農業界において、ねぎ農家は比較的高い収益性を誇る部類に入ると言われていますが、その実態は栽培面積と密接に結びついています。一般的に、露地野菜の中でも白ネギ(長ネギ)は単価が安定しており、需要が年間を通して途切れることがないため、経営計画が立てやすい品目です。しかし、単に植えれば儲かるというわけではなく、明確な損益分岐点が存在します。
まず、具体的な数字を見てみましょう。一般的な指標として、白ネギ栽培における10アール(1反)あたりの売上高は、上手に栽培管理ができた場合で約80万円から100万円程度を目指すことができます。ここから肥料代、農薬代、種苗費、資材費、そして出荷経費などを差し引いた「所得(利益)」は、およそ40万円から50万円程度と言われています。つまり、単純計算で年収(所得)400万円を確保しようとすれば、少なくとも1ヘクタール(1町歩)の栽培面積が必要になる計算です。
参考)農業投資は儲かる?長ネギ栽培のメリットとデメリットとは? |…
これはあくまで「順調に育った場合」の皮算用であり、実際には天候不順や病害虫のリスクがつきまといます。特に近年は異常気象による夏場の高温やゲリラ豪雨の影響を受けやすく、歩留まり(出荷できる割合)が低下すれば、当然ながら所得は圧縮されます。年収1000万円の大台を目指すプロ農家の場合、栽培面積を5ヘクタールから7ヘクタール以上に拡大し、さらに雇用を導入して通年出荷体制を整えているケースが多いです。
また、経営規模が大きくなればなるほど、スケールメリットが働きます。例えば、肥料や資材の大量一括購入によるコストダウンや、出荷作業の専任スタッフ配置による効率化などが可能になります。トップクラスのねぎ農家の中には、法人化して数億円の売上を上げている事例もあり、彼らは単なる「作り手」ではなく、緻密な計算に基づく「経営者」としての側面を強く持っています。一方で、小規模な兼業農家や、30アール程度の小面積で始める新規就農者の場合、初期投資の回収に時間がかかり、最初の数年は赤字が続くことも珍しくありません。まずは1ヘクタールを一人前(あるいは夫婦二人)で回せるようになることが、ねぎ農家として生計を立てるための第一のハードルと言えるでしょう。
さらに、地域によるブランド力の差も年収に影響します。「深谷ねぎ」や「下仁田ねぎ」のような強力なブランド産地では、市場単価が他産地より高く設定される傾向にありますが、無名産地で勝負する場合は、品質そのものでバイヤーを納得させる必要があります。自身の農地がどの程度の規模拡大が可能か、そして地域のブランド力がどの程度あるかを冷静に分析することが、年収アップへの第一歩です。
参考リンク:農業投資は儲かる?長ネギ栽培のメリットとデメリット(Cool-C) - 面積ごとの所得試算が詳しく解説されています。
ねぎ農家として独立したものの、数年で撤退を余儀なくされるケースは後を絶ちません。その最大の原因は、栽培技術の未熟さによる「病気での全滅」と、想定外の「労働負荷」にあります。ネギは非常にデリケートな作物であり、特に土壌環境に敏感です。
最も恐れられているのが「軟腐病(なんぷびょう)」などの病害です。これは細菌性の病気で、高温多湿の環境下で爆発的に広がります。収穫直前の立派に育ったネギが、一夜にしてドロドロに溶けて悪臭を放つようになり、商品価値がゼロになるという悪夢のような事態を引き起こします。排水性の悪い畑を選んでしまった場合、長雨や台風の後にこの病気が蔓延し、その年の売上がほぼ消滅するという失敗事例が多く報告されています。排水対策(暗渠排水や明渠の設置)を怠ったことが、致命的な経営ミスにつながるのです。
参考)軟腐病防止の秘訣・石灰の効果的な活用法
また、「連作障害」も大きな課題です。同じ畑でネギを作り続けると、特定の病原菌が増殖したり、土壌養分のバランスが崩れたりして生育が悪くなります。これを防ぐためには、数年おきに異なる作物を植える「輪作」が必要ですが、ネギ専用の機械や施設を揃えてしまった農家にとって、他の作物を作ることは効率低下を招くジレンマがあります。限られた農地で連作せざるを得ない場合、土壌消毒や有機物投入などの高度な土作り技術が求められますが、これに失敗して収量が激減するパターンもよくあります。
さらに、新規就農者が陥りやすいのが「初期投資の過剰」と「キャッシュフローの悪化」です。ネギ栽培は専用機械(定植機、管理機、皮むき機など)への依存度が高く、新品で全て揃えると700万円〜1000万円近い初期費用がかかることもあります。就農直後は収量が安定しないため、機械のローン返済が経営を圧迫します。中古農機をうまく活用したり、地域のリース事業を利用したりする工夫がないと、資金ショートを起こしてしまいます。
参考)http://www.city.kikugawa.shizuoka.jp/nourin/documents/sironegiplan.pdf
労働面での課題も見逃せません。ネギは「収穫してからが本番」と言われるほど、出荷調整作業(皮むき、サイズ選別、箱詰め)に時間がかかります。特に冬場の寒い作業場での皮むき作業は過酷で、雇用したパート従業員が定着しないという悩みも多くの農家が抱えています。家族経営の場合、日中は畑仕事、夜は深夜まで出荷作業という生活が続き、体調を崩して離農するというケースも少なくありません。経営者としては、いかに作業環境を整え、持続可能な労働体制を築けるかがカギとなります。
参考リンク:新規就農の落とし穴を回避!失敗事例と対策(トチノ) - 資金不足や技術不足による具体的な失敗談が学べます。
「儲かるねぎ農家」と「苦労するねぎ農家」を分ける決定的な要因の一つが、機械化による効率化とスマート農業技術の導入です。ネギ栽培は、育苗、定植、土寄せ、防除、収穫、調製(皮むき)と工程が多く、人手だけに頼っていては規模拡大に限界があります。
まず、必須となるのが「全自動移植機(定植機)」です。かつては手作業で行われていた植え付け作業も、機械化することで10アールあたりの作業時間を数分の一に短縮できます。特に「ひっぱりくん」などの簡易移植機や、乗用型の全自動移植機を導入することで、腰への負担を減らしつつ、正確な株間で植え付けることが可能になります。正確な植え付けは、その後の生育の均一化につながり、秀品率(A品率)の向上に直結します。
次に重要なのが「管理機による土寄せ技術」です。白ネギの白い部分(軟白部)を長くするためには、成長に合わせて何度も土を寄せる必要があります。この土寄せのタイミングと土の量がプロの腕の見せ所ですが、高性能な管理機を使うことで、誰でも一定のレベルで作業が可能になります。近年では、GPSガイダンスシステムを搭載したトラクターを導入し、真っ直ぐな畝(うね)を立てることで、その後の管理作業を劇的に効率化している農家も増えています。
そして、最も「儲け」に直結するのが「皮むき機(ベストロボなど)」の選定とライン化です。収穫されたネギは土付きの状態ですが、出荷するには外側の皮を空気圧(コンプレッサー)で吹き飛ばして綺麗にする必要があります。この工程が全労働時間の約4割~5割を占めるとも言われています。高性能な皮むき機を導入し、さらにベルトコンベアや自動選別機と連結させることで、1時間あたりの処理本数を数千本レベルまで引き上げることができます。この「出荷調製能力」こそが、栽培面積の上限を決めるボトルネックであるため、ここへの投資を惜しまないことが規模拡大の近道です。
参考)https://www.nca.or.jp/upload/1_12_chiba.pdf
さらに、最新の技術としてドローンによる防除や、土壌センサーによる水分管理も普及し始めています。特に夏場の防除は重労働ですが、ドローンを使えば広大な畑も短時間で散布可能です。また、ハウス栽培や養液栽培(ポリエステル媒地耕など)を取り入れ、天候に左右されずに周年出荷を行う「ハイテクねぎ農家」も登場しており、彼らは露地栽培の数倍の反収を叩き出しています。
技術面では、「品種選定」も極めて重要です。夏に強い品種、冬に甘くなる品種、病気に強い品種など、各メーカーから多種多様な品種が出ています。自分の地域の気候や土壌、そして狙う出荷時期(端境期など単価が高い時期)に合わせて最適な品種を組み合わせる「リレー栽培」の技術を確立することが、安定経営の礎となります。
参考リンク:ねぎ皮むき根切り機の導入による省力化事例(全国農業会議所) - 機械導入による具体的な時間短縮効果がデータで示されています。
これは一般にはあまり知られていない、しかしねぎ農家にとっては深刻かつ避けられない「闇」の部分です。それは、出荷作業に伴って大量に発生する「ねぎの皮(残渣)」の処理問題です。
白ネギを出荷できる状態にするためには、外側の汚れた皮を数枚剥く必要がありますが、この皮の量が想像を絶します。収穫した重量の3割〜4割近くが「ゴミ」として排出されることも珍しくありません。例えば、年間100トンのネギを出荷する農家であれば、30トン〜40トンものネギの皮が廃棄物として発生する計算になります。
この「ねぎの皮」の厄介な点は、水分を多く含んでおり重くて腐りやすいこと、そして強烈な悪臭を放つことです。さらに、ネギには殺菌成分が含まれているため、そのまま堆肥化しようとしても発酵菌がうまく働かず、分解に時間がかかるという特性があります。単に畑の隅に積んでおくと、腐敗汁(ドリップ)が流出し、ハエが大量発生したり、近隣住民から悪臭の苦情が来たりする原因となります。
参考)https://www.city.minamiawaji.hyogo.jp/uploaded/life/332023_389406_misc.pdf
一部の地域では、この残渣処理が自治体レベルでの問題となっています。例えば、玉ねぎや白ネギの産地として知られる地域では、年間数千トン規模の残渣が発生し、その処理費用に億単位の税金が投入されているケースもあります。産業廃棄物として処理業者に委託すれば、高額な処理費用(1kgあたり数十円など)がかかり、農家の利益を大きく圧迫します。かといって、自分の畑に無計画に埋めると、そこから軟腐病などの病原菌が繁殖し、翌年の作付けに悪影響を及ぼすリスクがあります。
この問題に対する「独自視点の対策」として、先進的な農家は以下のような取り組みを行っています。
参考)Instagram
これからねぎ農家を目指す人は、単に「育てる場所」だけでなく、「大量に出るゴミをどう処理するか」という出口戦略まで考えておかないと、就農後にこの「臭くて重い現実」に直面して途方に暮れることになります。皮むき場の下水処理設備も含め、廃棄物管理は経営の持続性を左右する隠れた重要課題なのです。
参考リンク:南あわじ市資源循環産業体系マスタープラン - 玉ねぎ・ねぎ残渣の処理がいかに大きな地域課題であるかが分かります。
最後に、これからねぎ農家として新規就農を目指す人々が取るべき販売戦略について触れます。既存の市場出荷(JA出荷)だけに頼る経営は、安定はしていますが、価格決定権を持てないという弱点があります。市場相場が暴落した年には、箱代や運賃を引くと手取りがほとんど残らないという事態も起こり得ます。
そこで重要なのが、「販路の多様化(ポートフォリオ)」と「直売所・加工需要の開拓」です。
近年、道の駅や直売所(ファーマーズマーケット)での販売は、農家にとって重要な現金収入源となっています。ここでは「泥付きねぎ」として販売することで、手間のかかる皮むき作業を省略しつつ、鮮度をアピールして高単価で売ることが可能です。また、スーパーのインショップ(生産者コーナー)契約を結ぶことで、市場手数料を中抜きして利益率を高めることもできます。
さらに、規格外品(B品・C品)の活用も収益アップの鍵です。曲がりや太さ不足で市場に出せないネギでも、味は変わりません。これらをラーメン店やカット野菜工場、食品加工会社と直接契約して納品できれば、これまで廃棄していたものが「現金」に変わります。「カットねぎ」や「ねぎ油」、「ねぎ味噌」などの6次産業化商品を開発し、ECサイトで直販することで、ファンを獲得している農家もいます。
「ブランド化」に成功している事例として、「1本1万円のねぎ」や「糖度が高いフルーツねぎ」など、圧倒的な高品質を売りにする戦略もありますが、これは高度な技術とマーケティング能力が必要です。まずは、「地域の需要(飲食店や直売所)を徹底的にリサーチし、市場出荷と直販の比率を7:3程度でバランスさせる」といった堅実な戦略が、失敗しないための定石です。
また、SNSを活用した情報発信も無視できません。「今日のねぎ畑の様子」や「美味しいねぎレシピ」を日々発信することで、消費者との距離を縮め、指名買いしてくれるファン(固定客)を増やすことができます。現代のねぎ農家には、土を作る技術と同じくらい、「ファンを作る技術」も求められています。
参考リンク:農家の未来を変えるヒントがここにある(マイナビ農業) - 独自の販売戦略で高収益を上げた事例が紹介されています。