陶芸において、市販の調整された粘土ではなく、自然界にある「原土(げんど)」を使用することは、その土地固有の風合いを作品に封じ込める究極の楽しみです。特に農業に従事されている方であれば、ご自身の所有する畑や山林から採取した土で器を作ることは、作物を育てることと同様に、土地の恵みを形にする行為と言えるでしょう。
原土の採取に適した場所は、一般的に地表の有機物を多く含む黒土の下層にあります。
表面の土は植物の根や腐葉土が多く混ざっているため、陶芸には向きません。シャベルや重機を使って表土を掘り返し、粘り気のある黄色や赤茶色、あるいは灰色の層(ローム層や粘土層)を探します。
良い粘土を見分けるための簡易テスト
現場で使える粘土かどうかを判断するには、以下の手順で「可塑性(かそせい)」を確認します。
採取した土に少量の水を加えて練り、親指ほどの太さの紐を作ります。この紐を指に巻き付けたとき、ボロボロと崩れずに曲げることができれば、陶芸に必要な最低限の粘土質(カオリナイトなど)を含んでいる証拠です。
指で土を擦り合わせたとき、ジャリジャリとした砂の感触だけでなく、ヌルッとした滑らかさを感じるか確認します。このヌメリが粘土の主成分であり、可塑性を生み出します。
農業用の土壌改良などで掘削工事を行う際は、絶好のチャンスです。深い地層から出てくる土は、長い年月をかけて堆積した純度の高い粘土である可能性が高いからです。粘土層は水平に広がっていることが多いので、良質な層を見つけたら、その深さをキープして横に掘り広げていくのがコツです。
参考リンク。
粘土の性質や採取場所の探し方について、地質学的な観点も含めて詳しく解説されています。
採取したばかりの原土には、小石、砂利、木の根、葉などの不純物が多く含まれています。これらをそのまま焼成すると、作品が爆発したり、極端に割れやすくなったりします。そこで行うのが「精製」です。精製には大きく分けて「水簸(すいひ)」と「ハタキ」の2つの手法があります。
1. 水簸(すいひ):不純物を徹底的に取り除く
水簸は、土を水に溶かし、粒子の重さの違いを利用して選別する方法です。滑らかな磁器や繊細な器を作りたい場合に適しています。
大きなバケツやタライに原土を入れ、たっぷりの水を加えてドロドロになるまで撹拌します。電動ドリルの先に撹拌用のアタッチメント(ペイントミキサー等)を付けると効率的です。
撹拌後、しばらく放置すると、重い砂や小石が底に沈みます。上澄みの泥水(これが粘土分です)を、別の容器に静かに移します。この際、60目~100目程度の細かいフルイを通すことで、浮いている草の根や細かなゴミを取り除きます。
回収した泥水を数日間静置し、透明になった上澄み液を捨てます。残った泥を素焼きの鉢や石膏ボードの上、あるいは布袋に入れて吊るし、水分を抜きます。
2. ハタキ(粉砕):ワイルドな土味を残す
ハタキは、乾燥させた原土を砕いて粉末にする方法です。砂の粒状感を残した、野趣あふれる作品(備前焼や信楽焼のような風合い)を目指す場合に適しています。
原土を天日でカラカラになるまで完全に乾燥させます。水分が残っていると綺麗に砕けません。
木槌や金槌で原土を叩いて粉々にします。農家の方であれば、籾摺り機や粉砕機を流用できる場合もありますが、石が機械を傷める可能性があるので注意が必要です。
粉砕した土を園芸用のフルイ(粗目~中目)にかけます。あえて粗い砂を残すことで、焼成後の「景色」を作ることができます。
水簸は手間と時間がかかりますが、扱いやすい粘土になります。一方、ハタキは土本来の荒々しさを残せますが、成形時に手が痛くなることもあります。作る作品のイメージに合わせて選びましょう。
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原土から粘土を作る工程が写真付きで詳細に紹介されており、道具選びの参考になります。
精製して練り上げた原土は、いきなり本番の作品作りには使いません。なぜなら、その土が何度で溶けるのか(耐火度)、乾燥や焼成でどれくらい縮むのか(収縮率)が全く未知数だからです。必ず「テストピース」を作成し、試験焼成を行います。
テストピースの作成とデータ収集
以下の情報を得るために、短冊状または円盤状の小さなテストピースを作ります。
テストピースに、定規で正確に10cm(100mm)の線を引き、両端に印をつけます。
乾燥後、その線の長さを測り、さらに焼成後にも測ります。
例えば、焼成後に8.5cmになっていれば、その土の総収縮率は15%です。原土は市販の粘土よりも収縮率が高い傾向があり、20%近く縮むことも珍しくありません。これを知らずに蓋物などを作ると、設計通りに仕上がりません。
まずは1200℃~1230℃程度の一般的な陶芸の焼成温度で焼いてみます。
酸化焼成(酸素十分)と還元焼成(酸素欠乏)で、土の色がどう変化するかを確認します。鉄分が多い土なら、酸化で赤褐色、還元で黒やグレーに発色することが多いです。
予期せぬトラブルへの備え
原土には有機物が混入していることが多く、これらは焼成初期(~400℃付近)や700℃付近でガスを発生させます。テストピースが爆発したり、膨らんだりした場合は、土練りの不足か、有機物の除去不足が疑われます。また、「石ハゼ」といって、混入していた小石が熱膨張で表面を弾き飛ばす現象が起きることもあります。これは原土特有の魅力でもありますが、食器として使う場合は注意が必要です。
農地の土は、肥料成分(リン酸など)を含んでいる場合があり、これが天然の釉薬のような働きをして、予想外の艶や発色を生むことがあります。これは市販の均一な粘土では絶対に出せない味わいです。
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原土の収縮率や歪みについての実験結果が記述されており、テスト焼成の重要性が分かります。
テスト焼成の結果、そのままでは「扱いづらい」「溶けてしまう」と判明した場合は、市販の粘土や原料をブレンドして調整します。100%原土にこだわるのも良いですが、少しの手助けで劇的に使いやすい土になります。
1. 可塑性(粘り)が足りない場合
すぐにヒビが入って成形しにくい土には、粘りの強い粘土を混ぜます。
2. 耐火度(熱への強さ)が足りない場合
低い温度で溶けてしまう土には、耐火度の高い成分を加えます。
3. 逆に耐火度が高すぎる(焼き締まらない)場合
農家ならではのブレンド術:もみ殻くん炭の活用
粘土の気孔率を高め、軽量化したい場合や、耐熱衝撃性を高めたい場合(土鍋など)、細かく砕いた「もみ殻くん炭」や「藁(わら)」を土に練り込むことがあります。これらは焼成時に燃え尽きて微細な空洞を作り、保温性の高い器になります。ただし、混ぜすぎると強度が極端に落ちるため、体積比で5%~10%程度からテストしてください。
調整(調合)は料理の味付けと同じです。データを記録しながら、「原土7:市販土3」や「原土+木節20%」といった、自分だけの黄金比を見つけることが、原土陶芸の醍醐味です。
参考リンク。
粘土の調整方法や、他の原料を混ぜる際の考え方について、専門的な知見が得られます。
最後に、農業従事者だからこそ可能な、究極のオリジナル陶芸、それが「自作の灰釉(はいぐすり)」です。原土で作ったボディ(素地)に、自分の畑で採れた作物の灰で作った服(釉薬)を着せる。これこそが「Farm to Table」ならぬ「Farm to Kiln」です。
灰の採取と処理
釉薬の原料となる「灰」は、植物の種類によって全く異なる発色をします。
これらの植物を完全に燃やして白い灰にし、水に晒して「灰汁(あく)」を抜きます。この水洗工程を丁寧に行わないと、釉薬が溶けすぎたり、汚い色になったりします。洗い終わった灰を乾燥させれば、釉薬の主原料の完成です。
原土×自作灰の釉薬レシピ
最もシンプルな「土灰釉(どばいゆう)」は、以下の比率で混ぜ合わせるだけで作れます。
通常、釉薬は「長石」を主原料にしますが、原土自体に含まれる成分を長石の代わりに使うこの方法は、その土地の成分だけで完結するため、非常に相性が良く、自然な調和を見せます。原土に含まれる鉄分と、灰に含まれる微量元素が化学反応を起こし、市販の釉薬では出せない深みのある色調(伊羅保釉のような風合い)が生まれます。
ご自身の畑の土と、育てた作物の灰で作った器に、収穫した作物を盛る。このストーリー性こそが、原土陶芸の最大の価値であり、付加価値の高い農産物ブランディングの一つとしても活用できる可能性があります。