農業において「中耕(ちゅうこう)」は、単に土を耕すだけの作業ではありません。作物の生育期間中に畝(うね)や株間の表土を浅く耕すこのプロセスは、土壌環境を劇的に変化させ、作物のポテンシャルを最大限に引き出す重要な管理作業です。まず最も大きなメリットとして挙げられるのが、土壌の物理性の改善、すなわち「通気性」と「排水性」の向上です。降雨や灌水、あるいは管理作業での踏み固めによって硬化した表土(クラスト)を破砕することで、土壌の固相・液相・気相のバランスを整え、根が呼吸するために不可欠な新鮮な「酸素」を地下深くまで供給することが可能になります。
参考)雑穀うるちアワの中耕除草と土寄せをしました! - にじのわフ…
酸素供給が滞ると、根は呼吸障害を起こし、養分の吸収効率が著しく低下します。特に粘土質の圃場や排水不良の畑では、中耕によって土壌の団粒構造を一時的に回復させることで、根腐れのリスクを低減させる効果が期待できます。また、この作業は「除草」の効果も兼ねています。生育初期の雑草は根が浅いため、中耕によって根と茎を切り離したり、土中に埋め込んだりすることで、除草剤を使わずに物理的に雑草を抑制することができます。特に有機栽培や減農薬栽培においては、この物理的除草効果は極めて重要であり、雑草による養分競合を防ぐための基本技術となっています。
参考)岩殿満喫クラブ 岩殿 Day by Day : 水田中耕除草…
さらに、中耕は土壌の保水性を調整する役割も果たします。表土を毛細管現象が切れる程度に耕すことで、下層土からの水分蒸発を抑制する「マルチング効果」に似た現象(ソイルマルチ)が生まれ、干ばつ時の水分保持にも寄与します。このように、中耕は一つの作業で「酸素供給」「排水改善」「除草」「水分調整」という複数のメリットを同時にもたらす、非常にコストパフォーマンスの高い管理作業なのです。
参考)管理作業(中耕・除草・土寄せ)|⑧ ミニ耕うん機の役割|はじ…
参考リンク。
住友化学園芸:土をふかふかに保つ中耕の基礎知識と作業適期
野菜づくり事典:中耕の定義から期待できる物理的効果の詳細解説
中耕の具体的な「やり方」は、圃場の規模や作物の種類、生育ステージによって最適な「道具」と方法が異なります。家庭菜園や小規模な圃場では、手作業による中耕が一般的です。使用する道具としては、立鎌(長柄の鎌)、三角ホー、あるいは中耕専用の小型手押し除草機などが挙げられます。手作業のポイントは、深さを一定に保つことです。深く耕しすぎると作物の根(特に吸水根)を切断してしまう恐れがあるため、表土から3cm〜5cm程度の深さを目安に、土の表面を削るようなイメージで作業を行います。三角ホーを使う場合は、刃の角度を調整し、土を反転させながら雑草の根を断つように動かすと効率的です。
参考)https://ameblo.jp/katakura-farm/entry-12764418481.html
一方、営農規模の圃場では「管理機」や「中耕除草機」などの機械利用が不可欠です。管理機を使用する場合、ロータリーの爪(タイン)の配列や回転数を調整することで、土の砕け方や深さをコントロールします。車軸ローター式の小型耕運機は、畝間に入りやすく小回りが利くため、中耕作業に非常に適しています。機械作業の手順としては、まず畝間の雑草状況と土の硬さを確認し、適切なギアと耕深を設定します。低速で走行しながら、ロータリーが土を細かく砕き、同時に後部の培土板(アタッチメント)で跳ね上げた土を株元に寄せるセッティングにすることで、中耕と同時に土寄せを行うことが可能です。
参考)ブロッコリー1 中耕土寄せ: oyaziのブログ
機械操作のコツは、機体を安定させ、直進性を保つことです。蛇行すると作物を巻き込んで傷つける原因となります。また、土が湿りすぎている状態で無理に管理機を入れると、逆に土を練ってしまい、乾燥後にカチカチに固まる「練り効果」が発生して通気性を悪化させることがあるため、土壌水分が適度な状態(手で握って崩れる程度)で作業を行うことが鉄則です。
参考)https://www.pref.oita.jp/uploaded/life/2301988_4536673_misc.pdf
参考リンク。
ハンズクラフト:管理機と耕運機の違いおよび中耕作業での活用法
Honda耕うん機活用術:耕運機を使った中耕・土寄せ・追肥の同時作業テクニック
中耕を行う「時期」の判断は、作物の成功を左右する重要な要素です。一般的に、中耕は「追肥」および「土寄せ」とセットで行われることが多く、これらを組み合わせることで相乗効果を生み出します。最初の適期は、作物が活着し、新しい根が伸び始めた生育初期から中期にかけてです。例えば、ジャガイモやダイズ、ブロッコリーなどの場合、草丈が15cm〜30cm程度になった頃が第1回目の中耕適期とされています。この時期に中耕を行うことで、初期の雑草を抑えつつ、追肥した肥料を土と混ぜ合わせて(混和)、根が吸収しやすい位置に届けることができます。
参考)https://www.takii.co.jp/tsk/bn/pdf/2018_sa_90_174.pdf
「追肥」のタイミングに合わせて中耕を行うのが最も効率的です。肥料を地表面に撒いただけでは、雨で流亡したり、ガス化して揮散したりするロスが生じます。追肥直後に中耕を行うことで、肥料を土壌粒子に吸着させ、肥効を高めることができます。また、「土寄せ」は作物の倒伏防止や、ジャガイモなどの塊茎が緑化するのを防ぐために不可欠ですが、中耕で土をほぐしてからでないと、硬い土を無理やり寄せることになり、作業効率が悪く、株元への通気も確保できません。
参考)ブロッコリー栽培🥦〜中耕・土寄せ〜 - 株式会社アグリ甲斐|…
具体的なスケジュールの例として、大豆栽培では、本葉2〜3枚期に1回目の中耕・培土(初生葉が隠れる程度まで)、そして開花前の本葉5〜7枚期に2回目を行うのが理想とされています。重要なのは、作物が大きくなりすぎて管理機が入れなくなる前に作業を終えること、そして開花期などのデリケートな時期に根を傷つけないよう配慮することです。開花中に強い振動や断根ストレスを与えると、花落ちや着莢(さやつき)不良の原因となるため、作物の生理生態を理解した上でのスケジュール管理が求められます。
参考)土をふかふかに保つ中耕
参考リンク。
大分県農林水産部:大豆栽培における中耕培土の効果と作業適期に関する技術資料
アグリくまもと:高冷地大豆の管理技術における中耕・培土のタイミングと注意点
中耕作業で最も警戒すべき「失敗」は、作物の根を過度に切断してしまう「断根」です。適度な断根は、新しい細根の発生を促す刺激となる場合もありますが(ルート・プルーニング効果)、やりすぎると生育停滞や枯死を招きます。特に浅根性の作物や、根が横に広く張る時期に深く中耕しすぎると、水分や養分の吸収ルートを断ってしまい、回復に時間がかかります。このリスクを回避するための「注意点」として、作物の成長に合わせて中耕の位置と深さを調整することが挙げられます。生育が進むにつれて根は畝間まで伸びてくるため、後半の中耕では株元から離れた位置を、より浅く耕すように心がけます。
また、病害の蔓延を防ぐという観点も重要です。根が傷つくと、そこから土壌病原菌が侵入しやすくなります。特に雨上がり直後や、土壌水分が高い状態で中耕を行い根を傷つけると、軟腐病や青枯病などのリスクが高まります。これを防ぐための「対策」として、中耕は必ず晴天が続き、土の表面が乾いている日を選んで行うことが鉄則です。乾いた状態で作業することで、切断された根の断面が速やかに乾燥・治癒(コルク化)し、病原菌の侵入を防ぐことができます。また、掘り起こされた雑草も乾いて枯死しやすくなり、除草効果も最大化します。
さらに、管理機を使用する場合の機械的な注意点として、ロータリーに雑草や土が絡みついたまま作業を続けないことが重要です。爪に異物が絡むと耕深が安定せず、予期せず深く入り込んで根を切ったり、逆に浅すぎて効果が出なかったりします。こまめに爪の状態を確認し、常に最適な耕うん性能を維持することが、失敗のない中耕につながります。
参考リンク。
タキイ種苗:キャベツ栽培における中耕の深さと根切りのリスク管理
三菱農業機械:管理作業における中耕・除草・土寄せの機械操作のコツ
一般的な栽培マニュアルではあまり語られませんが、中耕には土壌中の微生物相や生化学的なプロセスに与える科学的かつ深遠な影響があります。最新の農業研究において、中耕や間作(インタークロッピング)が土壌の「酵素活性」を高め、それが「野菜」の「成長」を加速させるメカニズムが明らかになりつつあります。中耕によって土壌に酸素が供給されると、好気性微生物の活動が活発化します。これにより、土壌中の有機物を分解する酵素(ウレアーゼ、ホスファターゼ、デヒドロゲナーゼなど)の活性が上昇し、有機態チッソやリン酸が、植物が吸収できる無機態へと効率よく変換されます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11106902/
つまり、中耕は単に肥料を混ぜる物理的な作業であるだけでなく、土壌という巨大なバイオリアクターのスイッチを入れる行為だと言えます。特に、根圏(根の周りの土壌)における微生物の多様性が維持されている圃場では、中耕による適度な撹乱が微生物バイオマスの代謝を刺激し、作物の栄養吸収能力(特に窒素、リン、カリウム、微量要素)を有意に向上させることが報告されています。これは、肥料を増やすことなく収量を上げるための鍵となるメカニズムです。
また、中耕による土壌構造の変化は、根からの分泌物(ルート・エクステート)の拡散を助け、それがさらに有用微生物を呼び寄せるという正のフィードバックループを形成する可能性があります。慣行農法において、土が硬く締まった状態ではこのサイクルが停滞しがちですが、適切な時期に中耕を入れることで、土壌のエコシステム全体を再活性化させることができます。農業者は「土を耕す」という行為を通じて、実は目に見えない微生物たちと対話し、彼らの働きをサポートしています。このような視点を持つことで、中耕という作業の重要性と奥深さをより深く理解できるでしょう。
参考)https://www.mdpi.com/2071-1050/15/3/2338/pdf?version=1675767528
参考リンク。
NCBI:間作と土壌物理化学的特性および酵素活性の関係に関する最新研究
虹の和農園:中耕による土壌微生物活性化と実際の圃場での観察記録