目に見えて発病していなくても、収穫した麦粒にDONが基準値超えで含まれていることがあります。
赤かび病は、コムギの穂が最も感染リスクの高い時期に一気に広がる病害です。
参考)https://www.syngenta.co.jp/cp/articles/20211126
感染が進むと、開花後から乳熟期にかけて小穂の一部または小穂全体が褐変し、白く枯れてきます。 乳熟期〜成熟期になると、感染した小穂の穎の合わせ目や表面に桃色〜橙色の分生子の塊(スポロドキア)が現れます。
これが「赤かび」の名前の由来です。
罹病した子実(赤かび粒)は粒が細くなり、白く退色してしわが寄ります。 穂軸まで発病が及ぶと、そこから上の小穂はすべて枯死するため、被害が穂全体に一気に広がります。riss.nobody+1
病原菌の主な感染源は、圃場に残る稲わら・稲刈株・イネ科雑草などに形成された子のう胞子です。 子のう胞子は特に昼間の降雨で飛散が促進されます。 二次伝染は、感染穂に形成された分生胞子によって行われ、降雨後に穎の合わせ目付近に鮭肉色の粘質塊として現れます。
参考)https://riss.nobody.jp/disease/narc/NF083.htm
発病には降雨が大きく影響します。
原因菌として特に問題になるのは、かび毒(DON)汚染の原因となるフザリウム・グラミネアラム種複合体とミクロドキウム・ニバーレです。 日本は年間降水量が約1,700mmと多く、海外の主要小麦産地(年間500〜1,000mm程度)と比べて赤かび病の発生リスクが構造的に高い環境です。
コムギ赤かび病の基礎知識(iPLANT・専門誌)
コムギ赤かび病の基礎を知る - iPLANT
赤かび病で最も農家に直接ダメージを与えるのは、収量の低下よりもDON(デオキシニバレノール)によるかび毒汚染です。riss.nobody+1
DONはフザリウム属菌が産生するトリコテセン系マイコトキシンの一種で、人畜が摂取すると消化器症状(嘔吐・下痢など)を引き起こします。 重要なのは、発病程度とDON濃度は必ずしも相関しないという点です。 外観では症状が軽くても、粒内部にDONが高濃度で蓄積しているケースがあります。iplant-j+1
目で見ても分からないことがあります。
日本では2002年にコムギ中のDON濃度の暫定基準値が設定され、2022年にはその暫定が取れて正式基準値:1.0 mg/kg以下として食品衛生法に規定されました。 この基準値を超えたコムギは市場に流通させることができません。 1万粒中4粒を超える赤かび被害粒混入も許容されず(許容値0.05%未満)、農協・製粉業者への出荷ができなくなります。jppa.or+2
流通できないということは、即「収入ゼロ」です。
令和4年度の実態調査では、気象条件の影響でかび毒濃度が高い年もあったものの、食品衛生法の基準値超過サンプルは確認されなかったと農林水産省が公表しています。 これは農家が開花期防除を徹底してきた成果です。裏を返せば、防除を怠った圃場では基準超過リスクが現実的に存在するということでもあります。maff+1
かび毒とDON規格基準に関する詳しい解説
カビ毒DONの規格基準よもやま話(環境科学研究所)
薬剤散布の効果は、散布タイミングによって天と地ほど差が開きます。
三重県農業研究所の試験では、開花始期散布および開花始期7日後散布の防除効果が最も高く、開花前の穂揃期散布では防除効果がほぼ認められませんでした。 さらに、開花始期から14日後以降の散布では効果が大きく劣ります。 これは、感染が起きるのが主に開花期間中(葯が露出した時期)に限定されるためです。iplant-j+1
早く撒いても、遅く撒いても効果が半減します。
散布回数については、品種によって異なります。
つまり、品種によって必要な防除回数が違うということですね。
主な使用薬剤としては、チオファネートメチル水和剤(トップジンM水和剤)やメトコナゾール乳剤などが知られています。 梅雨時期の散布になるため、耐雨性の高い薬剤を選ぶことも重要です。 九州沖縄農業研究センターの試験によると、散布6〜26時間後に50mm/時の強雨にさらされた場合でも、チオファネートメチル剤やメトコナゾール乳剤は一定の防除効果を維持することが確認されています。yamasho.webmasteris+2
薬剤選びは耐雨性も確認するのが原則です。
また、開花期以降に降雨が続き気温が高く推移した場合は、追加防除を行うことが各県の防除所から推奨されています。 天気予報と開花ステージを毎日確認する習慣が、防除コストの無駄を減らし収量を守ることに直結します。pref.mie+1
薬剤散布の実証データ(シンジェンタジャパン)
小麦の重要病害「赤かび病」の特徴と防除ポイント | シンジェンタジャパン
薬剤散布だけが対策ではありません。
圃場管理の段階から取り組める耕種的防除も、赤かび病のリスクを下げる上で有効な手段です。
具体的には以下の対策が推奨されています。
参考)ムギ類赤かび病の防除とかび毒汚染の回避|論文誌|iPLANT
これが基本です。
収穫後の対策も重要です。赤かび病が多発した圃場では、健全な圃場と仕分けして収穫・乾燥を行うことが求められます。 粒厚選別および比重選別は赤かび粒の低減対策として有効であり、収穫後調整でも被害粒混入率を下げることができます。kankyou-marc+1
収穫物の仕分けは収入を守る最後の砦です。
なお、現時点でコムギには赤かび病に対する完全な抵抗性品種は開発されていません。 「比較的罹りにくい品種」は存在しますが、それだけで防除を省略できるわけではないため、品種選択と薬剤防除・耕種的防除を組み合わせた防除体系全体で対応することが不可欠です。
防除体系の詳細(北海道農政部)
北海道秋まき小麦の赤かび病防除体系(北海道農政部)
発生予察情報は、農家にとって防除の最初の判断材料になります。
各都道府県の病害虫防除所は、開花期前後の気象条件や発生状況をもとに「ムギ類赤かび病情報」や「注意報」を定期的に発表しています。 令和7年度(2025年)には、病害虫発生予察注意報第1号が発令されており、現場での警戒が必要な状況が生じていました。pref.saitama+1
愛知県の調査では、令和4年産のムギ類赤かび病の発病穂率が7.48%と、平年の0.74%の約10倍に達した年がありました。 こうした情報は農林水産省・各都道府県農業試験場・農業改良普及センターのウェブサイトで随時公開されています。
参考)https://www.pref.aichi.jp/uploaded/attachment/454787.pdf
10倍の差は、対策の有無で十分埋められます。
発生予察情報を活用するための実践的な手順は以下の通りです。
これだけでも、防除のタイミングを逃すリスクが大幅に下がります。
また、北海道では全国のコムギ生産量の約6割を占め、赤かび病は「常発病害」として古くから知られています。 北海道の春まきコムギ(約8千ha)と秋まきコムギ(約9万ha)では発病リスクの時期や対応策が異なります。 地域の農業普及員や農協の指導員と連携し、圃場の状況を共有することが実質的な被害軽減につながります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/myco/56/1/56_1_25/_pdf
発生情報の確認先として参考になる農林水産省の発表
国産麦類のかび毒の含有実態調査(農林水産省)