水耕栽培は、土と違って「培養液の条件」がそのまま植物の体調になります。とくにハーブは、野菜の感覚で肥料を濃くすると、葉は大きくなっても香りが薄くなったり、えぐみが出たり、軟弱徒長しやすいのが厄介です。まずは“よく育てる”より“崩さない”設定を作り、その上で品目ごとに追い込む方が安定します。
pHは栄養素が吸える形で存在するための条件です。水耕栽培ではpHを5.5〜6.5に保つのが重要という整理が一般的で、急激に動かさず少しずつ調整するのがコツです。pHがズレると、肥料を入れているのに欠乏っぽく見える(黄化、葉脈間黄化、成長停滞)という“あるある”が起きます。ここで闇雲に追肥すると、ECだけが上がって根が傷み、さらに悪化します。
ECは「肥料濃度の目安」で、同じ銘柄の液体肥料でも希釈倍率が違えば当然ズレます。ハーブは栄養過多で香りや風味が落ちる傾向があるため、ECは0.6〜1.0mS/cm程度が適するとされ、他作物より低めで組むのがポイントです。現場では、葉色を濃くしたくて上げたECが、結果的に香りの弱さや根の黒ずみにつながるケースが多いので、最初は「薄いと感じる」くらいから始め、葉色・節間・新根の白さで判断する方が失敗が減ります。
実務で使える運用例を、あえて“単純化”して書きます(規模を問わず応用できます)。
「意外な落とし穴」は原水です。井戸水や地下水は、重炭酸が多いと強い緩衝能でpHが下がりにくく、培養液pHが上がって複合的な養分欠乏を起こすことがあります。実際に、重炭酸濃度が高い地下水(例:410ppm)で培養液pHが8以上に上がり、カルシウムや鉄など多要素の吸収が抑えられた事例が報告されています。つまり、pHメーターの数字は“結果”で、原因は水質ということがあり得るわけです。対策は水源変更が理想ですが、緊急策として酸(リン酸等)でpH制御する方針が現場対応として示されています。
参考リンク(原水の重炭酸でpHが上がり、複合欠乏が出た事例と対策:リン酸でpH制御)
https://hyogo-nourinsuisangc.jp/archive/3-k_seika/hygnogyo/163/03.pdf
水耕栽培の最大の事故は根腐れです。根が茶色〜黒っぽくなり、葉が黄化し、生長が止まると、回復させるより作り直した方が早い場面も出ます。ここを“気合い”で乗り切ろうとすると、薬剤に頼りがちですが、根腐れは多くの場合「水温」「酸素」「汚れ」の管理で予防できます。
根腐れの理想的な水温は18〜22℃という目安が挙げられ、25℃を超えると溶存酸素が減り病原菌も活発になりやすい、と整理されています。夏のハーブ水耕は、室温よりも液温が問題になりやすいので、遮光・容器の断熱・置き場所(床の熱だまり回避)・循環やエアレーションの強化など、まず物理で下げます。水温計は地味ですが、pH/ECメーターより先に買ってよかった、という声が出やすい道具です。
酸素については「根を全部水に沈めない」発想が効きます。家庭規模の失敗談としても、根が常時水没すると呼吸できず酸素不足に陥りやすいので、根の一部が空気に触れるよう管理する、という指摘があります。プロ用途の装置なら循環やエアで溶存酸素を担保しますが、簡易設備ほど“水位”が酸素になります。スポンジやネットポットの位置、液面の高さを見直すだけで、同じ肥料でも急に根が白く戻ることがあります。
衛生管理は「交換」と「清掃」のセットで考えます。根腐れ対策として、定期的な水の交換と栽培槽の清掃が基本に挙げられ、さらに水温や溶存酸素の維持が重要だとまとめられています。加えて、発生後の対処としてはシステムの洗浄・消毒(例:薄めた漂白剤や過酸化水素等)を徹底する方針が示されており、病気を“持ち越さない”ことが最優先です。農業従事者向けに言うなら、ここは土耕の連作障害と同じで、原因菌を居座らせない設計と運用が勝ち筋になります。
室内のハーブ水耕は、日当たり不足で伸びる(徒長)か、光を当てすぎて葉焼け・乾燥・液温上昇になるか、両極に振れやすいです。そこで便利なのがLEDですが、重要なのは製品名より「光量(PPFD)」「距離」「照射時間」の3点を自分の環境で再現できる形に落とすことです。
研究では、葉物やハーブを含む屋内栽培でPPFDを定量管理する前提の議論が多く、例えばバジルの水耕(ebb–flow)試験ではpH=6、PPFD約215 µmol m−2 s−1、16時間日長という条件設定が使われています。つまり“だいたい明るい”ではなく、数字で作れると再現性が上がります。もちろん家庭や小規模施設でPPFD計がない場合もありますが、そのときは「距離固定」「タイマー固定」「葉の反応を観察」だけでもブレが減ります。
現場で役立つ考え方は、光を強くして時間を短くするか、光を弱くして時間を長くするか、の“積”で調整することです。加えて、近接照射は効率的ですが、近づけるほど照射ムラや熱だまりが出やすいので、風を当てて葉面境界層を薄くし、蒸散と病気を同時に抑えるのが定石です(強風にしすぎて萎れさせない範囲)。ハーブは葉が柔らかいので、風が弱すぎると灰色かび等の温床になりやすく、強すぎると香り以前に生体が疲れます。設備の制約がある場合は、まず「ライトの高さを一定にする」「照射時間を守る」「液温が上がらない置き方にする」の3つが効きます。
ハーブは“収穫の仕方”が、その後の収量と香りを左右します。水耕は生育が速いぶん、収穫が遅れると一気に木質化したり、花芽が上がって香りの質が変わったりします。特にバジル系は、収穫のタイミングを逃すと「柔らかい葉を取る栽培」から「硬い茎を維持する栽培」に変質してしまい、同じ設備でも商品価値が下がりやすいです。
香りを狙う場合、ポイントは“肥料を増やす”ではなく“揺らさない”ことです。ハーブは栄養過多で香りや風味が落ちる傾向があるという指摘があり、ECを低めに設定するのが基本とされています。現場の感覚としては、ECを上げると確かに葉は大きくなりますが、香りのピークが短くなったり、えぐみが出たりして収穫物の評価が下がることがあります。販売先が飲食か加工かで求められる香りが違うので、香り重視なら「EC低め+光と温度を安定+こまめな摘心」を軸にして、見た目重視なら別の最適解を探す、という設計が必要です。
また、水耕は根が常に溶液に接しているため、欠乏も過剰も表に出るのが早いです。たとえばpHが上がりすぎると、多要素の吸収が抑制される複合欠乏が起こり得る、という報告があります。葉色が薄い=窒素不足、と短絡せず、pH・EC・液温・根色をセットで見て、原因を一つずつ潰すのが最短距離です。
検索上位の一般記事は「pHは5.5〜6.5」「ECを測ろう」で終わりがちですが、農業従事者の現場では“測っても戻らないpH”が問題になります。ここで疑うべきは、栽培技術より水源の性格です。重炭酸が多い地下水は緩衝能が強く、普通の管理レベルの酸投入ではpHが下がりにくく、培養液pHが高止まりしやすい、という整理がされています。つまり、pH調整剤を入れても数字が戻らないなら、あなたが下手なのではなく、水が強い可能性があるわけです。
このタイプの水で起きる怖さは、「pHが上がる→要素吸収が抑えられる→欠乏に見える→追肥してECが上がる→根が弱る→さらに吸えない」という連鎖です。しかも、症状は特定要素ではなく、カルシウム、マグネシウム、鉄、マンガン、亜鉛、ホウ素など多要素に及ぶことがある、と報告されています。ハーブは元々ECを上げにくい作物なので、ここで“追肥で解決”の成功体験を作りにくく、ハマると長引きます。
現場メモとしては、次の順番が事故を止めます。
ここまでやると、ハーブの水耕栽培は「設備勝負」ではなく「条件を揃える仕事」になります。逆に言うと、条件を揃えられる人ほど、同じ設備でも香りと歩留まりが安定し、収穫計画を組みやすくなります。農業従事者の方は、試作段階からpH・EC・液温のログを残し、品目ごとに“勝ちパターン”を作ってください。条件が見える化されると、担当者が変わっても品質が落ちにくくなります。