三角巻葉が2%混入するだけで製茶は赤くなります。
チャノホソガは茶園における最も重要な害虫の一つで、別名「サンカクハマキ」とも呼ばれています。成虫は体長約4mm、体と前翅は光沢のある褐色で、前翅の中央に三角形で金色の大きな紋があるのが特徴です。
葉に止まるときは翅をたたみ、頭部を高く上げて入字のような特殊な姿勢をとります。この独特の姿勢は、チャノホソガを識別する際の重要なポイントになります。
産卵は主に新葉の裏面に行われます。卵は長径0.5mm程度の水滴様で、1粒ずつ産みつけられる形です。ふ化した幼虫は体長約0.5mmと非常に小さく、まず葉の組織内に潜行して加害を始めます。
やがて葉縁に達すると、葉の一部を裏側に折り曲げてその内部を加害するようになります。葉縁で成長した後は他の新葉に移動し、一枚の葉を三角形に巻いてその中で加害しながら巻葉内に黒色の糞をするのです。
この虫糞が堆積することが問題です。製茶時の品質を大きく低下させる直接的な原因となります。老熟幼虫になると巻葉から脱出して古葉の葉裏で繭を作り蛹化します。本虫は15℃で卵期間10日程度、幼虫期間27日程度を経て蛹になります。
チャノホソガは蛹で越冬し、地域によって年間の発生回数が異なります。岐阜県では年5回、三重県では5~6世代、鹿児島県では6~8回、静岡県では通常6回の発生が確認されています。
つまり地域差があるということですね。
岐阜県の例では、4月上旬から越冬世代成虫の発生が確認され、成虫の発生最盛期は6月中旬、7月中旬、8月中旬、9月下旬に認められます。島根県では第1回成虫が4月中旬~下旬、その後6月上旬~中旬、7月上旬~下旬と続きます。
新茶の萌芽期~開葉期が本虫の発生最盛期と合致すると巻葉被害が多くなります。このタイミングのずれが被害の程度を左右する重要な要因です。
温度も発育に大きく影響します。高温には弱く、発育停止温度は30℃とされています。卵期間は20℃で約4日、25℃で約3日、幼虫期間は20℃で17~18日、25℃で12~13日と、気温が高いほど発育が早まります。
ただし30℃を超えると発育が停止するため、真夏の高温期には成虫の発生がばらつき、誘引始期が不明瞭となることもあります。この温度特性を理解しておくことは、発生予測の精度を高める上で役立ちます。
岐阜県が公開するチャノホソガの生態と防除対策に関する詳細資料(PDF)
チャノホソガの被害で最も問題となるのは、三角巻葉内に堆積された虫糞による製茶品質の低下です。三重県の研究によると、三角巻葉の混入が重量割合で2%を超えると、荒茶品質は著しく低下します。
具体的には水色の低下が黒みや赤みとして表れます。通常の茶は緑黄色の美しい水色を示しますが、虫糞が混入すると浸出液が赤黒く変色するのです。これは商品価値を大きく損なう致命的な欠陥となります。
鹿児島県の調査では、巻葉30葉/㎡以下では影響がないものの、100葉/㎡以上になると品質が低下(水色が赤くなる)することが確認されています。佐賀県のデータでは、三角巻葉量が5%を超すと赤みをおび、25%を超すと飲用できない状態になるとされています。
被害は手摘みよりも機械摘みの場合に著しくなります。手摘みの場合は三角巻葉を選別しながら摘採できますが、機械摘みでは巻葉ごと収穫してしまうためです。
幼木園では生育遅延、成木園では三角巻葉内の虫糞による品質低下として被害が現れます。若い葉を加害するため、摘採によって幼虫が除去されることもありますが、摘採時期と発生時期が重なると被害は深刻化します。
中国本土や台湾においても本種の加害によって多大な経済的損失が生じていると報告されており、アジアの茶産地共通の課題となっています。
チャノホソガは蛹の状態で越冬します。越冬場所は古葉の葉裏で、ここで繭を作って蛹化した状態で冬を越すのです。この越冬形態を知ることは、春季の初期防除を考える上で重要になります。
3月下旬から4月上旬にかけて越冬蛹から成虫が羽化し始めます。三重県の調査では、10月~12月の気温が高い年には新芽のない冬季に越冬蛹からの成虫の羽化が見られることもあるそうです。
越冬世代の成虫は一番茶の新芽にのみ産卵します。
このため一番茶期の管理が特に重要です。
鹿児島県の事例では、越冬世代の誘殺最盛日が3月19日、やぶきたの一番茶萌芽期が3月26日と、両者のタイミングが非常に近接しています。
蛹期間は温度によって異なり、8.6℃を発育零点として有効積算温度196.1日度で羽化します。この有効積算温度を活用すると、フェロモントラップでの誘殺最盛日から次世代の発生時期を予測することが可能です。
春先の異常高温により発生時期が世代を通じて早まることもあります。近年の気候変動を考えると、従来の発生予測だけに頼らず、実際のフェロモントラップ調査と気温データを組み合わせた柔軟な対応が求められます。
チャノホソガの防除を効率的に行うには、成虫の発生消長を正確に把握することが不可欠です。そのために有効なのが性フェロモントラップによる発生予察です。
フェロモントラップは雄成虫を誘引して捕獲し、その誘殺数から発生状況を判断します。誘殺最盛期の約10日後が防除適期とされており、このタイミングで薬剤散布を行うと高い効果が得られます。
10日後というのは卵~潜葉初期に当たる時期です。
岐阜県病害虫防除所などでは、フェロモントラップの誘殺状況調査を定期的に行い、その情報を公開しています。生産者はこうした予察情報を活用することで、自園の防除タイミングを適切に判断できます。
近年では電撃型自動計数フェロモントラップも開発されています。従来の粘着板式トラップは定期的な調査や粘着板の交換が必要でしたが、自動計数型なら誘殺数をリアルタイムで把握できます。トラップの稼働時間を調整することで省力化も可能です。
摘採時期が異なる茶園が混在する産地では、管理作業や品種構成がほぼ共通していれば少数のトラップ設置で広域の発生状況をモニタリングできます。ただし早場と遅場で新芽の生育時期が大きく異なる場合は、それぞれの茶園に設置する必要があります。
有効積算温度と組み合わせることで、より精度の高い発生予測が可能になります。越冬世代の誘殺最盛日を起点として、476日度に達した時期が各世代の誘引始期とほぼ一致することが確認されています。
鹿児島県によるフェロモントラップと有効積算温度を活用した防除技術資料(PDF)
チャノホソガの防除で最も重要なのは、適切なタイミングで薬剤散布を行うことです。防除適期は卵~潜葉初期の若齢幼虫段階とされています。この時期を逃すと防除効果が大きく低下します。
三角巻葉が形成されてから薬剤を散布しても十分な効果が得られません。巻葉内部に入った幼虫には薬剤が到達しにくいためです。葉縁巻葉期以降の薬剤散布では防除効果が低下することが多くの研究で確認されています。
各茶期の新芽生育期、具体的には萌芽~1葉期頃が薬剤散布の適期です。二番茶、三番茶でも同様に新芽の萌芽~開葉期に防除を行います。鹿児島県では二番茶、三番茶新芽の萌芽~開葉期、秋芽の萌芽~開葉初期が防除時期とされています。
ただし新芽にのみ産卵するため、新葉裏を観察して潜葉や卵がない場合は防除を省くこともできます。無駄な薬剤散布を減らし、コスト削減と環境負荷軽減につながります。
薬剤選択も重要です。新葉を対象に散布するため、摘採前日数を考慮して薬剤を選択する必要があります。また薬剤抵抗性を発達させないために、同一系統薬剤の連用は避けるべきです。
鹿児島県内の一部地域ではジアミド系殺虫剤に対する抵抗性が確認されています。南九州市知覧町の個体群では防除効果が低下しているという報告があり、薬剤のローテーションが不可欠です。各発育ステージによって有効な薬剤が異なるため、卵期には昆虫成長制御剤、幼虫潜葉初期には他の薬剤を使用するといった使い分けも効果的です。
栽培管理による防除方法もあります。三角葉巻形成までは実害がないため、経営上問題なければ早摘みを実施することで被害を回避できます。一番茶では本種を対象とした薬剤防除は通常行わず、早場では早摘みによる単価確保、遅場では適期~遅摘みによる収量確保が経営的な指向となっています。
摘採や整枝によって幼虫が物理的に除去されることも防除効果につながります。整枝を三角巻葉形成前に行えば、多くの幼虫が除去できて次世代の発生量を抑制できます。
有機栽培茶園で使用できるBT剤(バチルス・チューリンゲンシス)も選択肢の一つです。効果発現は緩慢ですが、巻葉内で早期に幼虫のほとんどが死亡するため、巻葉中の虫糞量は大きく減少します。三角巻葉が混入しても製茶品質への影響を軽減できる点で有用です。
近年開発された送風式防除機や吸引式防除機による物理的防除法も注目されています。化学農薬の使用を減らしながら害虫を管理する手法として、今後の普及が期待されます。
チャノホソガの特徴と効果的な農薬に関する詳細情報(FMC Japan害虫Wiki)