三酸化アンチモン(Sb2O3)は、主にハロゲン系難燃剤の効果を高める「難燃助剤」として、私たちの身の回りの多くの製品に使用されている化学物質です 。プラスチック製品、ゴム、塗料、繊維製品など、その用途は多岐にわたります 。農業分野においても、ビニールハウス用のフィルムや農業機械の部品、コンテナといった合成樹脂製品に、火災のリスクを低減する目的で添加されている可能性があります 。
この身近な化学物質が、今、欧州の化学物質規制「REACH」によって厳しい視線にさらされています。REACH規則は、人の健康と環境を高度に保護するため、EU域内で製造・使用される化学物質を包括的に管理する制度です 。中でも特に懸念が高い物質は「高懸念物質(SVHC)」の候補リスト(Candidate List)に加えられます 。SVHCに指定されると、製品に一定濃度以上含まれる場合に情報の伝達義務などが生じ、将来的には「認可対象物質」となり、原則使用禁止へと進む可能性があります 。
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三酸化アンチモンは、発がん性の懸念などから、このSVHC候補として議論が進んでいます。もし、SVHCに指定され、いずれ認可対象物質となった場合、三酸化アンチモンを含む農業資材はEU域内での使用が実質的に禁止されることになります 。これは、EUへ農産物を輸出している、あるいはEU製の農業機械を使用している農業従事者にとって、決して無視できない問題です。サプライチェーン全体で見直しが必要となり、代替資材への切り替えやコスト増につながる可能性があるため、今のうちから正確な情報を把握し、備えを検討することが重要になります。
参考)認可対象物質リスト
REACH規則やSVHCに関する詳しい情報は、化学物質管理の専門機関のウェブサイトで確認できます。
REACH規則 認可対象物質リスト(Authorisation List) - ケム物質
三酸化アンチモンが規制対象として議論される最大の理由は、人の健康への潜在的なリスクです。国際がん研究機関(IARC)は、三酸化アンチモンを「グループ2B」、つまり「ヒトに対して発がん性がある可能性がある」物質に分類しています 。これは、動物実験において発がん性が確認されたことを受けたものです 。
具体的な健康被害としては、以下のような点が指摘されています。
これらのリスクは、主に製造工場など高濃度で暴露される環境で働く労働者において問題とされてきました。しかし、農業現場においても、古い農業資材が劣化・破損して粉じんが発生したり、不適切な処理によって環境中に放出されたりすることで、間接的に暴露する可能性はゼロではありません。
以下の表は、三酸化アンチモンへの暴露経路とそれに伴う主な健康リスクをまとめたものです。
| 暴露経路 | 主な健康リスク |
|---|---|
| 吸入(粉じん) |
咳、頭痛、吐き気、肺の線維症、発がん性の可能性 |
| 皮膚接触 |
発赤、痛み、水疱 |
| 眼への付着 | 発赤、痛み |
| 経口摂取 | 腹痛、下痢、嘔吐 |
厚生労働省の「職場のあんぜんサイト」では、化学物質の危険有害性情報が公開されており、より詳細な情報を得ることができます。
三酸化二アンチモン - 職場のあんぜんサイト - 厚生労働省
三酸化アンチモンが規制された場合、農業現場ではどのような影響が考えられるでしょうか。まず、この物質が含まれている可能性のある製品を特定することが重要です。
主な含有可能性のある農業資材:
これらの資材を現在使用している場合、すぐに健康被害があるわけではありません。しかし、将来的な規制強化を見据え、代替品への切り替えを検討し始めることが賢明です。幸い、三酸化アンチモンを使用しない「ノンハロゲン」や「アンチモンフリー」の難燃技術も開発が進んでいます 。
主な代替難燃剤の種類:
これらの代替品は、環境負荷が低いとされる一方で、難燃性能や加工性、コスト面で一長一短があります 。例えば、金属水酸化物系は多くの量を添加する必要があるため、製品が重くなったり、物性が変化したりすることがあります。自身の使用環境や求める性能、コストを総合的に考慮し、資材メーカーや販売店に相談しながら、最適な代替品を選んでいくことが重要です。
三酸化アンチモンの規制は、人の健康や製品の安全性という直接的な観点だけでなく、農業の基盤である「土壌」への長期的な影響という、あまり語られない側面からも考える必要があります。規制の背景には、製品としてのリスクだけでなく、廃棄後の環境負荷への懸念も含まれているのです。
農業現場で使用されたプラスチック資材は、最終的に廃棄物となります。不適切に廃棄されたり、紫外線や熱で劣化して細かく砕けたりすると、そこに含まれる三酸化アンチモンが土壌中に流出する可能性があります。アンチモンは自然界にも微量に存在する元素ですが、人為的に高濃度で蓄積されると、土壌環境に予期せぬ影響を与えることが懸念されています 。
参考)http://library.jsce.or.jp/jsce/open/00517/1996/33-0156.pdf
土壌汚染による間接的リスク:
このように、三酸化アンチモンの問題は、単なる「化学物質規制」ではなく、農業生態系全体の持続可能性に関わる問題として捉えることができます。代替素材への転換は、将来の土壌汚染リスクを低減し、安全な農産物を安定的に供給し続けるための「未来への投資」とも言えるでしょう。
鉱山跡地などでの土壌汚染調査は、アンチモンが環境中でどのように動くかを理解する上で参考になります。
津具鉱山跡地周辺環境のアンチモン汚染調査 - J-Stage
化学物質に関する規制は、国際的に年々強化される傾向にあり、REACH規則も例外ではありません。欧州委員会は、より持続可能な社会を目指す「欧州グリーンディール」政策の一環として、REACH規則の改正を進めています 。2025年末までには包括的な改正案が提出される見込みで、特定の有害物質の使用を原則禁止する動きや、類似した構造を持つ化学物質をまとめて規制する「グループ規制」の導入などが検討されています 。
三酸化アンチモンについても、SVHCへの指定に向けた議論が続いており、いつリストに追加されてもおかしくない状況です。農業従事者としては、こうした国際的な規制の動向にアンテナを高く張り、正確な情報を継続的に収集することが極めて重要です。
今からできる具体的な対策:
規制の強化は、短期的にはコスト増などの負担を伴うかもしれません。しかし、長期的に見れば、より安全で環境に配慮した持続可能な農業を実践する良い機会と捉えることができます。変化の波に乗り遅れることなく、主体的に行動を起こしていくことが、これからの農業経営には不可欠です。
KPMGなどのコンサルティングファームは、REACH規則の最新動向と企業への影響について詳細なレポートを公開しており、専門的な視点からの情報を得ることができます。
REACH規則改正の最新動向と日本企業への影響 - KPMGジャパン

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