酸化還元反応身近なものと鉄のサビと土壌の呼吸と光合成

酸化還元反応は難しい化学の話だけではありません。実は私たちの身近な農業現場や土壌の中で日々起きている現象です。作物の生育に関わるこの仕組みを理解して、収量アップに繋げてみませんか?

酸化還元反応と身近なもの

酸化還元反応のポイント
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電子の交換

酸化と還元は常にセットで起こる電子のやり取りです。

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農業への応用

土壌の色や臭いで地中の酸素状態を判断できます。

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土壌消毒技術

還元状態を利用して病原菌を抑制する技術があります。

酸化還元反応の基本メカニズム:電子と酸素の移動

 

農業の現場で毎日土に触れていると、土の色が変わったり、鉄製の農具が錆びたりといった現象を目にすることがあると思います。これらはすべて、化学の世界で言う「酸化還元反応」という現象で説明がつきます。言葉だけを聞くと、高校の化学の授業を思い出して少し難しく感じるかもしれませんが、基本原理は非常にシンプルです。物質が酸素と結びついたり、反対に酸素を離したりする現象、それが酸化還元反応の入り口です。

 

参考)酸化還元反応:身の回りの化学現象を理解する|Gelate(ジ…

具体的に定義すると、「酸化」とは物質が酸素を受け取る反応、または水素や電子を失う反応のことを指します。逆に「還元」とは、物質が酸素を失う反応、または水素や電子を受け取る反応のことです。この二つはコインの裏表のような関係にあり、片方で酸化が起きれば、必ずもう片方では還元が起きています。これを「酸化還元反応」と呼びます。例えば、農具の鉄が空気中の酸素と結びついて酸化鉄(赤サビ)になる時、鉄は酸化されていますが、同時に酸素側は還元されています。

 

参考)https://lab-brains.as-1.co.jp/enjoy-learn/2023/05/46714/

この反応の本質は「電子のキャッチボール」にあります。電子はマイナスの電荷を持った非常に小さな粒で、物質同士の間を行き来することで化学反応を引き起こします。

 

農業においてこの「電子の動き」を意識することは、実は土壌管理において極めて重要です。なぜなら、植物の根が栄養を吸収できるかどうかは、土壌中のミネラルが「酸化状態」にあるか「還元状態」にあるかによって大きく左右されるからです。例えば、植物にとって必須の微量要素である鉄やマンガンは、還元された状態(電子を受け取った状態)の方が水に溶けやすく、根から吸収されやすいという性質を持っています。逆に、酸化が進みすぎるとこれらのミネラルは不溶化し、欠乏症を引き起こす原因となります。つまり、酸化還元反応の仕組みを知ることは、作物の「食事」のしやすさをコントロールすることに直結するのです。

 

参考)酸化還元を活用した持続可能な農業の方法とは?

身近な酸化還元反応の例:鉄のサビや電池と漂白

私たちの日常生活を見渡してみると、酸化還元反応は驚くほど多くの場所で活用されています。農業従事者の方にとって最も馴染み深い例は、やはり「鉄のサビ」でしょう。雨ざらしにした鍬やトラクターのパーツが赤茶色に変色するのは、鉄が空気中の酸素と水に触れてゆっくりと燃焼(酸化)しているようなものです。

しかし、この「鉄が錆びる」という反応を、意図的に高速化させて熱を取り出しているのが「使い捨てカイロ」です。カイロの中には鉄粉が入っており、封を開けて空気に触れさせた瞬間に急激な酸化反応が始まります。鉄が酸化する際に発生する反応熱を利用して、私たちは暖を取っています。これも立派な酸化還元反応の活用例です。

 

また、電池も酸化還元反応の代表選手です。電池の内部では、マイナス極の金属が電子を放出して酸化され、プラス極の物質がその電子を受け取って還元されるという化学反応が起きています。この電子の流れを取り出したものが「電流」です。農業機械のバッテリーが古くなると電圧が下がるのは、内部の化学物質が反応しきってしまい、電子を送り出す能力(酸化還元反応を起こす能力)が弱まっているからです。

さらに、家庭や作業着の洗濯で使う「漂白剤」も、この反応を利用しています。酸素系漂白剤は、汚れの色素成分を強力に「酸化」することで分解し、色を消しています。一方で、還元系漂白剤というものもあり、これは逆に色素から酸素を奪う(還元する)ことで白くします。鉄分を含んだ水で黄ばんでしまった衣類を真っ白に戻すには、還元系漂白剤が効果的です。これは、酸化して衣類に付着した「赤サビ(酸化鉄)」を、還元反応によって水に溶けやすい形に戻して洗い流しているからです。

 

参考)酸化・還元反応の基本的な意味 – 水処理教室

このように、酸化還元反応は「エネルギーを取り出す」「汚れを落とす」「熱を作る」など、形を変えて私たちの生活を支えています。そして、この原理はそのまま畑や田んぼの中でも、作物の生命活動を支える重要なインフラとして機能しています。

 

土壌の健康診断:色と臭いで見る土壌の酸化還元と酸素

農業現場において、酸化還元反応が最もダイレクトに関わってくるのが「土壌の状態」です。特に水田や排水性の悪い畑では、土壌の酸化還元電位(Eh)という数値が作物の生育を左右します。難しい機械を使わなくても、土の色や臭いを観察することで、その土が酸化状態にあるか、還元状態にあるかを診断することができます。

 

一般的に、酸素が十分に供給されている健康な畑の土は、赤褐色や明るい茶色をしています。これは土壌中の鉄分が酸素と結びつき、「酸化鉄(III)」の状態になっているためです。いわゆる赤サビと同じ色です。この状態(酸化状態)では、根は十分な酸素を得て呼吸ができ、健全に成長します。

 

参考)https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/hozen_type/h_sehi_kizyun/pdf/4-3.pdf

一方、水はけが悪く水が溜まりっぱなしの土や、水田の土壌深くを見てみると、色が青灰色(ドブネズミ色)になっていることがあります。これは、水によって土壌中の酸素が遮断され、微生物が酸素を使い切ってしまったために起きる現象です。酸素がなくなると、微生物は代わりの電子受容体として鉄を利用し始めます。その結果、鉄は電子を受け取って「第一鉄(Fe2+)」という還元状態に変化します。この還元された鉄が水に溶け出し、土を青灰色に染めるのです(グライ化と言います)。

  • 赤褐色の土:酸化状態(酸素たっぷり)。根腐れしにくい。
  • 青灰色の土:還元状態(酸素欠乏)。鉄が還元され溶け出している。

適度な還元状態であれば、ミネラルが溶け出して植物に吸収されやすくなるメリットがあります。しかし、還元が過度に進みすぎると問題が発生します。酸化還元電位がマイナス200mVを下回るような強還元状態になると、今度は硫酸還元菌という微生物が活発になり、土壌中の硫酸イオンを還元して「硫化水素」という猛毒ガスを発生させます。これが、田んぼで足を踏み入れた時に感じる「腐った卵のような臭い」の正体です。硫化水素は作物の根の呼吸を阻害し、根腐れ(秋落ち)の直接的な原因となります。

 

参考)酸化還元電位と微生物の生育

このように、土の色が赤いか青いか、変な臭いがしないかを確認することは、化学分析を行っているのと同じくらい重要な「土壌の酸化還元診断」なのです。排水対策を行って土に酸素を入れる(酸化させる)か、有機物を入れて水を張り酸素を遮断する(還元させる)か、このバランス感覚が農家の腕の見せ所と言えます。

 

農業の知恵:微生物の力を使った還元土壌消毒

近年、環境に優しい農業技術として注目されている「還元土壌消毒」も、その名の通り酸化還元反応を巧みに利用した技術です。これは、化学農薬を使わずに、土壌中の病原菌やセンチュウを死滅させる方法で、特に施設栽培などで普及が進んでいます。

 

還元土壌消毒のメカニズムは、まさに「土壌を酸欠状態にして窒息させる」というものです。

 

  1. まず、フスマや米ぬかなどの分解されやすい「有機物」を土に混ぜ込みます。
  2. たっぷりと水を撒き、土壌中の空隙を水で満たします。
  3. 最後にビニールで地面を完全に被覆(密閉)します。

こうすると、土の中では何が起きるでしょうか。まず、混ぜ込まれた有機物をエサにして、土着の「微生物」が爆発的に増殖します。微生物たちは有機物を分解する過程で、土の中に残っていた酸素を大量に消費(呼吸)します。ビニールで蓋をされているため、新しい酸素は入ってきません。その結果、土壌中は急激に酸素のない「強い還元状態」になります。

 

参考)土壌還元消毒とは

多くの植物病原菌やセンチュウは、酸素を必要とする好気性の生物です。そのため、酸素が極端に欠乏した還元状態の土の中では生きていくことができません。さらに、還元が進む過程で、嫌気性微生物が有機酸(酢酸や酪酸など)を作り出します。これらのお酢の成分や、還元によって溶け出した金属イオン自体も、病原菌に対して殺菌効果を発揮します。

 

参考)土壌還元消毒のメカニズム - 公益財団法人 園芸植物育種研究…

この技術の素晴らしい点は、病原菌を殺菌した後、ビニールを剥がして空気を入れれば(酸化させれば)、またすぐに普通の土に戻るという点です。残留農薬の心配もありません。

 

ただし、注意点もあります。還元土壌消毒は強烈な「ドブ臭さ(有機酸や硫化物の臭い)」を発生させることがあります。これもまた、酸化還元反応が正常に進んでいる証拠なのですが、近隣への配慮が必要です。この臭いは、まさに微生物たちが酸素のない世界で懸命に有機物を分解(還元)しているシグナルなのです。

 

独自技術:有機物と鉄を活用したタンニン鉄作り

最後に、少し変わった視点として、農家さんが自分で作れる「タンニン鉄」という資材について紹介します。これは、身近な材料を使って化学反応(錯体形成と酸化還元)を起こし、植物が吸収しやすい鉄分を作るという、知る人ぞ知る技術です。

 

植物にとって「鉄」は光合成に欠かせない葉緑素を作るために必須の要素ですが、土の中にある鉄(赤サビのような酸化鉄)は水に溶けにくく、植物がなかなか吸収できません。植物は根から酸を出して、この酸化鉄を無理やり還元(電子を渡して溶ける形にする)して吸収していますが、これには植物自身のエネルギー(糖分)をかなり消費します。

 

参考)タンニン鉄液をパワーアップ?する話 その1 クエン酸で再キレ…

そこで役立つのが「タンニン鉄」です。作り方は簡単で、お茶の出がらしや柿渋など「タンニン(ポリフェノール)」を多く含む液体に、使い古したカイロや錆びた釘などの「鉄」を漬け込むだけです。すると、液体が真っ黒に変化します。

 

これは、タンニンが鉄と反応して「タンニン鉄」という錯体を作っている反応です。この時、タンニンの持つ抗酸化作用(還元力)によって、水に溶けにくい三価鉄(酸化鉄)の一部が、植物が吸収しやすい二価鉄に還元され、安定した状態で水に溶け込みます。

 

参考)タンニン鉄を利用して秀品率を上げる

参考リンク:タンニン鉄を利用して秀品率を上げる | 京都農販日誌
※このリンク先では、タンニン鉄がどのように植物の光合成や酵素反応を助けるか、詳細なメカニズムが解説されています。

 

この真っ黒な液体を薄めて畑にまくと、植物はエネルギーを使わずにスムーズに鉄分を吸収できます。その結果、光合成能力が向上し、葉の色が濃くなったり、野菜の味が濃くなったりといった効果が期待できると言われています。また、タンニン自体にも殺菌作用があるため、土壌の病気予防にも一役買うかもしれません。

 

参考)https://www.ruralnet.or.jp/gn/201910/gung.htm

使い古しのカイロ(酸化した鉄)と、お茶の出がらし(有機物)。本来なら捨ててしまうゴミ同士を、酸化還元反応の知恵を使って「高機能肥料」に変える。これこそ、化学の知識を現場で活かす醍醐味ではないでしょうか。身の回りの現象を「これは酸化かな?還元かな?」という視点で見てみると、農業の新しいアイデアが湧いてくるかもしれません。

 

 


講座有機反応機構〈第10 上〉酸化反応と還元反応 (1965年)