傾斜畑での土壌流出は、表面を流れる水(表面流去水)が勢いを増して細かい土粒子を運ぶことで一気に進行します。 特に融雪期や線状降水帯による集中豪雨では、わずかな凹凸が水の「滑り台」となり、侵食溝が一晩でできることも珍しくありません。
このため、まず押さえたいのが土層改良と等高線耕作の組み合わせです。 カットソイラーやサブソイラを用いた心土破砕により、圃場表面を流れる水を地下へ浸透させると、土壌流出量が2〜3割程度減少した事例が報告されています。 さらに等高線に沿って耕起・作付けを行うことで、水の流れを圃場全体に分散させ、特定の筋に集中しないようコントロールできます。
参考)土壌侵食とは?影響や原因、対策、企業の取り組み事例も - S…
現場で実践する際は、以下のポイントを意識すると効果が安定します。
意外と見落とされがちなのが「部分不耕起」の使い方です。 後作緑肥をすき込む際に、等高線に沿って一部をあえて不耕起帯として残すと、その帯がブレーキとなり表面流去水を減速させ、流下してきた土を受け止める役割を果たします。 実証試験では、土層改良とこの部分不耕起を組み合わせることで土壌流亡量が3〜5割減少した例もあり、従来の「全面をきれいに耕す」という発想を少し崩すだけで、土壌の守りが格段に変わってきます。
参考)傾斜畑の土壌流亡対策 - アグリポートWeb
傾斜畑の土層改良と部分不耕起の現地実証事例と写真を確認するのに有用。
傾斜畑の土壌流亡対策(農林水産省)
土壌流出対策では「水を受け止める」だけでなく、「水を逃がす」設計も重要です。 特に粘土質の圃場や、下層に緻密な層を持つ圃場では、表面にたまった水が逃げ場を失い、雨が降るたびに泥水となって畑外へ流れ出てしまいます。
表面排水としては、以下のような手法が定番です。
参考)傾斜地における土壌流失対策技術に関する実証調査(青森県 平成…
これに加えて、地下の通気性を改善する暗渠排水も有効です。 暗渠を施工すると、地下に水の逃げ道ができるため、田面排水量が減少し、表面を流れる水のピークを抑えられるという報告があります。 特に、冬期の凍結や夏場の過湿ストレスが問題となる地域では、作物の根の健全化にもつながり、一石二鳥の投資になり得ます。
参考)https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/archive/files/204-14.pdf
さらに、意外と効果が大きいのが圃場内や圃場下流部に設置する沈砂地(沈砂池)です。 小さな池や窪地を設けておくだけでも、濁水中の土粒子の多くをそこで沈降させることができ、場外への土砂流出量を抑えられます。 県の調査では、沈砂地の有無で濁水濃度やUSLE式に基づく推定流出量に差が出ている例も報告されており、限られた予算で効果を上げたい場合の「最後のひと押し」として検討する価値があります。
参考)https://www.jsidre.or.jp/wordpress/wp-content/uploads/2017/03/nh_backnumber31.pdf
排水対策の手順やカットドレーン・暗渠施工のポイントを詳しく整理した資料。
農地の排水対策検討手順書(宮崎県)
法面や畑周辺の斜面での土壌流出を抑えるには、「土を直接守る資材」と「作物や緑肥による植生」の両輪が欠かせません。 特に造成直後の裸地斜面は、ひと雨で大きな洗掘が生じるリスクが高く、最初の一年をどう乗り切るかが勝負どころになります。
侵食防止用植生マットは、不織布やヤシ繊維、紙などで作られたマットに種子や肥料を仕込んだ資材で、法面に敷設してピンで固定するだけで、施工直後からある程度の侵食防止効果が得られます。 マット自体が保水性を持ち、雨滴の衝撃を和らげると同時に、早期に植生を立ち上げることで長期的な安定を図るのが特徴です。 3〜4年で天然繊維が分解し、後には根で固められた法面が残るタイプの緑化ネットもあり、環境負荷を抑えたい現場でも使いやすくなっています。
参考)https://takino.co.jp/_src/40580/0628%E9%A4%8A%E7%94%9F%E3%83%9E%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%91%E3%83%B3%E3%83%95.pdf?v=1744958751201
農地の周囲にグリーンベルトを設ける営農的対策も見逃せません。 サトウキビ畑や野菜畑の周囲に多年生の草本や樹木帯を配置することで、流出してきた赤土をベルト内に捕捉し、海や河川への負荷を軽減できます。 沖縄など赤土流出が問題となっている地域では、作物の更新時期をずらして裸地期間を短くする栽培設計と、ベルト植生の組み合わせが、現場で実効性のある対策として評価されています。
参考)https://www.alic.go.jp/joho-s/joho07_002754.html
意外な視点として、植生マットや緑化ネットを「圃場の外」にも活用する方法があります。 畑からの排水が集中する農道わきや、集水路の法面などに部分的にこれらを敷設することで、農地から流出した土砂を二次的に受け止めるフィルターのような役割を持たせることができます。 こうした「二段構え」の対策は、圃場内の作業に影響を与えずに追加できるため、負担感が比較的小さいのもメリットです。
参考)製品情報|植生資材
農地での赤土流出防止の考え方やグリーンベルト等の営農的対策を体系的に解説。
農地での対策(赤土流出防止プロジェクト)
土壌流出は、大雨のたびに徐々に進む「慢性の病気」のような側面がありますが、その多くが「畑が裸地になっている期間」に集中して起きています。 収穫後から次作の播種までの期間、あるいは更新時期に植え付けを一斉に行う作型では、広い面積が一時的に裸地となり、強い雨に対して無防備になります。
そこで重要になるのが営農スケジュールと緑肥の活かし方です。
参考)https://www.env.go.jp/nature/biodic/coralreefs/pdf/project/development/200829_mat02_2.pdf
特に、ライムギなど寒地でも育つ極早生品種を使うと、標高の高い地域でも冬期の降雨・融雪期の流出を一定程度抑えられることが報告されています。 また、赤土流出の多い畑では、緑肥を単なる窒素源としてではなく「土壌流出対策資材」として位置付け、品種選定や播種密度を工夫している農家もいます。
参考)農地などの土壌流亡軽減対策について
興味深い事例として、後作緑肥の一部を「収穫」して家畜の粗飼料に利用し、残りを不耕起帯として畑に残す形で、土壌流出対策と飼料自給を両立させている複合経営農家もいます。 経営全体で見ると、緑肥はコストではなく「土と水を守るインフラ」として機能し、長期的な生産性の安定に寄与していると言えるでしょう。
参考)農地での対策
農地からの赤土流出防止の営農的対策(作付け体系や緑肥利用)を詳細に説明。
農地からの赤土等流出防止 対策について(環境省資料)
多くの資料では、土壌流出のリスク評価にUSLE式(一般土壌流亡式)が使われていますが、日々現場で畑を見ている農業者にとっては、数式よりも「どこから土が動いているか」という感覚の方が実感しやすいかもしれません。 実は、この二つをうまく組み合わせることで、自分の圃場に合った土壌流出対策を「チューニング」していくことができます。
USLE式では、降雨因子、土壌因子、地形因子(勾配と斜面長)、作物・管理因子、保全対策因子などを掛け合わせて、年間の平均土壌流亡量を推定します。 県や研究機関の資料には、地域ごとの代表値や、テラス設置・土層改良・緑肥導入などによる各因子の変化が整理されていることが多く、自分の圃場をおおまかに位置付けるには役立ちます。 一方で、点在する小さな侵食溝や、特定の畦際だけ土が削られているような現象は、机上の計算だけでは見えてきません。
参考)http://www.hamc.or.jp/GYOUMU/gaiyou/PDF001/PDF2010.pdf
そこで現場でできる、シンプルな「観察ベースUSLE」のような取り組みが有効です。
こうした地道な観察結果を、USLE式の各因子のイメージと重ね合わせていくと、「この圃場は地形因子が効いているから、テラスと部分不耕起を優先しよう」「ここは土壌因子と排水不良が大きいから、暗渠と緑肥を組みにしよう」といった判断がクリアになります。 研究機関のデータと現場の実感を橋渡しすることで、土壌流出対策は「指導書どおりにやる」ものから、「自分の畑仕様にカスタマイズする」段階へと進化していきます。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssoilphysics/120/0/120_5/_pdf/-char/ja
USLEによる土壌流出量の推定や、傾斜畑の流出特性・保全対策に関する研究がまとまっている。
農地保全の研究(土壌流出と保全対策)