農業従事者や土地所有者にとって、農地や作業場の地盤が「切土(きりど)」なのか「盛土(もりど)」なのかを理解することは、災害対策や生産性の維持において極めて重要です。一見すると平らな土地でも、その造成履歴によって地盤の強度、水はけ、そして地震時のリスクは大きく異なります。
切土と盛土は、傾斜地を平坦にするための造成工事の基本となる手法です。それぞれの特徴を深く理解することで、適切な農地管理や、もしもの時の防災対策を講じることが可能になります。ここでは、それぞれの基本的な定義と、物理的な性質の違いについて詳しく掘り下げていきます。
高い位置にある地面を削り取って平坦にする手法です。元々あった山の斜面や丘陵地を削るため、地盤は元の地層がそのまま残っており、比較的硬く締まっています。地山(じやま)と呼ばれる自然の地盤がベースになるため、地震や沈下に対する安定性が高いのが特徴です。ただし、農業的な視点で見ると、肥沃な表土が削り取られ、養分の少ない下層土(心土)が露出してしまうという大きな課題があります。
低い位置にある地面に土砂を積み上げて、平坦にする、あるいは高くする手法です。谷や窪地を埋めたり、斜面の下側に土を盛って敷地を広げたりします。人工的に土を積み上げて締め固めるため、元の地盤に比べて柔らかく、時間の経過とともに土の重みで沈下(圧密沈下)するリスクがあります。また、元々の地形が谷だった場所に行う「谷埋め盛土」は、地下水が集まりやすく、地震時に液状化や滑動崩落を起こしやすいというリスクを抱えています。
両者が混在している土地も多く、特に傾斜地を階段状に造成した農地や棚田では、山側が切土、谷側が盛土になっている「切盛土(きりもりど)」の構造がよく見られます。この境界付近は、地盤の固さが急激に変化するため、不同沈下(家屋や施設が傾いて沈むこと)が起きやすい要注意ポイントとされています。
自分の農地や購入予定の土地が切土なのか盛土なのかを見分けることは、将来のリスク回避に直結します。プロの調査会社に依頼するボーリング調査が確実ですが、現地での目視や資料確認でも多くの情報を得ることができます。ここでは、農業従事者が現場で実践できる具体的な見分け方と、地盤安定性のチェックポイントを解説します。
まず、地形図や古地図の活用が有効です。国土地理院の地図や、自治体が公開している「造成宅地防災区域図」などを確認し、昔の地形と比較してみましょう。以前は谷や沢だった場所が平坦になっているなら、そこは大規模な盛土である可能性が非常に高いです。逆に、尾根や小高い丘だった場所が平らになっているなら、切土と考えられます。
現地での見分け方としては、以下のポイントに注目してください。
敷地の道路側や隣地との境界に擁壁があり、その上に敷地がある場合、盛土の可能性が高いです。逆に、敷地の背面に擁壁があり、敷地が道路と同じか低い位置にある場合は切土の可能性があります。
切土部分の土は、比較的均質で硬く、石などが混ざっている場合も自然な層を成しています。一方、盛土部分の土は、色や質が不均一であったり、コンクリート片や異物が混入していたりすることがあります。特に、掘削した際に柔らかく、簡単にスコップが入るような土は盛土の疑いがあります。
隣接する土地との高低差を確認します。周囲より明らかに高い位置にある平坦地で、周りが斜面になっている場合は盛土(腹付け盛土)の可能性があります。
地盤の安定性に関しては、「N値」という指標が重要です。これは地盤の硬さを示す数値で、標準貫入試験によって測定されます。一般的に、切土の地盤はN値が高く安定していますが、盛土はN値が低く、十分な転圧(締め固め)が行われていないと軟弱地盤となります。農業用倉庫や重機を入れる格納庫を建設する際は、盛土部分では地盤改良が必要になるケースが多いことを覚えておきましょう。
さらに、「盛土の年齢」も重要です。数十年前に造成された古い盛土は、現在の基準よりも緩い規制で作られていることが多く、内部に木の枝や有機物が混入していることがあります。これらが腐敗して空洞ができ、突然の陥没事故につながる事例も報告されています。
農地として利用する場合、切土と盛土にはそれぞれ明確なメリットとデメリットが存在します。宅地とは異なり、農地では「作物の生育」という生物的な要素が加わるため、物理的な強度だけでなく、土壌の化学性や排水性も考慮する必要があります。
【切土の農業的特徴】
地盤が堅固であるため、トラクターやコンバインなどの大型農機の走行性に優れています。また、畦畔(けいはん)が崩れるリスクも比較的低く、長期的な農地維持管理コストを抑えやすい傾向があります。
最大の問題は「地力(ちりょく)の低下」です。肥沃な表土(作土層)が削り取られ、有機物の少ない下層土(心土)が露出するため、そのままでは作物が育ちにくい「痩せた土地」になります。また、硬い岩盤層や粘土層が浅い位置に出現することで、水はけが悪くなったり、作物の根張りが阻害されたりすることもあります。
【盛土の農業的特徴】
外部から良質な客土(きゃくど)を行った場合、最初から作土層が確保された状態で営農を開始できる可能性があります。また、地形を自由に造成できるため、区画整理によって作業効率の良い四角形の圃場を作りやすい利点があります。
「排水不良」と「沈下」が大きな課題です。締め固めによって土の粒子が詰まりすぎると、水が浸透しにくくなり、湿害の原因となります。逆に、締め固め不足だと水はけは良いものの、保水性がなく干ばつに弱くなったり、降雨後に不均一に沈下して圃場が凸凹になったりします。
農地における排水対策は、切土・盛土それぞれの特性に合わせて行う必要があります。
硬い下層土が露出している場合、透水性が極端に悪いことがあります。この場合、サブソイラ(心土破砕機)を用いて硬盤層を破壊し、縦方向の水みちを作ることが不可欠です。また、不足している有機物を補うために、堆肥を大量に投入し、緑肥作物を栽培して土壌物理性を改善する長期的な土作りが求められます。
盛土では、地下水位が高くなりやすいため、暗渠(あんきょ)排水の設置が効果的です。特に、谷埋め盛土のような地形では、地下からの湧水対策として、盛土の底部に排水層(フトン籠や砕石層)を設けることが、地盤の安定と湿害防止の両面で重要になります。簡易的な方法としては、圃場の周囲に明渠(めいきょ)を掘り、表面排水を促進させることや、特定の位置に「縦穴排水」を設けて、停滞水を地下深くに逃がす工夫も有効です。
参考リンク
クボタ:土作りの近道は排水対策!土壌の物理性改善の重要性について
このリンクでは、排水対策が土作りや作物の生育に与える具体的な影響と、明渠・暗渠の役割について解説されています。
近年、頻発する豪雨災害や大規模地震において、盛土造成地の崩落事故が社会問題となっています。農業施設や農地においても、このリスクは他人事ではありません。特に、山間部の農地や、宅地造成に伴って整備された隣接農地では、盛土の崩壊が下流の民家や道路に甚大な被害を及ぼす可能性があります。
盛土の災害リスクには、主に以下の2つのパターンがあります。
地震の揺れによって、盛土全体が滑り落ちる現象です。特に「谷埋め盛土」では、盛土の下に地下水が集まりやすく、地震時に土が液状化のようにドロドロになり、長距離にわたって流れ出すことがあります。阪神淡路大震災や中越地震、東日本大震災などでも多くの造成地で被害が発生しました。
長時間の雨により盛土内の水位が上昇し、土の抵抗力が失われて崩れ落ちる現象です。適切な排水処理が行われていない盛土で発生しやすく、農地の法面(のりめん)が崩れて水路を塞ぐといった被害が頻発しています。
これらのリスクを管理するために極めて重要なのが、擁壁(ようへき)の安全性です。擁壁は、高低差のある土地の土が崩れないように支える壁ですが、これも永遠に持つものではありません。特に、昭和の古い時期に作られた「石積み擁壁(空石積みや練り石積み)」や「増し積み擁壁(既存の擁壁の上にブロックなどを積み足したもの)」は、現在の耐震基準を満たしていないことが多く、非常に危険です。
擁壁の危険なサイン(チェックリスト):
農業従事者が管理する土地にこのような擁壁がある場合、放置すれば所有者責任(土地工作物責任)を問われる可能性があります。定期的に水抜き穴の清掃を行い、異常が見られる場合は専門家による調査を検討してください。また、新たに農地を造成する場合や擁壁を設置する場合は、必ず建築基準法や宅地造成等規制法(盛土規制法)の基準に適合した「検査済証」のある工事を行うことが、自身と地域を守ることにつながります。
参考リンク
国土交通省:盛土・切土や擁壁などの工事に関する安全のお知らせ
盛土や擁壁の所有者が負うべき安全維持の努力義務や、災害防止のための点検ポイントがまとめられています。
農地の基盤整備や造成を行う際、気になるのが費用と法律の問題です。切土と盛土では工事単価が異なり、さらに2023年に施行された「盛土規制法(宅地造成及び特定盛土等規制法)」の影響で、手続きやコスト構造が大きく変化しています。
造成費用のコスト相場(目安):
一般的な土木工事における単価目安は以下の通りですが、重機の入りやすさや残土の処分距離によって大きく変動します。
| 工事項目 | 費用相場(1㎡あたり) | 備考 |
|---|---|---|
| 整地費用 | 300円 ~ 600円 | 木や草の伐採・抜根費用は別途必要(500~1,000円/㎡) |
| 切土工事 | 2,000円 ~ 5,000円 | 発生した残土を敷地内で処理できれば安くなる。搬出処分する場合は高騰する。 |
| 盛土工事 | 3,000円 ~ 8,000円 | 土の購入費、運搬費、転圧費を含む。良質な客土を入れる場合はさらに高くなる。 |
| 擁壁工事 | 30,000円 ~ 100,000円 | 高さや工法(RC擁壁、間知ブロック等)により大きく異なる。最も高額になりやすい要素。 |
| 地盤改良 | 5,000円 ~ 15,000円 | 盛土部分に建物を建てる場合などに必要。柱状改良や表層改良など。 |
特に注意が必要なのが、切土によって発生した「残土(ざんど)」の処分費です。残土処分場への持ち込み費用や運搬費が高騰しており、切土と盛土の量を均衡させて土の移動を敷地内で完結させる「土量バランス(切盛バランス)」の設計が、コスト削減の最大の鍵となります。
盛土規制法の注意点:
2021年の静岡県熱海市で発生した土石流災害を契機に、法規制が抜本的に強化されました。これにより、農地であっても以下の点に注意が必要です。
以前は農地造成に対して規制が緩い面がありましたが、新法では「農地を含むあらゆる土地」が対象となり得ます。都道府県知事が指定する「規制区域(宅地造成等工事規制区域、特定盛土等規制区域)」内では、一定規模以上の盛土・切土を行う際に許可が必要になります。
一般的に、盛土で高さが1mを超える崖が生じる場合や、盛土・切土の高さが2mを超える場合、あるいは施工面積が500㎡を超える場合などが許可対象となります(区域により基準が異なります)。
耕起や代かき、土壌改良のための軽微な客土など、通常の営農行為に伴うものは規制の対象外とされるケースが多いですが、「農地転用を伴う造成」や「一時的な残土置き場としての利用」は厳しく監視されます。安易に業者から「良い土を入れるから無料で埋め立てさせてほしい」と言われ、産業廃棄物混じりの残土を搬入されてしまうと、土地所有者が撤去責任を負わされるリスクがあります。
参考リンク
農林水産省:農地耕作条件改善事業実施要領と表土扱いについて
農地の整備における公的な実施要領。表土扱いの基準や、農地造成における技術的なガイドラインが記載されています。
農地造成において、土木業者任せにしてはいけない最も重要な工程が「表土扱い(ひょうどあつかい)」です。これは、造成工事を行う前に、表面にある肥沃な土(黒ボク土などの作土層、約20~30cm)を一旦剥ぎ取って別の場所に保管し、基盤となる切土・盛土造成が終わった後に、再び表面に戻す作業のことです。
もし、この工程を省いて切土を行ってしまうと、作物が育たない「生土(きつち)」や「地山」がむき出しになります。これらは有機物がほとんど含まれず、微生物の活動も乏しいため、地力を回復させるのに数年から十数年という長い歳月と多大な労力(堆肥投入など)が必要になります。
地力を維持し、早期に生産性を上げるための対策:
工事契約の段階で、必ず「表土剥ぎ取り・復旧」が見積もりに含まれているか確認しましょう。コスト削減のために省略されがちな工程ですが、農業経営の観点からは削減すべきではありません。
表土を戻す前に、下層となる基盤土に対して対策を行います。
造成直後の農地は、土壌構造(団粒構造)が破壊されている状態です。完熟堆肥や腐葉土、バーク堆肥などの粗大有機物を大量(10aあたり数トンレベル)に投入し、プラウやロータリーで深くまで混和します。これにより、土壌に隙間を作り、空気と水の通り道を確保します。
最初の作付けとして、ソルゴー(ソルガム)やヘアリーベッチなどの緑肥作物を栽培するのも非常に効果的です。これらの作物は根を深くまで張り、硬い盤層を突き破る効果(生物耕)があります。成長後にすき込むことで、土壌中の有機物を増やし、団粒構造の形成を促進します。
農地造成は「土地の形を変える」だけでなく、「土の機能を再構築する」作業でもあります。切土・盛土という物理的な変化が、作物の根圏環境にどのようなストレスを与えるかを想像し、事前の計画(表土保存)と事後のケア(土作り)をセットで考えることが、失敗しない農地造成の秘訣です。
参考リンク
農業土木:ほ場整備における整地工の「表土扱い」について
表土剥ぎ取りから表土戻しまでの具体的な手順と、なぜこの工程が必要なのかが図解付きで分かりやすく解説されています。