関東ローム層農業のメリットと対策!黒ボク土で根菜栽培

関東ローム層での農業に悩んでいませんか?実はこの土壌、独特の性質と深い歴史があります。排水性と保水性を兼ね備えた「黒ボク土」の秘密、酸性対策、そして将軍綱吉も関わった土壌改良の知恵まで、詳しく解説しますよ?

関東ローム層の農業

関東ローム層農業のポイント
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黒ボク土の特性

通気性と保水性を両立する団粒構造が根菜類に最適

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酸性とリン酸固定

火山灰由来のアルミニウム対策とリン酸施肥がカギ

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歴史的な土壌改良

江戸時代から続く落ち葉堆肥農法(三富新田)の知恵

黒ボク土の特徴とメリット・デメリット

 

関東平野の広範囲を覆う「関東ローム層」は、農業従事者にとって非常に馴染み深い存在でありながら、その扱いに苦労する場面も少なくありません。一般的に、私たちが畑の土として触れている黒い土は「黒ボク土(くろぼくど)」と呼ばれ、その下層にある赤褐色の土が狭義の「ローム層」にあたります。この黒ボク土は、長い年月をかけて火山灰とススキなどの植物遺骸が混ざり合い、腐植(有機物)が蓄積してできたものです。足を踏み入れると「ボクボク(ホクホク)」とした柔らかい感触があることからその名がついたと言われています。
この土壌の最大のメリットは、その物理性の良さにあります。

 

  • 耕作のしやすさ(易耕性): 土粒子が軽く柔らかいため、トラクターや管理機での耕うん作業が容易です。機械の刃の摩耗も少なく、燃料消費も抑えられる傾向にあります。
  • 根張りの良さ: 土が柔らかいため、作物の根がスムーズに伸長できます。特に大根やニンジンなどの根菜類は、障害物に当たってまた根(岐根)になるリスクが低く、美しい形状に育ちやすくなります。
  • 豊富な腐植: 日本の黒ボク土は、世界的に肥沃とされるチェルノーゼム土壌に匹敵するほどの有機物を含んでいます。

一方で、化学的な性質においては明確なデメリットも存在します。

 

  • 強い酸性: 日本の多雨気候と火山灰土壌の性質上、カルシウムやマグネシウムなどの塩基が流亡しやすく、土壌pHは強い酸性を示します。
  • リン酸固定: 火山灰に含まれる活性アルミニウムが、肥料として与えたリン酸と瞬時に結合してしまい、作物が利用できない形(難溶性)に変えてしまいます。これを「リン酸固定」と呼び、関東ローム層で農業を行う上での最大の課題となっています。

    参考)https://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/101/mgzn10108.html

  • 風食のリスク: 冬季の関東地方特有の「からっ風」により、乾燥した表土が容易に舞い上がります(土ぼこり)。これにより、せっかく施用した肥料分や表土が失われるだけでなく、近隣への環境被害も懸念されます。

    参考)shizen:関東農政局

黒ボク土の特性や分類について詳細に解説されている記事です。
黒ボク土の特徴とは?農業利用のポイントを解説

排水性と保水性が両立する団粒構造

関東ローム層の黒ボク土が持つ最も不思議で、かつ農業にとって有利な特性が「排水性(水はけ)」と「保水性(水もち)」という、一見矛盾する二つの機能が両立している点です。通常、砂地であれば水はけは良いが水もちが悪く、粘土質であればその逆になります。しかし、黒ボク土はこの両方を高いレベルで兼ね備えています。

 

この秘密は、土壌の団粒構造(だんりゅうこうぞう)にあります。

 

黒ボク土の粒子は単独で存在するのではなく、腐植や粘土鉱物の働きによって小さな塊(団粒)を形成しています。

 

  • マクロ孔隙(大きな隙間): 団粒と団粒の間には比較的大きな隙間があります。雨が降った際、重力水はこの隙間を通って速やかに下層へと排水されます。これにより、根腐れや湿害を防ぐことができます。
  • ミクロ孔隙(微細な隙間): 一方で、団粒の内部には非常に微細な隙間が無数に存在します。この隙間は毛管現象によって水分を強力に保持することができます。干ばつや乾燥が続いた際でも、作物の根はこのミクロ孔隙に蓄えられた水分を利用することができるのです。

    参考)関東ローム層|江戸っ子

さらに、関東ローム層の下層(赤土部分)には、地質学的な歴史の中で形成された「管状孔隙(かんじょうこうげき)」と呼ばれるパイプ状の通り道が発達しています。これは、かつてその土地に生育していた植物の根の跡や、土壌動物の通り道が残ったものです。この構造が天然の排水路のような役割を果たし、表面の黒ボク土から浸透してきた水をスムーズに地下深部へと導きます。

 

参考)https://www.jsidre.or.jp/wordpress/wp-content/uploads/2017/03/nh_backnumber31.pdf

このように、関東ローム層は「天然のフィルターと貯水タンク」を併せ持ったような構造をしており、適切な管理を行えば、畑作において最強の土壌物理性を発揮するポテンシャルを秘めています。しかし、過度なロータリー耕うんや大型機械による踏圧は、この貴重な団粒構造を破壊してしまう恐れがあるため、適度な有機物の補給と適切な耕起深度の管理が重要になります。

 

酸性土壌とリン酸固定への対策

前述の通り、関東ローム層での農業経営において避けて通れないのが「酸性土壌」と「リン酸固定」への対策です。これらを放置すると、いくら窒素肥料を与えても作物の生育が悪く、収量が上がらないという事態に陥ります。

 

1. 土壌酸度(pH)の矯正
まず基本となるのが、石灰資材による酸度の調整です。関東ローム層は放っておくとpH5.0以下の強酸性になることも珍しくありません。多くの野菜はpH6.0〜6.5程度の微酸性を好みます。

 

  • 苦土石灰(ドロマイト): 酸度矯正と同時に、不足しがちなマグネシウム(苦土)を補給できるため、最も一般的に使用されます。
  • 有機石灰(カキ殻など): 効き目が緩やかで、土壌中の微生物相への急激な影響を避けたい場合に適しています。微量要素も補給できます。
  • 注意点: 一度に大量の石灰を投入すると、土壌が硬くなったり、逆にマンガンやホウ素などの微量要素欠乏を引き起こしたりすることがあります。毎作ごとのこまめな施用が推奨されます。

2. リン酸固定への多角的なアプローチ
「リン酸を与えても効かない」という問題を解決するためには、単に量を増やすだけでなく、工夫が必要です。

 

  • 多量の施肥(リン酸多用): 最も単純な方法は、土壌が固定してしまう分を見越して、通常よりも多くのリン酸肥料を投入することです。飽和するまでリン酸を与え続ければ、余った分を作物が吸収できるようになります(これを「リン酸のベーシックインカム」のような考え方と捉えることもできます)。
  • 局所施肥: 畑全体にばら撒くと、土壌と接触する面積が増えて固定されやすくなります。作物の根元や植え溝だけに集中して施肥することで、土との接触を減らし、根が吸収しやすくします。
  • く溶性リン酸の活用: 水溶性のリン酸は即効性がありますが、すぐに固定されてしまいます。「熔成リン肥(ようりん)」や「骨粉」などの「く溶性(根酸で溶ける)」リン酸肥料を使うことで、ゆっくりと長く効かせ、固定化のリスクを減らすことができます。

    参考)黒ボク土の特徴とは?農業利用のポイントを解説 | コラム |…

  • 堆肥との併用: 堆肥に含まれる有機酸は、土壌中の活性アルミニウムと結合(キレート化)し、リン酸との結合をブロックしてくれます。堆肥とリン酸肥料を混ぜてから施用するのは非常に理にかなった方法です。

インドネシア産バットグアノなど、具体的な資材の提案も含めた対策記事。
黒ボク土で農業を行う際のおすすめ資材

相性抜群!適した野菜と根菜類の栽培

関東ローム層の特性である「柔らかさ」「排水性」「保水性」を最大限に活かせるのが、野菜、特に根菜類の栽培です。関東地方が全国有数の野菜産地となっている背景には、大消費地に近いという立地条件だけでなく、この土壌適正が大きく関係しています。

 

根菜類(ダイコン、ニンジン、ゴボウ、サツマイモ)

  • ダイコン・ニンジン: 土の粒子が細かく石礫(小石)が少ないため、根が地下深くまですんなりと伸びます。肌がきめ細かく、真っ直ぐで美しい製品率の高い野菜が収穫できます。特に千葉県のニンジンや神奈川県のダイコンなどは、この土壌の恩恵を最大限に受けています。
  • サツマイモ: 排水性の良さが、余分な水分による「つるボケ(葉ばかり茂って芋ができない)」を防ぎます。また、通気性が良いため、芋の肥大がスムーズです。川越芋(埼玉県)や、最近では千葉県香取市のサツマイモなどが有名ですが、これらはまさに関東ローム層の痩せた(窒素分が少ない)が物理性の良い土壌に適応した作物です。

    参考)香取市の農産物

  • ゴボウ: 地下深くまで伸びるゴボウにとって、硬盤層が少なく、深くまで耕しやすい関東ローム層は理想的な環境です。

葉物野菜(ホウレンソウ、コマツナ)

  • コマツナ: 江戸川区周辺が発祥とされるコマツナは、関東ローム層でも特に肥沃な沖積土壌との境界付近や、後述する土壌改良が進んだ地域で盛んです。
  • ホウレンソウ: 酸性を嫌う代表的な野菜ですが、石灰による調整さえ行えば、水はけの良さを活かして高品質なものを生産できます。湿害に弱いため、排水性の良さが大きなアドバンテージになります。

注意が必要な作物
一方で、水田(稲作)にはあまり適していません。ザル田(水がすぐに抜けてしまう田んぼ)になりやすく、大量の灌漑水を必要とするためです。かつて関東地方の農民が米作りよりも畑作、あるいは陸稲(おかぼ)に力を入れたのは、この土壌特性ゆえの必然でした。

 

徳川綱吉と三富新田の土壌改良の歴史

最後に、教科書的な検索結果にはあまり出てこない、歴史的かつ独自視点のトピックを紹介します。それは、江戸時代に行われた壮大な土壌改良の歴史です。関東ローム層は、自然のままでは「不毛の赤土」であり、作物が育ちにくい土地でした。これを豊かな農地へと変えたのは、意外な人物たちの知恵と執念でした。

 

その中心人物の一人が、第5代将軍・徳川綱吉と、その側近である柳沢吉保です。

 

綱吉というと「生類憐れみの令」のイメージが強いですが、実は非常に勉強熱心で、特に農業政策に強い関心を持っていました。江戸の人口急増に伴う食料不足、特に生鮮野菜の供給不足を解消するため、近郊農業の振興を命じました。

その具体的かつ画期的な成果が、現在の埼玉県三芳町周辺に残る「三富新田(さんとめしんでん)」です。ここでは、関東ローム層の弱点である「有機物不足」と「乾燥」を克服するために、「短冊状地割(たんざくじょうちわり)」というシステムが開発されました。

 

  • 屋敷・畑・ヤマ(平地林)のセット: 農家の屋敷の裏に細長い畑を作り、さらにその奥に「ヤマ」と呼ばれる雑木林(クヌギやコナラ)を配置しました。
  • 落ち葉堆肥農法: 農民は冬になるとヤマの落ち葉を掃き集め、それを堆肥化して畑に投入しました。これを何百年も繰り返すことで、痩せた関東ローム層に有機物が蓄積され、ふカフカで肥沃な黒ボク土の層が厚くなっていきました。これを「熟畑化(じゅくばたか)」と呼びます。

    参考)http://www.jiid.or.jp/ardec/ardec53/ard53_key_note7.html

このシステムは、現代でいう「循環型農業」や「アグロフォレストリー」の先駆けとも言えるものです。私たちが今、関東平野でおいしい野菜を作ることができているのは、単なる自然の恵みではなく、江戸時代から続く農民たちの「落ち葉一掃き」の積み重ねによる土壌改良の結果なのです。現代の農業においても、化学肥料だけに頼らず、堆肥などの有機物を投入し続けることの重要性を、この歴史は教えてくれています。

 

歴史的な背景と土壌改良のつながりを詳しく知るための資料です。
徳川綱吉と土壌肥料学 (情報:農業と環境)

 

 


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