うどん粉病(オイディウム)に感染したブドウでも、硫黄散布さえすれば収穫後に高品質ワインを作れるケースがあります。
オイディウムとは、ブドウを侵す代表的なカビ病のひとつです。フランス語では「oidium(オイディウム)」、英語では「powdery mildew(パウダリー・ミルデュー)」と呼ばれ、日本語では「うどん粉病」として知られています。
白い粉を吹いたような見た目が特徴で、葉・新芽・果粒の表面に白色の斑点が広がります。これはカビの胞子が密集した状態で、触るとパウダー状のものが手につきます。見た目はおとなしそうですが、実害は深刻です。
感染すると、果粒の表皮の成長が止まる一方で果肉は成長し続けるため、果粒が内側から裂けてしまいます。裂けた果粒はミイラ化するか腐敗し、最終的にはワインの原料として使えなくなります。
つまり収穫ゼロという最悪の結果になりかねません。
オイディウムはもともと北アメリカで発生し、19世紀にヨーロッパへ伝播しました。1850年代には欧州のブドウ農家に甚大な被害をもたらした歴史があります。当時の被害はワイン生産量が平年比で70〜80%減という壊滅的なレベルでした。
これは他人事ではありません。
日本でも温暖化の影響で病害の発生域が変化しており、これまで無縁だった産地でも注意が必要になっています。
感染したブドウでワインを醸造した場合、風味・品質に深刻な影響が出ます。果粒が裂けて二次腐敗が始まると、そこに雑菌やほかのカビが繁殖しやすくなるためです。
感染果粒が混入したワインには、カビ臭・酢酸臭・異臭が発生しやすく、商品価値が大幅に低下します。専門家の評価では、わずか5%の感染果粒の混入でもワイン全体の風味が損なわれるという報告があります。
これは損失が大きいですね。
さらに糖度・酸度のバランスも崩れます。感染果粒は正常な糖分蓄積ができないため、収穫時の果汁成分が不均一になり、発酵のコントロールが難しくなります。結果として、アルコール度数や酸味が安定しないワインになります。
ワイン農家にとっては、原料品質こそすべてです。
1反(約10アール)のブドウ畑でオイディウムが蔓延した場合、収量損失だけで数十万円規模になることがあります。醸造用ブドウの平均販売価格を1kgあたり300〜500円と仮定しても、500kg分の損失なら15万〜25万円がそのまま消えます。
問題はそれだけではありません。感染した年は翌年以降の樹体にもダメージが残り、樹勢回復に2〜3年を要するケースもあります。単年度の損失で終わらないことが、オイディウムを特に怖い病害にしている理由です。
オイディウムの胞子は、乾燥した気候条件で活発に飛散します。ここが多くの農家が誤解しやすいポイントです。
「雨が少ない年は病害が出にくい」と思いがちですが、実はオイディウムは乾燥を好みます。梅雨明け後の晴天続きの時期こそ、感染リスクが高まります。
意外ですね。
特に危険なのは、気温15〜28℃・湿度40〜70%という条件が重なる時期です。この範囲は日本の6〜8月に頻繁に観測される気象条件と一致しており、開花期から果粒肥大期にかけてが最も感染しやすいタイミングになります。
また、昼夜の寒暖差が大きい年はブドウにとって好条件とされますが、その気候条件がオイディウムの胞子飛散にも適しているという皮肉があります。「良い作柄になりそうだ」と期待していたら畑がオイディウムだらけになっていた、という事例は決して珍しくありません。
発芽直後から菌糸が潜伏しているケースもあり、白い粉が見えてからでは手遅れになりがちです。
ブルゴーニュなど欧州の先進産地でも、年によって感染リスクが大きく変動することが知られており、定期的なモニタリングなしに防除は成立しないのが実態です。
防除の基本は硫黄剤です。これはワイン農業の世界では100年以上にわたって使われてきた実績ある手法です。
硫黄剤は「水和硫黄剤」と「フロアブル(液剤)」の2タイプが主流で、どちらも胞子の発芽・菌糸の伸長を阻害する作用があります。散布適期は開花前(5月下旬〜6月上旬)から始め、果粒肥大期にかけて7〜10日ごとに繰り返すのが基本です。
ただし、気温が30℃を超える日に硫黄剤を散布すると薬害が出るリスクがあります。葉や果粒が黄化・落葉することがあり、かえって樹体を傷めます。
散布は早朝か夕方に限定するのが原則です。
硫黄剤だけでは不十分な場合もあります。
感染が広がった場合は、DMI剤(トリアゾール系)やQoI剤(ストロビルリン系)などの有機合成農薬との組み合わせが有効とされています。ただし同じ系統を連続散布すると薬剤耐性菌が生じやすいため、ローテーション散布が推奨されています。
散布回数の目安は年間8〜12回程度。気象条件や発生状況によって変わりますが、記録をつけて毎年の散布履歴を管理することが、長期的な防除精度の向上につながります。
防除にかかるコスト(農薬代+作業費)は1反あたり年間1万〜3万円程度が目安です。これを払わずに感染による損失を受けるか、払って防ぐかを考えれば、防除コストは「保険料」として十分元が取れます。
農薬だけに頼るのは、実は不完全な防除です。
オイディウムの感染・拡大には、畑の風通しと日照が深く関係しています。通気性の悪い畑構造は、胞子が滞留しやすい環境を作り出し、感染リスクを高めます。逆に言えば、樹形管理と畑の物理的な構造改善が「農薬を減らしながら防除効果を高める」最も現実的な方法のひとつです。
具体的には、以下の管理が有効とされています。
フランスのビオディナミ(有機農法)農家の中には、農薬ゼロを目標に樹形管理と草生栽培の組み合わせだけでオイディウムの発生を最小化している事例もあります。銅・硫黄のみ使用可というビオロジック認証農家でも、物理的管理の徹底で防除精度を確保しています。
これは使えそうです。
日本の醸造用ブドウ農家でも、棚仕立てから垣根仕立てへの転換と同時に摘葉管理を徹底したところ、オイディウムの発生率が3割程度減少したというケースが報告されています。農薬散布の回数を減らせると、コスト削減だけでなくブドウ樹自体の耐性も上がりやすくなります。
オイディウムへの対策は、農薬・栽培管理・気象モニタリングの三位一体で進めることが最も効果的です。
農業病害・ブドウの病気についての詳しい情報は農水省の農業害虫・病害情報データベースも参考になります。
農林水産省:国内植物防疫に関する情報(病害虫の防除・農薬利用の公式案内)
うどん粉病の発生メカニズムと防除体系について、ソムリエ・ブドウ農家向けに詳しくまとめたコラムも参考になります。
Firadis ワインボキャブラ天国 第124回「うどん粉病」|防除方法と発生条件の解説
ブルゴーニュ産地での実際のオイディウム防除の現場レポートとして、現地農家の対応が記載されています。
vieillevigne.net:ブルゴーニュのオイディウム(うどん粉病)防除の現場レポート