毛細管現象の原理と土壌の隙間の水と植物の根の力

毛細管現象の原理を知れば、なぜ水は高い場所へ移動するのか、土壌はどう水を保持するのかが分かります。農業に不可欠なこの仕組みを理解し、作物の成長を劇的に変える水分管理の極意を学びませんか?

毛細管現象の原理

毛細管現象の原理と農業
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水の凝集力と表面張力

水分子同士が引き合う力と、壁面に付着する力のバランスが鍵です

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植物の吸水メカニズム

根から茎、葉へと水を吸い上げる巨大なポンプの役割を果たします

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土壌水分のコントロール

中耕による毛管切断や、底面給水など栽培技術に応用されています

毛細管現象とは、細い管(毛細管)状の物体の内側にある液体が、管の中を上昇(場合によっては下降)する物理現象のことを指します。農業の現場において、この「見えない水の動き」を正確にイメージできるかどうかは、土作りや水やりの質を大きく左右する重要な要素です。重力に逆らって水が移動するこの不思議な力は、決して魔法ではなく、水分子の物理的な特性によって引き起こされています。

 

この現象の駆動力となっているのは、主に「表面張力(凝集力)」と「濡れ(付着力)」の2つの力です。ガラス管を水に立てたとき、水面が管の壁に沿って少し盛り上がる様子を見たことがあるでしょう。これは水がガラスという物質に対して「濡れやすい(親水性が高い)」性質を持っているため、壁面によじ登ろうとする「付着力」が働くからです。同時に、水分子同士はお互いに引き合ってまとまろうとする「凝集力(表面張力)」を持っています。壁面によじ登った水が、下の水分子を引っ張り上げることで、管の中の水位が上昇していくのです。

 

このとき、管が細ければ細いほど、水はより高い位置まで上昇します。これは「ジュリンの法則」という物理法則で説明されます。管の半径が半分になれば、水が上昇する高さは2倍になります。農業に置き換えると、土壌の粒子が細かく、粒子同士の隙間が狭いほど、水は強い力で保持され、高い位置まで移動できるということになります。逆に、砂のように粒子が粗く隙間が大きい土壌では、毛細管現象による水の上昇力は弱く、水は重力に従って下に落ちやすくなります。この原理を深く理解することで、なぜ粘土質の土は水持ちが良く、砂質の土は水はけが良いのかを、感覚ではなく論理として捉えることができるようになります。

 

参考リンク:農林水産省「土壌の基礎知識」 - 土壌の物理性と毛管孔隙についての詳細な解説

毛細管現象の原理と水の表面張力と上昇の力

 

毛細管現象をより深く、科学的な視点で分解してみましょう。この現象を支配しているのは、ミクロの世界で働く分子間の力です。水分子(H₂O)は、電気的に偏りを持っており、プラスの電荷を持つ水素原子と、マイナスの電荷を持つ酸素原子が、磁石のように互いに引き合っています。これを「水素結合」と呼びます。この結合力は非常に強く、水滴が丸くなろうとする「表面張力」の源となっています。

 

毛細管現象において、水が「上昇」するためには、重力という強大な力に打ち勝つ必要があります。そのエネルギー源となるのが、管の内壁と水との間に働く「界面張力」です。具体的には以下のプロセスで水が上昇します。

 

  • メニスカスの形成:細い管の内部で、水は壁面に引き寄せられ、中央が凹んだ「メニスカス」と呼ばれる曲面を形成します。
  • ラプラス圧の発生:この凹んだ水面(曲面)には、表面張力によって内側(水中)向きの圧力が生じます。これをラプラス圧と呼びます。
  • 圧力差による上昇:大気圧に押された外側の水面と、管内部の圧力差を解消するために、水は管の中を押し上げられます。

この上昇する高さ(h)は、以下の要素によって決まります。

 

  • 液体の表面張力:表面張力が強い液体ほど、高く上がろうとします。
  • 液体の密度:重い液体ほど、重力の影響を受けて上がりにくくなります。
  • 管の半径:ここが最も重要です。管の半径が小さくなればなるほど、上昇する高さは反比例して劇的に高くなります。
  • 接触角:壁面と液体の相性です。接触角が小さい(濡れやすい)ほど、よく上昇します。

農業現場で例えるなら、土壌が乾燥して固く締まった状態(微細な隙間が多い状態)では、この「管の半径」が極めて小さくなっていることになります。そのため、地下にある水分が強力な毛細管現象によって地表まで吸い上げられ、太陽の熱で蒸発してしまうのです。逆に、雨が降った後に土の表面に水たまりができても、土壌内部に浸透していかない現象も、表面張力が関係しています。乾いた土粒子が水を弾く(接触角が大きい)場合、毛細管現象がうまく働かず、初期の浸透が阻害されることがあるのです。

 

参考リンク:日本ガイシ - 毛細管現象の科学的なメカニズムと表面張力の関係

毛細管現象の原理で知る土壌の隙間と保水性

「良い土」とは、適度な保水性排水性を兼ね備えた土だと言われますが、これは土壌内部の「隙間(孔隙)」のサイズバランスによって決まります。土壌物理学の世界では、土の隙間をそのサイズと機能によって分類しており、ここで毛細管現象の原理が決定的な役割を果たしています。

 

土壌の孔隙は、大きく分けて「粗孔隙(大孔隙)」と「毛管孔隙(小孔隙)」の2つに分類されます。

 

  • 粗孔隙(重力水):直径が大きな隙間です。ここでは毛細管現象の影響よりも重力の影響が勝るため、水は保持されずに下へと流れ落ちます。これが「水はけ(排水性)」を担います。根に酸素を供給するための空気の通り道としても重要です。
  • 毛管孔隙(毛管水):直径が小さな隙間です。ここでは毛細管現象の力が重力に打ち勝ち、水が隙間に留まります。これが「水持ち(保水性)」を担います。植物が利用できる水の多くは、この毛管孔隙に蓄えられた水です。

このバランスを数値化したものが「pF値(ポテンシャル・フォース)」です。pF値は、土壌が水を離そうとしない力(吸引圧)を示します。

 

  • pF 0〜1.5(重力水):水がたっぷりとあり、重力で自然に排水される状態。
  • pF 1.5〜2.7(易有効水):毛細管現象によって保持されており、かつ植物の根が容易に吸い上げることができる最適な水分状態。農業において最も重要なレンジです。
  • pF 2.7〜4.2(難有効水):毛細管の力が強すぎて、植物の根が水を奪い取ることが難しい状態。
  • pF 4.2以上(永久萎凋点):土壌粒子が水を吸着する力が強大すぎて、植物は枯れてしまいます。

粘土質の土壌は粒子が細かく、微細な毛管孔隙が無数に存在するため、水を強力に保持します。しかし、その力が強すぎると、植物にとっては「水があるのに吸えない」という状況に陥ることもあります。一方、砂質の土壌は粗孔隙が多く、毛細管現象が働きにくいため、水はすぐに抜けてしまいます。

 

理想的な「団粒構造」の土壌とは、微細な粒子が集まって小さな団子(団粒)を作り、その団粒の中には水を保持する「毛管孔隙」があり、団粒と団粒の間には水を排出する「粗孔隙」があるという、二重構造を持った土のことです。この構造があるからこそ、毛細管現象の原理を最大限に活かしつつ、根腐れを防ぐことができるのです。

 

参考リンク:新潟県庁 - 土づくりの進め方(pF値と有効水分の関係図解)

毛細管現象の原理と植物の根が水を吸う仕組み

植物が土壌から水を吸い上げ、高さ数メートル、あるいは数十メートルの巨木のてっぺんまで水を届けることができるのはなぜでしょうか。ここでも毛細管現象の原理が基礎となっていますが、それだけでは説明がつかないほどの高さまで水は到達します。植物は、毛細管現象に加え、「蒸散による吸引圧(凝集力説)」という強力なポンプ機能を組み合わせて利用しています。

 

植物の体内には「道管(導管)」という、まさに毛細管現象を起こすための極細のパイプが根から茎、葉脈まで通っています。根毛が土壌粒子と密着し、土壌の毛管孔隙にある水を吸収すると、水は道管に入ります。道管の直径は非常に細く(数マイクロメートル〜数十マイクロメートル)、毛細管現象によって水はある程度の高さまで自然に上昇します。

 

しかし、毛細管現象だけで上昇できる高さには限界があります。そこで働くのが、葉の気孔から水分が蒸発する「蒸散」です。

 

  1. 葉の気孔から水分子が蒸発して出ていきます。
  2. 失われた水分子を補うために、葉の細胞は隣接する道管から水を引っ張り上げます。
  3. 水分子同士は「水素結合」による強力な凝集力(お互いに離れまいとする力)で繋がっています。鎖のようにつながった水分子が、上から引っ張られることで、根元の水までズルズルと引き上げられます。

このとき、土壌中の水の状態が重要になります。土壌の毛細管現象(水を土に留めようとする力)と、植物の根の浸透圧および蒸散による吸引力(水を吸い上げようとする力)の「綱引き」が行われているからです。土壌が乾燥してpF値が高くなると、土壌の微細な隙間が水を離さなくなり、植物の吸引力が負けてしまいます。これが「しおれ」の原因です。

また、根の先端にある根毛は、土壌の微細な隙間(毛管孔隙)に入り込み、表面張力で保持されている水と直接接触することで、効率的に水分を吸収します。根毛が密生しているのは、表面積を広げるだけでなく、土壌の微細な毛細管ネットワークと接続するための、植物の生存戦略なのです。

参考リンク:植物の水分吸収メカニズム - 根の構造と浸透圧・毛細管現象の連携

毛細管現象の原理を断ち切る中耕と乾燥防止


ここまでは「毛細管現象を利用して水を保持・移動させる」話でしたが、農業の現場では逆に「毛細管現象を断ち切る」ことが極めて重要なテクニックとなる場合があります。それが、作物の生育途中に行う「中耕(ちゅうこう)」という作業の隠れた大きな目的です。

夏場の日照りが続く時期、畑の土は乾燥していきます。このとき、土壌内部では何が起きているのでしょうか。土の表面が固く締まっていると、地下の湿った層から地表まで、微細な土の粒子が詰まった「毛細管のパイプ」が繋がっている状態になります。太陽熱で地表の水分が蒸発すると、毛細管現象によって地下の水分が次々と地表に吸い上げられ、まるでストローで吸うように土壌深層の水分まで蒸発して失われてしまいます。これを放置すると、作物は深刻な水不足に陥ります。

そこで行うのが、土の表面を浅く耕す「中耕」です。

鍬(くわ)や管理機で地表数センチを耕し、土を細かく砕いてふかふかの状態にします。こうすることで、地表付近の土の粒子がバラバラになり、隙間が大きくなります(粗孔隙が増える)。

隙間が大きくなると、そこで毛細管現象はストップします。つまり、地下から上がってきた水は、耕された層(毛管が切断された層)の手前で止まり、それ以上地表へ移動できなくなります。

耕されたふかふかの土の層は、空気を含んだ断熱層の役割を果たすと同時に、地下からの水分の蒸発を防ぐ「土のマルチ(ドライマルチ)」としての機能を果たします。「除草のために耕す」と思われがちな中耕ですが、実は「土壌水分の蒸発を防ぐために、あえて毛細管を破壊する」という高度な物理的理にかなった作業なのです。昔の農家が「日照り続きのときは畑を耕せ」と言い伝えてきたのは、この原理を経験的に知っていたからに他なりません。

参考リンク:日本農業機械化協会 - 中耕培土による土壌水分保持と毛管切断の効果

毛細管現象の原理を応用した底面給水と灌水管理


最後に、毛細管現象を積極的に利用した灌水(水やり)システムである「底面給水」について解説します。これは特に鉢花や野菜の苗生産、最近では一部のトマト栽培などで導入されている技術です。

通常、水やりは上からジョウロやホースで行いますが、底面給水では鉢の底面を水に浸すか、水を吸い上げる特殊なマットの上に鉢を置きます。すると、鉢底の穴から土壌の毛細管現象によって、水が重力に逆らってじわじわと上層部まで吸い上げられていきます。

この方式には、毛細管現象の原理に基づいた多くのメリットがあります。


  • 過湿を防ぎ、酸素不足を回避する:上からの水やりでは、勢いで土の隙間がすべて水で埋まってしまい、一時的に根が窒息状態になることがあります。底面給水では、土壌の毛管孔隙(小さな隙間)だけが水を吸い上げ、粗孔隙(大きな隙間)には空気が残ります。これにより、水と酸素が共存する理想的な環境が維持されやすくなります。
  • 土が固く締まるのを防ぐ:上から水を叩きつけることがないため、土の団粒構造が壊れにくく、ふかふかの状態が長持ちします。
  • 根の伸長を促す:水が下にあるため、根は水を求めて鉢底へと力強く伸びていきます。

ただし、注意点もあります。毛細管現象によって水と一緒に土壌中の「塩分」も地表付近まで吸い上げられてしまうことです。長期間底面給水のみを続けると、地表に塩類が集積し、作物理害を引き起こす「塩類集積」が起きやすくなります。そのため、時々は上からたっぷりと水をやり、溜まった塩分を洗い流す必要があります。

 

また、育苗トレイの下に敷く「給水マット」も、繊維の隙間を利用した毛細管現象の塊です。マットの繊維が太すぎれば水は拡散せず、細すぎれば給水スピードが遅くなるため、最適な毛細管径になるよう設計されています。このように、農業の現場は、土という自然の毛細管と、道具という人工の毛細管を巧みに操ることで成り立っています。

 

参考リンク:土づくり企画 - 土壌水分保持の要因と毛細管現象の応用

 

 


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