農協(農業協同組合、通称JA)という言葉はよく耳にしますが、その具体的な役割や仕組みを正確に理解している人は意外と少ないかもしれません。農協とは、農業者が互いに協力し合い、農業経営と生活を守り高めるために設立された協同組合です。株式会社が利益を追求して株主に配当することを目的とするのに対し、農協は「相互扶助(助け合い)」の精神に基づき、組合員への最大奉仕を目的としています。
参考)https://www.maff.go.jp/j/keiei/sosiki/kyosoka/k_kenkyu/attach/pdf/index-153.pdf
農協の組織構造は、一般的な企業とは大きく異なります。基本的には、地域ごとに独立した組織として運営されており、私たちが普段目にする「JA〇〇」というのは、その地域の農業者が出資して作った個別の協同組合です。これらが県段階、全国段階(JA全農、JA共済連、農林中金など)で連合会を組織し、巨大なネットワークを形成しています。このスケールメリットを活かして、個人農家では対応が難しい市場取引や金融サービスの提供を可能にしているのが特徴です。
参考)日本の農業・地域社会における農協の役割と将来展望(上)−最近…
組合員には、以下の2種類が存在します。
近年、農業者の減少に伴い、地域住民である准組合員の割合が増加しています。これは、農協が単なる農業団体という枠を超え、地域全体の生活を支える組織へと変貌していることを示しています。農協の役割を理解するためには、まずこの「地域に根ざした協同組織」であるという大前提を知っておく必要があります。
参考)農家の農協離れ なぜ農協に頼らない農家が増加傾向にあるのか|…
農林水産省:農協の基礎知識と組織の仕組みについての詳細資料
農協が果たしている中心的な役割は、大きく分けて「指導事業」「経済事業」「信用事業」「共済事業」の4つに分類されます。これらは総合事業と呼ばれ、農業経営から日常生活までをトータルでサポートする仕組みになっています。
1. 指導事業(営農指導)
これは農協の根幹となる事業です。営農指導員(TACなど)が農家を巡回し、栽培技術の指導や経営アドバイスを行います。新しい品種の導入提案や、病害虫の防除情報の提供、さらには農業簿記の記帳代行など、農家の経営安定を直接的に支えます。特に新規就農者にとっては、地域の気候風土に合った栽培ノウハウを無料で学べる貴重な機会となります。
参考)農協に入って安心はまだ早い!加入するメリット・デメリットを徹…
2. 経済事業(販売・購買)
「販売事業」では、農家が作った農産物を集約して市場やスーパーに販売します。個人では価格交渉力が弱い農家も、農協を通じて大量に出荷(共同販売)することで、安定した価格での取引が可能になります。また、「購買事業」では、肥料、農薬、農業機械、ガソリンなどを一括で仕入れ、農家に供給します。これにより、生産コストの低減を図ることができます。規格外品を加工品として販売する6次産業化への取り組みも、この事業の一環として強化されています。
参考)https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2030781888.pdf
3. 信用事業(JAバンク)
貯金の受け入れや融資を行う、いわゆる銀行業務です。農家から預かった資金を原資として、農業施設の建設や住宅購入に必要な資金を貸し出します。JAバンクは全国規模のネットワークを持っており、その預金量は国内トップクラスのメガバンクに匹敵します。地域で集めたお金を、地域の農業や生活向上に還流させるという重要な役割を担っています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jids/11/2/11_25/_pdf/-char/ja
4. 共済事業(JA共済)
「ひと・いえ・くるま」の総合保障を提供する保険業務です。相互扶助の理念に基づき、万が一の病気、災害、交通事故などの際に共済金を支払います。一般的な保険会社と異なり、営利を目的としないため、掛金が割安に設定されている場合が多く、農家の生活防衛の要となっています。
| 事業名 | 主な内容 | 農家のメリット |
|---|---|---|
| 指導事業 | 栽培技術指導、経営相談 | 専門家による無料のアドバイス、技術向上 |
| 販売事業 | 農産物の集荷・販売 | 販路の確保、価格交渉力の強化、安定収入 |
| 購買事業 | 肥料・農機具の供給 | 資材の安価な購入、品質の保証 |
| 信用・共済 | 貯金、融資、保険 | 農業資金の調達、生活リスクへの備え |
これらの事業を組み合わせることで、農協は「農業をするならJAにいれば安心」という環境を作り出しています。しかし、近年では農家の選択肢も増え、農協を利用しない「農協離れ」も進んでいるため、農協側もより魅力的なメリットを提示する改革が求められています。
農林中金総合研究所:日本の農業における農協の役割と将来展望
農協の役割は、農業支援だけにとどまりません。地方、特に中山間地域においては、行政サービスや民間企業が撤退する中で、農協が最後の生活インフラとして機能している側面があります。これを「地域インフラ機能」と呼びます。
例えば、食料品や日用品を扱うスーパーマーケット「Aコープ」や、ガソリンスタンド「JA-SS」は、買い物難民になりがちな高齢者や地方在住者にとってなくてはならない存在です。民間スーパーが進出しないような過疎地であっても、農協は地域のライフラインとして店舗を維持し続けるケースが多く見られます。また、移動販売車を走らせて、店舗まで来られない高齢者の見守りを兼ねたサービスを展開している地域もあります。
参考)https://agridtc.or.jp/pdf/tyokugen45-446-1.pdf
さらに特筆すべきは、医療・厚生事業です。「JA厚生連」が運営する病院(厚生連病院)は全国に約100箇所あり、そのうち約4割が人口5万人未満の地域に立地しています。中には、その市町村における唯一の病院であるケースも約20施設存在します。都市部の大病院に行かずとも、身近な場所で高度な医療を受けられる環境を提供しているのは、農協の大きな地域貢献の一つです。健康診断や人間ドックなどの予防医療にも力を入れており、農家だけでなく地域住民全体の健康寿命の延伸に寄与しています。
参考)医療事業
また、地域のお祭りやイベントの主催、食農教育活動なども重要な役割です。
このように、農協は「農業の組合」であると同時に、「地域生活の総合サポーター」としての役割を強めています。人口減少が進む地方において、農協の存続はすなわち地域の存続に直結すると言っても過言ではありません。
参考)https://www.nochuri.co.jp/report/pdf/n0607re3.pdf
JA全厚連:地域医療を支える厚生連病院の役割と配置状況
「農協は農家だけのもの」と思われがちですが、実はサラリーマンや会社員など、農業に従事していない人でも「准組合員」として加入することで、多くのメリットを享受できます。准組合員になるには、最寄りのJA窓口で手続きをし、一口数千円程度(地域により異なる)の出資金を支払うだけです。この出資金は、脱退する際には基本的に全額返還されます。
参考)組合員になろう!|JA神奈川つくい
准組合員になることで受けられるサービスやメリットには、以下のようなものがあります。意外と知られていないお得な情報も少なくありません。
JAバンクの定期貯金の金利が上乗せされたり、住宅ローンやマイカーローンの金利優遇が受けられたりします。一般的な銀行よりも有利な条件が提示されるキャンペーンが行われることが多く、これを目当てに加入する人もいます。
参考)組合員になりませんか
JA-SS(ガソリンスタンド)で会員価格での給油が可能になります。また、JAが運営する葬祭センター(JA葬祭)の利用料割引や、直売所でのポイント還元率アップなど、生活に密着した割引サービスが充実しています。
参考)准組合員について ~農業振興の応援団~
JAの決算状況に応じて、出資金に対する配当金(出資配当金)が支払われる場合があります。近年は低金利時代ですが、JAの出資配当率は銀行預金の利息よりも高く設定される傾向があり、資産運用の一つとして魅力があります(※配当は組合の業績によります)。
また、准組合員としてJAを利用することは、間接的に地域の農業を応援することにもつながります。准組合員が直売所で野菜を買ったり、JAバンクにお金を預けたりすることで、JAの経営が安定し、その利益が巡り巡って地域の農家への支援(営農指導の充実や施設の整備など)に使われるからです。これを「事業利用を通じた農業振興への貢献」と言います。
参考)https://www.ja-hokkaido.jp/manager/wp-content/uploads/2017/08/433ed6230a78bd63859301628e5f9a76.pdf
地域によっては、カルチャースクールや料理教室、旅行センターの利用など、コミュニティ活動への参加も可能です。都会に住んでいても、実家のある地域のJAに加入し続ける人もいるほど、そのつながりは多様化しています。
農協の役割の中で、あまり知られていないものの極めて重要なのが、災害時における地域のライフラインとしての機能です。地震や台風などの大規模災害が発生した際、JAグループはその組織力を活かして、迅速な救援・復旧活動を展開します。これは行政や自衛隊の支援が届くまでの「空白の時間」を埋める、地域住民にとっての命綱となります。
1. 食料と物資の供給ネットワーク
農協は米や食料品の流通拠点を持っています。東日本大震災や熊本地震の際も、被災地のJA倉庫にある精米や飲料水を即座に避難所へ放出したり、全国のJAネットワークを通じておにぎり、毛布、粉ミルクなどの救援物資をいち早く届けたりしました。Aコープの店舗がいち早く営業を再開し、地域住民に安心感を与えた事例も数多く報告されています。
参考)http://www.ja-mg.or.jp/top/newstopics/pdf/150730_01.pdf
2. 迅速な共済金の支払い(査定の速さ)
被災した家屋や車両の再建にはお金が必要です。JA共済は「損害査定」のスピードに定評があります。災害発生直後から全国のJAから応援職員(査定員)が被災地に集結し、一軒一軒を回って被害状況を確認します。これにより、保険金の支払いが早期に行われ、被災者が生活再建に向けた第一歩を素早く踏み出せるようサポートしています。これは「顔の見える関係」を築いている協同組合ならではの強みです。
参考)https://www.jkri.or.jp/PDF/archives/Rep100nogyo.pdf
3. 医療救護活動(DMAT)
前述のJA厚生連病院は、災害拠点病院として指定されている施設も多く、災害時にはDMAT(災害派遣医療チーム)を被災地に派遣します。能登半島地震などの際も、医師や看護師が被災地に入り、避難所での巡回診療やトリアージを行いました。地域の医療を守る砦として、緊急時にもその機能を発揮しています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jmj/advpub/0/advpub_JMJ24-0006-OT/_pdf
4. インフラの維持
停電時でも、JA-SS(ガソリンスタンド)は自家発電機を稼働させて緊急車両や住民への給油を継続することが求められています。災害対応型SSの整備が進んでおり、燃料供給の拠点として機能します。また、JA共済では地域貢献活動の一環として、消防団への資機材の寄贈や、防災倉庫への備蓄品(非常食や発電機)の配備支援も行っています。
参考)https://www.kamei.co.jp/ir/pdf/20120105_shinsai.pdf
このように、農協は平時だけでなく有事の際にも、その強固な組織とネットワークを駆使して地域社会を守る防波堤としての役割を果たしています。この「安心の提供」こそが、農協が存在する大きな意義の一つと言えるでしょう。
JAグループ宮城:東日本大震災におけるJAグループの救援・復興活動記録