カタラーゼは、酸素呼吸を行うほぼすべての生物(動物、植物、微生物)の細胞内に存在する「酵素」の一種です。その最も重要な働きは、代謝の過程で体内に発生してしまう有害な物質である「過酸化水素($H_2O_2$)」を、無害な「水($H_2O$)」と「酸素($O_2$)」に分解することにあります 。
参考)カタラーゼ|キーワード集|実験医学online:羊土社 - …
農業従事者の皆様にとっても馴染み深い植物の光合成や呼吸、そして私たちの肝臓での解毒作用など、生命活動にはエネルギー産生が欠かせませんが、その副産物としてどうしても「活性酸素」の一種である過酸化水素が発生してしまいます 。過酸化水素は強い毒性を持ち、そのまま放置すると細胞内のDNAやタンパク質を酸化させて傷つけてしまいます。これを速やかに除去し、細胞の健康を維持するためにカタラーゼは24時間休みなく働いているのです。
参考)https://leaf-laboratory.com/blogs/media/glossary103
この分解反応を化学反応式で表すと以下のようになります。
2H2O2→2H2O+O2
この反応の特徴は、驚くべきその処理速度にあります。1つのカタラーゼ分子は、毎秒数百万個もの過酸化水素分子を分解できると言われています 。この「酵素」としての触媒作用により、通常なら非常にゆっくりとしか進まない分解反応が、爆発的なスピードで進行するのです。実験でオキシドール(過酸化水素水)にカタラーゼを含む素材を入れた瞬間に激しく泡立つのは、この反応速度の凄まじさを視覚的に表しています 。
参考)【高校生物基礎】「オキシドール(過酸化水素水)」
農業の現場においても、作物が強い日差しや乾燥などのストレスを受けると、体内で過酸化水素が過剰に発生します。作物がこれらの環境ストレスに耐えて枯れずに育つことができるのは、植物体内のカタラーゼがフル稼働して、自身の細胞を守っているからに他なりません 。つまり、カタラーゼの働きを知ることは、作物の生理障害やストレス耐性を理解する第一歩となるのです。
カタラーゼ (Catalase) | 今月の分子 - PDBj 入門 (酵素の構造と詳細なメカニズムについて)
理科の授業や実験でカタラーゼの働きを確認する際、必ずと言っていいほど登場するのが「生のレバー(肝臓)」や「ジャガイモ(または大根おろし)」です。なぜこれらの食材が選ばれるのでしょうか。それは、これらの組織にカタラーゼが特に高濃度で含まれているからです 。
参考)鹿農日記 - 熊本県立鹿本農業高等学校
動物の肝臓(レバー)は「代謝の化学工場」とも呼ばれ、体内に入ってきた毒素の解毒や栄養素の変換を担う最も代謝が活発な臓器です。代謝が活発であるということは、それだけ副産物としての過酸化水素も大量に発生するため、それを処理するためのカタラーゼも豊富に備わっているのです 。
参考)化学図表ウェブ
一方、植物であるジャガイモや大根などの根菜類も同様です。これらは植物がエネルギーを蓄える場所であり、土の中で呼吸を続けています。細胞分裂や代謝が活発に行われているため、酸化ストレスから細胞を守る必要があり、カタラーゼ活性が高いのです。実験でこれらを使う際、より激しい反応を得るためには「すりつぶして」使用するのが一般的です。
この実験で発生する泡に、火のついた線香を近づけると線香が激しく燃え上がることで、発生した気体が酸素であることを確認できます。これは、カタラーゼが過酸化水素から酸素を引き剥がして放出している証拠です。
また、実験では比較対象として「煮沸したレバー」や「煮たジャガイモ」も用意されることが多いですが、加熱されたものでは泡が発生しません。これは、カタラーゼの主成分が「タンパク質」であるため、熱によってその立体構造が変わり(変性)、酵素としての機能を失う「失活」が起こるためです 。この対照実験により、「ただ物質があればいいわけではなく、生きた酵素の構造が必要である」という生物学的な重要性が証明されます。
参考)家庭でトライ!! 酵素のはたらきを調べてみよう! : 日本化…
「高校生物基礎」カタラーゼと酸化マンガン(Ⅳ)の実験問題の解説 (実験の手順と結果の考察について)
酵素であるカタラーゼが最大限に力を発揮するためには、適切な環境条件が必要です。特に重要なのが「温度」と「pH(酸性・アルカリ性の度合い)」です。これらは農業における土壌管理や堆肥の発酵条件とも密接に関わってくる要素であり、単なる実験室の話ではありません。
まず温度についてですが、多くの動物由来のカタラーゼは、その動物の体温付近である約37℃~40℃で最も活発に働きます(至適温度)。化学反応の一般的な法則として、温度が上がれば反応速度は上がりますが、酵素の場合はタンパク質であるため、約60℃~70℃を超えると熱変性を起こして失活してしまいます 。逆に、温度が低すぎても分子の動きが鈍くなり、反応速度は低下します。
参考)カタラーゼ - Wikipedia
農業現場で例えるなら、冬場の低温時に微生物資材の効果が出にくいのも、微生物が出す酵素の活性が低温で低下していることが一因です。
次にpHについてです。カタラーゼの至適pHは一般的にpH7付近の中性領域です 。極端な酸性やアルカリ性の環境下では、タンパク質の構造が維持できず、活性が著しく低下します。
これを土壌に置き換えて考えてみましょう。日本の土壌は雨が多く酸性に傾きがちですが、強酸性の土壌では、土壌中の酵素活性が鈍る可能性があります。石灰資材などでpHを矯正し、弱酸性~中性に保つことは、単に作物の根への障害を防ぐだけでなく、土壌中の酵素や微生物が働きやすい環境を整えるという意味でも理にかなっているのです 。
参考)MAkasaka's Homepage
実験において、過酸化水素水(オキシドール)に塩酸(酸性)や水酸化ナトリウム(アルカリ性)を加えてpHを変化させてからレバーを入れると、中性の時に比べて泡の発生が弱くなることが観察できます。これは、酵素が「環境に敏感なデリケートな物質」であることを示しています。
このように、カタラーゼの実験結果は、なぜ私たちが農作物を育てる際に温度管理や土壌酸度(pH)の調整に気を配らなければならないのか、その科学的な裏付けの一つを提供してくれています。
家庭でトライ!! 酵素のはたらきを調べてみよう! (温度やpHによる反応の違いを家庭で実験する方法)
ここでは、一般的な理科の実験解説から一歩踏み込んで、私たち農業従事者にとって非常に重要な「土壌とカタラーゼ」の関係について解説します。実は、畑の土の中にもカタラーゼは存在しており、その活性の強さは「土壌の肥沃度」や「微生物活性」を知るための重要な指標(バイオマーカー)として研究されています 。
参考)【科学的/徹底解説】バイオスティミュラントの開発とは?その潜…
土壌に含まれるカタラーゼは、主に土壌に生息する好気性微生物(カビ、細菌、放線菌など)や植物の根から分泌されたものです。健康な土壌、つまり有機物が豊富で団粒構造が発達した土壌には、膨大な数の微生物が生息しています。これらの微生物は呼吸を行い、代謝活動をしていますから、当然カタラーゼを持っています。
したがって、「土壌のカタラーゼ活性が高い」ということは、以下のような状態を示唆しています。
逆に、農薬の過剰使用や連作障害、土壌の締め固めなどで微生物相が貧弱になった土壌(死んだ土)では、カタラーゼ活性が著しく低下することが知られています 。実際、中国北東部の研究などでは、水田や畑の土壌サンプルのカタラーゼ活性を測定することで、その土地の生産力や環境保全型農業の効果を評価しようとする試みが行われています 。
参考)AgriKnowledgeシステム
また、一部のバイオスティミュラント(生物刺激資材)や土壌改良材には、土壌微生物を活性化させ、結果として土壌酵素(カタラーゼやデヒドロゲナーゼなど)の活性を高める効果が謳われているものもあります 。これは、単に肥料成分(N-P-K)を足すだけでなく、「土の中で酵素がしっかりと働く環境」を作ることが、健全な作物の育成に不可欠だからです。
参考)https://g-stage.jp/pdf/bio_hokouso.pdf
カタラーゼ実験で見られるあの激しい泡立ちは、ビーカーの中だけの現象ではありません。皆様の畑の土の中でも、目には見えませんが、無数の微生物たちが酵素を使って物質を分解・循環させ、土の健康を守り続けているのです。
バイオスティミュラントの開発とその潜在能力 (土壌酵素活性と生物学的肥沃度指数の関係について)
カタラーゼの実験では、酵素(生体触媒)との対比として「二酸化マンガン($MnO_2$)」という無機触媒がよく使われます。二酸化マンガンもカタラーゼと同様に、過酸化水素を水と酸素に分解する作用を持ちますが、その性質には大きな違いがあります 。この違いを理解することで、酵素という物質の特異性がより明確になります。
1. 成分の違い
2. 温度への耐性(ここが最大の違い)
前述の通り、カタラーゼはタンパク質なので熱に弱く、煮沸すると構造が壊れて働かなくなります。しかし、二酸化マンガンは無機物なので、高温になっても構造は変化しません。そのため、加熱した過酸化水素水に入れても、あるいは二酸化マンガン自体を加熱してから使っても、問題なく酸素の泡が発生し続けます。
農業において、堆肥の発酵熱が上がりすぎると有用菌が死滅してしまうように、生体触媒には限界温度がありますが、無機質の化学反応は過酷な環境でも進行する場合が多いのです。
3. 反応の効率
一般的に、酵素であるカタラーゼの触媒能力(反応速度)は、無機触媒である二酸化マンガンよりも遥かに強力です 。実験でも、新鮮なレバーを入れた時の方が、二酸化マンガンを入れた時よりも泡の発生が激しく、一気に反応が進む様子が観察されることが多いでしょう。これは、酵素が特定の反応(この場合は過酸化水素の分解)に特化して進化したスペシャリストであるためです(基質特異性)。
参考)カタラーゼ (Catalase)
4. 再利用性(共通点)
触媒の定義として、「反応の前後でそれ自身は変化しない」という特性があります 。カタラーゼも二酸化マンガンも、過酸化水素を分解した後、自分自身は元の形のまま残ります。そのため、反応が終わって泡が出なくなった試験管に、新たに過酸化水素水を追加すれば、再び泡が発生します 。ただし、カタラーゼの場合は、実験中に発生した活性酸素によるダメージや時間の経過による変性で徐々に失活していくことがありますが、理論上は繰り返し働くことができるリサイクル可能な装置なのです。
この比較から学べるのは、生物が利用している「酵素」という仕組みがいかに効率的で、かつ繊細なバランスの上に成り立っているかということです。私たち農業者が扱う「生命」は、無機質な化学反応とは異なり、最適な環境管理なしにはその高いポテンシャルを発揮できないのです。
高校生物基礎「オキシドール(過酸化水素水)」の映像授業 (触媒の再利用性と反応の仕組みについて)

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