イチゴの定植の時期と花芽分化で失敗しない苗の活着の目安

イチゴの定植で最も重要なのはカレンダーの日付ではなく、苗の状態と環境です。収穫量を左右する花芽分化のメカニズムや、意外と知られていない地温と活着の関係について、プロの視点で詳しく解説しますか?
イチゴの定植成功のポイント
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花芽分化の確認

定植の絶対条件。未分化での定植は蔓ボケの原因になります。

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地温20℃の法則

根の伸長は地温に敏感。25℃以上で根腐れ、20℃以下で停止。

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活着促進の水管理

定植直後の「ドブ漬け」や頻繁な散水が初期生育を決めます。

イチゴの定植の時期

イチゴ栽培において、その年の収益の8割を決定づけるといっても過言ではないのが「定植」のタイミングです。多くの栽培マニュアルでは「9月中旬から10月上旬」といったカレンダー上の日付が示されていますが、プロの農家が実際に基準にしているのは日付ではありません。

 

最も重要なのは、苗の生理状態、具体的には「花芽分化」が完了しているかどうかです 。

 

参考)イチゴの植え方|甘くて大粒!失敗しない8つの秘訣で確実収穫

近年では温暖化の影響により、9月の気温が下がらず、予定通りの時期に定植しても花芽がつかない、あるいは定植後に高温障害を受けるといったケースが多発しています 。

 

参考)イチゴ栽培 初秋の高温でもしっかり花芽をつける対策

イチゴの定植時期を見誤ると、以下のような致命的な失敗につながるリスクがあります。

 

最適な定植時期とは、「花芽分化を確認した直後」かつ「地温が根の活動に適した温度帯に落ち着いた頃」です。この2つの条件が揃うタイミングを見極めることが、イチゴ栽培の最初の、そして最大の難関と言えます。

 

参考リンク:イチゴの栽培管理と花芽分化の基礎知識
タキイ種苗:イチゴ野菜栽培マニュアル(花芽分化の温度・日長条件について詳説)

花芽分化の確認と定植のタイミング

イチゴの定植時期を決定する絶対的な指標、それが「花芽分化(かがぶんか)」です。

 

花芽分化とは、成長点(クラウンの内部)が葉を作ることをやめ、花を作る準備を始める生理的変化のことです。このスイッチが入っていない苗を本圃(ほんぽ)に定植してしまうと、いつまでたっても花が咲かず、ランナーばかりが発生する事態に陥ります。

 

花芽分化が起こる条件は主に以下の3つです 。

  1. 低温: 平均気温が25℃以下に下がり、特に夜温が15℃〜20℃程度になること。
  2. 短日: 日照時間が短くなること(12時間以下)。
  3. 低窒素: 植物体内の窒素レベルが低下すること。

一般的に、これらの条件が揃いやすい9月中旬以降に花芽分化が始まりますが、正確な判断には顕微鏡を使った「検鏡(けんきょう)」が必要です 。地域の普及センターやJAの指導員に依頼し、成長点が肥厚してドーム状になり、がく片形成期に入っていることを確認してから定植するのが確実です。

 

参考)【新規就農必見】高設栽培ベンチを活用したイチゴ促成栽培

もし検鏡ができない場合は、以下の外見上の変化を目安にすることもできますが、精度は落ちます。

 

  • 葉の色が少し淡くなり、鮮やかな緑から落ち着いた緑に変化する(窒素抜けのサイン)。
  • 苗の中心部(クラウン)がふっくらと太ってくる。
  • 新しい葉の展開スピードが遅くなる。

「隣の農家が植え始めたから」という理由で定植日を決めるのは非常に危険です。品種や育苗環境によって花芽分化のタイミングは1週間以上ずれることも珍しくありません。あくまで「自分の苗」の状態に合わせて時期を決定してください。

 

窒素中断でコントロールする開花メカニズム

定植時期を狙った通りにコントロールするために、プロが行う高度なテクニックが「窒素中断(ちっそちゅうだん)」です。

 

前述の通り、イチゴは体内の窒素濃度が高い状態では、いくら気温が下がっても花芽分化が抑制されてしまいます。そこで、定植予定日の約30日〜40日前から追肥を止め、苗に「飢餓ストレス」を与えることで、強制的に子孫を残すモード(生殖成長)へと切り替えさせます 。

 

参考)イチゴの促成栽培で9月にやるべきこと5選

窒素中断の具体的なスケジュール例(促成栽培・9月下旬定植目標の場合)

時期 管理内容 狙い
8月中旬 最後の追肥(置き肥除去) 体内窒素レベルのピークを作る
8月下旬 肥料切り開始・水やりのみ 徐々に窒素を消費させ、C/N比(炭素率)を高める
9月上旬 葉色の観察・水管理継続 葉色が濃緑から黄緑へ変化するのを確認
9月中旬 検鏡・花芽確認 分化確認後、速やかに液肥で窒素回復させる場合も
9月下旬 定植 本圃の元肥で再び栄養を与える

この技術のポイントは、「一度完全に窒素を切って花芽を作らせ、定植直後に再び効かせる」というメリハリです。

 

窒素中断が不十分だと、定植が遅れるだけでなく、一番花(頂花房)の出現が遅れ、クリスマスシーズンの出荷に間に合わなくなる経済的損失が発生します。逆に、窒素を切りすぎて苗が老化してしまうと、定植後の活着が悪くなるため、葉色が極端に薄くなる前に定植する必要があります 。

また、近年では「夜冷育苗(やれいいくびょう)」などの設備を使い、物理的に温度を下げることで、窒素中断の効果をより確実にする方法も普及しています。しかし、設備がない場合でも、この窒素コントロールを意識するだけで、定植時期の精度は格段に上がります。

 

参考リンク:窒素コントロールと花芽分化の技術
農研機構:間欠冷蔵処理によるイチゴの花芽分化促進マニュアル(窒素栄養の影響について詳述)

地温が左右する活着と根の伸長スピード

検索上位の記事ではあまり深く触れられていませんが、定植の成否を分ける隠れた重要因子が「地温(ちおん)」です。

 

多くの生産者は気温(Air Temperature)ばかりを気にしますが、イチゴの根にとっての適温は、地上部とは異なります。

 

研究データによると、イチゴの根が最も活発に伸長する地温は18℃〜23℃です 。

 

参考)2025年9月における高温下でのイチゴ苗管理に関する考察 —…

この温度帯から外れると、以下のような深刻な問題が発生します。

 

  • 地温25℃以上: 根の呼吸が激しくなりすぎ、消耗が激しくなります。さらに、病原菌(特に萎黄病や炭疽病菌)の活動が活発になり、定植直後の立ち枯れや根腐れのリスクが急増します。近年の9月は残暑が厳しく、マルチを張った畝内は容易に30℃を超えてしまうため、定植を遅らせる、あるいは白黒ダブルマルチを使用して地温上昇を防ぐ工夫が必須です。
  • 地温15℃以下: 根の伸長スピードが極端に鈍ります。定植が遅すぎて10月下旬〜11月になってしまうと、地温が低下し、活着までに時間がかかりすぎます。活着が遅れると、一番果の肥大期に株の体力が追いつかず、「なり疲れ」を起こしやすくなります。

【独自視点】地温と「クラウン」の位置関係
定植時の「植え付け深さ」も地温の影響を大きく受けます。深植えしすぎてクラウンが土に埋まると、成長点が地温の影響をダイレクトに受け、高温障害で枯死する原因になります。逆に浅植えすぎると、新しい根(一次根)が乾燥した表面の土に触れてしまい、伸長が止まります。

 

「クラウンの肩が地表面と揃う位置」という基本は、単なる形状の問題ではなく、「成長点を高温から守りつつ、発根部を適温の湿った土壌に配置する」ための熱管理テクニックなのです。

 

もし9月中に定植しなければならないが高温が続く場合は、定植数日前から畝に水を打って気化熱で地温を下げたり、定植後の数日間は遮光資材(寒冷紗など)を使用して、直射日光による地温上昇を物理的にカットする対策が有効です 。

促成栽培における地域別の適期カレンダー

日本のイチゴ栽培は、北は北海道から南は沖縄まで行われていますが、地域(気候帯)と作型によって「適期」のカレンダーは全く異なります。ここでは、代表的な作型である「促成栽培(そくせいさいばい)」を中心に、地域ごとの目安を整理します。

 

地域別・定植時期の目安(促成栽培)

地域区分 適期目安 主な品種 特記事項
北関東・東北南部(寒冷地〜中間地) 9月中旬〜9月下旬 とちおとめ、とちあいか 冬の訪れが早いため、早めに定植し、年内に十分な株張りを作る必要がある。
関東・東海・近畿(中間地) 9月下旬〜10月上旬 紅ほっぺ、章姫 最も標準的な作型。残暑の影響を受けやすいため、年によっては10月入りまで待つ判断も重要。
九州・四国(暖地) 9月下旬〜10月上旬 あまおう、さちのか 秋の気温が高く花芽分化が遅れがち。夜冷育苗をしない場合は、10月以降の定植が安全な場合も多い。
高冷地・北海道(夏秋栽培など) 5月〜6月 すずあかね 作型が全く異なる。春に植えて夏〜秋に収穫する。

品種による「早晩性」の違い
地域だけでなく、品種そのものが持つ「早晩性(そうばんせい)」も考慮しなければなりません。

 

例えば、極早生品種である「かおり野」や「よつぼし」は、花芽分化の感度が高く、比較的早い時期(9月中旬〜)に分化が完了します 。これらは早めに定植して、11月からの収穫を狙うことが可能です。

 

参考)「よつぼし」栽培技術の要点

一方、「紅ほっぺ」などは比較的晩生傾向があり、無理に早植えせず、じっくりと育苗してから定植する方が、シーズンを通しての収量(トータル収量)が安定する傾向にあります 。

 

参考)http://www.pref.shizuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/025/685/502itigo.pdf

「今年は暖冬予報だから遅らせよう」「寒くなりそうだから早めよう」といった気象予報に基づいた微調整もプロの腕の見せ所です。特に、定植直後に台風シーズンが重なる地域では、台風通過後まで数日定植を待つというリスク管理も、カレンダーより優先されるべき事項です。

 

参考リンク:地域ごとの栽培指針と品種特性
栃木県農業試験場:いちご「とちおとめ」の栽培技術(親株定植から本圃定植までのスケジュール詳説)

失敗を防ぐための定植直後の水管理

定植作業が終わった瞬間に「終わった」と安心してはいけません。実は、定植後の1週間こそが、苗がスムーズに土に馴染み(活着)、将来の収量を決める最もクリティカルな期間です。ここで失敗すると、苗の欠株(枯死)が多発し、補植(ほしょく)作業に追われることになります。

 

成功の鍵は、「活着(かっちゃく)促進」のための徹底的な水管理です 。

 

参考)(促成)イチゴ栽培マニュアル

  1. 定植直後のドブ漬け潅水

    苗を植えたら、その日のうちにたっぷりと水を与えます。点滴チューブ(ドリップ潅水)だけでは不十分なことが多く、ホースを使った手潅水で、株元の土とポットの土の隙間を埋めるように、泥水ができるレベルまで水を与えます。これを「水極め(みずぎめ)」とも呼び、根と土壌を密着させるために不可欠です。

     

  2. 活着までの頻回散水

    新しい根が周囲の土に伸びるまでの約1週間は、苗はポット内の限られた水分しか吸えません。晴天が続くと半日でポット内が乾燥してしまいます。

     

    • 最初の3日間: 1日2〜3回、葉水(はみず)を含めて散水し、葉からの蒸散を抑えつつ土壌水分を保ちます。
    • 4日目以降: 1日1回、朝にたっぷりと潅水します。
  3. 萎れ(しおれ)のサインを見逃さない

    昼間に葉が萎れ、夕方には回復する状態は、根からの吸水が蒸散に追いついていない証拠です。この状態が続くと活着が遅れるだけでなく、チップバーン(葉先枯れ)の原因になります。必要に応じて遮光ネットを活用し、強制的に蒸散量を減らすケアも有効です 。

また、この時期の水やりは「ただの水」よりも、発根促進効果のある活力剤や、定植時の傷口からの病気侵入を防ぐための殺菌剤微生物資材など)を混入させるとより効果的です 。

定植とは、苗にとって「引っ越し」のような大きなストレスイベントです。新しい環境(本圃の土)に慣れるまでの手厚いケアが、その後の半年間にわたる長期収穫の土台を作ります。

 

参考リンク:活着促進のための具体的資材と手法
サンビオティック:イチゴ栽培マニュアル(活着促進のための潅水・施肥プログラム)