「コート種子」と「ペレット種子」という言葉は、農業現場ではしばしば混同して使われますが、厳密にはその構造と目的に明確な違いが存在します。広義にはどちらも「コーティング種子」に含まれますが、その加工の厚みと「造粒(ぞうりゅう)」の有無が決定的な差となります。
まず、ペレット種子(Pelleted Seeds)は、微細な種子や形状が不均一な種子を、粘土鉱物や珪藻土(けいそうど)などの充填剤を用いて包み込み、均一な球状に成形したものを指します。これは文字通り「造粒」を行う加工であり、元の種子の大きさの数倍から数十倍の体積になることが一般的です。例えば、レタスやニンジンのような極小あるいは偏平な種子を、直径3~5mm程度の球体に加工することで、指でつまみやすくしたり、機械での播種精度を劇的に向上させたりします。
一方、フィルムコート種子(Film Coated Seeds)は、種子の形状をそのまま維持しつつ、表面に殺菌剤や殺虫剤、着色料などを含む薄いポリマーの膜を形成したものです。ここでは「造粒」は行われません。元の種子の形が残っているため、大きさはほとんど変わりません。フィルムコートの主目的は、播種時の農薬粉塵の飛散防止(作業者の安全性確保)や、土壌中での視認性向上(赤や青に着色されることが多い)、そして種子消毒効果の定着にあります。
このように、形状を物理的に変えるのがペレット(造粒)、表面の性質だけを変えるのがフィルムコートという構造的な違いがあります。タキイ種苗などの大手種苗メーカーでは、これらを明確に使い分けており、ペレット種子は「形状改善による省力化」、フィルムコートは「薬剤処理の効率化と安全性」を主眼に置いています。現場で商品を選ぶ際は、単に「コート種子」という表記だけでなく、それが球状に成形されたペレットタイプなのか、形状維持のフィルムタイプなのかを確認することが、後の播種作業や管理方法を決定する上で非常に重要になります。
ペレット種子が開発された最大の理由は、播種(はしゅ)作業の機械化と効率化にあります。農業の大規模化に伴い、手作業での種まきから播種機を用いた作業へと移行する中で、種子の形状や大きさのバラつきは致命的な問題となりました。
参考)コーティング種子(こーてぃんぐ種子)
例えば、ニンジンの種子には細かい毛が生えており、そのまま播種機に入れると種子同士が絡まり合って詰まったり、一度に複数粒が落ちてしまったりします。また、レタスのような微細種子は軽すぎて、真空播種機やベルト式播種機での吸着・繰り出しが安定しません。こうした「不定形」な種子を、ペレット加工によって「均一な球体」に変えることで、機械適性を劇的に高めることができるのです。
具体的なメリットとして以下の点が挙げられます。
参考)https://ameblo.jp/kateisaien-iseed/entry-11310777808.html
一方で、フィルムコート種子(ネイキッド種子に近い形状)の場合、最新の真空播種機などでは対応可能な場合もありますが、簡易的なベルト式播種機(ごんべえ等)では、ペレット種子ほどの精度が出ないことがあります。特に、キャベツやブロッコリーなどのアブラナ科種子は元々球形に近いためフィルムコートでも機械播種が容易ですが、ニンジンやゴボウなどの異形種子ではペレット化の恩恵が圧倒的に大きくなります。
参考)http://www.daigaku-seed.jp/2025daigakunotane-agri_materials.pdf
農業経営において「間引き」にかかる人件費は大きなコスト要因です。ペレット種子は通常の種子(生種・裸種子)に比べて価格は高くなりますが、この間引きコストや播種時間を削減できる点を考慮すれば、トータルコストでのメリットは非常に大きいと言えるでしょう。
参考)レタスのタネをまこうとしたら、ペレット種子でした。ペレット種…
ペレット種子を使用する際、最も失敗しやすいのが水分管理です。多くの栽培者が「コート種子は発芽率が悪い」と感じる原因のほとんどは、この水分コントロールの失敗にあります。
参考)https://www.takii.co.jp/tsk/y_garden/autumnsummer/point01/index.html
ペレット種子の発芽メカニズムは特殊です。まず、コーティング材(粘土など)が土壌の水分を吸って柔らかくなり、膨張します。その後、種子自体が吸水して膨らみ、コーティング層を内側から押し破ります。このコーティング層が割れる現象を「クラック(割れ)」と呼びます。このクラックが入ることで初めて種子に十分な酸素が供給され、発芽が始まります。
参考)https://ameblo.jp/shirouri360/entry-12513386827.html
ここでの重要なポイントは、「水分が多すぎても少なすぎてもダメ」という点です。
このジレンマを解消するためには、播種直後の「十分な吸水」と、その後の「適度な乾燥防止」が必要です。具体的には、播種時にしっかりと水をやってコーティング層を一度崩壊(クラック)させ、その後は土の表面が乾かないように不織布や新聞紙で被覆するテクニックが有効です。特にレタスのような好光性種子のペレットの場合、覆土を極薄くするか、あるいは鎮圧(土と種を密着させる)だけで覆土しない方法が取られることもありますが、この場合は乾燥のリスクがさらに高まるため、こまめな霧吹きなどの管理が求められます。
また、一部のペレット種子には「プライミング処理(発芽促進処理)」が併用されているものがあります。これは種子にあらかじめ水分を与えて発芽直前の状態まで代謝を進めてから再乾燥させたもので、発芽のスピードと揃いが抜群に良くなりますが、通常のペレット以上に水分への反応が敏感であり、播種後の乾燥は厳禁です。
参考リンク:タキイ種苗 Q&A レタスのペレット種子の扱い方について(水管理の重要性が解説されています)
「ペレット種子は余ったら翌年使えない」とよく言われますが、これは事実であり、裸種子(ネイキッド)と比較して保存期間(寿命)が極端に短いのが大きなデメリットです。
参考)余った種を保存 乾燥と低温で|JA神奈川つくい
その主な理由は、コーティング材が持つ吸湿性と、種子の酸化にあります。
ペレットの材料となる粘土鉱物や結合剤は、空気中の湿気を吸着しやすい性質を持っています。密封容器に入れて冷蔵庫で保管していても、わずかな開閉の隙間やパッケージの微細な穴から湿気を吸い込みます。この微量な水分が、種子の代謝を意図せず活性化させてしまい、「発芽しようとして力尽きる(エネルギー枯渇)」状態を引き起こします。
さらに、加工工程そのものが種子にストレスを与えている場合もあります。特に前述の「プライミング処理」を施したコート種子の場合、種子はすでに「走り出した」状態(休眠打破済み)であるため、長期間の停止(保存)には耐えられません。生物時計が進んでしまっているため、通常の種子なら数年持つものでも、プライミングペレット種子は半年~1年程度で発芽率がガクンと落ちることがあります。
また、水稲(お米)の直播栽培で使われる「鉄コーティング種子」などの特殊な例では、鉄が酸化する際の化学反応熱を利用して被膜を硬化させますが、この酸化熱が適切に放熱されないと種子が焼け死んでしまうことがあります。これは野菜のペレットとは異なりますが、「コーティング=種子にとって異物を纏うストレス」であることは共通しています。
参考)https://www.pref.iwate.jp/agri/_res/projects/project_agri/_page_/002/003/474/2021suito01.pdf
したがって、コート種子やペレット種子を購入する際は、「そのシーズンで使い切れる量」を買うのが鉄則です。もし余ってしまった場合は、乾燥剤(シリカゲル)と共に密閉性の高い缶や袋に入れ、温度変化の少ない冷蔵庫(野菜室ではなく低温の棚)の奥に入れておくのがベストですが、それでも翌年の発芽率は保証されないと心得るべきです。
最後に、検索上位ではあまり語られない「自作コーティング」と「環境問題」という視点について触れておきます。
実は、簡易的なペレット種子(のようなもの)は自作することが可能です。自然農法で有名な福岡正信氏が提唱した「粘土団子」は、まさにペレット種子の原点とも言える技術です。粘土と種子、堆肥などを混ぜて団子状にすることで、鳥や虫による食害を防ぎ、乾燥から種を守ることができます。家庭菜園レベルでも、微細な種子を撒きやすくするために、湿らせた用土や木粉で種を包む「DIYペレット」を試みる愛好家もいます。もちろん、メーカー製のような精密な球体や発芽率は望めませんが、コストを抑えて種まきを楽しむ一つの方法として注目されています。
一方で、近年の世界的な「脱プラスチック」の流れは、種子コーティング業界にも押し寄せています。従来のフィルムコート剤やペレットの結合剤には、一部合成ポリマー(プラスチックの一種)が使用されているものがあります。EUを中心にマイクロプラスチック規制が強化される中、農業資材から流出するプラスチックも削減対象となっており、種苗メーカー各社は「生分解性素材」や「天然由来成分100%」のコーティング材への切り替えを急ピッチで進めています。
参考)No.359 マイクロプラスチックの土壌および作物生育に及ぼ…
例えば、従来のポリマー被覆肥料(被覆尿素など)の殻が海洋汚染の原因として問題視されたように、今後は種子のコーティング材も「土に還る速度」や「環境負荷」が厳しく問われる時代になります。すでに一部では、天然のデンプンやセルロースを活用した新しいコーティング技術が登場しており、これらは環境に優しいだけでなく、土壌微生物によって分解されやすいため、発芽時の「殻破り」がスムーズになるという副次的なメリットも期待されています。
参考)被覆肥料に由来するマイクロプラスチックの生態リスクと排出量
ペレット種子は単なる「便利な資材」から、「環境と共存するハイテク資材」へと進化を続けています。私たち利用者がその違いや特性を正しく理解し、適切に扱うことが、安定した収穫への第一歩となるでしょう。
参考リンク:種子被覆の科学的分析(英語論文ですが、種皮構造と発芽メカニズムの詳細な研究です)