農業従事者が所有する広大な農地において、どの区画が地震時に液状化しやすいかを把握することは、経営リスク管理の第一歩です。特に、河川の近くや埋立地にある水田や畑は、水分を多く含んだ砂質地盤であることが多く、液状化のリスクが高い傾向にあります。まずは、公的なデータベースを用いて、自身の農地の「地盤診断」を確実に行う手順を解説します。
国土交通省が提供する「重ねるハザードマップ」は、全国の液状化リスクを一元的に検索できる最も信頼性の高いツールです。住所を入力するだけで、その土地のリスク情報が地図上にオーバーレイ表示されます 。
参考)重ねるハザードマップ
多くの自治体データや国のマップは「250mメッシュ(約250メートル四方)」という単位で計算されています 。これは広域な都市計画には十分ですが、個別の農地一枚一枚の微細な地質変化までは反映しきれない場合があります。
参考リンク:国土交通省「ハザードマップポータルサイト」 - 全国の液状化リスクや土地条件図を住所から一括検索・閲覧できる公式ツール
ハザードマップを見た際、単に「色が赤いから危険」と判断するだけでなく、数値的な根拠である「PL値(液状化指数)」を理解することで、具体的な被害の規模を想定できます。PL値は、地震の揺れの大きさと地盤データを組み合わせて算出される指標で、農業インフラへのダメージ予測に役立ちます。
多くのハザードマップでは、PL値を基に危険度をランク分けしています 。
| PL値の範囲 | 危険度の判定 | 農地への想定被害 |
|---|---|---|
| PL = 0 | 極めて低い | 被害は想定されないが、地下水位の変動には注意が必要。 |
| 0 < PL ≦ 5 | 低い | 部分的な噴砂(マンホール周辺や畦畔の亀裂)が発生する可能性。 |
| 5 < PL ≦ 15 | 高い | 地盤沈下や亀裂が多発し、用水路や農道の破損リスクが高まる。 |
| 15 < PL | 極めて高い | 激しい液状化。大量の噴砂、広範囲の地盤沈下、暗渠排水の機能不全、トラクター等の走行不能。 |
PL値が高いエリアにある農業用ハウスや選果場は、基礎部分の不同沈下(斜めに傾いて沈むこと)により、ドアが開かなくなったり、ガラスが割れたりする被害が予測されます。
参考)https://www.anzenedu.metro.tokyo.lg.jp/cyukou/data/kou.pdf
参考リンク:内閣府 防災情報のページ - ハザードマップの作成基準やPL値の解釈に関する詳細なガイドライン
ハザードマップは「現在の地形データ」に基づいたシミュレーションですが、農地には「人の手による改変の歴史」があります。過去の土地改良事業や災害履歴を知ることで、マップには現れない隠れたリスクや、逆に安全性が高まっている要因を発見できます。
過去に大規模な圃場整備(区画整理)が行われた地域では、地盤改良が含まれている場合があります 。
参考)https://www.mlit.go.jp/common/000169732.pdf
「地盤履歴」とは、その土地が過去にどのような災害を受けたかの記録です。一度液状化した場所は、地盤の構造が変わらなければ再液状化する可能性が高いと言われています。
参考リンク:農林水産省 ため池防災マニュアル - 過去の災害履歴や地形からリスクを読み解くための視点
一般的な液状化の記事では「家の傾き」や「道路の陥没」が注目されがちですが、農業経営にとって致命的かつ発見が難しいのが「水回り」のインフラ被害です。これは地表からは見えにくいため、被害認定が遅れる原因にもなります。
多くの転作田や園芸施設では、地中に「暗渠排水管」を埋設していますが、液状化はこの機能を瞬時に破壊します。
参考)https://www.maff.go.jp/j/nousin/sekkei/nn/n_nouson/syuhai/attach/pdf/170214-1.pdf
沿岸部の農地では、液状化によって地下深くの海水を含んだ砂が地表に噴出するケースがあります。
参考)作物の塩害の生理機構とその対策
参考リンク:農林水産省「農業集落排水施設における耐震対策」 - 地下埋設管が液状化で受ける具体的被害メカニズムの解説
ハザードマップで高リスクと判定された場合、または実際に被災した場合、どのような対策が有効なのでしょうか。農業現場では、コストと効果のバランスを考慮した現実的なアプローチが求められます。
個人レベルでの抜本的な地盤改良(薬液注入など)はコスト的に困難ですが、地下水位を下げることは有効な緩和策になります。
参考リンク:農村工学研究所「東日本大震災と復旧・復興」 - 実際の被災農地で行われた噴砂除去や土壌改良の実例レポート