ストロマとチラコイドとグラナの構造と働きとは?葉緑体の仕組み

植物の光合成を支える葉緑体の内部構造、ストロマ、チラコイド、グラナの違いや役割を徹底解説します。農業にも役立つ、これらの構造が変化して環境に適応する驚きの生存戦略とは?

ストロマとチラコイドとグラナ

葉緑体の内部構造まとめ
🥞
グラナ

チラコイドが硬貨のように積み重なった構造。光エネルギーを効率よく捕集する。

💧
ストロマ

葉緑体内部を満たす液体部分。カルビン回路があり糖を合成する場所。

🌿
チラコイド

扁平な袋状の膜構造。光化学反応の舞台となり、グラナを形成する基本単位。

ストロマとチラコイドとグラナの構造と場所の違い

 

植物の葉の内部、細胞の中に存在する「葉緑体」は、光合成を行うための精密な工場です。この工場の中には、ストロマチラコイドグラナと呼ばれる独特な構造が存在し、それぞれが特定の役割と場所を持っています 。これらの違いを明確に理解することは、植物生理学の基礎であり、作物の生育状態を深く理解するための第一歩です。

 

参考)【高校生物基礎】「葉緑体の構造」

まず、チラコイドについて詳しく見ていきましょう。チラコイドは、葉緑体の内部にある扁平な袋状の膜構造のことを指します 。この膜は「チラコイド膜」と呼ばれ、光合成において最も重要な光エネルギーの吸収反応が行われる場所です。チラコイド膜には、クロロフィル(葉緑素)などの光合成色素や、タンパク質複合体が埋め込まれており、これらが光を受け取るアンテナの役割を果たしています 。

 

参考)【高校生物】「葉緑体」

次に、グラナとは、このチラコイドが多数積み重なった構造体のことを指します 。電子顕微鏡で観察すると、まるでパンケーキや硬貨を積み上げたような円柱状の構造が見えます。この積み重なった部分を「グラナ(またはグラナスタック)」と呼び、積み重なっていない単独のチラコイド部分(ストロマラメラ)と区別されます 。高等植物では、チラコイド膜がこのように密に重なり合うことで、限られたスペースの中に表面積を増やし、光エネルギーを捕捉する効率を高めていると考えられています 。

 

参考)https://www.wdb.com/kenq/dictionary/chloroplast

そして、ストロマは、これらのチラコイドやグラナを包み込んでいる、葉緑体内部の基質(マトリックス)部分です 。細胞質基質と同じように液状の成分で満たされており、ここには光合成の後半戦である「暗反応(カルビン・ベンソン回路)」に関わる酵素群が溶け込んでいます 。ストロマは単なる隙間ではなく、二酸化炭素を固定して糖を作り出すための化学反応の場として、非常に重要な機能を担っています。

 

参考)葉緑体

これら3つの位置関係を整理すると、以下のようになります。

 

  • 外側:葉緑体の二重膜(包膜)
  • 内部空間ストロマ(液状部分・糖合成の場)
  • 内部の膜構造チラコイド(袋状の膜・光吸収の場)
  • 膜の集合体グラナ(チラコイドの重なり・集光効率化)

この精巧な配置により、植物は「光エネルギーの獲得(チラコイド)」と「物質の合成(ストロマ)」という全く異なる性質の反応を、同じオルガネラ内で効率よく並行して進めることができるのです 。

 

参考)https://academic.oup.com/plphys/article-pdf/155/4/1601/38109591/plphys_v155_4_1601.pdf

高校生物基礎 - 葉緑体の構造(Try IT) - 構造の基礎的な図解と解説

ストロマとチラコイドで起こる光合成反応の仕組み

光合成は、大きく分けて「明反応(光化学反応)」と「暗反応(カルビン回路)」の2つの段階で進行します。この2つの反応は、それぞれチラコイドストロマという異なる場所で行われており、役割分担が明確になされています 。

 

参考)【高校生物】「光合成の反応:チラコイド」

チラコイドで行われるのが、光エネルギーを利用する「明反応」です 。太陽からの光がチラコイド膜上の光化学系(Photosystem IIおよびI)に当たると、クロロフィルが励起され、水分子(H₂O)が分解されます。この過程で酸素(O₂)が発生すると同時に、電子(e⁻)が取り出されます 。
参考)車山レア・メモリーが語る「チラコイド反応」と「ストロマ反応」…

取り出された電子は、チラコイド膜内の電子伝達系を次々と受け渡されていきます。この電子の流れによって、ストロマ側からチラコイド内腔(ルーメン)へと水素イオン(プロトン、H⁺)が汲み上げられ、膜を隔ててプロトン濃度勾配(pHの差)が生じます 。この濃度勾配のエネルギーを利用して、ATP合成酵素がATP(アデノシン三リン酸)を作り出します。また、最終的に電子はNADP⁺に渡され、還元力を持つNADPH(還元型ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド・リン酸)が生成されます 。

 

参考)https://www.jses-solar.jp/wp-content/uploads/journal252-pdf23-29.pdf

つまり、チラコイドは「光エネルギーを、使いやすい化学エネルギー(ATPとNADPH)に変換する発電所」のような役割を果たしています。

 

一方、ストロマで行われるのが、二酸化炭素を固定する「暗反応(カルビン・ベンソン回路)」です 。チラコイドで作られたATPとNADPHは、膜を通過してストロマ側へ供給されます。ストロマには「ルビスコ(Rubisco)」と呼ばれる重要な酵素が大量に存在しており、この酵素が空気中から取り込んだ二酸化炭素(CO₂)を捕まえます 。

 

参考)葉緑体とは?地球の生態系を支える小さな工場

カルビン回路では、ATPのエネルギーとNADPHの還元力を使って、取り込んだ二酸化炭素から糖(有機物)を合成します 。この反応は光そのものを直接必要としないため「暗反応」と呼ばれますが、実際にはチラコイドからのエネルギー供給がなければ止まってしまうため、光が当たっている日中に活発に行われます。

 

参考)光合成の仕組み

この2つの場所での反応は、以下のように密接に連携しています。

 

  1. チラコイド:光 → ATP・NADPH(エネルギー生産)
  2. ストロマ:ATP・NADPH + CO₂ → 糖(物質生産)

もし、乾燥ストレスなどで気孔が閉じ、ストロマ内のCO₂濃度が低下すると、カルビン回路が回らなくなります 。すると、チラコイドで作られたATPやNADPHが余ってしまい、行き場を失った光エネルギーが活性酸素を生み出し、葉緑体を傷つけてしまうことがあります 。このように、ストロマとチラコイドの反応バランスは、植物の健康維持にとって非常に繊細かつ重要な要素なのです。

 

参考)http://web.tuat.ac.jp/~negitoro/180711.pdf

光合成の仕組み(日本光合成学会) - 明反応と暗反応の詳細な連携についての解説

ストロマとチラコイドの膜構造が担う意外な働き

教科書的には「チラコイドが積み重なってグラナを作る」と説明されますが、なぜ植物はわざわざ膜を積み重ねる必要があるのでしょうか?最近の研究では、このストロマチラコイド(特にグラナ構造)の配置には、単なる表面積の増大以上の、驚くべき機能が隠されていることが示唆されています。

 

一つの有力な説は、グラナスタックが「アコーディオンの蛇腹」のような物理的な機能を果たしているというものです 。

 

参考)https://onlinelibrary.wiley.com/doi/pdfdirect/10.1111/nph.18371

光合成が活発に行われると、チラコイド膜の内部や周囲のイオン環境、浸透圧が変化します。研究によると、グラナの積み重なり構造は、浸透圧の変化に応じて膨張したり収縮したりすることで、葉緑体内部の液体の流れや物質の拡散速度を調節している可能性があります。

 

具体的には、グラナが収縮・膨張することで、ストロマ内での分子の移動経路が変化し、光合成効率を微調整する「ウルトラストラクチャー・コントロール(微細構造制御)」を行っているというのです。これは、葉緑体が単なる化学反応容器ではなく、物理的な動きを伴うダイナミックな装置であることを示しています。

 

また、グラナとストロマ・チラコイド(重なっていない部分)では、存在するタンパク質の種類が明確に異なります。

 

なぜこのように場所を分けているのでしょうか?これには「混雑の回避」と「エネルギーの微調整」が関係しています。

 

巨大なタンパク質複合体が狭い膜上にひしめき合うと、分子同士が衝突して動きが鈍くなる「高分子クラウディング」という現象が起きます。植物は、PSIIをグラナに集積させ、PSIとATP合成酵素をストロマ側に配置することで、それぞれの反応に必要なスペースを確保し、電子伝達の渋滞を防いでいると考えられています 。

さらに驚くべきことに、この構造は固定されたものではありません。例えば、強すぎる光が当たった場合や、鉄欠乏などの栄養ストレスがかかった場合、植物はチラコイド膜のタンパク質をリン酸化し、グラナの重なりを解いたり(アンスタッキング)、アンテナタンパク質をグラナからストロマ側へ移動させたりします 。

 

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/fertilizerscience/43/43/43_1/_pdf

これにより、過剰な光エネルギーがPSIIに集中してシステムが破壊されるのを防いでいます。つまり、ストロマとチラコイドの構造比率や配置を柔軟に変えることは、変動する自然環境の中で生き残るための、植物の高度な「生存戦略」そのものなのです。

 

葉緑体内部のダイナミックな構造変化を生きたまま観察(理化学研究所) - チラコイド膜の動的な変化についての研究成果

ストロマとチラコイドの反応効率を高める農業の工夫

農業の現場において、ストロマチラコイドというミクロな視点を持つことは、作物の収量アップや品質向上に向けた栽培管理のヒントになります。植物がどのように光環境やストレスに対応しているかを知ることで、より効果的な施肥や環境制御が可能になるからです。

 

1. 光環境と「陽葉・陰葉」の構造変化
植物は育つ光環境に合わせて、葉緑体内部のストロマチラコイド(グラナ)の比率を変化させます 。

 

参考)https://www.bs.s.u-tokyo.ac.jp/~seitaipl/personal/terashima/terashima_j.html

  • 弱光条件(陰葉):限られた光を逃さないよう、グラナを大きく発達させ、チラコイドの重なりを増やします。アンテナを広げて、わずかな光でも効率よく捕まえようとするためです。
  • 強光条件(陽葉):光は十分にあるため、むしろ光合成の「処理速度」が律速になります。そのため、CO₂固定を行うストロマの容積を増やし、ルビスコなどの酵素を多く蓄える傾向があります。

農業への応用としては、例えば施設園芸において、曇天続きの際や栽植密度が高く下葉に光が当たりにくい場合、植物はグラナを発達させようとします。この時、チラコイド膜の材料となる「窒素」や「マグネシウム(クロロフィルの中心金属)」、膜脂質の構成成分である「リン」が不足していると、効率的な集光構造が作れず、徒長や黄化の原因となります。日照不足の時こそ、葉色を見ながら適切な葉面散布で微量要素を補うことは、チラコイドの健全な発達を助ける理にかなった管理と言えます。

 

2. 環境ストレスと「チラコイドの膨潤」
塩類濃度の高い土壌や、高温乾燥などのストレス条件下では、葉緑体内部でチラコイドが異常に膨らむ「膨潤」という現象が起きることが知られています 。これは膜の機能が低下し、イオンバランスが崩れているサインです。

 

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcs/88/3/88_216/_pdf/-char/ja

チラコイドがダメージを受けると、光合成能力(特に電子伝達速度)が著しく低下します。一度壊れた膜構造の修復には時間がかかるため、高温期には遮光ネットで葉温の上昇を防ぐ、適切な灌水で気孔を開かせて蒸散による冷却を促すといった対策が、ミクロな膜構造を守ることに直結します。

 

3. 鉄欠乏とアンテナの移動
前述の通り、鉄分が不足すると、植物は光化学系のアンテナをグラナからストロマ側へ移動させてバランスを取ろうとします 。鉄は電子伝達系の重要な部品(シトクロムなど)に含まれるため、鉄欠乏は光合成の「流れ」を止める致命的な問題です。

新葉の色が薄くなる(クロロシス)症状は、まさにこのチラコイド膜上での電子伝達不全の現れです。pHが高い土壌では鉄が不溶化しやすいため、単に肥料をやるだけでなく、根圏のpH調整を行うことが、葉緑体内のスムーズな連携を維持するために不可欠です。

 

農業・栽培上の課題 ストロマ・チラコイドへの影響 推奨される対策
日照不足・密植 グラナ拡大の必要性増大 窒素・Mgの追肥、栽植密度の適正化
高温・乾燥 チラコイド膜の流動化・酸化 遮光、ミスト散水、抗酸化資材の活用
塩類集積 チラコイドの膨潤・機能不全 土壌洗浄、リーチング、有機物施用
微量要素欠乏 電子伝達系の停止・構造崩壊 葉面散布(Fe, Mnなど)、pH矯正

このように、ストロマチラコイドで起きている反応をイメージしながら栽培環境を整えることで、植物のポテンシャルを最大限に引き出す「科学的な農業」が可能になるのです。

 

葉の光合成光順化能力の種間差(大阪公立大学) - 光環境に応じた葉緑体の機能変化に関する研究

 

 


くらまちゃんにグイってしたらピシャってされた!: 1 (4コマKINGSぱれっとコミックス)