交雑育種について「掛け合わせるだけで新品種ができる」と思っていませんか?
参考)交雑育種とは?
交雑育種(こうざついくしゅ)とは、遺伝的に異なる品種・系統・種間の植物を人工的にかけ合わせ、新しい特性を持つ品種を作り出す育種法です。 「ハイブリッド育種」とも呼ばれ、現在の農業において最も広く使われている品種改良の方法です。
つまり「いいとこどり」を人工的に行う技術です。
参考)【品種改良とは・その2】どんな品種改良技術があるの? - サ…
病害虫に強い品種と収量が多い品種を交配すれば、両方の特性を備えた品種が生まれる可能性があります。 ただし、実際には目的の特性が現れるまで何世代も選抜を繰り返す必要があり、想像以上に手間と時間がかかります。 交雑と選抜をくり返すことで、染色体間での組み換えや交差が生じ、遺伝子の並びが変化して望ましい形質が固定されていきます。fushimi+1
交雑育種の主な目的は次の3つです。
交雑育種は大きく分けて「交配→選抜→固定」の3段階で進みます。 最初に目的の親品種を選び、人工交配を行って雑種第一代(F1)を得ます。
F1世代が重要です。
参考)【混ぜるほど強くなる?—交雑がつくる雑種強勢の境界線】混ぜる…
F1は両親の優性遺伝子を引き継ぐため、多くの場合、両親よりも生育が旺盛で収量が高くなります。 これを「雑種強勢(ヘテロシス)」と呼び、F1ハイブリッド品種の商品価値の核心となる現象です。 F1個体を自己受粉させるとF2世代が生まれ、この世代では親品種の形質が分離してさまざまな表現型が現れます。smartagri-jp+2
F2以降のプロセスは次のようになります。
イネで約10年、果樹では15〜20年以上かかることも珍しくありません。 愛媛県で育成された「紅まどんな」は交雑開始から品種登録まで15年、「甘平」は16年を要した記録があります。pref.ehime+1
参考:果樹育種の年数や交雑成功確率について詳しく解説されています(愛媛県庁公式)
かんきつ類Q&A(品種改良編)|愛媛県庁公式ホームページ
雑種強勢(ヘテロシス)とは、異なる系統や品種を交配した雑種第一代が、両親のどちらよりも生育が旺盛で収量・耐病性・環境ストレス耐性などに優れる現象です。 20世紀の食料生産に革命をもたらし、世界的な人口増加を支えてきた農業技術の根幹です。
これは使えそうです。
仕組みの中心は「優性説」です。両親が異なる抵抗性遺伝子を持つ場合、交雑で生まれたF1はその両方をヘテロで引き継ぎ、複数の病害に対して同時に抵抗性を示すことができます。 例えば病気Xに強い品種と病気Yに強い品種を交配すれば、F1は両方の病気に抵抗性を持つ可能性があります。
ただし、雑種強勢はF1世代にのみ安定して発現します。 F1から採取した種(F2世代)を栽培すると、親の特性が分離して収量・形状・品質がバラバラになります。 F1品種の種を毎年購入する必要があるのはこのためです。
参考)https://kousuke-organic.com/how-to-distinguish-first-filial-generation/
生産コストとのバランスを考えると、F1品種は収量アップのメリットが大きい一方で、毎年種子を購入するコストがかかる点を事前に把握しておく必要があります。
参考:F1品種の仕組みと自家採種が適さない理由を詳しく解説しています
「F1種」は危険、はホント? 種子の多様性を知ろう|SMART AGRI
交雑育種は「かけ合わせれば必ず新品種ができる」わけではありません。成功確率は非常に低く、愛媛県の記録では昭和57年以降の技術向上後でも新品種が生まれる確率は2500分の1です。 技術が向上する前は1万2500分の1という確率でした。
参考)かんきつ類Q&A(品種改良編) - 愛媛県庁公式ホームページ
厳しい現実です。
1万2500分の1という数字は、東京ドームのグラウンド(約1万3000㎡)の中から1㎡を当てるような確率に近いイメージです。それほど新品種の育成には膨大な交配試験と選抜作業が必要です。
農家・農業従事者として知っておきたいのは、市販の登録品種の背景にあるコストです。
参考)https://www.pref.ehime.jp/uploaded/attachment/131785.pdf
この背景を知ると、種苗法による品種保護の理由が理解しやすくなります。 長い年月と多大なコストをかけて生まれた登録品種は、育成者権という知的財産として保護されています。
参考)種苗法改正「自分の畑で採れた種を蒔いたら最大懲役10年」はミ…
参考:品種開発の工程とコスト構造についての詳細は農林水産技術会議の資料をご参照ください
品種開発をめぐる情勢について|農林水産技術会議
交雑育種で生まれたF1品種を購入して栽培した後、種を自家採種してそのまま翌年に使いたいと考える農業従事者は少なくありません。
それが罰則対象になる場合があります。
法的リスクが現実にあります。
2022年4月に施行された改正種苗法では、登録品種を育成者権者の許可なく自家増殖(採種した種を次の作付けに使うこと)すると、種苗法第67条により最大懲役10年または罰金1000万円、もしくは両方が科せられる可能性があります。 ただし、対象はあくまで「登録品種」であり、一般品種や登録品種でも育成者権者が許可している場合は対象外です。
農業従事者が日常的に行いそうな行動で注意が必要なのは以下の点です。
自分が使っている品種が登録品種かどうかは、農林水産省の品種登録データベースで確認できます。種袋や苗のラベルに「登録品種」「育成者権あり」と表示されている場合は特に注意が必要です。
参考:改正種苗法における自家増殖の具体的なルールと農水省の公式見解
種苗法に関する一般的なご質問|農林水産省
従来の交雑育種は「交配して育てて、結果を見てから選ぶ」という方法でした。 果樹では結実まで数年かかり、良い個体かどうかわかるまで何年も待つ必要がありました。
これが現在、大きく変わりつつあります。
chiba-u+1
注目すべき変化です。
DNAマーカーやゲノム解析を活用したゲノム育種(ゲノムセレクション)では、苗木の段階でDNAを解析し、将来的に優良な特性を持つ個体かどうかを予測できます。 千葉大学などの研究では、実際の育種集団にゲノム情報を組み合わせることで、従来の交雑育種よりも大幅に選抜効率を向上させる研究が進んでいます。u-tokyo+1
農業従事者にとってこの技術進歩が意味することは次の点です。
| 比較項目 | 従来の交雑育種 | ゲノム育種活用時 |
|---|---|---|
| 選抜の判断時期 | 結実・収穫後(数年後) | 苗木段階(DNA解析で予測) |
| イネの育種期間 | 約7〜10年 | 約3〜5年に短縮の可能性 |
| 果樹の育種期間 | 15〜20年以上 | 大幅短縮が期待される |
| コスト | 圃場面積・人件費が大きい | 解析コストが必要だが選抜精度が高い |
新品種が市場に出るスピードが上がれば、農家が使える品種の選択肢も増えることになります。 今後、民間種苗会社や公的研究機関からゲノム情報を活用した品種が増えていく流れに注目しておくと良いでしょう。
参考)新品種のフルーツがあふれる豊かな社会を~分子遺伝学−統計遺伝…
参考:千葉大学によるゲノム育種と果樹交雑育種効率化の研究内容
統計遺伝学―データ科学を活用した果樹育種の効率化|千葉大学