トランスグルタミナーゼはタンパク質同士を架橋させて高分子化させる酵素で、食品中ではグルタミン残基とリジン残基の間に強固な結合を作ることでゲル化や硬さの調整に利用されています。
この酵素は血液の凝固など生体内にも広く存在するタイプと、食品加工に用いられる微生物由来のタイプがあり、現在食品用では主に「Streptomyces mobaraensis」由来の製剤が使われています。
食品メーカーが利用するトランスグルタミナーゼ製剤は、単に酵素だけでなく、でん粉やタンパク質、食塩などを組み合わせた粉末として供給され、原料にまぶしたり溶液として噴霧して使用されます。
参考)https://item.rakuten.co.jp/watanabe1129/tgb1kg/
これにより、肉や魚を圧力や高温をかけずに一体化させることができ、成形ローストビーフや一体感のあるソーセージ、均一な食感のかまぼこなどが作りやすくなっています。
参考)トランスグルタミナーゼを使った成形ローストビーフ|樋口直哉(…
酵素反応でタンパク質をつなぐと、保水性や弾力が増し、加熱工程で煮崩れやドリップを抑制できる点も大きな特徴です。
参考)トランスグルタミナーゼ酵素の食品への応用 - Ace Ing…
その結果、同じ原料から得られる可食部の割合を高めたり、脂肪分を抑えながら満足感のある食感を出すなど、歩留まりと品質の両立に貢献します。
参考)<記事紹介> 最新の科学が変える食生活 / 肉の接着剤トラン…
| 主な原料 | トランスグルタミナーゼの効果 | 想定される製品例 |
|---|---|---|
| 畜肉(牛・豚・鶏) | 結着力向上、保水性向上、成形性アップ | 成形ステーキ、ローストビーフ、ハム、ソーセージ |
| 魚肉すり身 | ゲル強度アップ、弾力改善、減塩でも物性維持 | かまぼこ、ちくわ、魚肉ソーセージ |
| 乳タンパク(チーズ原料など) | 組織安定化、離水抑制、口当たり改善 | チーズ、ヨーグルト、アイスクリーム |
| 植物性タンパク(大豆など) | 組織化、弾力付与、保形性アップ | 大豆ミート、焼き菓子、機能性パン |
トランスグルタミナーゼは、既存の食品添加物と比べてごく少量で物性を変えられるため、減塩・減脂レシピの裏側で「物性の支え役」として活用されているケースも報告されています。
参考)食品の「おいしさ」を高める酵素の研究。
一方で、架橋されたタンパク質は加熱後も構造が崩れにくくなるため、食感設計を誤ると硬く感じられたり、再加熱でほぐれにくくなるといった課題もあります。
参考)https://www3.nagasaki-joshi.ac.jp/disclosure/article/ar41/ar41-01.pdf
食肉分野では、トランスグルタミナーゼは「肉同士をくっつける酵素」として、端材や形の不揃いな部位をまとめて成形ステーキやローストビーフに仕立てる用途で広く知られています。
ソーセージやハムでは結着性を高めることで、切断面がきれいに仕上がり、スライス時の崩れや歩留まりロスを減らす効果が期待されています。
特に鶏肉では、モモ肉やムネ肉など異なる部位を混ぜたソーセージにトランスグルタミナーゼを加えると、食感と保水性が向上したという研究報告があり、安価な部位も含めた原料の有効活用につながる技術として注目されています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsrpim/31/3-4/31_277/_pdf
特許情報では、トランスグルタミナーゼとコラゲナーゼを組み合わせて結着と軟化を同時に達成し、格付けの低い肉でもやわらかく高付加価値な製品にする技術も開示されています。
参考)https://patents.google.com/patent/JP2014207887A/ja
水産加工では、かまぼこや魚肉ソーセージなどの練り製品にトランスグルタミナーゼを作用させることで、タンパク質がゲル状に固まり、弾力やかみごたえが向上することが報告されています。
塩だけに頼らずにゲル強度を出せるため、減塩製品の開発や、高温での長時間加熱でも崩れにくい製品設計に活用されていることは、農水・水産の加工現場にとっても有利なポイントです。
乳製品では、チーズやヨーグルト、アイスクリームにトランスグルタミナーゼを使うことで、タンパク質ネットワークが緻密になり、離水を抑えながらなめらかな食感を実現する用途が紹介されています。
これにより、製造工程でのホエイ分離や保管中の劣化を抑え、輸送や長期保存に耐える製品づくりを支える技術として位置づけられています。
参考)支社別PDFページ_202205_TG-H_osaka
最近では、飲食店向けに「肉用接着剤」として販売されるトランスグルタミナーゼ製剤もあり、ビュッフェ用ステーキや成形肉メニューの裏側で利用されるケースが指摘されています。
参考)味の素 成形肉を造る酵素トランスグルタミナーゼ - 食品特許…
農業従事者にとっては、自家産の枝肉・半端肉を地域の食肉加工所と連携して成形肉やオリジナルソーセージに仕立てるなど、六次産業化の道具として捉えることも可能です。
日本の食品安全委員会は、遺伝子組換え微生物「Streptomyces mobaraensis TTG-1株」を用いて製造されたトランスグルタミナーゼについて詳細な評価を行い、従来の添加物と比べて新たな健康リスクの要因は認められないと結論づけています。
また、この酵素製剤は食品衛生法上の「組換えDNA技術応用添加物」として審査・公表されており、適切な条件と使用基準のもとで利用されていることが示されています。
海外では、アメリカ食品医薬品局(FDA)がトランスグルタミナーゼを「一般に安全と認められる(GRAS)」物質として取り扱っており、長年にわたりヨーロッパなどでも食品用酵素として利用されてきた経緯があります。
参考)ACE成分TG酵素、微生物/肉接着剤トランスグルタミナーゼサ…
一方でドイツのリスク評価機関は、トランスグルタミナーゼが食品中のタンパク質と反応してグルテンに似た構造を作る可能性があり、セリアック病患者への影響が完全には解明されていないとし、表示の明確化を推奨しています。
参考)食品安全関係情報詳細
日本の評価でも、通常の消化機能を持つ一般消費者ではトランスグルタミナーゼ自体による大きな健康リスクは示されていない一方、アレルギーや特定の疾患に対する影響については、今後の知見の蓄積が重要だとされています。
このため、農業者や加工事業者としては、「安全だから気にしなくてよい」と言い切るのではなく、「現時点の科学的知見では問題ないが、感受性の高い人もいる可能性を踏まえて情報提供する」というスタンスが望ましいと言えます。
表示の面では、トランスグルタミナーゼが「酵素」として使われ、最終製品に残存する量がごくわずかと判断される場合、製造用剤として扱われて個別表示の対象外になることがあります。
一方で、市販の粉末製剤そのものや、一般向けに販売される「肉用接着剤」は「食品添加物」として明記されるため、「原材料名:酵素(トランスグルタミナーゼ)」などの表記を確認することができます。
トランスグルタミナーゼの利用が社会問題になった例として、成形肉ステーキが「一枚肉」と誤解されて提供されたケースが海外で議論され、衛生管理や表示のあり方に批判が集まった経緯があります。
この背景には、結着酵素の技術自体というよりも、原料由来の細菌リスクや加熱不足、消費者への説明不足が重なったことがあり、農業者側も「どのような原料を、どのように説明して販売するか」が信頼維持の鍵となります。
トランスグルタミナーゼの安全性評価の詳細を確認したい場合に参考になる公的資料です。
食品安全委員会によるトランスグルタミナーゼ評価書(Streptomyces mobaraensis TTG-1株由来)
一般には加工メーカー向けの技術とみなされがちなトランスグルタミナーゼですが、農業現場から見ると「規格外や端材を活かし、ブランド価値を落とさないための道具」として捉えることができます。
例えば、自家産の枝肉から出る端切れや、サイズ・形が不揃いな水産物を地域の加工業者と組み合わせ、成形肉や魚肉練り製品、具材入り加工品として一体感のある商品を作ることで、歩留まり向上と収益改善が期待できます。
トランスグルタミナーゼは大豆などの植物性タンパクとも反応するため、米や雑穀、豆類を組み合わせた「植物性たんぱく食品」の食感改良にも利用可能であり、畑作農家が関わるプラントベース食品の開発にとっても有力な選択肢です。
たとえば、押し出し成形された大豆ミートにトランスグルタミナーゼを併用することで、ほぐれにくく、煮込み料理でも煮崩れにくい食感を実現しやすくなるといった応用が検討されています。
参考)公益財団法人 日本食品化学研究振興財団
また、水産練り製品の分野では、トランスグルタミナーゼの力を利用することで、塩分を抑えつつも十分なゲル強度を得られることが示されており、高血圧予防など健康志向商品づくりに貢献する技術として期待されています。
この考え方を畜産物や植物性食品にも広げれば、「塩や脂に頼らずに満足感を出す」ことができ、地域ブランド肉や地場野菜を使った惣菜の差別化要素としても活用しうるでしょう。
農業者がトランスグルタミナーゼ活用を検討する際は、以下のようなポイントを意識すると、単なる原料供給にとどまらないビジネス展開につながります。
こうした取り組みは、単にトランスグルタミナーゼを使うかどうかという議論ではなく、「農産物のポテンシャルを、酵素技術でどこまで引き出せるか」という視点で考えると発想が広がります。
参考)夢ナビ講義
地域の大学や食品研究機関と連携すれば、オリジナルの加工品レシピや新商品開発の共同研究につながり、補助金やプロジェクトの獲得チャンスも増える可能性があります。
トランスグルタミナーゼを含む食品を扱う現場でのリスクは、酵素自体よりも、原料の衛生状態や加熱不足、表示の不備に起因するケースが多いと指摘されています。
特に成形肉の場合、内部まで十分に加熱しなければならないにもかかわらず、一枚肉と同じ感覚でレア調理されると、食中毒リスクが高まる可能性があるため注意が必要です。
農業・畜産現場や小規模加工所で確認しておきたいポイントとして、次のような項目が挙げられます。
参考)トランスグルタミナーゼとは?肉がくっつく理由や購入方法を解説…
一部のパン製品では、トランスグルタミナーゼの利用が小麦タンパクの性質に影響し、アレルギーやセリアック病に関連する可能性を懸念する意見も紹介されており、感受性の高い人に向けた配慮は引き続き重要です。
その一方で、現行の科学的評価では一般消費者に対する大きな健康リスクは認められておらず、適切な使用量と衛生管理、誠実な表示が守られていれば、有用な加工技術として活用できると整理されています。
参考)https://www.mhlw.go.jp/content/11135200/001339720.pdf
トランスグルタミナーゼ 食品というキーワードで語られる話題は、「危険か安全か」という二択に傾きがちですが、農業従事者にとって重要なのは、自らの生産物をどう高付加価値化し、どのレベルまで添加物を受け入れる顧客と付き合うかという選択です。
酵素の仕組みと安全性評価、表示ルールを押さえたうえで、自分たちのブランドや顧客層にふさわしい使い方を、加工業者や研究機関と一緒に設計していくことが、これからの「食」と「農」の連携に求められているのではないでしょうか。