早朝に1,000ppmで施用するより、400ppmで長時間かけた方が収量は170kg多くなります。
ゼロ濃度差CO2施用法は、元千葉大学の古在豊樹らが提唱した技術です。「施設内のCO2濃度を外気(大気)のCO2濃度と同じになるように制御する」という考え方が骨格にあります。現在の大気中CO2濃度は約400ppmですが、晴天日の昼間にハウスを密閉した状態で放置すると、作物の光合成によってハウス内のCO2は外気よりはるかに低い200ppm台にまで落ち込みます。これがいわゆる「CO2飢餓状態」です。
従来の炭酸ガス施用は、ハウスを密閉した早朝に1,000ppm前後を目標とする「高濃度施用」が一般的でした。しかしこの方法には大きな問題があります。プラスチックハウスは「密閉しているつもり」でも、実際は0.5回/時間程度の換気回数(時間あたりに室内全容積が入れ替わる割合)があります。ガラス温室でも農ビカーテン1層を設けた条件で0.8〜1.0回/時間の空気交換が発生しています。つまり、高濃度でCO2を施用しても、作物に吸収されるより前に室外へ漏れ出す量の方が多いのです。
これに対し、ゼロ濃度差制御は「施設内外の濃度差をゼロにする」ことで、理論上、施用したガスの室外への漏出がなくなります。これが基本の原理です。換気状態にあるハウスでは、天窓や側窓を通じてCO2の流入と流出が常に起きています。外気と同じ濃度に保てば、濃度差による拡散でガスが逃げていくことがなくなり、施用したCO2はほぼすべて作物の光合成に使われるという計算になります。
つまり効率が根本から違います。
| 比較項目 | 従来の高濃度施用(1,000ppm) | ゼロ濃度差制御(400ppm前後) |
|---|---|---|
| 施用時間帯 | 主に早朝(密閉時) | 日中(日の出〜日没1〜2時間前) |
| ガスの漏出ロス | 多い(施用量の過半が室外へ) | 理論上ほぼゼロ |
| 施用効率 | 低い | 高い |
| 換気時の対応 | 換気開始で施用を停止 | 換気中も継続施用が可能 |
| 設備コスト | 比較的シンプル | センサー+制御機器が必要 |
千葉県農林総合研究センターの試験データが、この差を数字で示しています。促成キュウリの栽培試験では、低濃度長時間施用区(400〜500ppm・日中全般)が総収量11.3t/10aを記録したのに対し、慣行の早朝高濃度区は10.1t/10aでした。驚くべきことに、低濃度長時間区の炭酸ガス施用量は1,700kg/10aと、慣行区の1,870kg/10aより170kg少ない水準でした。少ない投入量で多い収量を実現した、まさに理想的な結果です。
参考リンク(千葉県が公開するトマト・キュウリの炭酸ガス施用技術指導マニュアル。ゼロ濃度差施用法と低濃度長時間施用の違いや実際のデータを詳しく解説しています)。
千葉県「トマト・キュウリにおける炭酸ガス施用の技術指導マニュアル」(千葉県農林水産技術会議)
ゼロ濃度差制御の効果はどのくらいか。作物ごとの試験データを見ていきましょう。
トマトにおいては、栃木県農業試験場の長期促成栽培試験が参考になります。ゼロ濃度差CO2施用法(400ppm)に光反射マルチと地中加温を組み合わせた区では、1株あたり収量14.6kgを達成し、慣行区(10.7kg)と比べて137%の収量を記録しました。さらに同試験の翌年実施分では、400ppmの施用に対し600〜800ppmの施用区の方が収量でやや上回ることも確認されており、「厳寒期の密閉条件下では600〜800ppmに高め、換気が始まったらゼロ濃度差に切り替える」という複合的な制御が最良という結論が出ています。これが合理的な管理です。
キュウリでは、前述の千葉県試験のほか、1シーズン(12〜3月)の炭酸ガス施用による増収が4t/10a程度と報告されています。これは1t/10aあたりの出荷単価を仮に20万円(ごく控えめな想定)とすれば、80万円/10aの増収効果に相当します。設備投資の回収を考えても現実的な水準です。
イチゴについては、群馬県の試験が具体的な数値を提供しています。ハウス内炭酸ガス濃度を600ppmに管理した区では、無施用対比で14〜29%の収量増加が認められました。そしてゼロ濃度差に相当する400ppm維持では5〜10%の収量増加という結果です。
| 作物 | ゼロ濃度差(400ppm)の効果 | 高濃度(600〜800ppm)の効果 |
|------|--------------------------|--------------------------|
| トマト | 慣行比+8%(単体) | 慣行比+29〜38%(他技術併用) |
| キュウリ | 慣行比+約12% | 同等〜やや上回る |
| イチゴ | 無施用比+5〜10% | 無施用比+14〜29% |
品質面への影響も見逃せません。栃木県の試験ではゼロ濃度差施用区で糖度(Brix値)が慣行比100〜110%程度、上物率も107%と向上しました。光合成が促進されることで果実内に蓄積される糖の量が増え、味の良い果実が増えることが期待できます。
なお、炭酸ガス施用において千葉県農林総合研究センターは「1シーズンのトマトの増収はおおむね1〜2t/10a」と明示しています。これは実務上の参考値として非常に使いやすい数値です。
参考リンク(栃木県農業試験場によるトマト促成長期どり栽培でのゼロ濃度差CO2施用と光反射マルチ・地中加温の組み合わせ効果に関する公開データです)。
栃木県「トマト促成長期どり栽培における炭酸ガス施用の好適環境条件」(栃木県農業試験場)
ゼロ濃度差制御を実際に導入するには、どのような機器が必要なのでしょうか。
まず欠かせないのがCO2濃度センサーです。センサーの方式としては赤外線吸収方式(NDIR方式)が主流で、精度と価格のバランスに優れています。ただし注意点があります。丁寧に校正した場合でも50〜100ppmの誤差が生じやすいという点です。ゼロ濃度差施用や低濃度施用では、外気の400ppmとの差をほぼゼロに保つ必要があるため、センサーが100ppmずれると「実は300ppmしか供給されていなかった」という事態が起こり得ます。なるべく誤差の少ない機器を選ぶこと、そして定期的な校正を行うことが必須条件です。
赤外線吸収方式センサーの寿命は、湿度が高く農薬散布もある温室内では1〜数年程度と比較的短いです。センサー部分が濡れないよう雨垂れを避け、薬剤散布時はカバーで覆うなどの管理が求められます。
CO2発生機器は大きく2種類に分かれます。
- 燃焼式発生器:灯油・プロパンガス・天然ガスなどを燃焼してCO2を発生させます。ランニングコストが安く(灯油換算でCO2 1kgあたり約0.4L)、20〜30aあたり25〜50万円の導入コストが目安です。ただし燃焼時に熱と水蒸気が発生するため、室温上昇や過湿に注意が必要です。
- 液化炭酸ガス方式:ボンベやタンクから気化したCO2を直接供給します。熱が出ないため換気中でも施用しやすく、流量を細かく調整できる点が利点です。ランニングコストは燃焼式よりやや割高ですが、局所施用チューブと組み合わせることで換気状態でも株元に効率的に供給できます。
制御システムの組み合わせとして、三重県農業研究所は以下の3タイプを整理しています。
| タイプ | 制御方法 | 初期投資(20〜30a) | ランニングコスト |
|--------|---------|-------------------|----------------|
| お手軽タイプ | タイマー制御のみ | 25〜50万円 | 約9万円/10a |
| 標準タイプ | タイマー+濃度センサー上限制御 | 40〜70万円 | 約9万円/10a |
| こだわりタイプ | 換気・日射・温度・湿度の複合制御 | 標準+45〜1000万円 | 9〜20万円/10a |
ゼロ濃度差制御には少なくとも「標準タイプ」以上のCO2濃度センサーが必要です。換気の有無や日射量も連動させる「こだわりタイプ」が最も効率的ですが、まず標準タイプから始めて効果を確認する進め方が現実的です。
参考リンク(三重県農業研究所によるCO2施用の制御方法別の初期費用・経費比較など実践的なデータが掲載されています)。
(一社)日本施設園芸協会「大規模施設園芸・植物工場共通テキスト CO2制御の実際」(三重県農業研究所・礒崎真英)
ゼロ濃度差制御は単独で機能するものではありません。換気・日射・温度・湿度との連動が効果の鍵を握ります。
換気との連動が最も重要です。換気窓が開いた状態でCO2を施用する場合、濃度差があるとガスが外に逃げますが、ゼロ濃度差であれば理論上この拡散による損失がありません。ただし、強風時には換気口を通じた空気の入れ替えが激しくなるため、施用量を増やす必要があります。換気の有無や天窓の開度に連動した制御(こだわりタイプ)を採用すると、季節や天候に関係なく常に最適な施用が実現できます。
日射との関係も理解が必要です。日射が弱い曇天日や日の出直後は、光合成速度が低いためCO2を多く施用しても効果が小さくなります。曇天日の施用量は晴天日の1/3程度に抑えることが推奨されています。これはコスト節約の観点でも重要です。日射量センサーと連動させることで、無駄な施用を自動で抑制できます。
施用時間帯の原則は「日の出頃から日没1〜2時間前まで」です。夜間の暗期にCO2を施用しても光合成は起きないためほぼ意味がありません。逆に早朝は、植物が夜通し行った呼吸によってハウス内のCO2濃度が600〜700ppm程度まで高まっていることが多く、慌てて施用を始める必要はありません。ハウス内の濃度をモニタリングしながら、日の出とともに光合成が活発になる時間帯に合わせて施用を開始するのが基本です。
施用期間の目安は12〜3月が効果的と言われています。この時期は外気温が低くハウスの換気量が少なく、光合成によるCO2消費がハウス外からの補給を上回りやすいからです。4月以降は換気量が増えるため、施用費用を上回る効果が得にくい場合があります。
湿度管理との連動も見落とせません。相対湿度が低い(飽差が大きすぎる)状態では、作物が気孔を閉じて蒸散を抑えます。気孔が閉じるとCO2を吸収できないため、どれだけ炭酸ガスを施用しても植物には届きません。飽差の目安は3〜6g/㎥(相対湿度70〜80%程度)が光合成に適した範囲です。かん水や循環扇の活用でこの範囲を維持することが、炭酸ガス施用の効果を最大限に引き出す条件になります。
三重県の資料では、CO2を供給しない日は「遮光しているのと同じ」という端的な表現が使われています。光があってもCO2がなければ光合成は進まないのと、光がなければCO2があっても光合成は進まないのと、本質的に同じ制限要因だということです。意外な見方ですね。
炭酸ガス施用を導入したものの「思ったより効果が出ない」と感じるケースがあります。その多くは、CO2施用単体の問題ではなく、草勢管理や養水分管理の見直しが追いついていないことが原因です。
炭酸ガス施用によって光合成量が増えると、同化産物(糖)がどんどん生産されます。しかし、その糖が葉に蓄積したまま果実に転流されなければ、増収にはつながりません。転流を促すには、夕方から夜間の気温を適度に高めに維持することが効果的です。また、光合成が活発になることで植物が吸収する肥料量も増えるため、追肥やかん水のペースを上げる必要があります。
収量が増えているのに肥料が足りないというのは、損です。
高設栽培で廃液のEC値をモニタリングすると、炭酸ガス施用中に廃液ECが低下するケースがあります。これは植物が肥料分を多く吸収しているサインです。この変化を把握して追肥を増やす対応が求められます。
神奈川県の導入事例でも、「環境のどこが不足しているかを把握した上でCO2施用・かん水・肥料と進める」という言葉が実践農家から挙がっています。CO2施用は単独の手段ではなく、温度・湿度・日射・養水分を含む環境制御の一部として機能させることが重要です。
また、草勢の管理も忘れてはなりません。厳寒期に炭酸ガス施用を強化すると、着果負担が増えて芯止まりや生育停滞を引き起こすことがあります。トマトの場合、成長点から15cm下の茎径(目安10mm程度)や成長点から開花段までの距離(目安15cm程度)を週1回計測することで、草勢の強弱を客観的に把握できます。草勢が弱いと感じたら施肥・かん水量を増やし、CO2施用の効果が確実に収量に反映される状態を整えましょう。
循環扇の活用も実践的なポイントです。植物の葉の周りには「葉面境界層」という薄い空気の層があり、CO2が吸収された後には酸素の濃い空気の層ができて次のCO2が届きにくくなります。循環扇で葉がかすかに揺れる程度の弱い気流を作ることで、この境界層が壊れ、CO2が葉の気孔により届きやすくなります。センサーで測定されるハウス全体のCO2濃度が同じでも、循環扇があるかどうかで光合成速度は変わります。これが条件です。
ゼロ濃度差制御に対応したCO2コントローラーと濃度センサーを探す際は、(株)TMRが提供する「世界初のゼロ濃度差CO2コントローラー」など、専用設計の機器も市場に登場しています。既存のCO2発生機と組み合わせてセンサー制御に切り替えるだけでよいため、大規模なハウスの更新をせず現状設備のままで始められます。まずはモニタリングで現状のCO2濃度を計測し、どの時間帯に濃度が下がっているかを把握することからスタートするのが最も確実な一歩です。
参考リンク(zero-agriによるゼロ濃度差施用(大気並み濃度)の考え方と、CO2管理・湿度・温度・光管理を総合的に解説したコンテンツです)。
ZERO AGRI「農業用ハウスにおける地上部環境制御の活用〜光・温度・湿度・CO2管理の基本〜」
参考リンク(神奈川県が提供するスマート農業導入の手引き。CO2施用の施用法比較・実農家事例・経済性試算などが掲載されています)。
神奈川県「施設栽培の収量や品質を向上させたい方へ 環境制御編(第2版)」(かながわスマート農業普及推進研究会)