5年以上取り組んでいると、知らぬ間に交付金が25%も減っています。
農業というと、食料を生産することが最大の役割だと思っている農家の方は多いと思います。しかし、法律が正式に定めた農業の役割は、それだけにとどまりません。
平成26年(2014年)に成立・公布され、翌平成27年4月1日から施行された「農業の有する多面的機能の発揮の促進に関する法律(平成26年法律第78号)」は、農業が持つ多面的な機能を国の制度として明確に位置づけた、農業従事者にとって非常に重要な法律です。
この法律の第3条では、多面的機能を「国土の保全、水源の涵養、自然環境の保全、良好な景観の形成、文化の伝承等、農村で農業生産活動が行われることにより生ずる食料その他の農産物の供給の機能以外の多面にわたる機能」と定義しています。つまり、農業は食料を届けるだけでなく、社会全体に対して複数の公共的価値を同時に提供している、という考え方が法律の根本にあります。
日本学術会議の答申(平成13年)と農林水産省の資料をもとにすると、農業・農村が発揮する多面的機能は主に以下の8つに整理できます。
| 機能の種類 | 貨幣換算額(年間試算) |
|---|---|
| 洪水防止機能 | 約3兆4,988億円 |
| 河川流況安定機能(水源涵養) | 約1兆4,633億円 |
| 地下水涵養機能 | 約537億円 |
| 土壌侵食(流出)防止機能 | 約3,318億円 |
| 土砂崩壊防止機能 | 約4,782億円 |
| 有機性廃棄物分解機能 | 約123億円 |
| 気候緩和機能 | 約87億円 |
| 保健休養・やすらぎ機能 | 約2兆3,758億円 |
出典:農林水産省「農業の多面的機能の貨幣評価の試算結果」
これが驚くべき数字です。たとえば洪水防止機能だけで年間約3兆5,000億円相当もの価値があると試算されています。ちなみに、国の令和8年度農林水産関係予算全体が約2兆2,956億円ですから、水田が発揮している洪水防止効果だけで農水省の年間予算を上回る価値があるということです。これは意外ですね。
農業者が日々田んぼを維持・管理しているという行為そのものが、ダムや砂防施設などの公共インフラと同等の役割を社会に対して果たしているのです。そのことを法律が正式に認め、国がその活動を支援しているのが「多面的機能支払交付金」制度の本質です。
また、令和6年(2024年)に改正された「食料・農業・農村基本法」においても、多面的機能の発揮が基本理念の一つ(第4条)として明確に規定されました。多面的機能の重要性は、これまで以上に法的に強固な位置付けを得たといえます。
農業の有する多面的機能の発揮の促進に関する法律(e-Gov 法令検索):法律の条文全文を確認できます。
農林水産省「農業の多面的機能の貨幣評価の試算結果」:各機能の経済的価値の試算根拠を確認できます。
「多面的機能に関する法律があることは知っているけど、どんな制度につながっているの?」という疑問を持つ農家の方は少なくありません。仕組みが分かると、支援の受け方も整理されます。
この法律に基づき構築された支援制度が「日本型直接支払制度」で、その中核をなすのが「多面的機能支払交付金」です。この制度は、農地・水路・農道などの地域資源を守るための共同活動を行う組織に対して、国・都道府県・市町村が一体となって交付金を拠出する仕組みです。財源負担の割合は国・地方・農業者等がおおむね1:1:1で分担する設計となっています。
多面的機能支払交付金は、大きく3つの活動に分かれています。
令和4年度の実績を見ると、全国で約2万6,000の組織が参加し、約232万ヘクタール(全農地の56%相当)の農用地でこの制度が活用されています。面積のイメージとしては、232万ヘクタールは東京都の面積の約106倍にあたります。全国の農地の過半数以上をカバーしていることが分かります。
一方で、残り約44%の農地はまだこの制度に参加できていないのが現状です。この制度が農業の多面的機能を守る法律に基づくものだと知っていれば、参加を検討するきっかけになるはずです。
活動を始めるには、農業者が組織を設立し、事業計画書を市町村に提出して認定を受ける手続きが必要です。手続き自体は市町村の担当窓口が案内してくれるため、一人で全部を調べる必要はありません。市町村に相談するのが基本です。
農林水産省「多面的機能支払交付金」制度ページ:制度の最新情報と申請スケジュールを確認できます。
交付金がいくらになるのかをしっかり把握しておくと、活動計画を立てやすくなります。基本の計算式はシンプルです。
交付額 = 対象農用地面積(10アール単位)× 活動ごとの交付単価
令和7年度時点で、都府県の場合の主な交付単価は以下の通りです。
| 地目 | ①農地維持支払 | ②資源向上(共同) | ③資源向上(長寿命化) | ①+②+③すべて |
|---|---|---|---|---|
| 田(水田) | 3,000円 | 2,400円 | 4,400円 | 9,200円 |
| 畑 | 2,000円 | 1,440円 | 2,000円 | 5,080円 |
| 草地 | 250円 | 240円 | 400円 | 830円 |
(単位:10アールあたり・都府県の場合)
出典:農林水産省「多面的機能支払交付金のあらまし(令和7年)」
具体的な計算例を挙げます。水田(田)を5ヘクタール(=50アール×10)保有している農業者が加入する活動組織が、3種類すべての活動に取り組む場合、年間の交付額は次のように計算できます。
$$9,200円 \times 50(10a単位) = 460,000円/年$$
5ヘクタールの水田を持つ組織であれば、年間46万円の交付金が受け取れる計算です。これは使えそうです。
さらに「田んぼダム」(大雨時に水を一時貯留する取り組み)に交付対象田の5割以上で取り組んだ場合、10アールあたり400円の加算が上乗せされます。そのほか令和7年度から新設された「みどり加算」では、化学肥料・農薬を地域慣行比で5割以上削減している場合、冬季湛水なら4,000円/10a、夏季湛水なら最大8,000円/10aの加算も受けられます。
北海道の場合は別途低めの単価が設定されており、田の農地維持支払は2,300円/10aとなっています。地目によって単価は大きく異なるので注意が必要です。
ごとう行政書士事務所「多面的機能支払交付金の交付額の決まり方」:単価・加算措置の計算方法を図表で分かりやすく解説しています。
交付金をもらっていれば安心、ではありません。制度を正しく使わないと、知らないうちに損をしているケースが実際に起きています。
最も見落とされやすいのが「5年ルール」です。資源向上支払(共同活動)を5年以上継続して取り組んでいる地区については、単価に0.75を乗じた額(つまり25%減)が適用されます。農地・水保全管理支払(平成19年創設の旧制度)から継続している地区も同様です。痛いですね。
具体的な影響額を計算すると、都府県の田(水田)における資源向上支払(共同)の場合、以下のように変わります。
$$2,400円 \times 0.75 = 1,800円/10a(▲600円/10aの減額)$$
10ヘクタール(100アール単位)規模の活動組織であれば、年間6万円もの減額となります。「長年取り組んでいるのになぜ減るの?」と感じる方もいるかもしれませんが、これは制度が「一定の自立性を求める」ための設計です。つまり、長く続けているということですね。
その他にも以下のリスクに注意が必要です。
返還が求められる主な場面は、活動記録(日報・写真・金銭出納簿)の不備、施設管理の未実施、計画と異なる機械の使用などです。自然災害の場合などは免除される特例もありますが、事前の記録整備が原則です。
こうした書類作成や記録管理が不安な場合は、行政書士への業務委託(外注費として交付金から支出可能)を活用することも一つの方法です。交付金を活かして事務負担を軽減できる、と覚えておけばOKです。
ここまで制度の内容を解説してきましたが、最後に少し別の角度から考えてみます。多面的機能支払交付金の全国カバー率は令和5・6年度いずれも57%にとどまっています。これは全国の農地の43%が、この制度の恩恵を受けていないことを意味します。
制度に未加入の農地で、仮に農地維持支払(田の場合:3,000円/10a)だけに取り組んだとしても、年間でかなりの交付金が活動組織に入ってきます。
たとえば集落全体で田が20ヘクタール(200アール単位)ある地域が農地維持支払のみに取り組んだ場合。
$$3,000円 \times 200(10a単位) = 600,000円/年$$
年間60万円が、草刈りや水路管理の活動費として使えるようになります。3活動すべてに取り組めばその約3倍(最大184万円/年)の交付金となります。
ではなぜ4割以上の農地が未加入なのでしょうか?現場の声を聞くと、「手続きが複雑そう」「書類作業が大変」「集落内の合意形成が難しい」という理由が多く挙がります。しかし制度の法的根拠は農業の有する多面的機能の発揮の促進に関する法律(平成26年法律第78号)というれっきとした国の法律であり、国・都道府県・市町村が協力してサポートする体制が整っています。市町村の農政担当窓口に相談することで、書式の書き方から組織設立の手順まで丁寧に案内してもらえます。
多面的機能法律の恩恵は、農業者だけでなく農村地域全体・ひいては国民全体に及びます。農業者がその担い手として積極的に制度を活用することが、農村の持続的な発展につながります。これが条件です。
農業の多面的機能は、日本学術会議の試算でも洪水防止だけで年間3兆5,000億円近い価値を持つと評価されており、その維持は農業者の日常的な農地管理あってこそ成り立つものです。法律が認め、制度が支援するその活動を、ぜひ最大限に活用してみてください。
農林水産省「令和6年度 食料・農業・農村白書」第5節:多面的機能の発揮の最新政策動向が確認できます。
北海道庁「農業の有する多面的機能の発揮の促進に関する法律」ページ:法律の概要と各地での運用について詳しく解説されています。
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