取り木は、植物の繁殖方法の中でも特に「親木の性質をそのまま受け継げる」「太い幹を短期間で苗にできる」という大きなメリットを持つ技術です。しかし、その成功率は「いつ行うか」という時期の選定に大きく依存します。適切な時期を逃すと、傷口が塞がらずに腐敗したり、発根までに時間がかかりすぎて樹勢が衰えたりするリスクがあります。
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農業や園芸の現場において、取り木の適期は一般的に「植物の成長活動が最も活発になる時期」とされています。具体的には、樹液の流動が盛んになり、細胞分裂が活発化する春から初夏(5月から7月)にかけてが黄金のタイミングです。この時期に行うことで、環状剥皮(かんじょうはくひ)を行った部分にカルス(癒傷組織)が形成されやすくなり、そこから不定根が発生するメカニズムがスムーズに働きます。
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逆に、休眠期である冬場や、真夏の猛暑期に取り木を行うと失敗の原因になります。冬は樹液の動きが止まっているため発根せず、傷口から病原菌が入りやすくなります。また、真夏は高温乾燥により、巻きつけた水苔(ミズゴケ)がすぐに乾いてしまい、せっかく出た新根が枯死してしまうことが多いのです。
参考)https://www.shuminoengei.jp/?m=pcamp;a=page_qa_detailamp;target_c_qa_id=22604
ただし、この「春から初夏」という原則はあくまで目安であり、地域や環境、そして何より樹種によって微妙に異なります。寒冷地では気温が十分に上がる6月以降が適期となる場合もありますし、温室管理ができる環境であれば、より広い期間で実施可能です。以下では、樹種ごとの詳細なタイミングや、成功率を劇的に高めるための具体的な手順と知識を深掘りしていきます。
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取り木を成功させるためには、対象となる植物のライフサイクルに合わせたスケジュール調整が不可欠です。植物は大きく分けて「常緑樹」「落葉樹」「観葉植物(熱帯性植物)」に分類され、それぞれ適した取り木時期が異なります。
1. 落葉樹(モミジ、ウメ、サクラなど)
落葉樹の取り木適期は、「葉が固まった梅雨入り前(6月頃)」が最も安全で確実です。
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一部の専門書では「芽が動く前の2月〜3月」を推奨する場合もありますが、これは初心者にはやや難易度が高い時期です。早春に行う場合、気温が低いために発根までの期間が長くなり、その間の水管理(水苔の乾燥防止)が難しくなるためです。
対して、6月頃に行う「梅雨取り(つゆとり)」と呼ばれる手法は、高湿度により水苔の水分が保たれやすく、樹木の成長ホルモンも活性化しているため、短期間での発根が期待できます。
参考)https://nao-k.jp/engei/hansyoku/torigi.htm
2. 常緑樹(マツ、ツバキ、オリーブなど)
常緑樹は「新芽が伸びて落ち着いた5月下旬〜6月下旬」がベストシーズンです。
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特に松類(黒松、五葉松など)は樹脂(ヤニ)が多く出るため、樹液の動きが活発すぎる時期に環状剥皮を行うと、ヤニが傷口を覆ってしまい発根を阻害することがあります。新芽の伸長が一段落し、光合成産物が蓄積され始めるこの時期を狙うことで、スムーズな発根を促せます。
3. 観葉植物・熱帯果樹(ゴムの木、ガジュマル、柑橘類など)
寒さに弱いこれらの植物は、「気温が20℃以上で安定する5月〜8月」が適期です。
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ゴムの木やガジュマルなどの熱帯性植物は、気温さえ高ければ非常に旺盛な発根力を見せます。日本の気候では、梅雨の湿度は味方になりますが、秋以降の気温低下には注意が必要です。9月に入ってから取り木を行うと、発根しても切り離し後の養生期間中に冬が来てしまい、寒さで枯れてしまう「活着失敗」のリスクが高まります。遅くとも7月中には作業を終え、秋までに十分な根量を確保しておくことが重要です。
| 植物タイプ | 最適な時期(目安) | 特徴と注意点 |
|---|---|---|
| 落葉樹 | 6月(梅雨時期) | 湿度が高く管理が楽。早春実施は管理期間が長引く。 |
| 常緑樹 | 5月下旬〜6月 | 新芽が固まった頃を狙う。松類はヤニ対策が必要。 |
| 観葉植物 | 5月〜7月 | 気温20℃以上が必須。秋以降の実施は避ける。 |
時期と同じくらい重要なのが、植物生理に基づいた正しい手順です。自己流のやり方で失敗するケースの多くは、「形成層の処理」と「保湿管理」に問題があります。ここでは、発根確率を最大化するためのプロのコツを紹介します。
コツ1:環状剥皮の幅は「幹の太さの1.5倍」
取り木の基本テクニックである環状剥皮(皮をリング状に剥ぐ作業)では、剥皮する幅が重要です。狭すぎると、植物の自己修復能力により上部と下部の皮がつながってしまい(カルスブリッジ)、発根せずに元通りになってしまいます。
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逆に広すぎると、上の枝への水分供給が滞り枯れるリスクがあります。目安として「幹の直径の約1.5倍」の幅で皮を剥ぐのが理想的です。
コツ2:形成層を完全に取り除く
皮を剥いだ後、木質部(硬い芯の部分)の表面に「ぬるぬるしたもの」が残っていることがあります。これが形成層です。
この形成層をナイフの背などでこすって完全に取り除き、ツルツルの木質部を露出させることが発根の絶対条件です。形成層が残っていると、そこから皮が再生してしまい、根が出ません。この「削り」の工程こそが、発根のスイッチを入れる最大のポイントです。
コツ3:発根促進剤の活用
切り口の上部(発根する場所)に、ルートンやオキシベロンなどの発根促進剤を塗布することで、成功率を飛躍的に高めることができます。特に発根しにくい樹種(難発根性樹種)の場合、この一手間が成否を分けます。
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発根促進剤を塗った後は、十分に湿らせた水苔で傷口を包み込みます。水苔は「固く絞ってから使う」のが鉄則です。ビショビショの状態では酸素不足になり、根腐れの原因となります。「おにぎりを握る程度の硬さ」で巻き付け、ビニールで密閉して乾燥を防ぎましょう。
「時期は合っていたはずなのに、なぜか失敗した」。そんな経験はありませんか?
実は、取り木の失敗原因の多くは、時期そのものよりも「時期に合わせた管理の不備」にあります。
失敗原因1:水苔の乾燥(夏の失敗)
適期である夏場は、同時に「乾燥」という大敵と戦う時期でもあります。ビニールで包んでいても、直射日光が当たると内部が高温になり、水分が蒸発してしまいます。水苔が一度完全に乾いてしまうと、出始めたばかりの繊細な根の先端(根毛)が死滅し、再生不能になります。
対策として、ビニールの上からアルミホイルを巻く方法が有効です。これにより遮光して内部温度の上昇を防ぎ、根が好む暗黒環境を作り出すことができます。
失敗原因2:早すぎる実施による「カルス融合」(春の失敗)
まだ気温が低い3月〜4月に早まって作業を行うと、発根活動が始まる前に傷口が癒合(ゆごう)してしまい、単に傷が治っただけの状態になることがあります。
植物は「生命の危機」を感じることで発根スイッチが入りますが、活動が鈍い時期だとそのスイッチが入らず、防御反応(傷の修復)だけが働いてしまうのです。
失敗原因3:親木の健康状態
弱っている木を救済するために取り木をすることもありますが、基本的には「元気な木」ほど成功します。親木自体の光合成能力が低いと、発根に必要な炭水化物を剥皮部分に送ることができません。取り木を予定している枝には、事前に十分な日光を当て、葉を多めに残しておくことが重要です。
多くの解説書には「発根したら切り離す」と書かれていますが、実はこれだけでは不十分であり、ここが最も独自視点が必要なポイントです。
「白い根が見えたらすぐ切り離す」のは、実は失敗のもとなのです。
独自視点:根の色で判断する「成熟度」
発根したばかりの根は純白で、水分を多く含み非常に脆(もろ)い状態です。この段階で親木から切り離して鉢上げしてしまうと、急激な環境変化(水分の供給断絶)に耐えられず、吸水能力不足で枯れてしまうことが多々あります。
プロの判断基準は、「根が白から茶色(または黄色味を帯びた色)に変化した時」、あるいは「ビニールの中で根が十分に回り、袋がパンパンになった時」です。
参考)302 Found
根が茶色くなるのは老化ではなく、木質化して丈夫になった証拠(成熟)です。この状態まで親木につけたまま待つことで、切り離し後の独立した生活に耐えうる体力が備わります。
切り離しのベストタイミング
参考)取木のコツ
切り離す際は、発根部分の直下で切断します。このとき、枝の葉を半分程度減らして(剪定して)蒸散量を抑えることも、活着率を上げる重要なテクニックです。
無事に切り離した後の管理こそが、苗木としての人生のスタートです。ここでは、切り離し後の活着(かっちゃく:根付くこと)を確実にするための、水苔の扱いと管理環境について解説します。
水苔は取るべきか、残すべきか?
切り離した直後の根は、水苔にしっかりと絡みついています。これを無理にすべて取り除こうとすると、細かい根(吸収根)を切断してしまい、大ダメージを与えます。
基本的には、「水苔は軽くほぐす程度で、芯の部分は残したまま植え付ける」のが安全です。
参考)初めてでもできるゴムの木の取り木
ただし、水苔と用土(赤玉土など)は保水性が大きく異なるため、水やりの際に「周りの土は濡れているが、中の水苔は乾いている」あるいはその逆の現象が起きやすくなります。これを防ぐため、植え付け時は水苔の周りに隙間なく土を入れ、竹串などで突いて馴染ませることが重要です。
鉢上げ後の「養生期間」
鉢上げ直後の苗は、いわば「大手術を受けた直後の患者」と同じです。いきなり直射日光や強風に当てるのは厳禁です。
取り木は「時期」に始まり、「管理」で終わります。焦らずじっくりと植物のペースに合わせることが、農業者・園芸家としての腕の見せ所といえるでしょう。