農薬をきちんと使っているのに、灰色かび病が毎年止まらないなら、その農薬がすでに効かない耐性菌に変わっている可能性があります。
灰色かび病は、Botrytis cinereaという糸状菌(カビ)が原因で引き起こされる植物病害です。 ブドウの花穂・葉・果実など地上部のあらゆる部位に発症し、放置すると圃場全体に蔓延します。noukaweb+1
花穂や葉に発病すると、まず一部が淡い褐色に変色して小斑が現れます。その後、灰色〜黒褐色に変色して組織が枯れていきます。果実に感染すると褐色になって腐敗が進み、果皮の表面に灰色のかびが密生します。 放っておくと果汁が滲み出してカビの繁殖をさらに促すため、被害は連鎖的に広がります。
発生しやすい条件は明確です。
参考)【植物の病害あれこれ】灰色かび病について。灰色かび病の原因や…
参考)農薬ガイドNo.108/B(2004.6.30)ブドウ病害に…
特にハウス栽培では換気不足による湿度上昇が病害を助長しやすいため、注意が必要です。
湿度管理は最も基本的な予防策です。
この病原菌の性質を正確に理解することが、防除の精度を上げる近道です。意外と知られていないのが、灰色かび病菌は生きている元気な植物細胞よりも、枯死した組織や活力の衰えた部分を好むという特性です。
つまり、枯れた花びら・葉先・傷んだ葉が最初の侵入口になりやすいです。そこで増殖した菌が有力な伝染源となり、健全な果実へ二次感染が広がるというメカニズムです。
伝染経路はシンプルです。
早期の被害部位除去が最も効果的な物理的対策です。 発病した葉や花冠は、コンプレッサーなどですぐ圃場外に持ち出して処分することが求められます。
つまり、圃場の清潔さが防除の第一歩です。
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防除タイミングを誤ると、どれだけ良い農薬を使っても効果が半減します。
灰色かび病の最重要防除時期は開花直前から落花直後にかけての時期です。 この期間に低温・多湿が続くと花穂での発生が急増します。落花がスムーズに進まず、花器残さが果粒に残った状態が続くと、そこが二次伝染源となって幼果・成熟果へ感染が拡大します。fppa.sakura+1
薬剤散布の目安は以下の通りです。
| 時期 | 生育ステージ | 推奨農薬例 |
|---|---|---|
| 5月下旬 | 新梢20cm頃 | オーソサイド水和剤800倍 |
| 開花直前 | 花穂形成期 |
スイッチ顆粒水和剤2,000倍 |
| 落花直後 | 幼果期 | ロブラール水和剤1,500倍・フルピカフロアブル3,000倍 |
| 発生多発時 | 適宜 |
フルピカフロアブル単剤(連用は避ける) |
散布間隔は10日程度が目安です。 ただし、同一系統(RACコード)の農薬は年1回使用を上限とするのが耐性菌発生防止の鉄則です。
参考)https://www.pref.akita.lg.jp/uploads/public/archive_0000071647_00/taisakuR5-7.pdf
ここで重要なのが、系統の異なる薬剤を計画的にローテーションすることです。同じ系統を連用すると、菌が抵抗性を持ってしまい、翌年以降まったく効かなくなるリスクがあります。 防除暦を手元に置いて、系統の確認を習慣にするとよいでしょう。
同じ農薬を使い続けているのに発病が止まらない場合、耐性菌の蔓延が最大の原因です。
灰色かび病菌は、薬剤耐性菌が非常に出やすいことで知られています。 秋田県農業センターの調査では、特定の多発地域において供試菌株の65.8%、一部地域では90%近くがベンズイミダゾール系剤(チオファネートメチル系)に対して耐性を持っていたという結果が報告されています。pref.akita+1
たとえばイメージとして、100本の農薬散布をしたとして、9割の菌に効かないとすれば90本分の農薬・労力・コストが無駄になっているようなものです。
痛いですね。
耐性菌が出やすい農薬として、昔から常用されている以下のものが挙げられます。
これらが効かなくなってきた場合は、以下の農薬が耐性菌にも比較的効果を発揮します。
耐性菌の脅威に備えるには、防除暦をもとに毎年RACコード(農薬の作用機序コード)を記録しておくのが現実的な対策です。系統別に管理しておけば、同じ系統を連用するミスを未然に防げます。
秋田県農業センター:ブドウ灰色かび病菌の薬剤耐性に関する研究(耐性菌率のデータが詳しい)
灰色かび病の原因菌であるBotrytis cinereaは、条件次第で「世界最高峰のワイン原料」を作り出す菌に変わります。
これは意外ですね。
乾燥した環境で成熟したブドウの果皮にこの菌が付着すると、果皮の蝋質を溶かしてブドウの水分を蒸発させ、本来果汁にない芳香の前駆体をもたらします。 こうして生まれた「貴腐ブドウ」が、フランスのソーテルヌやドイツのトロッケンベーレンアウスレーゼといった1本数万円から数十万円になる極甘口の貴腐ワインの原料となるのです。wine-link+1
これが「貴腐(きふ)」と呼ばれる現象で、同じ菌が湿度の高い未熟果には病害を起こし、乾燥した条件下の成熟果には高付加価値を生み出すという二面性を持っています。wikipedia+1
ただし、これは日本の一般的なブドウ栽培では基本的に再現しにくい条件です。 日本で生産を目指す場合は特殊な気象条件と品種が必要であり、一般的な防除の場面では同じ菌でも早期防除が大原則です。
参考)最高級ワインを構成する高貴なカビかブドウを腐らせる大敵か
この知識が実践的に役立つのは、農薬散布のタイミングを判断するときです。成熟後期の果実でこの菌が出ているとき、一律に「全部病害」と判断して廃棄するのではなく、果実の状態(未熟か成熟か、湿潤か乾燥か)を見極めることが収益に直結します。
カク一:灰色かび病の意外な役割(貴腐ワインとの関係を解説しているセクションが参考になる)
農薬だけに頼らない防除の組み合わせが、長期的な病害リスクを下げる上で重要です。
湿度管理が最も基本的な環境防除です。 ハウス栽培では、通路にイナワラやムギワラを敷いて吸水させる、チューブ灌水から点滴灌水(養液土耕)に切り替えるなどでハウス内の湿度を下げることができます。 谷間に溜まりやすい水もこまめに排出しましょう。
圃場の物理的な管理も欠かせません。
また、開花の均一化も重要です。開花がばらつくと花かすが落下しにくくなり、それが果房内部の灰色かび病発生につながるケースが報告されています。 温度管理を徹底して生育ステージを揃えることが、防除効果を安定させる条件です。winegrapes-nagano+1
農薬以外の対策と薬剤防除の両輪で管理するのが、耐性菌リスクを抑えながら安定した収量を確保する現実的な方法です。
農家ウェブ:ブドウの灰色かび病に効く農薬・防除方法(農薬以外の防除法のセクションが詳しく実践的)