じゃがいもは16世紀に南米からヨーロッパへ伝わり、その後世界各地で栽培と品種改良が進んだ作物で、日本へも江戸~明治期に導入が進みました。
19世紀以降、ヨーロッパではごく限られた四倍体系統が世界中に広がったため、現在の主な栽培品種は遺伝的に互いに近縁であることが指摘されています。
日本では北海道や長崎・島原など冷涼地と暖地の両方で育種研究が行われ、導入品種をもとに多収・高品質な国産品種が育てられてきました。
参考)https://www.jataff.or.jp/senjin/bare.htm
特に暖地では「冷涼作物であるじゃがいもを、年2回収穫できるようにする」ことが目標となり、休眠が短く高温期を避けて作付けできる品種の開発が進められました。
歴史を振り返ると、育種目標は時代とともに少しずつシフトしています。
参考)https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010945511.pdf
じゃがいもは栄養繁殖性(種いも増殖)かつ四倍体であるため、交配すると子孫の組み合わせが極端に多くなり、狙った形質を揃えるのが難しい作物として知られています。
参考)四倍体作物,ジャガイモのゲノム編集
イネのように戻し交雑で「ほぼ元の品種+1形質」という改良がやりにくく、何千~何万株の中から選抜する手間が育種のボトルネックになってきました。
参考)https://imoshin.or.jp/imoshin-viewer/pdf/136008.pdf
このため、従来育種では「病気に強い在来系統」や「でん粉歩留まりの高い系統」などを集め、組み合わせの妙で少しずつ改良を積み上げてきた経緯があります。
参考)https://bareishokyougikai.jp/common/files/kyogikai/kyogikai18.pdf?20210119
一方で、遺伝的多様性が小さいまま栽培が広がった結果、19世紀のアイルランドで起きた大規模なジャガイモ疫病と飢饉のように、病害に全体が弱いリスクも歴史的に経験しています。
参考)https://bio-sta.jp/development/1510
現代のじゃがいも品種改良で最重要テーマの一つが、ジャガイモ疫病・ウイルス病・そうか病・シストセンチュウなどへの抵抗性付与です。
農薬だけに頼る防除にはコストと労力の限界があり、薬剤耐性の問題もあるため、「もとから病気に強い品種」を選ぶことが経営リスクを下げる有効な手段になっています。
例えば北海道では、ウイルス病抵抗性や多収性を同時にねらった新品種候補「北育24号」が育成されており、「さやか」と比べて多収で、Yモザイク病抵抗性とそうか病抵抗性の向上が報告されています。
参考)https://www.hro.or.jp/upload/14075/02.pdf
また新品種「キタムサシ」は、従来の代表品種「男爵」よりジャガイモ疫病に強く、多収で外観も良い食用品種として開発され、疫病無防除条件でも収量を確保できることが示されています。
参考)ばれいしょ新品種「キタムサシ」
線虫対策としては、ジャガイモシロシストセンチュウ抵抗性を持つでん粉原料用ばれいしょ品種が実用化されており、緊急防除を行った圃場での再発リスク低減に貢献しています。
参考)https://www.alic.go.jp/joho-s/joho07_002533.html
シストセンチュウの密度が検出限界まで下がっても、感受性品種を入れると再び増える可能性が高いとされ、抵抗性品種をうまくローテーションに組み込むことが推奨されています。
環境ストレスという点では、地球温暖化に伴い高温や乾燥、病虫害の増加による収量低下が世界的に懸念されており、日本でも暑さに比較的強い系統や、気象変動に左右されにくい安定多収系統の開発が進められています。
北海道農業研究センターなどでは、DNAマーカーの活用により、従来より高い水準の極多収遺伝資源を見出し、それを親に使った新品種育成を推進しています。
病害抵抗性や環境ストレス耐性の育種目標を整理すると、現場でのメリットは非常に実務的です。
| 育種目標 | 具体的な形質 | 現場でのメリット |
|---|---|---|
| 病害抵抗性 | 疫病抵抗性・ウイルス病抵抗性・そうか病抵抗性など | 防除回数・薬剤コストの低減、作業時間の削減、減収リスクの抑制 |
| 線虫抵抗性 | ジャガイモシロシストセンチュウ抵抗性 | 線虫被害圃場の早期回復、作付制限の緩和、被害再発リスクの軽減 |
| 環境ストレス耐性 | 高温・乾燥耐性、倒伏しにくさなど | 高温年や干ばつ年でも収量・品質を維持しやすい |
| 多収・安定収量 | 極多収遺伝資源の導入、ばらつきの少ない系統 | 単収アップと年次変動の縮小、経営計画の立てやすさ向上 |
こうした抵抗性や耐性を複数組み合わせた品種を現場に普及させることで、農家側は「農薬を減らしてもリスクを抑えられる栽培体系」を組み立てやすくなります。
一方で、抵抗性品種ばかりを連用すると特定病原菌や線虫系統が選抜される恐れもあるため、作付体系全体での品種ローテーション設計が重要になります。
近年のトピックとして注目されているのが、CRISPR/Cas9などのゲノム編集技術を使ったじゃがいも品種改良です。
四倍体で栄養繁殖をするじゃがいもでは、従来育種だけで「4つある同じ遺伝子すべてを書き換える」のはほぼ不可能に近く、ゲノム編集が大きな近道になりうると報告されています。
すでに実験レベルでは、以下のような形質改良が達成されています。
参考)https://www.affrc.maff.go.jp/docs/anzenka/genom_syuzai2022/pdf/genom_syuzai2022.pdf
興味深いのは、これらの多くが「外来遺伝子を最終産物に残さない」やり方を模索している点です。
一度ゲノム編集用の人工ヌクレアーゼ(DNA切断酵素)を導入して目的遺伝子を切断した後、交配や再分化の過程でその遺伝子自体は取り除き、「編集されたが遺伝子組換え痕跡のない系統(ヌルセグリガント)」を作る研究が進められています。
さらに、二倍体じゃがいもの自家不和合性をゲノム編集で解除し、自家和合性の二倍体系統を作って「真性種子」で栽培する将来像も提示されています。
これが実現すると、従来のように大型の種いもを運ぶ必要がなくなり、軽量な種子で流通・播種できるため、物流コストや検疫リスクの低減といった変化が期待されています。
ただし、ゲノム編集作物の社会的受容や規制のあり方については、国や地域によって方針が異なり、日本でも指針づくりが進められてきました。
日本の研究機関からは、従来の突然変異育種で得られる変異と区別がつかないタイプのゲノム編集について、どのように扱うかを巡る議論が紹介されており、食品安全委員会などとの調整も行われています。
ゲノム編集を「すぐに現場で使える技術」としてみるのはまだ時期尚早ですが、「1遺伝子で決まる毒素低減などはゲノム編集に任せ、育種家は多因子の収量・栽培性に注力する」という役割分担への期待も示されています。
この流れは、長期的には病害抵抗性・品質・安全性を高めつつ、在来系統や多様な遺伝資源を活用した柔軟な品種改良につながる可能性があります。
ゲノム編集によるじゃがいも品種改良の背景と具体例の技術解説。
ゲノム編集が加速するジャガイモの品種改良
ジャガイモの天然毒素低減など、安全性向上をめざしたゲノム編集研究の日本語資料。
代謝を制御して新しい価値を生む ~ジャガイモの天然毒素低減研究~
日本のじゃがいも育種には、研究機関だけでなく、特定の地域や農家の強いニーズから生まれた品種が少なくありません。
暖地の島原半島では、冷涼作物であるじゃがいもを秋作でも安定して収穫できるようにするため、休眠が短く多収な暖地向け二期作用品種「ウンゼン」「タチバナ」が育成され、秋じゃがの全国普及を支えました。
北海道では、ばれいしょ育種の拠点として北海道農業研究センターが長年にわたり食用・加工・でん粉用の多様な品種を開発しています。
新品種「キタムサシ」は、男爵や既存の疫病抵抗性品種より多収で、外皮が滑らかで外観に優れ、疫病無防除条件でも高い収量を示す品種として公表されています。
また、「北育24号」は中生で多収、Yモザイク病抵抗性とそうか病抵抗性を併せ持つ食用品種候補として紹介されており、北海道の主力品種の一角を担うことが期待されています。
こうした新品種群の背景には、極多収遺伝資源の探索やDNAマーカーによる効率的な選抜など、裏方の育種技術の高度化があります。
一方で、企業や農家側から生まれたユニークな取り組みもあります。
参考)ジャガイモ農家の執念! 「品種改良の夢」を追い続けた名門農家…
日本の風土に合った安全・安心なじゃがいもを広めたいという思いで自ら品種改良に挑戦し続けた農業者の事例が紹介されており、民間レベルでの「農家育種」が現実のものとなりつつあることがうかがえます。
代表的な日本発の品種・系統を、育種目標とともに整理すると次のようになります。
北海道農業研究センターにおけるバレイショ育種の考え方と現状をまとめた技術資料。
北海道農業研究センターにおけるバレイショ育種の現状と今後
検索上位にはあまり出てこない視点として、「農家自身が在来系統や導入品種を選抜し、現場レベルの品種改良に関わる」というアプローチがあります。
日本の研究者の中には、ゲノム編集など先端技術の開発だけでなく、「ジャガイモ新技術連絡協議会」のように、育種研究者・実需者・農家が一体となって新技術や望ましい形質を議論する場を立ち上げようとする動きもあります。
農家目線で見たとき、「品種改良=研究所の仕事」という固定観念を少しほぐすと、次のような現場起点の工夫が見えてきます。
こうした取り組みは、研究機関が開発した系統を「どの方向に仕上げるか」を考えるうえでも貴重な情報源となり、実際に育種担当者は農家や実需側との意見交換会から多くの示唆を得ていると報告されています。
また、ゲノム編集のような新技術についても、いきなり大規模に導入するのではなく、閉鎖環境での試験栽培や情報共有を通じて、業界全体として慎重に進めようとする姿勢が示されており、ここでも農家の声は重要な判断材料とされています。
今後、気候変動や市場ニーズの変化が加速する中で、「研究機関による先端育種」と「農家現場の在来系統選抜・評価」が両輪となることで、地域に本当に合ったじゃがいも品種改良が進んでいくと考えられます。
自分の圃場で「どの株が一番強かったか・売れたか・手間がかからなかったか」を毎年観察し続けること自体が、小さな農家育種の第一歩と言えるでしょう。