現代の農業において、細菌病(火傷病や軟腐病など)の防除には、ストレプトマイシンやオキシテトラサイクリンといった抗生剤(抗生物質剤)が長年使用されてきました。これらは非常に効果が高く、即効性があるため、生産現場では欠かせない資材となっています。しかし、同一成分の連用は、病原菌がその薬剤に対して耐性を持つ「薬剤抵抗性」の発達を招く大きなリスクを孕んでいます。
参考)https://www.nippon-soda.co.jp/nougyo/wp-content/uploads/2025/04/006-022.pdf
薬剤抵抗性菌(耐性菌)が出現すると、これまで効いていた農薬が突然効かなくなり、病害が蔓延して収量に甚大な被害をもたらします。一度耐性菌が発生すると、その地域全体で同じ系統の薬剤が使用できなくなる可能性もあり、経済的な損失は計り知れません。さらに近年では、「ワンヘルス(One Health)」の観点から、農業分野で使用される抗生剤が環境や人間の健康に与える影響についても国際的な議論が進んでいます。農業現場における耐性菌が、環境を通じて拡散するリスクを低減するためにも、抗生剤の使用量や頻度を減らす努力が求められています。
参考)https://onlinelibrary.wiley.com/doi/pdfdirect/10.1111/eva.12185
ここで重要となるのが、IPM(総合的病害虫管理)の考え方です。IPMとは、化学農薬だけに頼るのではなく、生物的、耕種的、物理的な防除手段を総合的に組み合わせることで、病害虫の発生を経済的な被害レベル以下に抑える管理システムです。抗生剤の使用をゼロにするのではなく、「必要な時に、必要な量だけ」適切に使用し、他の手段で代替できる部分は積極的に置き換えていく。このバランス感覚こそが、薬剤抵抗性のリスクを回避し、持続可能な農業生産を続けるための唯一の道と言えるでしょう。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/95bd1466accd2c35155cca46d6b04b7cb9e7dc5b
抗生剤に代わる有力な手段の一つが、生物的防除です。これは、害虫の天敵や、病原菌と拮抗する微生物(善玉菌)を利用して病害虫の密度を下げる方法です。細菌病対策においては、特に「微生物殺菌剤」の活用が注目されています。
参考)根圏保護微生物資材|IPM資材館
微生物殺菌剤は、バチルス菌(枯草菌)やトリコデルマ菌などの有用微生物を製剤化したものです。これらの微生物は、植物の葉面や根圏に定着することで、病原菌の侵入場所を先に占領したり(競合作用)、病原菌を攻撃する抗菌物質を出したりして病気を防ぎます。抗生剤とは全く異なるメカニズムで作用するため、薬剤抵抗性が発達した病原菌に対しても効果が期待できる点が最大のメリットです。
例えば、軟腐病や青枯病などの土壌伝染性病害に対しては、定植前に微生物資材を土壌混和したり、苗を薬液に浸漬したりすることで、根圏の微生物相(マイクロバイオーム)を改善し、発病を抑えることができます。生物的防除は化学農薬に比べて効果がマイルドな場合が多いですが、予防的に使用することで真価を発揮します。化学農薬の使用回数を減らすことは、環境保全や消費者の安心感につながるだけでなく、耐性菌の出現リスクを下げるという生産者自身のメリットにも直結します。
IPMの基礎となるのが、栽培環境や管理作業そのものを工夫して病害虫の発生しにくい環境を作る耕種的防除です。これは特別な資材を購入する必要がない場合も多く、コストを抑えながら実践できる重要なテクニックです。抗生剤が必要となるような細菌病の多くは、高温多湿や植物の傷口からの感染が原因となるため、日々の管理が予防の鍵を握ります。
参考)病害の「発生」を防ぐために。耕種的防除法まとめ - 農業メデ…
具体的な耕種的防除の取り組みとしては、以下のようなものが挙げられます。
最も確実な予防策です。目的とする病害に対して抵抗性(病気にかかりにくい性質)を持つ品種や台木を選ぶことで、農薬散布の回数を大幅に減らすことができます。
細菌は湿度を好みます。高畝にしたり、明渠(めいきょ)を掘って水はけを良くしたりすることは、細菌病の予防に直結します。また、過繁茂を防ぐための適切な整枝・剪定を行い、風通しを良くすることで、葉面が濡れている時間を短くし、感染リスクを下げることができます。
発病した株や枝、果実を圃場内に放置すると、そこから病原菌が飛散し、二次感染の温床となります。発病部位は見つけ次第速やかに除去し、圃場外で適切に処分することが重要です。また、収穫後の残渣(ざんさ)処理も翌年の発生源を絶つために欠かせません。
参考)https://www.maff.go.jp/j/syouan/syokubo/gaicyu/g_ipm/pdf/citrus.pdf
同じ科の作物を連作すると、特定の病原菌が土壌中に蓄積します。異なる科の作物を輪作することで、土壌中の菌密度を下げることができます。また、適切な有機物の投入により土壌微生物の多様性を高めることも、特定病害の蔓延を防ぐ効果があります。
耕種的防除は地味な作業の積み重ねですが、これらを徹底することで、抗生剤に頼らざるを得ないような激発状況を未然に防ぐことができます。これはまさに「予防に勝る治療なし」を体現する管理手法です。
ここまでは既存の病原菌を「叩く」あるいは「避ける」方法を紹介してきましたが、近年、独自の視点として注目されているのが、植物自身が持っている防御システム(免疫機能)をスイッチONにする植物免疫の活用です。これを実現するのが「抵抗性誘導剤(プラントアクティベーター)」と呼ばれる新しいタイプの資材です。
参考)新しい作用メカニズムにより多種作物で利用可能な新型抵抗性誘導…
従来の殺菌剤や抗生剤は、病原菌に直接作用して殺菌するものでした。これに対し、抵抗性誘導剤は病原菌には直接作用しません。その代わり、植物に吸収されると「敵が来たぞ!」というシグナルを擬似的に送り、植物本来の防御反応(細胞壁の強化や抗菌物質の生成など)を全身で活性化させます。
| 特徴 | 一般的な殺菌剤・抗生剤 | 抵抗性誘導剤(プラントアクティベーター) |
|---|---|---|
| 作用対象 | 病原菌に直接作用 | 植物に作用(免疫活性化) |
| 耐性菌リスク | 高い(連用で耐性菌が出現しやすい) | 極めて低い(菌に直接作用しないため) |
| 効果の範囲 | 特定の病原菌に効く | 幅広い病害に効果を示すことが多い |
| 効果の持続 | 薬剤の効果が切れるまで | 植物の防御反応が続く間(比較的長い) |
| 環境負荷 | 製品によるが比較的高いものもある | 低い(人畜毒性が低いものが多い) |
この「耐性菌が出にくい」という特徴は、抗生剤の代替として極めて重要です。例えば、イネいもち病におけるプロベナゾールや、野菜類の細菌病におけるアシベンゾラルSメチルなどが実用化されています。また、最近の研究では、特定のバクテリオファージ(細菌に感染するウイルス)を利用して、耐性菌を含む病原細菌だけをピンポイントで攻撃する技術も開発されており、化学農薬でも抗生剤でもない「第3の選択肢」として期待が高まっています。これらの新技術をIPM体系に組み込むことで、抗生剤の使用をさらに減らせる可能性があります。
IPMは「化学農薬を絶対に使うな」という教えではありません。むしろ、化学農薬(抗生剤を含む)を「最後の切り札」として温存し、最も効果的なタイミングで使用することを推奨しています。これまで解説した生物的防除や耕種的防除、植物免疫の活用を行ってもなお、気象条件などにより病害が発生してしまうことはあります。そのような緊急時において、確実な効果を持つ抗生剤は非常に頼りになる存在です。
参考)IPM防除を構成する防除策について みどりを守る~SaveG…
重要なのは、「予防散布でとりあえず抗生剤」という慣行的な使用をやめることです。IPMの実践においては、以下のような判断基準を持つことが推奨されます。
都道府県の病害虫防除所が出す発生予察情報をチェックし、感染好適条件(雨温図など)が揃ったタイミングでのみ散布を検討します。
もし化学農薬を使用する場合は、作用機作(RACコード)の異なる薬剤をローテーションで使用し、耐性菌の選択圧をかけないようにします。抗生剤(ストレプトマイシンなど)を使用した次は、銅剤や微生物殺菌剤に切り替えるといった工夫が必要です。
地域で発生している菌が、使おうとしている抗生剤に対して感受性(効き目)を持っているかを確認することも大切です。すでに耐性菌が蔓延している地域で抗生剤を撒くことは、コストの無駄であるばかりか、さらなる耐性菌の増加を招きます。
化学農薬は、人間の医療における「手術」や「集中治療」のようなものです。日頃の健康管理(耕種的・生物的防除)で病気を防ぎつつ、いざという時には高度な医療(化学的防除)で対処する。このメリハリのある管理こそが、耐性菌問題を解決し、未来の農業を守るIPMの真髄です。まずは、ご自身の防除暦の中に、無意識に組み込まれている抗生剤がないか、見直すところから始めてみてはいかがでしょうか。