土壌動物一覧と農業の重要ポイント
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種類の多様性
ミミズやダニなど、大きさや生態で分類される多種多様な生き物が共存しています。
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農業への貢献
有機物の分解や団粒構造の形成を助け、作物が育ちやすい土壌環境を作ります。
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調査でわかる土の健康
ツルグレン装置などで生息状況を調べることで、土壌の肥沃度やバランスを診断できます。
土壌動物一覧
土の中には、私たちの想像をはるかに超える種類の「土壌動物」が生息しており、彼らは農業生産や地球環境の維持において欠かせない役割を担っています。一見するとただの土の塊に見える場所でも、顕微鏡や特殊な調査器具を通してみると、そこには巨大な生態系都市が広がっています。本記事では、農業従事者や家庭菜園を楽しむ方々に向けて、土壌動物の全容と、それらが農作物にもたらす具体的なメリット、そして実際に自分の畑の土を診断するための調査方法までを網羅的に解説します。土作りは「堆肥を入れて終わり」ではありません。その堆肥を分解し、植物が利用できる形に変えてくれる「彼ら」のことを深く知ることで、より高品質な作物栽培へのヒントが見つかるはずです。
土壌動物の種類と大きさによる分類の一覧
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土壌動物はその体の大きさによって大きく4つのグループに分類され、それぞれが異なる役割を持ちながら土壌生態系を形成しています。この分類を理解することは、土の状態を把握する第一歩となります。
- ミクロファウナ(微小動物):体長0.2mm以下
- 主な生物: 原生動物(アメーバ、繊毛虫、鞭毛虫など)、ワムシ類
- 特徴: 水の中で生活する微小な生き物で、土壌中の水分(間隙水)の中に生息しています。これらはバクテリア(細菌)や菌類を捕食することで、微生物の数をコントロールし、養分の循環を早める役割を果たします。目には見えませんが、土壌1g中に数万~数百万個体も存在することがあります。
- メソファウナ(中型動物):体長0.2mm~2mm
- 主な生物: ダニ類(ササラダニ、コナダニなど)、トビムシ類、線虫(センチュウ)類、ヒメミミズ類
- 特徴: 肉眼でギリギリ見えるか見えないかというサイズのグループです。彼らは落ち葉や有機物の破片を食べたり、菌類の菌糸を食べたりします。特にトビムシやササラダニは「森の掃除屋」とも呼ばれ、有機物を細かく砕く初期段階の分解を担います。乾燥に弱い種類が多く、有機物が豊富な湿り気のある土壌を好みます。
- マクロファウナ(大型動物):体長2mm~20mm
- 主な生物: ミミズ類、ヤスデ類、ムカデ類、ワラジムシ類、ダンゴムシ類、昆虫の幼虫(コガネムシなど)、アリ類、クモ類
- 特徴: 私たちが普段「虫」として認識するサイズの生き物たちです。有機物をバリバリと噛み砕いて食べ、その排泄物が微生物の餌となります。また、土の中を動き回ることで物理的に土を耕し、通気性や透水性を改善する「生態系エンジニア」としての側面も持っています。
- メガファウナ(巨大動物):体長20mm以上
- 主な生物: モグラ、ヘビ、カエル、一部の大型ミミズ、大型の甲虫類
- 特徴: 土壌生態系の頂点に位置する捕食者が多く含まれます。彼らは土壌動物を餌とするほか、モグラのように大規模なトンネルを掘ることで、土壌の深層部分までの通気性を確保する役割も果たします。
農研機構による土壌生態系活用型農業とそれを支える土壌動物の解説(PDF) - 農業における土壌動物の重要性が専門的に解説されています。
参考)https://www.naro.affrc.go.jp/org/tarc/to-noken/DB/DATA/e04/e04-043.pdf
これらの生物は単独で存在しているのではなく、食物連鎖(食う・食われるの関係)によって複雑につながっています。例えば、バクテリアを原生動物が食べ、それを線虫が食べ、さらにそれをダニが食べ、最後にムカデが捕食するといった具合です。この多様性が保たれている土壌ほど、病害虫の爆発的な発生が抑えられ、安定した「地力」を持つと言われています。
農業に役立つ土壌動物の役割と分解の仕組み
農業の現場において、土壌動物は単なる「虫」ではなく、優秀な「労働力」です。彼らがもたらすメリットは主に物理的効果、化学的効果、生物的効果の3つに分けられます。これらを理解することで、不耕起栽培や有機栽培の意義がより深く見えてきます。
- 物理性の改善(耕運効果)
大型の土壌動物、特にミミズやモグラ、多くのアリなどは、土の中を移動することでトンネル(孔隙)を作ります。これが「自然の鍬(くわ)」となり、以下の効果をもたらします。
- 通気性の向上: 酸素が土の奥深くまで供給され、作物の根腐れを防ぎます。
- 排水性と保水性の両立: 大きな隙間は水を速やかに排出し、微細な団粒構造の中には水が保たれます。
- 団粒構造の形成: ミミズの糞は、土の粒子と有機物が混ざり合い、耐水性のある団粒構造を作るための最高の接着剤となります。
- 化学性の改善(養分供給効果)
植物は落ち葉や堆肥をそのままの形では吸収できません。土壌動物はこれを「可給態(植物が吸える形)」に変えるプロセスを加速させます。
- 有機物の粉砕: マクロファウナが粗大有機物を細かく噛み砕くことで、表面積が増え、微生物の活動が活発になります。
- 養分の無機化: 動物が有機物を食べ、排泄する過程で、窒素やリンなどの栄養素がアンモニウムイオンや硝酸イオンなどの無機態に変化し、植物がすぐに利用できるようになります。
- pHの緩衝: 土壌動物の活動が活発な土壌では、腐植が豊かになり、急激なpHの変化(酸性化など)を和らげる緩衝能力が高まります。
- 生物性の改善(病害抑制効果)
特定の有害な生物だけが増えるのを防ぐ「抑止土壌」の形成に寄与します。
- 拮抗作用: 多種多様な生物がいることで、特定の病原菌や有害線虫(ネコブセンチュウなど)が独占的に増殖するスペースや資源がなくなります。
- 捕食圧: ササラダニや肉食性の線虫、捕食性のダニなどが、有害なカビや線虫を食べることで、病害の発生密度を下げることが知られています。
アグリアスによる農業に役立つ土壌学の解説記事 - 土壌生物の分類と機能についてわかりやすくまとめられています。
参考)https://agrias.shop/blogs/%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%B0/soil-science-2
このように、土壌動物は肥料袋に入っている成分とは異なり、土そのものの機能を底上げする「システム管理者」のような役割を果たしています。農薬の過剰使用や過度な耕運は、彼らの住処を奪い、これらの無料の恩恵を失うことにつながりかねません。
ミミズや線虫・ダニ・トビムシの特徴
ここでは、日本の農地で特によく見られ、かつ重要な働きをする代表的な土壌動物について、その特徴と見分け方を深掘りします。
- ミミズ(フトミミズ類・ツリミミズ類)
- 役割: 「土の王様」とも呼ばれ、一日に自分の体重と同じくらいの土や有機物を食べます。彼らの排泄する「糞土」は、周囲の土に比べて窒素、リン、カリウムが数倍も濃縮されており、植物にとって最高の肥料となります。
- 特徴: フトミミズは動きが活発で、表層と深層を行き来します。一方、シマミミズなどは堆肥の中を好み、生ゴミ処理などにも利用されます。ミミズが多い土は、フカフカで黒々としているのが特徴です。
- 線虫(センチュウ)
- 役割: 農業では「ネコブセンチュウ」などの害虫としてのイメージが強いですが、実は土壌中の線虫の多くは「自活性線虫」と呼ばれる有益、あるいは無害な種類です。これらはバクテリアを食べ、その体内に蓄えた窒素をアンモニアとして排出し、植物に供給します。
- 特徴: 体長1mm以下の細長い糸状の生物です。顕微鏡がないと見えませんが、健全な土壌には有害種よりも自活性種が圧倒的に多く生息しています。線虫の多様性を調べることは、土壌の生物性の指標として非常に有効です。
- ササラダニ(土壌ダニ類)
- 役割: 人を刺すダニとは全く別物です。落ち葉や枯れた植物組織、菌類を食べ、それを細かく粉砕して排泄します。この「微細化」がなければ、バクテリアによる最終分解はスムーズに進みません。
- 特徴: 体は硬い殻で覆われており、動きはゆっくりです。森林土壌に特に多いですが、有機物を施用した農地にも定着します。乾燥には弱いですが、寿命が長く、安定した環境指標となります。
- トビムシ
- 役割: 名前の通り、危険を感じるとお腹の下にある跳躍器を使ってピョンと跳ねます。ダニと同様に有機物の分解を助けるほか、植物の病原菌となるカビ(糸状菌)の胞子を好んで食べる種類もおり、病気の拡散を防ぐ可能性があります。
- 特徴: 体長1~3mm程度で、白色や紫色のものが多いです。雨上がりの水たまりや、落ち葉の下に密集しているのをよく見かけます。彼らが多い土壌は、有機物の循環がうまくいっている証拠です。
森林の土壌動物に関する詳細な解説 - ササラダニやトビムシの生態について深く学べます。
参考)http://www2u.biglobe.ne.jp/gln/31/3110.htm
これらの生物がいるかどうかは、土を少し掘り返してルーペで観察するだけでも確認できます。「動き回る小さな点」が見えたら、それはおそらくトビムシやダニであり、あなたの畑の分解工場が稼働している証です。
ツルグレン装置を用いた土壌動物の調査方法
自分の畑の土壌動物相を知るために、専門的な高額機器は必要ありません。理科の実験でも使われる「ツルグレン装置(ツルグレン・ロート)」は、100円ショップで手に入る材料で自作でき、驚くほど多くの土壌動物を採取・観察することができます。
【自作ツルグレン装置の作り方】
- 材料:
- 2リットルのペットボトル(凹凸の少ないものが良い)
- 園芸用の鉢底ネット(網戸の切れ端でも可)
- 黒い画用紙またはアルミホイル
- 白熱電球(40W~60W程度)または電気スタンド
- エタノール(消毒用アルコール)を入れる小さな瓶
- 作成手順:
- ペットボトルを上部(漏斗部分)と下部(土台部分)にカッターで切り分けます。
- 上部の注ぎ口部分に、内側からネットを敷きます(土が落ちないように)。
- 下部の容器の底に、エタノールを入れた小瓶を置きます。
- 上部を下部の上に逆さまにセットします(漏斗状になるように)。
- 側面を黒い画用紙で覆います(光を遮断し、熱だけを伝えるため)。
【調査の手順】
- 土の採取:
調べたい畑の土を、表面の落ち葉ごと深さ5cm~10cm程度採取します。このとき、土を強く押し固めないように注意してください。
- セット:
装置のネットの上に、採取した土をふんわりと入れます。
- 抽出:
土の真上から電球の光を当てます。土壌動物の多くは「光」と「乾燥(熱)」を嫌う性質(負の走光性・走地性)を持っています。上からの熱と光から逃げようとして、彼らはどんどん下へ潜っていき、最終的に網を通り抜けて下のエタノール瓶に落下します。
- 観察:
24時間~48時間ほど照射を続けたら、小瓶を取り出し、中身をシャーレや白い皿に移します。ルーペやスマホのマクロレンズを使って観察してみましょう。
お茶の水女子大学によるツルグレン装置の解説ページ - 実験の手順や観察できる生物の写真が掲載されています。
参考)ツルグレン装置で土壌生物採集
【結果の読み解き方】
- 種類の数: ダニだけ、トビムシだけ、ではなく、多様な種類が見つかれば、生態系のバランスが良い状態です。
- 個体数: 驚くほど多くの数が取れるはずです。有機物が少ない痩せた土では極端に少なくなります。
- 特定の生物: ササラダニが多い場合は有機分解が順調ですが、特定のシロトビムシなどが爆発的に多い場合は、未熟な有機物がありバランスが崩れている可能性もあります。
この調査を、作付け前と収穫後、あるいは堆肥投入の前後などで比較することで、自分の土作りが生物相にどのような影響を与えているかを可視化することができます。
生態系を支える土壌動物の意外な役割と「砕く」力
微生物こそが分解の主役だと思われがちですが、実は土壌動物による「物理的な破砕(コミニューション)」がなければ、微生物の活動効率は著しく低下するという事実はあまり知られていません。このセクションでは、検索上位の記事にはあまり詳しく書かれていない、動物と微生物の連携プレーの真髄に迫ります。
【微生物だけでは分解は遅すぎる?】
落ち葉を無菌状態で微生物(カビやバクテリア)だけに与えても、分解は非常にゆっくりとしか進みません。なぜなら、落ち葉の表面はワックス層や硬いリグニンで守られており、微生物が侵入できる面積が限られているからです。
ここにワラジムシやトビムシなどの土壌動物が加わると、状況は一変します。
- 表面積の拡大: 動物が落ち葉を噛み砕くことで、表面積は何千倍にも広がります。これは、丸太を燃やすより、おがくずにした方が一瞬で燃え尽きるのと同じ原理です。
- リグニンの破壊: 動物の咀嚼によって植物の堅牢な細胞壁が物理的に破壊され、中の栄養分が露出します。
【グレイジング(食作用)による活性化】
さらに興味深いのが「グレイジング効果」です。土壌動物は、有機物だけでなく、そこに繁殖した微生物そのものも食べています。「微生物を食べたら分解が遅れるのでは?」と思うかもしれませんが、逆なのです。
- 若返り効果: 動物に適度に捕食されることで、老化して活性の落ちた微生物のコロニーが更新され、常に若く活性の高い微生物が増殖し続けるよう刺激されます。これを「補償成長」と呼びます。
- 胞子の運搬: 動物の体表や消化管を通じて、微生物の胞子が土壌中の離れた場所へ運ばれます。足のない微生物にとって、動物は「無料のタクシー」であり、畑全体に有用菌を行き渡らせる役割を担っています。
【1つの足跡の下の宇宙】
私たちが畑を一歩踏みしめる、その足の裏の面積(約200c㎡)の下には、どれくらいの生物がいると思いますか?
ある試算では、深さ10cmまでの土壌に、小型の節足動物だけでも数千匹、線虫に至っては数十万匹、微生物は数兆個も存在すると言われています。私たちが「土」と呼んでいるものは、実は「生物の死骸と排泄物、そして生きている彼ら自身」の集合体なのです。
JT生命誌研究館による土壌動物と土壌環境の研究レポート - 枯死有機物と動物・微生物の相互作用について深い洞察が得られます。
参考)RESEARCH 土は生きている—土壌動物が育む土壌環境
農業において「土を作る」ということは、単に物理的に耕すことではなく、この膨大な数の従業員たちが働きやすい「職場環境」を整えてあげることに他なりません。彼らの「砕く力」と「運ぶ力」を最大限に利用することこそが、低コストで持続可能な農業への近道なのです。
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だれでもできるやさしい土壌動物のしらべかた: 採集・標本・分類の基礎知識