集落協定を途中で脱退すると、受け取った交付金を協定認定年度にさかのぼって全額返還しなければならない場合があります。
日本型直接支払制度は、平成27年(2015年)に施行された「農業の有する多面的機能の発揮の促進に関する法律」(平成26年法律第78号)に基づいて実施されている制度です。農業・農村が持つ国土保全・水源かん養・自然環境の保全・良好な景観の形成といった多面的機能を守るため、地域の共同活動や環境にやさしい営農活動に対して交付金が支払われます。
この制度が法律に基づく安定的な仕組みになったのは平成27年度からで、それ以前は時限的な対策として運用されていました。法律化によって農業者や地域が中長期的な視点で活動計画を立てやすくなったという点は、大きなメリットです。
制度は以下の3つの交付金で構成されています。
- 多面的機能支払交付金:農業者を中心とした組織による地域の共同活動(水路の泥上げ、農道の草刈り、施設の補修など)を支援
- 中山間地域等直接支払交付金:平地との農業生産条件格差を補正し、中山間地域での農業継続を支援
- 環境保全型農業直接支払交付金:化学肥料・農薬を5割以上低減する取組と合わせて、有機農業や堆肥施用などの環境負荷低減営農活動を支援
3つの制度は性質が異なります。目的と対象要件をしっかり確認することが原則です。
農林水産省の公式情報(日本型直接支払制度の概要ページ)はこちらで確認できます。農業の多面的機能の詳細な解説や交付金の基本要件が掲載されています。
多面的機能支払交付金は、平成26年度(2014年度)から実施されている制度で、水路・農道・農地法面などの地域資源を守るための共同活動を支援するものです。令和6年度の実績では、対象市町村数が1,450市町村・認定農用地面積が約232万haに達しており、全国的に広く活用されています。
この交付金には3つのカテゴリがあります。
| 交付金の種類 | 主な活動内容 | 交付単価の目安(10a) |
|---|---|---|
| 農地維持支払交付金 | 農地法面・水路・農道等の草刈り・泥上げ等 | 田:3,000円、畑:2,000円 |
| 資源向上支払(共同) | 軽微な補修・農村環境の保全活動 | 田:2,400円、畑:1,440円 |
| 資源向上支払(長寿命化) | 水路・農道の補修、施設の長寿命化 | 活動内容・地区ごとに設定 |
活動の期間は原則5年間で、1回の活動期間が終了した後は改めて5ヵ年計画を策定して継続申請します。注意したいのは、個人の農業者だけでは申請できないという点です。「農業者等で構成された組織」を設立することが必須要件であり、集落や地区の仲間と協力して申請する仕組みになっています。
また、令和7年度にeMAFF(農林水産省共通申請サービス)のシステム更新に伴い、多面的機能支払交付金の電子申請の一部機能が一時停止されました。令和7年度については、メール・郵送・直接持ち込みによる申請が必要になっているため、事前に市町村担当窓口に確認することが重要です。
これは使えそうです。
中山間地域等直接支払交付金は、平成12年度(2000年度)から始まった制度で、農業生産条件が不利な地域——具体的には急傾斜の農地や、高齢化率・耕作放棄地率が高い地域——において農業活動を続けることを約束した農業者に対して交付金を支払うものです。
令和6年度の実績では、交付市町村数は1,003市町村・協定面積は66万956haとなっており、前年比でどちらも増加傾向にあります。
対象となる農用地の主な要件は次のとおりです。
- 急傾斜農用地:田は1/20以上の傾斜、畑は15度以上
- 緩傾斜農用地:田は1/100以上1/20未満、畑は8度以上15度未満
- 高齢化率または耕作放棄地率が一定以上の農地
- 1ヘクタール以上の一団の農用地
主な交付単価(10a当たり)の目安は次のとおりです。
| 地目 | 基礎単価(8割適用) | 体制整備単価(10割適用) |
|---|---|---|
| 田(急傾斜) | 16,800円 | 21,000円 |
| 畑(急傾斜) | 9,200円 | 11,500円 |
| 草地 | 8,400円 | 10,500円 |
体制整備単価(10割)は、単に農業生産活動を継続するだけでなく、担い手の確保・育成、農地の集積、景観保全などの「前向きな取組」を行った場合に適用されます。基礎単価の8割との差額として2割分が加算されるイメージです。
この制度は「集落協定」または「個別協定」という協定書を締結することで参加できます。集落協定は複数の農業者が共同で締結するもので、個別協定は認定農業者等が農地の所有権者と個別に締結するものです。
ただし5年間の継続が大前提です。
中山間地域等直接支払制度の詳細情報は農林水産省の以下ページで確認できます。申請に必要な協定書等の参考様式集も掲載されています。
中山間地域等直接支払交付金を受けている農業者が気をつけなければならない大きなリスクが「途中脱退による全額遡及返還」です。
集落協定に定める農用地は、5年間以上にわたって耕作または維持管理を継続することが要件です。協定の実施期間の途中で、ある農業者が脱退しようとして自分の農用地を協定から除外すると、それは協定違反とみなされます。その場合、当該農用地分の交付金を、協定が認定された初年度にさかのぼって全額返還しなければならないのです。
たとえば、5年協定の4年目に脱退すると、4年間分受け取った交付金すべてを市町村へ返還する義務が生じます。急傾斜田10aの場合、1年あたり16,800円程度の基礎単価であれば4年で67,200円以上の返還になります。農地の面積が大きいほど返還額は膨らむため、非常に重大なリスクです。
ただし例外があります。病気や死亡によって農業生産活動が困難になった場合は返還免除の対象になります。それでも、当該農用地はその年度以降、交付対象外になります。
このリスクを事前に回避するためにできることは1つです。協定締結前に5年間継続できるかどうかを家族と話し合い、農地の引き継ぎ先や担い手の確保を計画しておくことが条件です。
環境保全型農業直接支払交付金は、化学肥料・化学合成農薬を原則5割以上低減する取組と合わせて、地球温暖化防止や生物多様性保全に効果の高い営農活動に取り組む農業者を支援する交付金です。令和6年度の実施状況では、実施市町村数894市町村・実施面積9万615haで、前年度比でともに増加しています。
交付単価(10a当たり)の主な内訳は以下のとおりです。
| 取組の種類 | 作物区分 | 10a当たり単価 |
|---|---|---|
| 有機農業 | そば等雑穀・飼料作物以外 | 12,000円 |
| 有機農業 | そば等雑穀・飼料作物 | 3,000円 |
| 堆肥の施用 | ー | 4,400円 |
| カバークロップ | ー | 6,000円 |
| リビングマルチ(小麦・大麦以外) | ー | 5,400円 |
| 長期中干し | ー | 800円 |
| 秋耕 | ー | 800円 |
さらに、炭素貯留効果の高い有機農業を実施する場合は2,000円/10aの加算があります。つまり有機農業(雑穀・飼料以外)で加算対象になると、最大で14,000円/10aとなります。100aの水田で有機農業に取り組めば、年間で最大14万円の支援が受けられる計算になります(東京ドームの約0.03個分の面積が1haです)。
この交付金の申請対象は「農業者の組織する団体」が基本ですが、一定の条件(取組面積が集落の耕地面積の一定割合以上、など)を満たした個人農業者も申請可能です。市町村が特に認める場合に限られるため、個人で申請したい場合は事前に農地所在の市町村窓口への確認が必須です。
なお、この制度は予算の範囲内で交付金を交付する仕組みのため、申請額の全国合計が予算額を上回った場合は交付額が減額されることがあります。申請が多い年には満額受け取れない可能性があります。
これは意外ですね。
環境保全型農業直接支払交付金のQ&Aや最新取組事例が掲載されている農林水産省ページです。有機農業の要件や地域特認取組の事例が詳しく確認できます。
日本型直接支払の3つの交付金は、条件を満たせば重複して受け取ることが可能です。たとえば中山間地域の農業者が有機農業に取り組んでいる場合、「中山間地域等直接支払交付金」と「環境保全型農業直接支払交付金」を同時に申請できます。
また、多面的機能支払交付金の対象組織が、環境保全型農業直接支払の農業者団体として申請することも可能です(農林水産省Q&Aにて確認済み)。つまり1つの地域組織で複数の制度に申請するという方法も現実的です。
組み合わせを考える際の基本的な整理は次のとおりです。
- 📌 地域の共同活動をしている場合 → 多面的機能支払交付金
- 📌 中山間地域・傾斜農地で農業をしている場合 → 中山間地域等直接支払交付金
- 📌 有機農業・化学肥料5割減などに取り組んでいる場合 → 環境保全型農業直接支払交付金
3つすべてを組み合わせるために事務負担が増えるのは否めません。農林水産省ではeMAFF(農林水産省共通申請サービス)によるオンライン申請の整備を進めており、書類作成の効率化が期待されています。令和7年度についてはシステム更新期間中のため、郵送・メール等での申請が必要な場面もあります。
市町村への早めの問い合わせが大切です。
日本型直接支払の申請手続きは、制度によって窓口・タイミング・必要書類が異なります。
基本的な流れは次のとおりです。
①市町村への事前確認(年度始め)
まず、自分の農地が所在する市町村の担当窓口に、申請できる制度・申請期限・必要書類を確認します。市町村によっては受付を行っていない場合もあるため、この確認が最優先です。特に環境保全型農業直接支払交付金については、農林水産省も「事前に市町村への問い合わせを」と明記しています。
②組織の設立または既存組織への参加(多面的機能・環境保全型の場合)
新たに組織を立ち上げる場合は、規約や事業計画書の作成が必要です。既存の組織(土地改良区、農業者団体など)に参加する方法も選択肢の1つです。
③協定書・事業計画書等の作成と提出
中山間地域等直接支払の場合は集落協定または個別協定を締結します。申請時に必要な書類は、事業計画書・活動計画・構成員一覧・対象農用地の地図など、多岐にわたります。
書類の準備には相応の時間が必要です。
④交付申請・実施状況報告(毎年度)
活動期間中は毎年度、交付申請と実施状況報告が必要です。活動を継続しながら書類対応を続けることになります。
申請書類の様式集や電子申請マニュアルは農林水産省のeMAFFポータルサイトで入手できます。
農林水産省が令和7年8月29日に公表した「令和6年度日本型直接支払の実施状況」によれば、3つの制度すべてにおいて実施状況はおおむね増加傾向にあります。
令和6年度の実績まとめ 🗂️
| 制度 | 対象市町村数 | 主要面積 | 前年比 |
|---|---|---|---|
| 多面的機能支払(農地維持) | 1,450市町村 | 約232.9万ha | ほぼ同水準 |
| 中山間地域等直接支払 | 1,003市町村 | 66万956ha | 増加 |
| 環境保全型農業直接支払 | 894市町村 | 9万615ha | 増加 |
環境保全型農業については、堆肥の施用や有機農業の取組において新たに開始した団体が増え、取組継続団体が面積を拡大したことが増加の要因とされています。
注目すべき動きとして、令和7年度(2025年度)の農林水産関係予算では、多面的機能支払交付金に500億円(前年度比+15億円)、中山間地域等直接支払交付金に285億円(同+24億円)が計上されています。
予算は増加方向にあります。
また立憲民主党が2025年4月に公表した農林水産政策大綱では「制度創設から25年間単価が据え置かれた中山間地域等直接支払交付金の交付単価引き上げ」を課題として取り上げており、単価の見直し議論も続いています。農業者として今後の制度改正を継続的に注視することが大切です。
令和6年度の実施状況の詳細については農林水産省の公式発表が参考になります。各都道府県・市町村別のデータも確認できます。
ここでは検索上位の解説記事ではあまり取り上げられていない視点を1つお伝えします。それは「制度の対象になっているからこそ生まれる逆説的なコスト」です。
多面的機能支払交付金や中山間地域等直接支払交付金を受け取るためには、集落単位での活動継続・年次報告・書類作成・協定管理といった事務作業が必ず発生します。農林水産省への補助金申請書類に必要な書類は、中山間地域等直接支払制度だけで8種類以上あるという現場の声もあります。
特に小規模な集落や高齢化が進む地区では、事務担当者の確保が課題になっています。交付金を受け取れる権利があるのに、事務作業の負担が大きすぎて申請を断念するケースが全国的に報告されています。お金を受け取るためにお金と時間を使わざるを得ないのが現実です。
この問題に対応するための現実的な手段がいくつかあります。
- 🔹 土地改良区や農協へ事務委託する:事務作業の一部を専門機関に委託することで、農業者自身の負担を軽減できます。
- 🔹 複数の集落協定を統合・広域化する:農林水産省も「活動組織の広域化」を推進しており、事務コストを分担できます。広域化に関するプロセス事例集も公開されています。
- 🔹 eMAFFの活用(更新後):システム更新が完了すれば、電子申請によって書類作成・提出の効率化が見込まれます。gBizIDを取得しておくと、複数の行政サービスに1つのIDでログインできるようになります。
事務負担の問題は、農業者個人が解決するのには限界があります。地域全体で取り組むための体制づくりが、制度を長続きさせる鍵だということですね。
活動組織の広域化推進に関する手引きや事例集は以下から確認できます。
制度を正確に活用するうえで、適切な窓口に問い合わせることは非常に重要です。以下に、日本型直接支払に関する主な問い合わせ先をまとめます。
農林水産省(本省)
- 多面的機能支払交付金:農村振興局整備部農地資源課 多面的機能支払推進室(ダイヤルイン:03-6744-2447)
- 中山間地域等直接支払交付金:農村振興局農村政策部地域振興課 中山間地域・日本型直接支払室(ダイヤルイン:03-3501-8359)
- 環境保全型農業直接支払交付金:農産局農業環境対策課(ダイヤルイン:03-6744-0499)
地方農政局(都道府県別)
全国9つの地方農政局等に多面的機能支払交付金の担当窓口があります。北海道・東北・関東・北陸・東海・近畿・中国四国・九州・沖縄の各地域で異なる連絡先になっています。
実際の申請手続きは市町村が窓口
日常的な申請受付・協定認定は各市町村の農業担当課が窓口になります。制度の詳細要件は市町村が独自に定める部分もあるため、農地が所在する市町村への問い合わせが最も確実です。問い合わせの前には、自分の農地の場所・面積・取組内容をメモしておくと話がスムーズに進みます。
農林水産省の地方農政局等連絡先一覧は以下ページに掲載されています。都道府県ごとの担当部署と電話番号がまとめて確認できます。
日本型直接支払制度は、農業・農村の多面的機能を守るための国の重要な支援策です。3つの交付金の特徴を理解したうえで、自分の農地と営農スタイルに合った制度に申請することが最初の一歩になります。
ここで改めて、農業者が今すぐできる行動を整理します。
✅ ステップ1:自分の農地が対象かどうかを確認する
中山間地域等直接支払交付金は傾斜要件があります。多面的機能支払交付金は組織の設立が必要です。
まず農地の特性を確認しましょう。
✅ ステップ2:市町村の担当窓口に連絡する
農地所在の市町村に「日本型直接支払で申請できる制度があるかどうか」を問い合わせます。市町村によっては受付を行っていない場合があるため、事前確認が不可欠です。
✅ ステップ3:地域の組織や農業者と話し合う
特に多面的機能支払交付金や中山間地域等直接支払の集落協定は、地域の合意形成が前提です。集落の仲間と早めに話し合い、5年間継続できる体制を整えておくことが条件です。
✅ ステップ4:環境保全型農業への取組可能性を検討する
有機農業や堆肥の施用、カバークロップなどの取組は、環境保全型農業直接支払交付金の対象になります。すでに実施している取組が対象になる場合もあるため、現在の営農内容と照らし合わせてみましょう。
✅ ステップ5:eMAFFのgBizIDを事前取得しておく
電子申請が再開された後に備えて、gBizIDを取得しておくと手続きがスムーズです。一度取得すると有効期限なしで複数の農林水産省サービスに利用できます。
日本型直接支払制度を活用することで、地域の農地と農業の多面的機能を守りながら、農業者自身の経営基盤を安定させることができます。制度は複雑に見えますが、一つひとつ確認すれば着実に活用できます。最寄りの市町村窓口への問い合わせを、ぜひ今日の第一歩にしてみてください。