、タマネギ、ニンジン等) |
世界最大級の露地野菜ブランド。環境適応能力が高く、広域適応性のある品種が多い。加工・業務用需要にも強いラインナップを持つ。 |
デ・ルータ (De Ruiter) |
高度環境制御型施設園芸 (トマト、パプリカ、キュウリ等) |
オランダ発祥の施設園芸専門ブランド。高軒高ハウスやロックウール栽培などに適し、長期多段取りでの超多収と高品質を両立するハイテク品種。 |
バイエルのトマト品種に見る開発力
バイエルの種苗技術の粋が集約されているのが「トマト」の分野です。トマトは世界で最も消費される野菜の一つであり、同時にウイルス病や栽培環境の変化に敏感な作物でもあります。バイエルの「デ・ルータ」ブランドは、
施設栽培トマトの分野で圧倒的な存在感を示しています。
近年、トマト生産者を悩ませている深刻な問題の一つに「トマト褐色あざ果ウイルス(ToBRFV)」の蔓延があります。このウイルスは感染力が非常に強く、一度発症すると
収穫物が壊滅的な被害を受けるため、世界中の産地で恐れられています。バイエルはいち早くこの問題に取り組み、ToBRFVに対する「中程度の抵抗性」を持つ品種の開発に成功し、市場への投入を開始しました。これは単に病気に強いというだけでなく、生産者の経営リスクを劇的に低減させる画期的なイノベーションです。
日本市場においても、バイエルのトマト品種は、食味の良さと日持ちの良さ(シェルフライフ)を両立させている点で高く評価されています。スーパーマーケットなどの小売店からは「棚持ちが良く
廃棄ロスが少ない」と歓迎され、消費者からは「糖度と酸味のバランスが優れている」と支持される品種が数多く導入されています。さらに、日本の高温多湿な夏に対応した
耐暑性品種や、冬場の低温・低日照下でも着果が良い品種など、日本の独特な気候にローカライズされた品種選抜が行われている点も見逃せません。
- 🍅 ToBRFV抵抗性品種: 最新のウイルス脅威に対抗し、収量ロスを防ぐ主力品種群。
- 🍅 高糖度・良食味: 日本の消費者の高い味覚基準を満たす、フルーツのような甘みを持つ品種。
- 🍅 耐クラック性(裂果耐性): 輸送中の揺れや環境変化による実割れを防ぎ、秀品率を向上。
参考リンク:株式会社トミタテクノロジー - 日本におけるデ・ルータ種子の正規代理店として、詳細な品種特性や栽培マニュアルを公開しています。
バイエルが推進するデジタル農業プラットフォーム
バイエルが種苗事業と並行して強力に推進しているのが、デジタル農業プラットフォームです。その中核となるのが世界中で利用されている「Climate FieldView(クライメート・フィールドビュー)」です。これは、
トラクターやコンバインなどの
農業機械から得られる稼働データ、衛星画像による
圃場のセンシングデータ、土壌マップ、そして過去の収量データなどを一元管理し、可視化するシステムです。
種苗との関連で言えば、このプラットフォームを活用することで「可変
播種(VRA)」が可能になります。圃場内の地力ムラに合わせて、肥沃な場所には種を厚くまき、そうでない場所には薄くまくといった調整を自動で行うことで、種子コストの最適化と収量の最大化を図ることができます。日本のような小区画の圃場が多い環境では導入ハードルが高いと思われがちですが、
北海道などの大規模畑作地帯を中心に普及が進んでおり、データに基づいた「経験と勘に頼らない農業」への転換を促しています。
また、日本独自の取り組みとして展開されている「SoraNavi(ソラナビ)」などのドローン活用サービスとも連携を深めています。ドローンで撮影した圃場の画像を解析し、
雑草の発生状況や作物の生育ステージを診断。その結果に基づいて、必要な場所に、必要なタイミングで、最適な薬剤や肥料を散布するという「精密農業」を実現します。バイエルの強みは、こうしたデジタルツールと、自社の種子・農薬製品をパッケージで提案できる点にあります。「この品種を、この密度で植え、このタイミングで防除する」という最適なレシピを、デジタルデータが裏付けとなって提案してくれるのです。
バイエルの防除技術シードグロースの利点
「シードグロース(SeedGrowth)」は、バイエルが提唱する種子処理技術の総称であり、種子ビジネスの核心技術の一つです。これは、種子にあらかじめ
殺菌剤や
殺虫剤、あるいは
バイオスティミュラント(生物刺激資材)をコーティング処理してから出荷する技術です。
従来の農業では、種をまいた後に、発芽した苗を守るために何度も農薬散布を行う必要がありました。しかし、シードグロース処理された種子を使用すれば、種子の周りに防除成分が存在するため、発芽直後の最も脆弱な時期を病害虫から守ることができます。これにより、生育初期の薬剤散布回数を大幅に削減できるため、生産者の労働負担が軽くなるだけでなく、環境中に放出される農薬の総量を減らすことができるという大きなメリットがあります。
さらに、この技術は作業者の安全性向上にも寄与します。炎天下での防除作業や、薬剤調製時の曝露リスクを減らすことができるからです。バイエルは、このシードグロース技術を、単なる農薬処理としてではなく、作物のポテンシャルを最大限に引き出し、初期生育をブーストさせるための「サプリメント」のような位置づけで開発を進めています。均一な発芽と力強い初期生育は、最終的な収量アップに直結するため、プロの生産者ほどこの技術の価値を高く評価しています。
バイエルの革新的な水稲種子処理と日本農業
最後に、検索上位の記事ではあまり触れられていない、日本独自の革新的な取り組みについて紹介します。それは、
水稲(お米)栽培におけるシードグロース技術の進化と、デジタルツール「my防除」との連携です。一般的にバイエルの種子事業というと野菜やトウモロコシが注目されがちですが、日本法人であるバイエル クロップサイエンスは、日本の基幹作物である「米」の生産効率化に革命を起こそうとしています。
2025年、バイエルは同社の防除提案アプリ「my防除」に、新たに種子処理(シードグロース)の機能を実装しました。これは、水稲の種もみに対して、どのような薬剤処理を行えば、本田(
田んぼ)移植後の病害虫防除を最適化できるかを提案する機能です。従来、稲作の防除は田植え後の「箱処理剤」や本田での散布が主流でしたが、種もみに直接薬剤をコーティングする技術が普及すれば、
育苗箱への薬剤散布の手間すら不要になります。
特に注目すべきは、この技術が「直播栽培(じかまきさいばい)」との相性が抜群に良い点です。高齢化で苗作りや田植えの労力が限界に達しつつある今、種もみを直接田んぼにまく直播栽培への転換が進んでいます。しかし、直播は発芽不良や初期の鳥害・虫害のリスクが高い農法でもあります。バイエルのシードグロース技術で処理された種もみは、これらの初期リスクを強力にブロックし、直播栽培の成功率を飛躍的に高める可能性を秘めています。これは単なる資材の販売ではなく、日本の稲作システムそのものを「持続可能な形」へとアップデートする、極めて重要なイノベーションと言えるでしょう。
参考リンク:バイエル クロップサイエンス プレスリリース - 「my防除」への種子処理機能追加に関する詳細発表。水稲栽培の省力化に向けた最新情報です。
![]()
新版こどものバイエル(下)