農林水産技術会議の概算要求において、最も注目すべき分野の一つがスマート農業技術の社会実装に向けた予算配分です。令和8年度の要求では、単なる「実験」のフェーズを超え、実際の生産現場で稼働し、利益を生み出すための「実装」フェーズへと大きく舵を切っている点が特徴的です。特に、2024年に成立した「スマート農業技術活用促進法」に基づき、開発から供給、そして導入支援までを一貫して加速させるための予算として、300億円規模の要求がなされています 。これは前年度と比較しても大幅な増額となっており、国がいかに農業のデジタル化、ロボット化を急務と考えているかが伺えます。
参考)農林水産予算 前年比17%増 2兆6588億円を要求|JAc…
具体的には、自動走行トラクターや農業用ドローンといったハードウェアの開発だけでなく、それらを制御しデータを統合する農業データ連携基盤(WAGRI)の機能強化や、AIを活用した栽培管理システムの高度化にも重点が置かれています。従来、スマート農業機器は高額であり、一部の大規模法人しか導入できないという課題がありました。しかし、今回の概算要求では、シェアリングサービスの普及や、農業支援サービス事業体(コントラクター)の育成に対する支援も盛り込まれており、中小規模の農家でも先端技術の恩恵を受けられるような仕組み作りが模索されています。
また、労働力不足が深刻化する中、人手に頼っていた収穫作業や選果作業の自動化技術への投資も強化されています。特に果樹や野菜などの園芸作物においては、形状が複雑で機械化が遅れていた分野ですが、画像認識技術とロボティクスを組み合わせた収穫ロボットの実証試験が各地で展開される予定です。これらの技術が実用化されれば、繁忙期の人手確保に悩む農家の負担が劇的に軽減される可能性があります。さらに、海外展開を見据えた技術開発も視野に入っており、日本の高品質な農業技術を輸出産業として育てるための規格化や標準化に関する予算も確保されています。
令和7年度農林水産予算概算要求の概要 - 農林水産省では、スマート農業を含む主要項目の詳細な予算配分や事業目的がPDFで公開されており、具体的な支援内容を確認することができます。
「みどりの食料システム戦略」は、2050年までに目指すべき日本の農業の姿を示した長期的な指針であり、農林水産技術会議の概算要求においても中心的な柱となっています。この戦略では、化学農薬の使用量低減、化学肥料の低減、そして有機農業の取組面積の拡大といった野心的な目標(KPI)が設定されており、それらを達成するためのイノベーション創出に多額の予算が割り当てられています 。令和8年度の概算要求では、環境負荷を低減しながらも生産性を維持・向上させるための「持続可能な生産体系」の確立に向けた研究開発が最優先事項として挙げられています。
参考)令和7年度第4回農林水産技術会議の概要:農林水産技術会議
例えば、化学農薬に頼らない病害虫防除技術として、AIを活用した病害虫の早期発見システムや、天敵昆虫の利用技術、さらにはレーザー照射による害虫駆除といった物理的な防除手法の開発が進められています。これらは、環境への影響を最小限に抑えつつ、農作物の品質を確保するために不可欠な技術です。また、化学肥料の削減に関しては、下水汚泥や家畜排せつ物などの国内資源を有効活用した肥料の開発や、土壌微生物の機能を活用して作物の養分吸収を促進するバイオスティミュラントの研究などが支援対象となっています。
さらに、温室効果ガスの排出削減も重要なテーマです。水田からのメタン発生を抑制する水管理技術や、家畜のげっぷに含まれるメタンを減らす飼料の開発、農地土壌への炭素貯留(カーボンニュートラル)を促進する栽培技術の実証などが含まれています。これらの環境対応技術は、単に環境を守るだけでなく、環境配慮型農産物として付加価値を高め、消費者の支持を得るためのブランディングにも繋がります。農林水産省は、こうした技術開発を通じて、環境保全と経済成長の両立を目指す「グリーン成長」を農業分野でも実現しようとしています。
農林水産技術会議予算の重点事項では、各年度の概算要求における環境対策や技術開発の優先順位が詳しく解説されており、研究開発の方向性を把握するのに役立ちます。
気候変動の影響が年々深刻化する中、農林水産技術会議の概算要求では、高温や乾燥などの過酷な環境に適応できる新品種の開発と育成が急務とされています。近年の猛暑により、米の白未熟粒の発生や、果樹の着色不良、野菜の生育障害などが各地で報告されており、これらの問題に対応できる「気候変動適応型品種」への転換は待ったなしの状況です。令和8年度の予算要求においても、ゲノム編集技術などの先端バイオテクノロジーを活用した迅速な育種手法の開発に重点が置かれています 。
参考)https://www.affrc.maff.go.jp/docs/yosan/attach/pdf/mokuji-14.pdf
従来、新品種の開発には10年以上の歳月を要するのが一般的でしたが、スマート育種やゲノム編集技術を活用することで、開発期間を大幅に短縮することが期待されています。例えば、高温耐性を持つイネの品種改良や、少雨条件でも育つ大豆の開発などが進められています。また、単に環境に強いだけでなく、加工適性に優れた品種や、健康機能成分を多く含む品種など、多様なニーズに対応した品種育成も重要視されています。これにより、国産農産物の競争力を高め、輸入依存からの脱却を図る「食料安全保障」の強化にも寄与します。
さらに、新品種の開発だけでなく、その種子や苗を安定的に供給するための体制整備も予算の対象となっています。種苗法改正に伴い、育成者権の保護が強化される中で、海外への優良品種の流出を防ぐためのDNA品種識別技術の開発や、国内での種苗生産基盤の強化も進められています。これにより、日本の農業の知的財産を守りつつ、生産者が安心して新品種を導入できる環境が整えられつつあります。農林水産技術会議は、公的研究機関だけでなく、民間企業や大学との連携を促進し、オールジャパンで育種能力を強化する方針を打ち出しています。
令和8年度農林水産予算概算要求の概要には、品種改良を含む食料安全保障強化に向けた具体的な予算額や事業スキームが掲載されており、最新の政策動向を知るための一次情報として有用です。
検索上位の記事では大規模なスマート農業や国家プロジェクトばかりが注目されがちですが、農林水産技術会議の概算要求には、より地域に密着した「現場課題の解決」に向けた産学連携の仕組みも盛り込まれています。特に重要なのが、「『知』の集積と活用の場」に関連する予算措置です。これは、農業者、企業、大学、研究機関などがプラットフォームを形成し、現場の具体的なニーズに基づいた研究開発を行うオープンイノベーションの取り組みです。令和8年度の概算要求においては、現場課題の解決に直結する分野や成長性のある研究分野からの提案が「優先採択」される枠組みが強化される見込みです 。
この仕組みのユニークな点は、単なる研究室レベルの成果ではなく、生産現場での実証試験を経て、すぐに使える技術として仕上げることを重視している点です。例えば、地域特有の害虫対策や、特定品目の加工機械の改良、中山間地域における小規模農機具の自動化など、大手メーカーが参入しにくいニッチな課題に対しても、地元の大学や中小企業が連携して取り組むことで予算がつく可能性があります。これは、画一的な大規模農業モデルだけでなく、多様な農業形態を維持・発展させるための重要なセーフティネットとも言えます。
また、こうした連携プロジェクトを円滑に進めるための「コーディネーター」の育成や活動支援にも予算が割かれています。研究者と農業者の間には専門用語や視点の違いによる壁が存在することが多いですが、両者の間に入って翻訳し、プロジェクトを牽引する人材がいることで、技術開発のスピードと質が格段に向上します。概算要求の中には、こうした人的資本への投資も含まれており、技術と人をセットで育てるという視点が強調されています。中小規模の農家や地方の農業関連企業にとっても、自らの課題を解決するために研究機関のリソースを活用できるチャンスが広がっています。
令和8年度予算概算要求の概要(国際研究官室など)では、海外との連携だけでなく、国内の研究ネットワーク構築に関する予算の詳細も確認でき、産学官連携の具体的なイメージを掴むことができます。
農林水産技術会議の概算要求には、足元の課題解決だけでなく、2050年という遠い未来を見据えた「ムーンショット型研究開発制度」への継続的な投資も含まれています。これは、従来の延長線上にはない、破壊的なイノベーションを創出することを目的とした野心的なプログラムです。目標としては、「2050年までに、地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現し、世界的な食料問題を解決する」といった壮大なテーマが掲げられており、SF映画のような技術が現実に研究されています。
具体的な研究テーマとしては、サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させた「完全自動化農場」の構築や、未利用資源(例えば昆虫や藻類など)を活用した新たな食料生産システムの開発、さらには土壌微生物の全容解明による化学肥料ゼロ農業の実現などが挙げられます。これらの研究はリスクが高く、民間企業単独では投資が難しい分野ですが、国が長期的な視点で予算を投じることで、次世代の農業技術の芽を育てようとしています。
令和8年度の要求では、これらの基礎研究の成果を徐々に社会実装に近づけるためのステップアップ支援も検討されています。例えば、実験室レベルで成功した技術を、限定的なモデル地区で実証するための予算などが考えられます。ムーンショット型研究は一見、今の農家には関係ない話に思えるかもしれませんが、数十年後の農業の常識を変える可能性を秘めています。例えば、かつては夢物語だった「天候に左右されない工場野菜」が一般的になったように、現在研究されている技術がいずれ現場のスタンダードになる日が来るかもしれません。未来の農業リスクをヘッジするという意味でも、この分野への予算配分は重要な意味を持っています。